銀籠に鳴く鳥(12)
別荘に帰りついた後、チドリはシャイルと共に部屋に残された。他の面々は皆階下に集まり、何やら剣呑な雰囲気だ。
状況を理解しきっていないチドリの横で、シャイルは慣れた手つきでお茶を淹れている。
「ほれチドリ」
「あ、はい……いただきます」
「うむ。夕餉まで時間があるでな、この菓子も食べるといい」
勧められるまま、チドリは焼き菓子を口に運んだ。シャイルがカップに唇をつけ、優雅にお茶を飲む。
「あの……皆さん、何を話してるんですか?」
「うん?ああ、大方先ほどの刺客達についてであろうな。未遂だったとは言え、あの娘達はチドリの命を狙ったのじゃ。レアンが許すはずもあるまい?」
シャイルの微笑みに、チドリは黙り込んだ。手元を見つめていると、シャイルがフワリと頭を撫でてきた。
「どうした?何をそんなに浮かない顔をしておる?」
「あ、いえ……やっぱり、そんなに重い罪なのかな、と」
「自分の命を狙った連中に胸を痛めておるのか?」
「……私は、そんなに優しい人間じゃないです。ただ、その……私は無事だったわけですし……もう、取り立てて言及しなくてもいいかなって」
「ふふ。そなたは、自分のこととなると大雑把じゃな」
「そ、そうですかね」
「そなたの気持ちも分かるが、妾にはレアンの気持ちも同じようにわかるぞ」
「レアンさんの、ですか?」
「そうじゃ。自分の最愛の人が危機に晒されたとなれば、誰でも怒りを覚えるであろう。レアンなら猶更じゃろうな。死罪とまではいかなくとも、下されるべき判決を下すはずじゃ」
うっそりと笑うシャイルの瞳に冷たい色が垣間見え、チドリは一瞬顔を強張らせた。
と、部屋のドアが控えめにノックされる。
「チドリ様、シャイル様、今よろしいですか?」
「ファリアさん、どうしたんですか?」
「お話が終わったので、そろそろ夕食の準備に取り掛かろうかと……すみません、少し時間がかかりそうです」
「あ、私お手伝いします!」
「ふふ。妾も手伝うとしよう」
「いえそんな、お二人の手を煩わせるわけには……」
「何言ってるんですか。皆で作った方が美味しいですよ!」
「そうじゃな。時間の短縮にもなるというものじゃ」
二人はそう言って笑い、ファリアと共に部屋を出た。
厨房に入ると、そこには既にレアン達五人が揃っていた。料理がしやすいよう、全員着替えている。
「お、来た来た」
「待ってたわよチドリ!さ、一緒に夕飯作りましょ!」
ステラが嬉しそうにチドリの手を取った。チドリは頷き、並べられた食材を見る。
「や、やっぱり、採り過ぎましたかね?」
「いえ、これくらいが丁度良いくらいでしょう。人数もかなりいますし、きっとあっという間になくなりますよ」
そう言って、いつの間にか隣に立ったレアンが微笑んだ。慣れた手つきで腕を捲り、野菜を水で洗いだす。
「レアンさん、慣れてますね?」
「ええ。王族なのに意外ですか?」
「は、はい。料理なんかしないと思ってました」
「普通はそうでしょうね。ですが俺はご存知の通りアロガンにずっと虐げられながら生きてきましたから、それなりに生き延びる術は学んでいるんです。寝巻のまま連れ去られてどこかの森に置き去り、なんてこともありましたしね」
「え!?」
「そんなこともありましたから、身の回りのもので数日は生きられるようになろうと、自分なりに学習したんですよ。ですから、料理は結構得意です」
「す、すごいですね」
「慣れれば楽しいものですよ。城の厨房を借りて料理したりもします」
チドリと話している間にも、レアンの手は手際よく野菜を切っていく。その動きに、チドリは束の間見惚れた。レアンが悪戯っぽく笑う。
「……料理の出来る男は、お好きですか?」
「へっ!?」
「いえ、チドリ様が気に入って下さるなら、勉強した甲斐があるものだと思いまして」
「え、あ、あの、えっとぉ……り、料理でも何でも、才能があるのは、その、凄いと思います」
「ふふ。それはよかった」
嬉しそうに笑うレアンの後ろから、呆れた声が掛かった。
「お兄様、完全に私達のこと忘れてない?」
「二人だけの世界、だな」
「熱いねぇ」
「み、見てるこっちが恥ずかしい……」
「可愛らしいですわぁ」
「うむ。愛いのう」
五人からの目線に、チドリの顔が燃え上がった。
「ご、ごご、ごめんなさいぃい!!」
「おや……すっかり忘れていた」
「忘れてたのかよ!?」
「エーデル、冗談だから。真に受けんな」
軽口を叩き合い、レアンは笑いながら作業に戻った。
ふと、チドリの目が近くでナイフを持ったステラに停まる。
「ス、ステラ?」
「な……っに!?」
「そ、そんなに力入れたら危ないよ……?」
「だい……っじょうぶ、よっ!」
ステラはそう答えるが、手つきが明らかに危なっかしい。今にも刃が滑って指に当たりそうで、見ていてヒヤヒヤする。
「ステラは、服や美容品の装飾は得意なのに何故か料理だけは駄目なんです。婚約者の母君も手を焼くほどでして」
「そうなの?ステラ」
「だ、大丈夫よ!ちゃんと出来るわ!」
「ス、ステラ様!振り回したら危ないです……!」
その後、ステラはファリアの手助けを借りながら何とか一仕事を終えたのだった。
日が暮れ、辺りに心地良い闇が降りた頃、夕餉の支度が整った。
色とりどりの料理に、チドリのお腹が遠慮なく鳴る。鼻を擽る香りに、口の中に涎が滲んだ。
「うぅ~……お腹空いた……!」
「もう少々お待ちください。そろそろ皆さん揃われる頃で……ああ、来ましたね」
レアンの声に振り返ると、幾分かやつれた表情の令嬢達が広間に入ってきたところだった。皆一様にレアンの方を見ようとせず、黙って席に座る。それを確認した後、レアンがニッコリ笑って告げた。
「それでは、頂きましょうか」
各々料理を口にし出すが、広間に満ちる空気は重かった。
(お、重い……!物凄く居た堪れない!ご飯美味しいのに味わえない……!)
チドリはそっと周りを窺い見るが、ステラもエーデルも、この状況に何も感じていないようだった。
気を取り直し、再び口を開きかけた時――唐突に、しゃくり上げる声が聞こえた。何事かと思って目をやると、ガルデが顔を覆って泣いていた。近くにいたノースがギョッと目を見開く。
「ガ、ガルデ?どうなさったの?」
「どうもこうもありませんわ!!」
いきなりの怒声に、その場にいた全員が手を止める。ガルデは険しい顔でレアンを睨んだ。
「一体何のつもりですの!?私達をこのような場に呼び出すなんて!!」
「夕餉は必要ありませんでしたか?」
「そういうことではありませんわ!!私達が怯えているのを見て楽しんでいるのでしょう!?」
「人聞きの悪いことを。俺にそんな趣味はありませんよ」
言い立てるガルデに対し、レアンはあくまで冷静だ。が、ガルデに触発されたのか徐々に令嬢達の目に同じ色が宿り始める。
「……ガルデの言うとおりですわ。殿下、このような茶番はやめて、早急に処罰を言い渡して下さいまし!!」
「処罰、と言うと?」
「白々しい真似はよして下さい!!どうせ私達五人は死罪なのでしょう!?」
スフェンが厳しい声で言い放つ。チドリはオロオロとするばかりだった。
レアンが嘲笑にも似た笑みを浮かべる。
「死罪にはしませんよ。してやりたいのは山々ですがね」
「ならば……!!」
「ですが、チドリ様はそのような事を望まれませんので。チドリ様の意にそぐわない事をするつもりは毛頭ありません」
「……っ!」
「チドリ様に救われた命だと思って生きろ。それがお前達への処罰だ」
レアンは涼しい顔でグラスの中身を飲み下した。
チドリの意思で、チドリによって救われた命。その屈辱感は彼女達にとっては計り知れないものになるだろう。そんな状況でまだチドリの命を狙うと言うなら、もはや勇敢ではなくただの愚鈍だ。それがレアンの見解だった。
案の定、令嬢達の顔にはハッキリとした絶望が浮かんだ。
「…………信じられませんわ。殿下が、こんなに……こんなに、狂った方だったなんて!!」
「っロシュエ!!」
イディアが窘めたが、レアンはむしろ嬉しそうに微笑んだ。
「何とでも?俺には全て褒め言葉にしかなりませんがね」
レアンの言葉に、エーデル達が苦笑した。
顔を歪めたガルデが、今度はチドリを睨み付ける。
「っ貴方は……貴方は何なんですの!?そんな、平民以下の成りで私達に楯突こうだなんて、おこがましいにも程がありますわよ!!」
「へ、平民かどうかは関係ないですっ!」
チドリからの思わぬ反論に、ガルデは一瞬怯んだ。その間に、ノースが割って入る。
「だって全然可愛くないじゃない!!」
「み、皆さんみたいにお腹の中まで黒くないですぅー!!」
「何ですってぇ!?」
「あー!その顔全然可愛くないです!!そっちが本性ですかっ!!」
子どものように憤慨しながら、チドリが言い返す。
他の令嬢達まで乱入してきた。
「そんな貧相な体で何言ってるのよ!!」
「体なんて二の次です!!」
「ドレスもまともに着ないくせに!!」
「山にドレス着てくる方がおかしいです!!何しに来てるんですか!!」
「私達はねぇ!貴方なんかとは比べものにならないくらい努力してここにいるのよ!?貴方が何をしたっていうの!?」
「私だって魔道士として頑張ってます!!頑張り方なんて皆違いますぅー!!」
「キィーッ!腹立たしい娘ね本当に!!」
双方の言い合いを聞きながら、レアン達は「子どもの喧嘩のようだな」と思い始めていた。実際、チドリは令嬢達に向かって勢いよく「べー!」と舌を出す始末だ。
「何ですかもう!この腹黒!厚化粧!下心人間!」
「な、な、何ですってぇ!?」
「何回だって言いますよ!負けませんから私!!」
「フン!貴方が私達に勝てる部分があるっていうの?言ってみなさいよ!!」
「レアンさんが好きだって気持ちです!!」
突然の言葉に、その場の全員がビシリと固まった。チドリは構わず続ける。
「これだけは絶対に負けません!!何があっても!!私と張り合うなら、私よりレアンさんのこと好きになってから来てくださいよ!!無理でしょうけどね!!」
「チ、チドリ」
「家柄とか容姿とか教養とかそんなので人の感情を推し量るのがそもそも……な、なに?ステラ」
袖を引かれ、チドリはステラの方を見た。ステラが気まずそうに苦笑する。
「貴方、また熱が入って爆弾発言してるわよ」
ステラは、きっとチドリが瞬時に顔を赤くしてまた悶えだすかと思ったのだが、予想に反してチドリは頬を微かに赤らめただけだった。そして、拗ねたように唇を尖らせる。
「……知ってるよ。宣戦布告、した、つもり、だもん」
「…………へ?」
「わ、私は何があっても自分の居場所を譲る気は無いって、言ってるの」
フンと腕組みしてみせたチドリだったが、その顔は徐々に赤色を深め、耳まで熱が広がり始めていた。やがて、耐えきれなくなったようにステラの肩に顔を埋める。
「……恥ずかしいなら言わなきゃいいのに」
「う」
唸ったチドリに、五人分の盛大な溜息が聞こえた。
「やってられませんわ」
「ええ、本当に」
「なんだか馬鹿馬鹿しくなってきた……」
「お手上げですわ」
「泣いても通用しないのですものね」
ケロッとしたガルデの顔を見て、チドリがワナワナと震える。
「う、嘘泣き……!!」
「当たり前ですわ。涙は女の武器でしてよ」
「あーあ。言いたいこと言ったらお腹空いてきましたわ」
「こうなったら食べつくしてやりましょ。生意気な娘の分までね」
「賛成ですわ」
どこかやけに晴れ晴れした表情で、令嬢達は料理を皿によそい始めた。自分も再び食べ始めようとしたところで、チドリはグッと腰元を抱き寄せられた。犯人は誰であろうレアンである。至近距離で覗き込んだ瞳は恍惚と歓喜でいっぱいだった。
「……本当に、貴方はどこまでも俺を溺れさせて下さるのですね」
「へ、あ、ふぁい!?」
「今すぐ二人きりになりたい気分です。この飢えは、貴方でしか満たせないでしょう……?」
「ご、ごご、ご飯!!ご飯食べましょうレアンさん!!美味しいですよ!!ネッ!?」
「チドリ様がいいです……」
「あーほらほら!!これ美味しいですよ!!あ、あれも美味しいです!!」
「チドリ様が食べさせて下さい」
「ちょっとそこの二人!!目の前で人目も憚らずにそういう事しないで下さる!?」
「す、すみませんー!!」
真っ赤になったチドリは令嬢達に散々弄られながら、騒がしい時を過ごした。




