女装し突撃!屋敷の晩御飯
サーチャの屋敷に着いた僕達は、広い庭園を横切り豪勢な玄関をくぐり抜け、そして大きな広間へと通された。広間には、見たこともないような動物をかたどった置物、高価そうな時計、絵画、他にも様々な物が点在している。そして昼間のように明るい光が天井から灯され、優雅な香りが広間中を漂っている。
「おや、お嬢様。そちらの方々は……?」
綺麗な顔立ちをした女性の執事がサーチャに声をかけてきた。黒いパンツとジャケットを身に纏っている。ジャケットから見える白いブラウスが胸元を強調していた。また、濃い紫色の髪を後ろで束ねており、その髪が背中まで真っ直ぐに美しく下がっている。気品のある執事といった印象だ。
「こちらの二人は旅をしている若夫婦よ。村の宿屋に空きがなくて困っていたところを偶然アタシが見つけて、それで屋敷へ招待したの」
サーチャが二人を紹介した。
すると、リマさんとナイトさんが揃ってお辞儀をした。リマさんの手には紙で作られた袋が提げられている。
「タダで泊めてもらう訳にはいきませんので、こちらつまらない物ですが、お菓子です。どうぞ」
そう言うと、紙袋を差し出した。そして、
「あ、歯に詰まるかもしれませんので注意してくださいませ」
付け加えて伝えた。
ちょっと前に村の道具屋で買ったお菓子をお土産にするようだ。
「わざわざこのようなお土産を用意してくださって、ありがとうございます」
「これぞメイドに土産だな。いや、メイドじゃなくて執事か。はははっ」
ナイトさんが一人で笑いだした。
それとは対称に執事さんは顔が引きつっている。
そんな執事さんの表情を見たリマさんが、ナイトさんに小声で、
「ナイトさん、つまらないですよ」
「つまらないとは、つまり面白くないと」
「そういうことです」
この二人の掛け合いは本当に夫婦かと思わせるものがあるな、と僕は思った。
そんな二人のやり取りが終わったのを確認したサーチャは、ちらっとこちらを見たあと、
「それからメトリには言っていなかったけど、今日はアタシの親友を泊まらせることにしてたのよ。名前は……」
「『エル』です。その、今晩お泊まりさせていただきます。よろしくお願い致します」
続けて僕を紹介した。
事前にサーチャと打ち合わせて、名前は『エル』で行くことにしていた。
『シエル』と『エル』。似すぎている為にメトリと呼ばれた執事さんに感ずかれないかが心配だ。
「おや、そうでございましたか。屋敷へようこそおいでくださいました。どうぞごゆっくり」
ほっ、どうやらメトリさんは僕のことをシエルだと認識していないようだ。そんなに僕は女の子に見えるのだろうか。なんだか嬉しいような悲しいような、よく分からない気分だ。
「ところで、エルさんは低い声をお持ちのようですが、喉を痛めておられるのでしょうか? それとも……?」
しまった。見た目は誤魔化せても声だけは変えられない。バレてしまったか……?
「メトリ。今日のエルは少し風邪気味なの。それに人の身体のことを詮索するのはよろしくなくてよ」
「はっ、お嬢様。申し訳ございませんでした。エル様、ご無礼を致しました事、心からお詫び申し上げます」
メトリさんは深々とお辞儀をして謝罪の言葉を述べたあと、別の部屋へと行ってしまった。
危なかった……。次からはあまり声を出さないようにしよう。
「上手く誤魔化せたわね」
サーチャはそう言うと僕だけに見えるようにウインクをした。なんだかこの状況を楽しんでないか……?
--
その後、僕とサーチャ、あとナイトさんとリマさん、それに屋敷にいる他の人達も含めて全員が食堂に集まり一緒に夕食を取ることになった。
食堂に入ると、何人もの人が一斉に食事を楽しむ事ができるような大きなテーブルが部屋の中心にあり、そのテーブルにはこれまで見た事のないような豪華な料理が並べられていた。昨日まで僕が食べていた料理とは大違いだ。
それからすぐに全員が着席し準備が整ったので、早速料理を食べることになった。
僕は目の前にあった皿の上のパンを手に取り、ちぎって口の中へ放り込んだ。そしてつい、いつも食べ慣れているパンを食べてしまったことを反省した。せっかくだから別の物を食べなくては……。
ナイトさんを見ると、皿の上にあるパンのことを『ブレッド』と言いながらなぜか誇らしげにしていた。
そんな自慢に満ち溢れた顔の隣で、リマさんがせっせとナイトさんの皿にニンジンを移しているのを僕は見逃さなかった。
ナイトさんもそれに気付いたようで、
「リマはニンジンが嫌いなのか?」
「いえ、ナイトさんがニンジン好きだろうなあと思いまして」
「まあ、好きと言えば好きだが……」
そう言いながらもぐもぐと人参を食べ始めた。
「お! これ美味いな! 甘くて煮込んであって柔らかくて、幾らでも食べられそうだ!」
よほどニンジンが美味しかったのか、ナイトさんは目を大きく見開き驚きの表情を見せたあと、残りのニンジンを豪快に口の中にかきこみ始めた。
あの食べ方は作法としていただけないな。
そう思った僕は、ナイトさんによって綺麗に舐め上げられ、洗いたてのようにまっさらになった皿を横目に見つつ、僕の隣にいるサーチャの真似をしながらちゃきちゃきとフォークとナイフを使い、厚みのある肉を切り分け食べ始めた。
そして肉を口の中に入れるやいなや、肉汁がじゅわっと広がり、香ばしい薫りが鼻から体全体へと抜けていった。全身の全細胞が喜んでいるような感覚がする。美味しいと言わざるを得ない。
「どう? 美味しい?」
サーチャが僕に尋ねてくる。僕は口に頬張りながらこくりと頷いた。
そんな僕が頷いたのを見てサーチャは、
「よかった」
と一言だけ呟くとともに、にこやかな笑顔を見せた。そういえばサーチャの笑った顔を見たのは初めてかもしれないな。
しかし、周りの視線を感じながら食べるのはどうも性にあわないようだ。
この室内にはメイド服という名前の服を着た大勢の女性達が給仕をする為に今か今かと待ち構えている。
常に集中をしていないといつかボロが出そうで気が気でない。
もういっその事ナイトさんみたいに作法を無視してハチャメチャにやってしまえば楽になるのかもしれないが、それだと友達として迎え入れてくれたサーチャの顔に泥を塗ってしまうことになる。僕は粗相をする訳にはいかない。
それに、さっきから執事のメトリさんの視線が気になる。やはりバレているのではないか? そんな気がする。
そういえば、この食事の席にサーチャの両親はいないらしい。サーチャから聞いた話によると、両親は数日前から仕事で他所の国へ行っているとのことだ。両親がいないだけでもマシな状況なのだろう。
--
なんとか粗相をせずに食事を済ませたあと、サーチャの部屋へ案内された。今日はこの部屋でサーチャと一緒に寝ないといけないらしい。
友達として泊まりに来ているので当然そうなるのだろう。
そしてナイトさんとリマさんは、夫婦として一室に案内されているらしい。ナイトさんが暴走しないか心配だ。
僕はサーチャの部屋をぐるりと見渡した。
ピンクと白で統一された、いかにも女の子らしい部屋だ。甘くとろけるような匂いがほのかに香っている。
壁には白くてもふもふした可愛い動物の絵が飾ってあり、机には香水が入っていると思われる容器が置いてある。そして本棚には料理本や女の子の服に関する本の他に、魔法に関する本、それに薬学に関する本などが並んでいるのが見えた。
「ちょっと、そんなまじまじと部屋を見ないでくれる? 恥ずかしいじゃない」
サーチャは視線を合わせようとはせず、僕に話しかけてくる。
「ご、ごめん。女の子の部屋に入るのなんて初めてで、その……」
僕はどこを見たらいいのか分からない。
な、何か話題を……。そうだ!
「あ、サーチャ! 薬学! 本棚に薬学に関する本があるけど、サーチャも薬学を勉強してるの?」
僕は咄嗟に共通の話題だと思われる薬学に関する話を振ってみた。
すると、
「ええ、そうよ。メトリに教えてもらっているの。他にも魔法とか色々ね。で、薬学を勉強しているから何? 悪い?」
「悪くなんてないよ! 僕も薬学を勉強しているんだ。その、病気の万能薬を作るために、ね。サーチャはなんで勉強してるの?」
「アタシは……。秘密よ! 秘密っ!」
ただ薬学の勉強している理由を聞いただけなのに秘密にされてしまった。女の子は何かと秘密にしたがるのだろうか。
それにしても、まさかサーチャとこんなことを話せる時が来るなんて思ってもいなかった。ほんの今朝まではまさに敵対関係にあったというのに、たった一日でこうも変わってしまうとは。
本当に今日だけで色んな事が起きすぎた。家が燃えて一文無しになったかと思えば、今の僕は男の子から女の子の格好をして豪華な家の中にいる。不思議な一日だ。
「ふふっ」
「な、何よっ! 秘密にしたのがそんなに可笑しいの!?」
「いや、違うよ。この状況が面白いだけだよ」
「何よそれ……」
それから、僕とサーチャは他愛もない話を続けた。そしてしばらく経った頃、コンコンと部屋のドアをノックする音が聞こえた。
僕は瞬時に女の子らしい振りをする。
部屋を訪れたのはメトリさんだった。
「お嬢様。それとエル様。大変長らくお待たせ致しました。たった今、お風呂の準備ができました。親友二人で水入らずの入浴をお楽しみくださいませ」
……え? お風呂? しかも二人で?
「ち、ちょっとメトリ! お風呂はその、別々に入るわ!」
サーチャが慌ててメトリさんに別々に入ることを伝えるが、
「おや? 親友なのに一緒に入らないのですか? 親友なのに? ではお嬢様の代わりに私がエル様と--」
「わーーっ! それはダメ! 分かった! 一緒に入る! 入るからっ!」
「ふふっ。了解致しました。ではごゆっくり」
メトリさんはそう言うと立ち去っていった。
--お風呂。それは、今夜の僕にとって最も危険な場所である。




