闘う覚悟、生き抜くために
翌朝。
僕とリマさんは僕の家族の墓参りに行くことにした。既に回復したはずのナイトさんを誘いはしたものの、ベッドが恋しいようで家から出ようとしない。諦めて二人で行くことにした。
そして家を出てすぐの所で、緋色の巻髪と取り巻きの男達が見えた。昨日と似た光景だ。緋色達がこちらへ近づいてくる。
「アンタ、まだその女を泊めてたのね。いい加減自分の立場をわきまえたらどう? アンタが関わると死人が出るの」
毎度毎度嫌味な言い方だ。リマさんとは大違いだ。
「じゃあ逆に聞くけど、どうしてサーチャは僕に関わってくるんだ? 僕と関わると死ぬんだろ? それに何でいつもパンをくれるんだ? 教えてくれよ」
いつもなら言われっぱなしのままか、止めてくれとお願いするしかできなかった。
だが、今日は聞き返してやった。
するとサーチャは聞き返されるとは思っていなかったようで、「え、」と不安定な一言。
そのまま後ずさりして慌てた様子を見せた。
手に提げたバスケットは揺れ、パンがその中に隠れるようにずれ落ちていった。
そしてその様子を見兼ねてか、太めの男が、
「立場をわきまえろと言ったよなあ? 弱い立場のお前がサーチャ様に質問なんかしてんじゃねえ! この弱虫シエルが!」
罵声を浴びせながら僕を強く押し倒した。地面に掌を擦ってしまい、血が滲んでくる。
「そうだそうだ! シエルのくせに生意気だぞ!」
痩せ型の男も、合わせるように僕へ向かって言い放つ。
僕が近づこうとした途端これだ。
きっと、僕とサーチャ達との間には、見えない何かがある。そうに違いない。
僕は非力だ。無力だ。立場の弱い僕には、その見えない何かを壊すことはできそうにもない。
そんな事を思ったその時--
「そいつは弱くねえ!」
玄関から声が聞こえた。パッと振り向いたところ、そこにいたのはナイトさんだった。
ナイトさんは玄関を飛び出すやいなや、全速力で僕目掛けて走ってきた。脇目も振らず僕に猛然と近づいてくる。そして、獰猛なマザーベアのように飛びかかってきた。
い、一体なんなんだこの人は? ベッドに長く居座り過ぎたせいでどこか狂ってしまったのか? それともまだキノコの影響が? この流れだったら普通あの取り巻きの男達に飛びかかるんじゃないのか?
「ちょっと止めてくださいよ!」
僕は飛びかかってきたナイトさんを全力で振り払った。ナイトさんは地面へ転げ落ち、痛そうに足を押さえている。
「ナイトさん! 何してるんですか!? ふざけてる場合じゃないですよ! でもよくやりました!」
え? 最後ちらっと聞こえたのは聞き間違いだよね。うん。
リマさんは目を大きく見開いて興奮している。ナイトさんの奇行に驚いている様子だ。きっとそうだ。
そんな中でナイトさんは、
「ほらな、弱くない。少なくとも俺よりは強い」
周囲に聞こえるように、そして確かめるように呟いた。
「そ、それはアンタが弱すぎるだけだろうが!」
痩せ型の取り巻きが叫ぶ。
「そしてお前らよりも、いや、ここの誰よりも強い」
ナイトさんは取り巻きの言葉なんか気にせず話を続ける。
「シエルはな、独りでずっと闘ってきたんだ。生きるために、独りでずっとだ。そんなシエルが、狩りをして命を繋いできたシエルが、自分の命と向き合ってきたシエルが、弱いはずがない。お前らは死の恐怖と、病気と闘いながら生き抜く覚悟はあるのか? 病気の奴を消そうとする社会と闘う覚悟はあるのか?」
……あ、ありえない。
なぜナイトさんが僕の秘密の話を知っているんだ……?
僕はナイトさんに詰め寄り、
「どうして、どうして、ナイトさんがその話を知ってるんですか!?」
「どうしてって……。リマとシエルの家の中での会話が全部丸聞こえだったからだよ。ついでに言うと、お前らの外でのやり取りも全部丸聞こえだ。お陰で全然眠れやしなかったさ。まあ、そういうことだ」
「全部聞いていたんですね……」
ナイトさんは聞いていた。その一部始終を。
昨日のあのときもナイトさんは眠っていなかったのだ。リマさんが睡眠薬を作りたいと言っていた理由が今理解できた。
でも、ナイトさんは僕の病気のことを知ったとき、どう思ったのだろうか。そして僕のことを今どう思っているのだろうか。気になる。
僕がナイトさんに話しかけようとしたその時だった--
突然、茂みからガサガサと音が聞こえてきた。
そして現れたのは、大柄で凶暴な黒い生物、マザーベアだった。
昨日仕留めたベビーベアの母親か? 子を探しに山から下りてきたのだろうか?
いや、そんな事よりもみんなが危ない!
「みんな逃げろ!」
僕は大声で叫ぶ。
周囲に緊張感が走る。
リマさんとナイトさんは上手く逃げきれたようだ。
だが、マザーベアの近くにいたサーチャと取り巻きの男達は逃げきれなかった。まずいぞ、このままでは……。
僕は急いで家に戻り、すぐさま弓矢を手に取った。
そしてマザーベアを視界に捉える。その大きく黒い物体は今にもサーチャに襲いかかろうとしていた。
「サーチャ! 左にかわせ!」
僕の声を聞いたサーチャは咄嗟に左へとかわし、ぎりぎりのところでマザーベアの攻撃を回避する。
サーチャの無事を確かめた後、目標へ狙いを定め、弓を引き絞り、放った。
放たれた矢は空を切りながら取り巻きの男達とサーチャの横を通り過ぎる。そしてそのまま一直線にマザーベアへと突き進み、見事に急所である心臓に命中した。間一髪だった。
僕は安心し胸を撫で下ろす。
みんなが無事でよかった……。
そして落ち着いた空気感が漂う中で、
「ほらな、やっぱり強かった」
ナイトさんは呟くのだった。
--
「今日のところはこれくらいにしといてあげるわ! 覚えてなさい!」
サーチャと取り巻きの男達が、敗走する騎士のようにバタバタと帰っていく。その様子を最後まで見届けたあと、僕とリマさんは二人で墓へと向かった。
ナイトさんはさきほど僕に弾き飛ばされ地面を転げた影響で足が痛いとやらで、大人しく家でお留守番をするらしい。
墓についた僕達は水を撒いたり落ち葉を払ったりと手短に墓の手入れを済ませた。そして墓の前で、僕はそっと目を閉じた。
--父さん、僕はやるよ。必ず、絶対に万能薬を作るんだ。
それともう一つ、
これからのリマさん達の旅路が良いものでありますように--
リマさんとナイトさんは、この墓参りが済んだら再び旅に出るらしい。つまり僕とはこれでお別れだ。
目を開けた僕は、隣のリマさんを見る。リマさんも何かを思っているのだろうか。目を閉じている。やさしい横顔だ。
すると僕の視線を感じたのかリマさんも目を開けた。そしてこちらを見て、
「シエル君の事、応援してるよ」
やわらかな言葉だった。
女神様のような笑顔だった。
「あ、何を応援するのかは秘密だからねっ!」
さきほどの言葉にリマさんが付け加える。
この森の中で、沢山の秘密が生まれてしまった。
「はははっ。聞いたりなんてしませんよ。……さて、そろそろ帰りましょうか」
森の中は木漏れ日が射し込み、地面には陽だまりが点在している。あたたかな光景だ。
「そういえば、今日はサーちゃんからパン貰いそびれちゃったね」
確かに今日はあんな事があったせいでパンを貰いそびれてしまっていた。あと、パンをなぜくれるのかという質問の答えも結局聞けずじまいだ。
ただ、僕が質問した時のあのサーチャの慌てっぷりには少し驚いたな……。
「ええ、貰いそびれてしまいましたね。……ところで、その『サーちゃん』というのは何なんですか?」
「ほら、『サーチャちゃん』だと、『ちゃ』が二回続くから呼びにくいでしょ? だから『サーちゃん』なの」
「『サーちゃん』と言われた時のサーチャの反応、凄く楽しみです」
森の中に二人の笑い声が響き渡る。
そして歩いて森を抜け、家へと続く道に出てきた時だった。
いつもと違う何かを感じる。これは……臭いだ。臭いが違う。何かが燃え焦げるような臭いが辺り一帯に広がっている。
僕は急いで家へと戻った。するとそこには--
まるで炎の嵐のようだった。ごうごうと叫び声をあげながら赤く燃え続ける僕の家が佇んでいた。




