銀籠に鳴く鳥(9)
『……チドリ。これも食べられる』
「ホント!?」
木漏れ日の中、チドリは琥珀と共に木の実を採っていた。籠は既にいっぱいになっており、琥珀が即席で拵えた蔓籠を手に持っている。が、そちらもだいぶいっぱいになりつつあった。
「翠妃さんと藍晶、どこに行ったんだろうね。大人しくしてろって言われたけど……」
『さあ…………何か大物でも見つけたのだろうか』
「ふふ。何だかんだ言って、藍晶も楽しんでるのかな?」
『かもしれないな。アイツは結構、単純なやつだから』
端整な顔に微笑を浮かべ、琥珀はそっとチドリの手に何かを乗せた。
「わぁ……花冠だ!すごい!」
『少しじっとしていろ……うん。よく似合っている』
「えへへ~ありがとう!」
『構わんさ』
「あ、作り方教えて!私も作りたい!」
『もちろん、いいぞ』
仲の良い兄妹のようなやり取りを交わす二人から距離を取ったところで、翠妃がクスリと笑った。
『うふふっ。ホント、あの二人は可愛いわねぇ?』
『フン。危機感が無さ過ぎる』
『もう、内心可愛いって思ってるくせにぃ……それで?ソレ、どうするの?』
翠妃が指さしたのは、藍晶の足元で気を失った刺客だった。
『さあな。殺してやりたいところだが、生かしておいた方がいいのだろう?』
『そうねぇ。人間の問題に私達が介入しすぎてもいけないわぁ……処理は、あの王子様に任せましょう』
『賛成だ……さて、動けないように足でも切り落としておくか?』
『ダメよぉ。王子様に叱られちゃうわぁ』
『面倒だな。では、手間だが水で縛り上げておくか』
溜息をついた藍晶が手を一振りすると、すぐ傍の川から水が生き物のように動き、男に絡みついた。そのまま、器用に男を拘束する。
『お仕事は終わりねぇ。じゃ、あの二人の所に戻りましょっ』
『はぁ……命を狙われているなら、早く皆と合流した方がいいのではないか?』
『野暮なこと言わないのぉ。せっかくチドリちゃんが楽しそうにしてるのに、水を差すのぉ?あ、水の精霊王だけに?』
『………………つまらん冗談を言うな』
『今、ちょっとそうかもしれないって思ったでしょぉ』
『俺が水の精霊王であることは関係ない』
『またまたぁ』
踵を返した藍晶の後ろを、翠妃が楽しそうに笑いながらついていった。
一方、エーデルは目の前の状況に頭を抱えたくなってきていた。
令嬢達の相手をしていたレアンの様子が、明らかにおかしくなってきている。いや、普段のレアンを思えば正常なのかもしれない。しかし今のレアンは「王子」であり、その体裁を保っていなければならないはずだった。が、その「王子」の仮面が剥がれかけている。あからさまに目の光が消え、どことなく苛々しているようにも見える。笑顔が引き攣ってきたし、時折どこか遠くを見るような目つきになる。令嬢達はその異変を薄々感じ取っているのか、益々意識を向けさせようと躍起になっている。それが逆効果のようで、レアンは溜息までつき始める始末だった。
「……でして。あ、殿下、今街で噂されているヴァーシュナーのドレス店をご存知ですか?フリルやレースがたくさんあしらわれていて、それはもう可愛らしいデザインだと……」
「……ドレス、ですか」
ボンヤリしていたレアンが、久しぶりにまともな反応を返した。それに嬉々とした表情を浮かべ、ノースが尚も言い募る。
「え、ええ!私、今度またお城にお招きされる際は、ぜひそのドレスをと思いまして……!」
「わ、私も着てみたいですわ!今女性にはとっても人気ですものね!」
「あら、私はもう注文を取りつけてありますわ!」
レアンからの反応があったのをいいことに、令嬢達が次々と話題に食いついてくる。が、レアンはそんな様子も目に入っていないかのように、ポツリと小さく零した。
「…………チドリ様は、お好きだろうか」
呟きは風に紛れるほど小さかったが、令嬢達がそれを聞き逃すはずもなかった。皆一斉に黙り、頬を引き攣らせる。レアンは一人溜息をつき、サッと踵を返した。
「で、殿下!?どちらに……」
「少し汗をかいてしまったので、川でも探して顔を洗ってきます」
振り返って応える顔には汗の一粒も浮かんでいない。代わりに、どこか仄暗い笑みが唇に乗せられていた。令嬢達の背筋に悪寒が走る。
レアンに続いて歩き出したエーデルは、そっと耳打ちした。
「いいのか?放っておいて」
「構いませんよ。どうせ使用人はそこらじゅうにいるんです。それに、危険があるとすれば自分達が用意した刺客だけじゃないですか」
「いや、そういうことじゃなくて……ほら、今回の目的は、さ」
「どうでもよくなりました」
「そ、そうか」
有無を言わせぬレアンの迫力に、エーデルは口をつぐんだ。振り返ったレアンの笑顔が、なぜかゾッとするほど冷たい。
「いい加減茶番にも飽きましたので。チドリ様を探します」
琥珀と並んで歩くチドリは、ご機嫌だった。
籠いっぱいの木の実やキノコ、頭には琥珀がくれた花冠。陽光を浴びてはしゃぐ姿は、幼い子どものようだった。二人から少し距離を離した後ろを、翠妃と藍晶が歩いている。頭には、僅かに形の崩れた花冠が乗っていた。それは同様に、琥珀の頭の上にもある。
『…………全く、下らん』
『かぁわいいじゃないのぉ。私達にまで花冠作ってくれるなんて、ね?』
『…………精霊に、しかも王に与えるのが花冠だと?フン』
『じゃあ今すぐ取って捨てればいいじゃない』
『…………摘まれた花を粗末にしては、琥珀が怒る』
『素直じゃないわねぇ』
三人の花冠は、チドリが作った物だった。琥珀はよほど嬉しかったのか、踏みしめる足元で花が咲き乱れている。藍晶も、ブツブツと文句は言いつつも花冠を捨てようとはしない。
「たくさん採れたねぇ~夕飯は豪華になるだろうなぁ」
『よかったな、チドリ…………ん?』
「どしたの?琥珀」
『いや、アレは…………ああ、サングレの実だ。熟れ過ぎているから、色が変色していてわからなかった』
「サングレの実?食べられるの?」
『もちろん。甘みが強くてな、あそこまで熟れているとなると、柔らかさもかなりあるだろう……採る時は気をつけた方がいいかもしれない』
琥珀が差した木に鈴生りに生っていたのは、血のように赤い野球ボールほどの大きさの実だった。風に乗って、甘い香りが漂ってくる。チドリは籠をそっと降ろし、腕まくりをした。
「よぉし!今日のデザート、確保だね!」
だが、木の上では不敵に笑う影があった。サングレの実と葉に紛れた刺客である。
(コイツが例の……身なりのおかしな連中を連れてるが、構わねえ。首を掻けば一発だ)
サングレは芳烈な香りを放つため、刺客の匂いが掻き消されてしまっている。また葉が下に行くほど密集しているため、四人からは見えていない。加えて、四人はすっかり和やかな雰囲気に包まれ、警戒など気にも留めていないようだった。
チドリが木に近づき、男が懐の得物に手を伸ばした時――思いもよらぬモノが飛び込んできた。




