銀籠に鳴く鳥(7)
ヴィヌルの話していた山は本物の山と言うほどではなく、馬車で何なく中腹辺りまで来れてしまうくらいのものだった。馬車から降りたチドリは、若々しい葉をつけた木々の中で大きく背伸びをする。
「さあさ皆様、どうぞお楽しみくださいね」
ニコニコ顔のヴィヌルがそう告げると、チドリは早速と言わんばかりに森の中へ踏み出した。その目は輝きに満ちており、令嬢達のことなど気にしていない。
「ちょ、ちょっとチドリ……!」
小声で呼び止め、ステラが駆け寄った。
「お兄様とはぐれてどうするのよっこのままじゃあいつらの好きにさせちゃうだけじゃない!」
「え?でも、皆籠持ってるし、探しに行くんじゃ……あっ!アレ何かな!?」
「あ、ちょ、待ちなさいっ」
子どものように駆けだしたチドリの背をステラが追った。ファリアとシャイルがそれに続く。それを見ていたライゼとエーデル、カイトの三人が思い思いの表情を浮かべた。
「全くアイツは……ガキか」
「まあまあ。それがチドリの良さでしょ」
「元気だなーチドリ」
「呑気だなお前ら……で、置いて行かれたけど。どーすんだお前」
エーデルの囁きに、レアンは苦笑を返した。
「こちらはこちらで楽しむしかないでしょう。チドリ様がいないとなった今、早くも帰りたい気分ですが」
「ダメじゃねーか」
エーデルの呆れ顔に構わず、レアンは令嬢達に優しく微笑みかけてみせた。途端に、令嬢達は期待を滲ませる。
「で、殿下。あちらへ参りませんこと?美しい花が咲いておりますわ」
「ええ、そうですね。ご一緒させて頂きます」
令嬢に取り巻かれて歩き出すレアンの後ろを、三人が静かに付き従った。
一方その頃。
チドリは森の先へ先へと歩いてきていた。新緑の爽やかな匂いも、鳥の囀りも、どこからか聞こえる川のせせらぎも、チドリの心を楽しげに擽る。足を止めると光が輝き、精霊王達が姿を現した。
『うぅーん!持ち主はともかく気持ちのいい所だな!』
『同感だ。人の手があまり入っていない所を見ると、元から良い場所なのだろうな』
『いい風ねぇ~』
『…………いい、所だ』
『ねーねーチドリ!僕らも遊びたい!いいかな!?』
『と、遠くには、行かないから……』
「そうだね。私も、皆にたまには休んで欲しいと思ってたし……もちろん、いいよ」
『わぁーい!紫苑、あっち行ってみようよ!』
『あ、ま、待って白麗……!』
『アタシもアタシも!待ってろチドリ、何か大物仕留めてきてやるからな!』
『あまりはしゃぎ過ぎるなよ、紅焔』
姿の見えなくなった紅焔、紫苑、白麗とは違い、藍晶、琥珀、翠妃の三人はチドリの傍に残った。
「三人はいいの?遊びに行かなくて」
『フン。アイツのように子どもでもないのでな』
『私はチドリちゃんと一緒にいたいものぉ』
『…………大地のことなら、力になれる』
そう言って、琥珀がチドリの手を引く。導かれた先に、美味しそうなキノコが群生していた。チドリの目が輝く。
「すごいっ!琥珀がいたら心強いよ!!」
『…………ああ、任せろ』
琥珀は嬉しそうに目を細めた。二人はまるで兄妹のように手を握り、森の中を進んでいく。その後ろ姿に笑顔を浮かべながら、翠妃が藍晶を振り向いた。
『やっぱり聡いわねぇ。気づいてた?』
『馬鹿にするな。人間ごときに俺が遅れを取るとでも?』
『嫌ぁねぇ。そう怒らないでちょうだいな。白麗も気づいてたみたいだけどねぇ……だから紫苑を連れ出したんでしょうし』
『紅焔の馬鹿はいつも通りだがな』
『そこが紅焔ちゃんの良い所よぉ?人の悪意に反応できるのは、私と藍晶と白麗くらいじゃない。他の三人は純粋なのよぉ』
『鈍いだけだ』
『ひどぉい』
『御託はいい……おい、そこの。聞こえてるだろう。いい加減出てきたらどうだ』
藍晶の声に応じたのは、ステラ、ファリア、シャイルの三人だった。
「ごめんなさい、盗み聞きするつもりじゃなかったんだけど……」
「控えていたら、お二人の声が聞こえてしまったのです。すみません」
『いいのよぉ謝んなくても。三人も気づいてた?』
「そうじゃの。小娘たちが大人しくしているわけもないと思っておったが……刺客を雇うとはな。なかなか大胆なことをやりおる」
シャイルの切れ長の瞳が、鋭い光を宿した。
「全部で五人、か。小娘たち、各自が一人ずつ雇ったという計算でいいのかのう」
「そう考えるのが妥当でしょうね。責任が個人に傾かないように、それぞれで牽制しあってる感じかしら」
「死なばもろとも、ですわね。それで……いかがいたしましょう?」
「決まってるじゃない。チドリを狙うやつは全員ぶっ飛ばすだけよ」
『きゃー!かっこいいじゃなぁい!』
『フン。当然のことだな』
「久しぶりに張り切ってしまうのう」
「そうね……ファリア、久しぶりだけどいけるかしら?」
「うふふ。準備万端ですわステラ様」
ファリアが腰元に手を滑らせる。次の瞬間には、その両手に銀光を放つ銃が握られていた。ステラが懐から取り出した弾を受け取り、慣れた手つきで装填する。
「驚いたのう。ファリアにそのような特技があったとは」
「特技だなんて……ライゼ様に比べれば子どもの遊びのようなものですわ。お役に立てればいいのですけれど」
「木や花を傷つけたら、チドリや琥珀さんが悲しむから、今回のは対人間専用よ。存分に撃ってもらって構わないわ」
「承知しました」
ステラの口元に、愉悦にも近い笑みが浮かぶ。
「……ファリアにも驚いたが、まさかステラ、そなたにも何かあるのか?」
「ふふ。あんまり得意に言えることじゃないんだけどね。職業柄、いろんな薬草や花を取り扱うのよ。だから私……ちょっと毒には詳しいのよね」
「なんと……」
「気持ち悪いからあんまり人に言ったことないの。チドリにもね。もちろん毒に詳しくなったのは職業だけが理由じゃないけど……その話は後ね。今は暗殺者達を狩るのが先だわ」
『俺と翠妃はチドリの傍にいよう。近づいて来た奴から仕留める』
藍晶の言葉に頷き、三人は姿を消した。
残された二人は、琥珀とチドリの傍に歩み寄った。
「あ、藍晶、翠妃さん!見て見て!美味しそうなキノコじゃない!?」
『呑気だなお前は……』
『うふふふ。可愛いじゃなぁい』
『…………?二人とも、何かあったか?』
『何でもない。お前は気にするな』
『そうよぉ。琥珀は何も気にしなくて大丈夫っ』
琥珀とチドリは互いに顔を見合わせ、揃ってコテンと首を傾げた。
思いのほか長くなりそうですすみません!
(/_;)




