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魔道士なんて聞いてない!  作者: 香月千夜
雲霞を裂く紺燕
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それぞれの夜(3)

チドリは夢を見ていた。

夢の中で夢と気づくのはおかしいと思ったが、明らかにここが現実ではないとも感じていた。

辺り一面白い靄がかかったようで、遠くが見えない。風も吹いていなければ、気温の変化も感じられなかった。裸足の下に、大理石のような感触の床が広がっている。目を瞬かせても、特に何も起きなかった。


「……誰かいませんかー?」


ダメ元で声を掛けてみる。反応など期待していなかったが、それは唐突に返された。


『はーい?』

「うわっひゃあ!?」


予想だにしていなかった返事に、思わず奇声が飛び出る。声のした方を振り向くと、一人の青年がニコニコと立っていた。

長い黒髪を前髪もまとめて後ろで一つに結び、古びた書生のような服を着ている。眉がくっきりしていて、目はほんの少し垂れ気味だった。色白の肌に、細い体をしている。チドリは数秒、言葉が出なかった。


『あれ?驚かせちゃった?ごめんね』

「……え…あ……あ、の……」

『初めましてだけど、厳密には初めましてじゃないな。僕は君を知ってるから』

「え、そ、そうなんですか!?」

『うん、知ってるよ。藤崎智鳥ふじさきちどりちゃん』


チドリは息を呑んだ。

殴られたような衝撃が、頭からゆっくり広がっていく。


「な、なんで……名前……」

『高島の姓になったのは引き取られてからだろう?藤崎、で間違ってないはずだよ』

「た、確かに、合ってますけど」

『あ、ご、ごめん、あの、不審者扱いしないでね!?こ、これは僕の魔力と言うか性質というか、うん、それが関係してるだけだからね!?決して君に何か悪さしようとかそういうことじゃないから!!』

「へ、あ、はい」

『ま、まあでもそうだよね……急に知らない人から名前呼ばれたらびっくりするよね……しかも旧姓の方なんて……』


青年は急にしょげ返り、俯いた。よく見ると足元が透けていて、空中に浮いている。


「あ、あの……貴方は、誰なんですか?えっと、幽霊……?」

『違う違う!あ、でも幽霊みたいなものかな……ご、ごめんね、名乗りもせずに……』

「い、いえ」

『僕の名前は、朔之助さくのすけ。イリオルスの先代魔道士だよ』

「っえ……え、ええ、ええぇえぇええぇぇぇえ!?!?」

『うわわっごめんね!やっぱりびっくりするよね!』


慌てる朔之助の前で、チドリはパクパクと口を動かした。が、衝撃過ぎて声が出ない。頭が真っ白になっていた。


『で、でも本当だよ!リウビア国には行ったでしょ!?ぼ、僕先代のリウビア国の魔道士と仲良しで、彼に日本のこと色々教えたんだ。だから、今のリウビア国がだいぶ日本寄りになってて……って、あの、大丈夫?』


朔之助がチドリの顔を覗き込んだ。チドリはハッと我に返り、朔之助の肩を掴んだ。すり抜けるかと思われたが、返ってきたのは確かな人の体温と感触だった。


「あ、あなあな、あ、貴方が先代の!?」

『そ、そうだよ』

「わ、私、あの、あのあの、えっと」

『ま、待って待って。とりあえず一旦落ち着こう。ほら、深呼吸!』


朔之助に促され、チドリは大きく息を吸った。ゆっくり呼吸を整え、落ち着きを取り戻す。朔之助は尚も心配そうにチドリを見つめていた。


「……すいません。取り乱してしまって……」

『ううん、急に先代ですーなんて言われたら驚くよ、普通』

「それで、あの……どうして、私に会いに来てくれたんですか?」

『うん。その事なんだけどね』


朔之助の表情が、厳しいものに変わった。


『君達が今相手にしている、魔族について話があるんだ』

「魔族……?」

『うん。本当なら、魔族達は先代の魔道士である僕らによって滅びるはずだったんだよ』

「え……」

『もともと、五大国とスィエラは創国神達の時代から決裂していたんだ。人間と魔物が共存する世界を、スィエラ国のフェオン・ザウ・ウラガン神は望まなかった。だから魔族を生み出し、自らの国を築いたんだとされてる。魔族が皆膨大な魔力を有しているのは、ウラガン神が人間や魔物を魔族より劣った存在にしたかったからだってね』

「そんな……」

『他の五大神が魔道士を選儀するようになったのは、魔族から皆を守るためだよ。僕らは、そういう存在だったんだ』


だけど、と朔之助は続けた。


『……僕は、魔族に止めを刺せなかった』

「どういう、事ですか?」

『他の魔道士達は悪くないんだ。最後の最後、僕が要になってスィエラ国の魔道士と対峙したんだけど……僕には、出来なかった。彼女を殺すことが、出来なかったんだ』

「彼女?」

『先代のスィエラ国の魔道士だよ。彼女を倒せば、魔族達は滅びるはずだったんだ。魔族は強力である代わりに、その全てを魔道士に握られている……対価無しの強さではいられないんだ。だから、魔道士が死ねば魔族も滅びる。そのはずだった』

「……でも、そうならなかったんですね」

『……うん。ごめん』


朔之助は深く頭を下げた。チドリは慌てて顔を上げさせる。


「そ、そんな顔しないで下さい。何か理由があったんでしょう?」

『理由……ううん、あれは僕の弱さだった。僕のせいで、君達の代にまで迷惑を掛けることになってしまったんだ。本当に、ごめん。謝って済む話じゃないんだけど……』

「いえ、大丈夫です。私達は私達で、解決策を探します」


言い切ったチドリを見つめ、朔之助は目を瞬かせた。しばらくして、ふっと表情を緩める。


『……強い子だね、君は』

「えっ?あ、あはは、どうでしょう……魔道士になりたての頃は、ホントにポンコツで……魔法なんて知りませんでしたし」

『ふふ。それは僕もそうだよ』

「そうなんですか!?」

『うん。他の四人の方が、僕よりずっと強かった。というか、僕の魔力じゃ全然役に立てなくて……僕の魔力って、死んで初めて真価を発揮するようなものだからさ』

「し、死んでから?」

『そう。僕もう死んでるよ。これは、僕の魔力の残滓に過ぎない……次の魔道士達が魔族と敵対するようになった時に、手助けが出来たらと思って』

「……朔之助さんの魔力って、何なんですか?」


朔之助が穏やかに微笑んだ。


『僕の魔力は揺曳ようえい。主に、死んだ人や万物の魂に干渉することが得意かな』

「魂に、ですか」

『うん。まあ万物って言っても、干渉出来なかったりすることだってあるんだけどね。で、僕自身が魂になって初めて、こうして自由に飛び回れるっていうか』

「人の夢に入ったり、ですか?」

『厳密にはこれは夢じゃないよ。君の頭の中って言った方がいいかな』

「へぇ~……」

『長話しちゃったね。僕はそろそろお暇するから、君はゆっくり休むと良いよ。近々また大きな動きがありそうだ』

「え、あ、あの、朔之助さん!」

『ん?』

「また、お会いできますか。私、聞きたいこととか、話したいこととか、あって……」

『もちろん。君が望むなら、また会えるよ』


朔之助の笑顔を最後に、チドリの目の前に真っ白な霧が掛かっていった。






寝支度を整えていたレアンは、部屋のドアから現れた顔を見て瞠目した。


「チ、チドリ様!?」


半開きの目を擦りながら、チドリがフラフラと部屋の中に入ってきた。レアンの方にボンヤリした顔を向ける。レアンは慌てて駆け寄った。


「どうなさったのですか!?こ、こんな夜更けに……何かありましたか?」


チドリは答えないまま首を振った。幼子のような仕草に、レアンは思わず「可愛い」と胸中で呟く。


「……ず」

「え?」

「……お水、飲もうと、思って」

「水ですか?水ならそこに……」

「だいじょぶれす。もー飲んだから」

「そ、そうですか」

「んむ。おやすみなはい」

「はい、おやすみなさ……ってチドリ様?」


ペコリと頭を下げたチドリは、何故かレアンの寝台に潜り込んだ。唸りながら、もぞもぞと体を動かす。レアンは一先ず部屋の明かりを落とし、枕元の小さな明かりだけをつけた。薄暗い中、チドリが「ふぬぅ」と唸る。レアンはそっとその肩を揺らした。


「チドリ様、ここはチドリ様のお部屋ではありませんよ」

「んむぅ……」

「どうしたのです?何かありましたか?」

「ぬ……さくのすけ、しゃんに、会いました……」

「サクノスケ……?」

「まぞく、だいじょーぶって……んん……でも、お話、を……んー……」


小さな子どものようにぐずるチドリを見て、レアンは表情を優しく綻ばせた。隣に体を横たえ、頭を撫でる。


「……詳しいお話は、起きた時に聞かせて下さい。今は、お休み下さいませ」

「ん……ふぬ……」


チドリが徐に手を伸ばし、レアンの袖を掴んだ。それに安心したのか、穏やかな寝息が聞こえ出す。溜息をつき、レアンは華奢なチドリの体を抱きかかえるように腕を回した。額に口づけてから、そっと頬を撫でる。チドリは安堵しきった顔でスヤスヤ眠っていた。


「ふふ、全くもう……可愛い人ですね」


瞼を閉じ、レアンは温かな闇の中へ意識を沈ませていった。

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