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異世界軟弱物語  作者: よっきゃ
第二章
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17/49

抜いて抜いて抜き続けたい

 僕は急いで朝食を取ったあと、弓の手入れをした。そしていつもの緑色のチョッキに白のズボンを身につけ、茶色のロングブーツを履く。矢筒と弓を肩から背負って身支度完了だ。


 今日はリマさんとイイことをしたあとに、僕は狩りをするつもりだ。そしてその狩りで僕のカッコいい姿を見せる予定だ。僕は意気込んでいた。


 そして玄関を勢いよく出たところ、そう遠くない場所にいつもの緋色の巻髪が見えた。サーチャだ。今日は横に取り巻きの男も二人いる。一人は太めのお腹が目立つ力の強そうな男で、もう一人は髪がシャキッと尖った痩せ型の男だ。

 彼女達はこちらへ近づいてくる。


「アンタ、まさか女を連れ込んで泊まらせてたとはね……。どうだった? 昨日は楽しかった? ねぇ?」


 相変わらず嫌味を含んだ聞き方だ。


「ああ、楽しかったよ。サーチャと話すより何倍も、ね」


 僕も嫌味を含んで言葉を返す。


「おい、シエル。てめぇサーチャ様になんて口の利き方してんだよ、コラ」


 僕の発言を聞いた太めの男はカチンときたのか、拳を握りしめ僕に殴りかかろうとしてきた。


 すると、


「暴力はやめて」


 サーチャがそう男に言い、手を横に制しながらなだめた。


 そしてサーチャはカツカツと音を立ながらリマさんの元へ行き、こう伝えた。


「水色の髪の女、一つ忠告しておくわ。アンタ、このままシエルと一緒にいると殺されるかもしれないわよ」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべるサーチャの横顔が見える。


 サーチャの言葉を聞いたリマさんは明らかに動揺した様子を見せ、僕の方を見てきた。


 その表情を見た途端、昨日収まった怒りがふつふつと込み上げてきた。


 どうして、どうしてリマさんの前で、いや、どうしてリマさんに向けてそれを言うんだ!


「サーチャ!!!」


 怒髪天、怒り心頭になった僕は、その怒りのエネルギーのままサーチャに飛びかかった。しかし、取り巻きの男二人によって僕はあえなく跳ね返されてしまう。


「シエルごときがサーチャ様に触れてんじゃねえ! この穢れたエルフめ!」


 痩せ型の男が叫ぶ。


『穢れたエルフ』--その言葉が、ずしんと僕に重くのしかかる。一瞬にして周囲の木々が真っ黒に塗りつぶされたかような気分になった。


「そういうことよ。水色の髪の女、これ以上シエルと関わらないほうが身の為だわ。じゃないと穢される。分かった? じゃあ、これはせめてもの慈悲よ。有り難く受け取るといいわ」


 サーチャはそう言うと、パンの入ったバスケットをリマさんに渡した。


「それでは、ごきげんよう。また明日も来るわ」


 そう言い残し、サーチャと取り巻きの男達は村の方へと消えていった。



 --



「シエル君。上手だね」


「ええ、いつも一人でやっていますから」


 リマさんは僕が抜くところをじっくりと見ている。


 僕とリマさんは森の奥まで入ってきていた。

 そして目ぼしい大木を見つけた僕達は、その大木の陰でさっそくイイことを始めていた。



「ふふふっ。今日は私がいるからたくさん抜けるね」


「そうですね。沢山抜けると思い……ふぅ……。また抜けましたよ」


 僕は抜き終わり、手にした成果物を見せる。


「うわあ。一気に凄い量が抜けたね。じゃあ次は私が抜こうかな」


 リマさんがしっとりとした両手で掴み、


「ふぅ……。私も抜けました」


 手にした成果物を見せてきた。



 そう、それは薬草だ。


 サーチャ達との一幕があったその後、僕とリマさんは森の中でイイこと--つまり、薬草を採取し始めていた。


 なんでも、リマさんは治癒術を使えるらしいのだが、あまり治癒術を使っての魔力消費はしたくないらしい。そこで、森の中で採れる良質な薬草が欲しいとのことで、僕を森へ誘ったのだそうだ。


 話をしながら、職人のように薬草を抜いていく僕達。

 するとリマさんが急に、


「そういえばさっきの男の子二人……ごくり。じゃなくて、さっきのサーチャって子、本当は優しいのかもしれないね」


 サーチャこのとについて触れてきた。


 しかし、サーチャが優しいだって?

 どうしてそう思ったのだろうか。


 さすがの僕もこの言葉には賛同できそうにない。これまでサーチャに散々嫌がらせを受けてきた僕は、何があってもそう思うことはできそうになかった。


 でも、あの優しいリマさんが、なぜサーチャの事を優しいと言うのだろう……。


「どうして、優しいと思うんですか?」


 僕は気になって尋ねてみた。


「発言は酷いし厳しい言い方だったかもしれないけど、結局私には忠告をしてくれたみたいだし……。それになんと言っても、今日もパンを届けてくれた訳だからね」


 リマさんはそう言うと、サーチャから受け取っていたバスケットを僕に見せてきた。

 バスケットには今日も数枚のパンが入っている。


 僕はパンをじっと見つめていた。すると、


「そうだ! 明日、サーチャって子に、『なんでいつもパンを届けるの?』って聞いてみたらどうかな? あ、もう既に聞いたことあったりする?」


 リマさんが僕に聞いてきた。


「いえ、まだ聞いたことはないです」


 確かに、何で毎日届けてくれるんだろう。嫌味を言うついでなのか。それとも別の何かがあるのだろうか……。

 今までサーチャのことは嫌味なパン配達人としか思っていなかっただけに、改めて考えると様々な疑問が浮かんでくる。


 僕には別のモヤモヤが生まれてしまった。


 リマさんが来てからというものの、僕の心は乱されてばかりだ。



 --



 薬草を取り終わった僕達は、狩りをする為に森を探索し始めた。

 雑談をしながらうろうろとしていると、


「ごるるるるるううぅ」


 草陰からどす黒い唸り声。


 そして、黒い影が目の前に飛び出してきた。今回の狩りの標的--ベビーベアだ。

 ベビーベアは熊が凶暴化した魔物だ。


「リマさん! 僕の後ろに下がって!」


「は、はいっ!」


 リマさんを僕の背後に隠す。


 そして僕は、その魔物を手馴れた弓矢でいつものように射抜いて容易く仕留めた。これにてひと狩り完了だ。


 リマさんは驚いた声をあげた後、


「こ、こんなに大きなモンスターを倒せるなんて、シエル君やっぱり凄いよ!」


 目を輝かせて僕を見てきた。


「いやあ、それほどでもないですよ。あ、マザーベアはもっと大きくて凶暴なので、注意が必要ですからね」


「そうなんだね。それにしても、シエル君って女の子っぽくて華奢に見えるけど、実はしっかり者で頼り甲斐があるよね。あと素直で真面目。ベッドでごろごろしてる変態とは大違い」


 ナイトさんと僕のことを比較しつつ、またも褒めてくれた。

 心が何度目かの飛び跳ねを起こす。



 狩りを終えた僕達は、日も暮れてきていたこともあり、家へと向かうことにした。


 しかし、正直なところまだ帰りたくない。リマさんともっとこの時間を過ごしたい。リマさんとずっと一緒にいたい。リマさんと--


「リマさんは今、す、す、好きな人……」


 ここから先の言葉が出なかった。

 そうだ。僕なんかが聞いていいことじゃないんだ。僕なんかが関わっていい人じゃないんだ。僕なんかが幸せになってはいけないんだ。僕なんかが--


「私の好きな人? それは秘密だよ」


 おどけるような仕草をしながら、リマさんは答えた。


 しまった。さっきの言葉は聞かれてしまっていた。できることなら時間を戻してなかったことにしたい。

 しかし、秘密か……。いないと言わなかったということは、やはり--



「ナイトさんですか?」


 答えを探求するかのように聞いてみた。


 するとリマさんは、


「だ、誰があんな変態でおっさんで貧弱で頼り甲斐もないバカみたいな奴をっ! ま、まあ、たまには面白いこととか良いこととか言ったりもするんだけどねっ!」


 リマさんは僕から目を背けて答える。横顔が赤く染まっている。なんてわかり易い答えなんだろうか。


「そ、それよりっ! シエル君がそんな事を聞いてくるってことは、もしかして好きな人でもいるのかな? ほら、ナイトさんとか」


「ち、違いますよ!」


 どこをどうしたら、僕がナイトさんを好きという答えに辿り着くのだろう。


「じゃあ、さっきのパン渡していった子とか」


「それは絶対ないです。なんで僕がサーチャのことを……。そんな事より、リマさん。僕、リマさんのこと、応援してますよ」


「お、応援? 何を?」


「それは、僕だけの秘密です」



 こうして、僕の秘密の何かはひっそりと終わりを迎えたのだった。



 --



 家に帰った僕達は薬草と一緒に採取していた毒消し草を調合し万能薬を作っていた。ごりごりと毒消し草をすり潰していく。


 この万能薬は僕の特製で、大抵の毒には効果がある。また、すぐに効き目が出るのが売りだ。まあ、すぐにと言っても効果が出るまでは三十分ほどはかかるんだけどね。


 でも、どうして万能薬を作りたいんだろう?


「リマさん。つかぬ事をお伺いしますが、どうして万能薬を作りたいのですか?」


 僕はどうしても理由が知りたいため、リマさんに聞いてみることにした。

 そしてリマさん曰く、『またナイトさんが変なキノコを食べてもすぐに解毒できるように万能薬を作っておきたい』とのこと。

 なんて人思いでやさしいんだろうか。

 僕はこの万能薬の作り方を、心を込めて丁寧に教えることにした。


 そしてふとナイトさんを見たところ、相変わらずベッド上で根を張るように留まっていた。どうやら今はうつ伏せになって眠っているようだ。


 それからも、黙々とひたすらに毒消し草をすり潰し練っていたところ、リマさんが突然僕に問いかけてきた。


「シエル君の家って薬草とか毒消し草とか万能薬みたいなお薬が多いと思うんだけど、もしあるんだったら睡眠薬も貰えないかな?」


「睡眠薬ですか? リマさん、眠れないのですか?」


「ううん。私はよく眠れるの。私はナイトさんをぐっすりと眠らせたいの」


 眠らせたいも何もいまナイトさん眠ってますけど、と言いそうになったのを堪える。


 そうだ。今はさっき飲んだ薬の副作用で眠っているだけで、もしかしたら普段は眠れないのかもしれない。なんて浅はかなんだ僕は。


 深くナイトさんのことを想っているリマさんの願いを、できることなら叶えてあげたい。しかし、僕はリマさんの満足いく答えを言うことはできない。


「リマさん、すみません。この家に睡眠薬はないです。それとこの辺の森では睡眠薬になりそうなのも採取できません」


「そうなんだね……。それは残念」


 リマさんが俯く。そして沈黙。

 ちょっと気まずくなったかな、と思った瞬間、リマさんはすぐにその沈黙を破ってくれた。


「シエル君の家って、どうしてこんなにお薬が多いの?」


 その言葉を聞いた僕は室内をぐるりと見渡す。確かに、森で取ってきた薬草を鉢植えに植えていたり、戸棚には様々な薬類が鎮座している。


 全く気に留めていなかったが、一般的な人から見れば数多くの薬があるように見えるのだろう。

 この家に薬が多い理由、リマさんには伝えないといけないよな。


「それは、僕が『穢れたエルフ』だからですよ」


『穢れたエルフ』という言葉について、リマさんはきっと気になっていたはずだ。でもこの言葉を聞いてからこれまで一度も聞いてこなかった。


 このまま聞かれなかったらずっと秘密にしておこうかとも思った。

 でも、やはり僕にはそんな事できない。カミングアウトしよう。


 リマさんはいつになく真剣な眼差しで僕を見ている。それを見て僕は続けて話す。


「僕の両親と弟は、穢れていた為に死にました。『白身(はくしん)病』という病気です。リマさんはご存知ですか?」


「白身病……。身体が白くなって死んでしまうっていう謎の病気のことだよね。エルフからエルフに感染するって聞いたことあるけど……」


「その通りです。エルフに感染する可能性があります。そして感染したら最後、そのエルフはいずれ死にます。そして一説によると、人にも感染すると言われています。ですので、サーチャ達が言ったことは間違いではありません。だから僕は穢れたエルフと言われ、迫害され、辺境の山の中で暮らしているのです」


 本当はこの家には誰も入って来て欲しくなかった。入ってきたら、感染するかもしれないから。

 でも、僕は入れてしまったんだ。雫の滴る麗しい女性を。


「そして僕はまだ発症こそしていませんが、感染している可能性はあります。何せ、僕の家族は僕を残して二年前に全員死んでしまっているのですから」


 僕のこと。家族のこと。秘密にしていたことを自ら誰かに話したのは初めてだ。

 たぶんリマさんだからこそ話せたんだと思う。


 そして、この秘密を誰かに話すのもこれが最後だ。全部だ。余すところなく全部伝えるんだ。


「僕は命が尽きるまでにやり遂げたいことがあります。それは白身病に効く万能薬を作ることです。僕は生前の父に言われました。『病気に負けることなく強く生きなさい』『自分の信じた道を生きなさい』と。僕は病気なんかに負けたくない。生き続けたい。だから僕は、万能薬を作って生き延びて、父が果たせなかった世界を知るという夢を引き継いで、そして世界中を見て回りたいんです。僕だけが信じる道を歩んでいきたいんです」


 僕は全てを伝えた。

 そして全てを聞き終えたリマさんは--その澄んだ瞳から一雫の涙を流していた。


「シエル君……。頑張ってきたんだね。孤独と闘いながら、死の恐怖と闘いながら、これまで頑張ってきたんだね……」


 リマさんの言葉が耳から全身へと伝わる。やさしさが僕を包み込む。リマさんは、こんな僕のことを優しく受け止めてくれた。

 そして、僕は止めることができなかった。僕の瞳からとめどなく溢れ出した涙を。

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