銀籠に鳴く鳥(8)
「あ、殿下!あちらにもシファナの実がなっていますわ」
「ご覧くださいまし。ここにもこんなにたくさんの花が……」
「まあ殿下、今野兎が……可愛らしいですわね」
「ええ、本当に」
レアンの愛想笑いにも気づかず、令嬢達は必死になって興味を引こうとしていた。チドリが進んでいた方とは逆に進み、引き離そうとする魂胆が見え透いている。おまけに、先ほどから五人とも落ち着きがなかった。チラチラと互いを気にしたり、木の上や草陰をしきりに見ている。
「すみません、少し喉が渇きましたので」
そう言って、レアンは控えていたエーデルに近づいた。紺色の瞳が、面白そうに見つめ返す。飲み物を手渡しながら、エーデルが囁いた。
「お前の勘は当たってるぜ。五人ほど暗殺者紛いが隠れてるな」
「雇われた者で間違いないか。狙いはやはり……」
「チドリだろうな。さっきシャイルから連絡入ったぜ。もう動き出してるらしい」
「……それで?」
「聞いたところじゃ、チドリの精霊王達が意気込んでるってさ。心配はいらないんじゃねーの?」
「……」
「怖い顔すんなっての。ライゼもカイトも警戒してるし、アイツに万一の事はないって」
「だが……」
「あと、なんかお前のとこの妹と侍女が本気になったらしいって言ってたけど……どういう意味だ?」
それを聞いたレアンは一瞬目を見開き、次いで苦笑を浮かべた。
「そうか、それなら……確かに心配はいらないかもしれないな」
「は?おいどういう意味だよ」
「別に。俺から説明することもないでしょう」
「あ、ちょ、逃げんなっ」
獣道を走っていたファリアは、ふと足を止めた。後ろに続いていたステラとシャイルも立ち止まる。
「……近いですわ。微かに、血の匂いがします」
「相変わらず鼻が良いわね。で、どこに隠れてるかわかる?」
「あの木の上ですわね。葉が他の木より濃くて隠れやすいですし、風もないのに木が軋む音がします」
「目も耳も良かったわねそういえば……どうする?」
「捕獲が目的ですから、一気にいきますわ」
言い終わるやいなや、ファリアの姿が掻き消えた。三歩で飛び上がり、枝に静止していた人影に踵を叩きこむ。くぐもった悲鳴を上げ、人影が落ちた。森の中に溶け込めるよう作られた服の、痩せた男だ。顔の辺りまで覆っているせいで、人相がハッキリしない。男は受け身を取り、ファリアに対峙した。ファリアは銃を構えたまま、ニッコリ微笑む。
「御機嫌よう。早速で申し訳ないのですけれど、貴方の雇い主を教えて頂けるかしら?」
男の口に、嘲笑が浮かんだ。
「……俺が、簡単に口を割るとでも?」
「あら、もちろんそんなことは思っていませんわ。そうですわね……聞き方を間違えましたわ。貴方の雇い主を、教えなさい」
「…………断る」
男の両腕が閃いたのと同時に、ファリアが両銃を唸らせた。鋭い金属音を響かせ、二人の間に何かが落ちる。愕然とする男の前で、ファリアが美しく笑う。
「暗器は最新式の物ですか。扱いが難しい物を持っていらっしゃる所を見るに、腕はなかなかの方のようですね」
「お前、一体……っ」
「それにしても不運でしたわね。まさか昼間の暗殺を命じられるなんて……まあ、夜間に比べれば警戒心は緩むでしょうけれど。それでもやりにくいでしょうねえ」
男が再度腕を振るう。が、ファリアは淡々と暗器を撃ち落とした。男が、僅かに右足を引く。
「逃がしませんわ」
ファリアが呟くのと同時に、男の右足に弾が沈んだ。声にならない悲鳴を上げ、男が倒れこむ。
「あ……ッが、ぁ……」
「ふう……思いのほかやりがいがありませんでしたわね。久々だというのに、なんとつまらない」
顔の覆いが取れ、男の苦痛に満ちた表情が見えていた。男はファリアを睨み、奥歯に仕込んだ毒を飲もうとして――その顔にファリアの拳をくらう。勢いで、毒が口の中から飛び出した。
「自害などさせるわけがないでしょう?雇い主を吐かせるのが私の目的なのですから……全く、これだから暗殺業者は面倒ですわ」
「お……ま、え……は」
「口が動かなくなってきました?先ほどの銃弾には強力な麻痺薬が仕込まれてますの。そのうち指一本も動かせなくなりますわ」
青ざめる男を見下ろし、ファリアは花唇を微笑みに緩めた。
「副侍女長ですもの。これくらいは朝飯前ですわ」
岩陰に潜んでいた二人目の刺客は、ふと自分の周りの空気が揺らいだ気がして、辺りを見回した。だが、視界に入るのは草木ばかりで、怪しい物はない。気を取り直しかけた男の耳に、美しい声が響く。
『ほらねー?言ったでしょ?チドリのこと狙ってる奴がいるって』
『で、でも……ほ、本当にそうなのかな。普通の人だったら……?』
『何言ってるのさ。紫苑ならわかるはずだよ?コイツの心が読めるでしょ?』
『あ……う、うん。本当だ……真っ黒な、冷たいのが見える……』
『紫苑にこんなことさせたくなかったけどさー。チドリに怪我させたくなかったし……』
『わ、私はいいの……チドリちゃんのためだもん。私にできるなら、何だってするよ』
『あぁ~!紫苑ホントに可愛い!優しい!天使!精霊だけど!』
『な、何言ってるの……?』
能天気にも聞こえる会話に、男が苛立ちを露わにした。
「っおい!さっきから何をわけのわからねえことを……!」
『は~?わけがわからないのはお前の方なんだけど?』
突然、男の目の前に二人の男女が現れた。地面から微かに浮いた足と常人ではありえない美貌に、人間ではないことを思い知らされる。幼顔の青年が、空色の瞳を不機嫌そうに眇めた。
『お前達みたいな邪魔者が入るから、僕もチドリもデートを楽しめないんだよ?そこんところちゃんとわかってんのかなぁ~?』
『ふえ、デ、デート……ッ!?』
『せっかくこの山にはいい気が溢れてるっていうのに……台無しなんだよねぇ。どうしてくれんの?』
「ケッ!知るかそんなこと!下らねえことほざいてんじゃねえ!」
『…………ふぅん。下らない、ね』
途端に辺りの空気が冷たくなり、木々が落とす影が濃くなった。青年の瞳が、不気味に光る。
『勇敢なのか底なしの馬鹿なのか知らないけど、お前、もうちょっと自分の置かれてる状況理解した方がいいよ?好き勝手言ってくれちゃってさぁ、自分が脅す側に立ってるとでも思ってんの?』
『……私、チドリちゃんに何かする気なら、貴方のこと許さない』
言い返そうとした男の口が、何かに塞がれた。見ると、自分の影から漆黒の腕が何本も生え、体を絡め取ろうとしていた。悲鳴を上げようにも、くぐもった音しかしない。そのうち、泥に沈むように体が影に沈んでいった。もがいても腕はキツくなるばかりで、抜け出せない。影に飲み込まれる刹那、男が最後に目にしたのは、冷たく光る紫紺と空色の瞳だった。




