それぞれの夜(2)
岩肌の連なる地面に、月明かりが降り注いでいる。辺りに気配はなく、時折風が吹いていくだけだ。ライゼは一人、酒を呷っていた。立ったまま、足元にある二つの墓石を静かに見つめる。
「……かれこれ十二年近く経ったのか。早いな、時の流れってのは」
独り言のように、墓石に語りかけた。
「もう俺もすっかり年を取っちまったよ。若いもんに着いていくのが大変でねぇ……情けないかい?」
墓石は答えない。ただ風が流れていくだけだ。
「お前はいつも元気だったよなぁ。あちこち走り回ってさ、よく働いて……ホント、俺にはもったいないくらいだったよ。後悔してんじゃないのか?俺なんかと所帯を持ってさ」
胸の痛みを堪えるかのような苦笑が、ライゼの口元に浮かんだ。墓石の前に座り込み、そっと手を添える。
「お前も、アイツも……俺には過ぎた宝物だったよ。ありがとうな」
一拍の後、その瞳が激しい激情に揺れた。
「……待ってろ、もうすぐだ。もうすぐ……」
言葉は、風に消えて行った。
『そうか、では、まだレアン殿は忙しいのだな』
魔法水晶の向こうから聞こえる声に、シャイルは「ああ」と頷いた。
「チドリを正式に自分の婚約者にでも仕立てあげようと画策しておるらしい。それには相当な根回しやら手続きやらが必要なようでのう……毎晩遅くまで頑張っておるのじゃと」
『体を壊さなければよいが……』
「心配いらんじゃろう。仮にも天狼であるしな」
『婚約者と言うと、チドリ殿にはもうその事を伝えてあるのか?』
「伝えとらんじゃろうな。そもそも、言い寄って来る公爵や令嬢共を一掃できれば何でも良いのじゃろう、あの王子は。婚約者などというまどろっこしい事はせず、一息に正妃にするつもりかもしれんな」
『お、恐ろしい策士だな……』
「ベスティアは少し見習うべきじゃのう。おぬしは不器用が過ぎるぞ」
『む……』
黙り込んだベスティアに薄く微笑んでから、シャイルはそっと目を伏せた。
「のう、ベスティア……そなた、まだ妾を避けるつもりかえ?」
『…………』
「ふふ。こういう時に上手い言い訳の一つもせぬところが、そなたらしいのう」
『い、言い訳など……あ、いや……すまない』
「いや、良い。妾が意地の悪い事を言うた。すまんな」
『シャ、シャイル殿は悪くない』
「そうやって変に庇うでない。こちらが惨めな思いをするだけであろう……っと、また意地の悪い事を言ってしもうたな」
『…………すまない』
「……ふふ。どうも妾は、そなたとのお喋りだけ上手くいかんのう」
聞こえないように、シャイルは小さく溜息をついた。話を切り上げようと口を開いた時、ベスティアが焦ったような声を上げる。
『シャ、シャイル殿!』
「うん?」
『あ、いや、その……』
言いにくそうにベスティアが口ごもる。シャイルは催促せず、じっと続きを待った。
『い、今はまだ、自分の未熟さと向き合う必要があると思っている。いつか……いつか必ず、シャイル殿の前に足を運ぼう。約束する。だから……どうか、まだ、待っていて欲しい』
「…………妾が、もう気にするなと言うてもか?」
『……ああ。本当に……すまない』
「……仕様のない男だのう」
『すまない……ありがとう』
その言葉を最後に、通信は切れた。窓辺に体を預け、シャイルは月を仰ぐ。
「……惚れた弱み、というやつじゃな」




