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魔道士なんて聞いてない!  作者: 香月千夜
雷雲下の義戦
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銀籠に鳴く鳥(11)

レアンの肩に顔を埋めてしばらく経った頃、チドリは段々と落ち着きを取り戻し始めていた。


(あれ……な、なんか私、さっき物凄く恥ずかしいこと言ったような……)


気づくと、そこから徐々に羞恥が広がっていった。身じろぎし、僅かに体を離す。


「あ、あの、レアンさん……す、すみません私、は、恥ずかしいこと言っちゃって……」

「……恥ずかしいことなどありませんよ」


スルリとレアンの手が滑り、チドリの頬に触れた。真正面から見つめられ、その瞳に吸い込まれそうになる。


「……それから、貴方を嫌いになることもありません。いえ、世界が滅びようと在り得ない事です」

「せ、せか」

「ええ、そうです………はぁ、本当に、ライゼ殿の言うとおりですね」

「ライゼさんの……?」

「以前、言われたんです。俺と貴方は、お互いを信頼するあまり、言葉が足りなくなっているのではないかと」


そっと引き寄せられ、チドリはレアンの額に自分の額を当てた。伏せられたレアンの長い睫毛が、届いた木漏れ日に美しく光る。


「忘れてしまっていたのでしょうかね……触れるだけでは、伝わらないこともあるのに」

「レアンさん……」

「……ふふ。俺は、チドリ様が思っているより心の狭い男ですよ?」

「え?」

「貴方の周りにいる全ての男に嫉妬する自信があります。ああ、それはカイトやライゼ殿やベスティア殿、エーデルも例外ではありませんからね?時にはステラにすら嫉妬心を覚えます。公務の途中でも会いたい気持ちが抑えられない時がありますし、正直貴方以外の女性が全員同じ顔に見えるほどです」

「あ、は、はわ、あわわ」

「そうですね……もし、万が一にでも、貴方が俺以外の誰かを好きになるとしたら……」

「そ、そんなことないですッ!!」

「最後まで聞いて下さい。もしそんなことになるようなら、俺は……持てる手段の全てを駆使して、どんな手を使っても、貴方を奪い返してみせるでしょうね」

「ふあ!?」

「それくらい、お慕いしているということです」


顔を離して笑顔を浮かべたレアンは、何故か天狼の姿に変じていた。大きな銀色の尻尾が、水面を弾いて勢いよく振られている。


「チドリ様、こちらへ。髪にもついていますよ」

「え?あっ……」


腰元を引き寄せられたと思った次の瞬間には、レアンに抱き上げられる形で水の中にいた。胸の下辺りまで冷たい水が迫り、体を震わせる。チドリの腰に手を回した状態で、レアンが上目づかいに見つめてくる。その金の瞳が蜂蜜のようにトロリと蕩けて見え、チドリの心臓が高鳴った。


「掴まっていて下さいね。ここでは恐らく、チドリ様の足は底に着きませんから」

「へ!?は、はい!!」


水を掬い、レアンはチドリの髪にそっと掛けていった。サングレの赤い色が滲み、川に溶けていく。長い爪でチドリの髪を梳き、次いでレアンは濡れた手でチドリの頬を優しく湿らせた。


「……?」

「失礼しますね」


微笑んで唇を寄せ、溶けた赤色を軽く音を立てて吸い取った。チドリの顔が真っ赤に染まる。


「んな!?な、な!?」


チドリの声に構わず、レアンは首に唇を当てた。


「ん……?取れません、ね」

「あ、ちょ、く、くすぐった……!」


開いた唇から舌が覗き、チドリの肌を悪戯に撫でた。何度も往復される感触に、チドリは堪らず身を捩る。


「レ、レアンさんっ……くすぐったい、です!」

「駄犬ですので。お許しください」

「そ、そういう問題じゃ……うひっ!」

「ん。ふふ……果実水のようで、美味しいですよ?」

「お、美味しいって……!!」

「はあ……甘い、ですね。こんなに甘い果実があったのですか?」

「あ、ありました、けど……な、なんか、う、熟れ過ぎてた、みたいで……と、採ろうとしたら、こんなこと、に」

「おや、それは勿体ない。甘くて美味しいのですが……」

「そ、そうなんです、か?」

「ええ。ほら……」


朦朧とした意識で尋ねると、グッと後頭部を引き寄せられた。声を上げる間もなく唇を塞がれる。驚きで思わず開いてしまった口に流し込まれたのは、芳烈な甘さの水だった。眩暈を覚えるほどの香りと熱に、チドリの体から力が抜ける。

グッタリと自身を預けるチドリの背を撫で、レアンは満足そうに耳元で笑った。


「……甘かったでしょう?」


答えず、チドリはレアンの脇腹を小突いた。




レアンが魔法で服を乾かし、二人は解散した場所へ戻った。

そこに広がっていた光景を見て、チドリは何とも言えない顔になる。

ヴィヌルと五人の令嬢は皆青を通り越して白に近い顔色をしており、逃げるように隅で縮こまっていた。それを威圧するように立っているのは、変装を解いたステラ達である。その両者の間に、グルグルに縛られた五人の刺客が座らされていた。

レアンにいち早く気づいたヴィヌルが、短く悲鳴を上げる。


「で、で、殿下……!!」

「これはこれは。皆揃っているようで何よりだ」


先程の甘い笑みが嘘のように、レアンは冷淡一色の笑顔を浮かべていた。姿は戻っているが、蒼い瞳には天狼の鋭さが宿っているように思われる。

令嬢達は震えあがり、口も開けないようだった。


「殿下!!私は何も存じ上げませんでした!!この娘たちが勝手に……!!」

「ほう?それにしては賊が随分とこの山の地形に詳しかったようじゃないか。持ち主に聞かない限り、地形のことなどはわからないはずだが?」

「そ、それは、その……」

「運が悪かったな。まさかお前達も、こちらに魔道士が三人紛れているとは思うまい?」


レアンの声に、シャイルとエーデル、ライゼが不敵に笑う。


「それでなくとも……全く、命知らずなことをしでかしたものだ。よりによって、イリオルス国の魔道士の命を狙うとはな」

『その通りだ』


同調する声と共に、藍晶が姿を現した。令嬢達は悲鳴を上げ、腰を抜かした。


「きゃあぁぁ!!お化けえぇぇ!!」

『誰がお化けだ愚か者が。亡霊なぞと一緒にするな』

「ら、藍晶……」

『精霊王を従えるチドリを襲うということはつまり、精霊王を敵に回すということなのだぞ。人間ごときが、俺達に敵うと思うのか?』

「実際、捕らえた刺客のうち三人は貴方がたの手柄ですからね」

『紅焔のアレは微妙だがな』


苦笑した藍晶の瞳が、次の瞬間、人ならざる絶対的な力を宿した冷酷なものに変わった。


『覚えておけ人間。此度のようなことがまた起こるようなら……その時は生け捕りなどという生温い事はしない。刺客の首も貴様らの首もへし折る』


そう言い残し、藍晶は姿を消した。精霊王にだけ聞こえるよう、翠妃が『なんだかんだ一番過保護なんだからぁ』と呟く。

レアンが息をついた。


「シャイル殿、チドリ様を先に連れて行って下さいますか」

「承知した」

「え?」

「チドリ様、話が終わるまでお待ち願えますか?」

「は、はい」


不思議に思ったチドリだったが、素直に頷くことにした。シャイルが優しく手を引き、チドリを連れて行く。その背が見えなくなった頃――ふいに、レアンの纏う空気が冷たくなった気がした。


「……さて」


落とされる声が氷のように冷たい。令嬢達は知らず歯を鳴らしていた。足が震え、立っていることすらできない。

殺される、と、本能で感じた。


「下される処置は十分理解しているだろう。何か文句があるなら今のうちに言っておけ。遺言になるかもしれんがな」


ヒュッと誰かの喉が鳴った。誰かの目から涙が零れた。それでも、レアンの瞳に慈悲は映らない。

沈黙が満ちる中、立ち上がる影があった。


「お待ちください殿下!!」

「イディア嬢。何か?」


レアンの冷笑に一瞬怯んだイディアは、震える声を振り絞った。


「こんなのっ……こんなの、あんまりですわ!!私達は騙されたようなものですのに!!」

「騙された?」

「あの魔道士が来るなんて聞いておりませんでしたわ!!だから私達は焦って……!!わ、私達は言われた通りにしただけですわ!!それぞれ、父から言われたように、殿下に相応しい娘になるようにと……!!」

「その必要はない、と何度も言っている。俺はチドリ様以外を心に置くことなどしないし、出来ない。それは未来永劫ずっとだ。俺は再三それを口にしてきた。無視して勝手に行動したのはそちらだろう」

「なっ……!!」

「勝手と言えば……ああ、お前達が俺の部屋に盗聴の魔法水晶ラクリマをしかけていたこともわかっている。全く、余計な物を寄越してくれたものだな?おかげで夜を満足に楽しめなかった」


令嬢達の顔が引き攣った。レアンはもちろん嘘をついていたのだが、令嬢達には効果覿面だったらしい。

スフェンがか細い声を上げる。


「殿下……何故ですか?何故、あの娘にそこまで……!!おかしいではありませんか!!イリオルス王家は代々正室の他に側室を持ってきました!!なぜ、なぜ私達には正室はおろか側室の座も与えられないのですかっ!?」

「同じことを何度も言わせるな。俺は、チドリ様以外に気を許しはしないと言っている」

「ですが王家の方々は……!!」

「黙れ」


静かな声だったが、スフェンは打たれたように黙り込んだ。


「王家、王族……貴様らは口を開けばそう言う。イリオルスに側室を持つべきという法はない。実際、歴代の王族の中には正室のみを娶った者もいる……結局、貴様らは自分達の利益や繁栄を考えているだけだ。そんな塵芥じみたものに付き合う気は無い」


話は終わりだとばかりに、レアンは踵を返して歩き出した。ステラ達が後ろに続く。


「……っ殿下」


焦った声音で呼びかけたのは、青ざめたままのノースである。ノースは乾ききった唇を何とか動かし、言葉を紡いだ。


「何故……何故、私達では駄目なのですか?私達とあの娘で、何がそんなに、違っているのですか?」


振り向いたレアンは、静かに答えた。


「そんなことを考えているようでは、違いに気づくこともできないままだろうな」

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