それぞれの夜(4)
心地良い微睡の中、チドリはふと瞼を開けた。
何か温かな物が体を包んでおり、それにひどく安心する。もう一度寝ようかと思った時、ふと鼻をくすぐる香りに気を引かれた。
(あれ……?)
目をこすり、顔を上げて――脳内から眠気が消し飛ぶ。
チドリを抱え、穏やかな表情でレアンが眠っていた。無防備でありながらも、その整った顔立ちはチドリの胸を高鳴らせる。
(な、なんでレアンさんが!?え、え、え!?どういうこと!?何が起こってるの!?)
大いに戸惑いながら、とりあえず心臓に悪い状況を何とかするべきかと思い、体を動かす。レアンから伝わる熱と香り、そして聞こえる寝息に、顔が見る見る間に赤くなっていった。
(どうしようどうしよう……!あんまり動いたらレアンさん起こしちゃうかな!?で、でもこのままじゃ私が耐えられないし……!?)
涙目になりかけていた時、ふいに自分に回されていたレアンの腕が力を強めた。
「……っ!?」
心臓が口から飛び出るかと思い、チドリは体を強張らせる。レアンが頭に自分の頬を摺り寄せてくる。
「ッレ、レアンさ……!?」
「……ん……チドリ、様」
掠れた声がやけに色っぽく聞こえ、ますますチドリの心臓がうるさくなっていく。
「あ、あの、わ、私なんでこんな……!?」
「……まだ、明け方です。もう少し、休んで……」
「え、で、でも」
チドリが言葉を続けようとすると、レアンの瞼がほんの少し開いた。長い銀色の睫毛の下から覗く美しい紺碧の瞳に、思わず見惚れてしまう。
チドリの胸中を知らず、レアンはふにゃりとした笑顔を浮かべた。まだ眠気の残る、あどけなささえ感じさせる笑顔だ。
チドリは今度こそ心臓が止まったかと思った。
硬直したチドリの唇に、レアンが悪戯に触れる。
「……もう少し、寝ましょう?」
「……あ、う……うぅ~……」
「ふふ……」
唇をふにふにと弄び、レアンは満足げに笑った。
顔を真っ赤にするチドリを翻弄するように、熱を放つ額に口づける。
「ひょわぁ!?」
「んー……あむ」
「ぎゃあ!?」
レアンの柔らかな唇が、チドリの額を甘く噛んだ。もうチドリはいっぱいいっぱいの状態である。
「レ、レアンさん!!寝惚けてます!?」
「いいえ……?起きてます」
「あ、あの、せ、せめてもうちょっと離れませんか!?わ、私、そろそろ心臓が限界なんですが!!」
「む……嫌、です」
拗ねた顔で、レアンは更にチドリを強く抱きしめた。髪に頬ずりまでされ、チドリは半泣きになる。
「うぅ~……!レアンさん~……!!」
「……ふふふ。貴方は、温かいですね……」
「え……?」
思わずチドリはレアンの顔を見つめた。その紺碧の瞳が、ひどく穏やかな色を映している。
「レアン、さん?」
「……起きた時に、お話しします。昨日は、遅くまで起きていたので、眠くて……」
「そ、そうだったんですか。すみません、騒いだりして……」
「とんでもない。俺は……こうして貴方と眠っていると、とても安心できるんです。だから……」
レアンがチドリの頭を優しく撫で、自分の胸元にそっと引き寄せた。レアンの鼓動が、チドリに伝わる。
「……どうか、もうしばらくこのままで……」
掠れた声に、どこか僅かに縋るような気配を感じ、チドリは口を噤んだ。次いで、ためらいながらレアンの背に腕を回す。それに気づいたレアンが、ハッと目を見開いた。
「あ、安心するのは私も同じです。そ、その、恥ずかしい、ですけど……」
「……嬉しいです。恥ずかしいことなどありませんよ?ここには俺と貴方しかいませんし……」
「レ、レアンさんだから恥ずかしいんですっ」
「可愛らしい事を仰る……」
微笑んだレアンは、小さな子どもにするようにチドリの頭を撫で始めた。眠気を誘う仕草に、チドリの瞼も次第に重くなってくる。
「……お休みなさいませ。まだ、朝は先です……」
レアンの香りと温もりに包まれ、チドリはまた深い眠りに落ちていった。




