銀籠に鳴く鳥(6)
翌朝、チドリが目を覚ますと、目の前に微笑むレアンの顔があった。微睡む暇もなく、チドリは飛び起きる。
「おはようございます」
「おっおお、お、おは、おはようござ……!」
狼狽するチドリの額に、レアンは自然な動作で口づける。チドリはベッドから転がり落ちそうになった。
「よく眠られていたようで、よかったです」
「う……は、はい……」
「俺としてはもう少しチドリ様のお顔を見ていたかったのですが……そろそろ用意されませんと」
「は、はい!急いでします!!」
ベッドから飛び降りようとしたチドリは、腰に回った腕で引き戻された。そのまま、すっぽりとレアンの胸の前に収まる。薄い夜着を纏った背中にレアンの鼓動を感じ、チドリは顔を赤くした。
「あ、ああ、あの!?よ、用意を……!!」
「気が変わりました。思えばまだ時間はありそうですし……しばらくこうしていても構わないでしょう」
「レ、レアンさんが用意をって言ったのに……!!」
「まあまあ、そう仰らずに」
「ぬぬぬ……!!」
レアンに遊ばれているように感じ、チドリは大いにむくれた。首筋に頬を寄せたレアンが、満足そうな声を漏らす。
「……レアンさん、ワンちゃんみたいです」
「おや。俺は貴方のイヌだと、何度も申し上げているつもりですが?」
「天狼は犬じゃないと思うんですが……」
「主に忠義を尽くす、という意味では立派なイヌですよ。俺のご主人様はチドリ様ですし」
「ご、ご主人様って……」
赤くなったチドリの耳を、レアンが指でなぞる。奇声を上げながら、チドリが身を捩った。
「く、くすぐったいです!ふ、ふひっ!きょわ!」
「チドリ様の反応は、本当に面白くて可愛いですね」
「ちょ、そろそろ用意を……あぎゃっ!」
「おはよーチドリぃ。起きて……って、あら。お邪魔だった?」
部屋のドアを開け、ステラが顔を覗かせた。その顔が、二人を見て呆れの色に染まる。
「スッ、ステラ……!!」
「早いなステラ。もう時間か?」
「そうね、少し早いけど……ところでお兄様、チドリを離す気はないの?」
「ん?」
「うぅ……は、恥ずかしいです……」
今にも湯気が出そうなほど、チドリの顔は赤かった。レアンが手を離し、ニコニコしながらベッドを降りる。
「少々悪戯が過ぎましたね。俺は着替えてくるとしましょう」
「はいはい。楽しそうで何よりよお兄様……けど、今回の上辺上の目的を疎かにしちゃダメよ?あんまり令嬢達を蔑にしちゃ、反感を買うばかりだからね」
「………………チッ」
「舌打ちしたわね?今舌打ちしたわねお兄様?」
「気のせいだろう」
「全くもう……まあいいわ。とにかくチドリ、着替えるわよ」
「わ、う、うん!」
溜息をついたステラはチドリの手を引き、隣の部屋に入っていった。
着替えを終えて広間に行くと、まだ令嬢達の姿はなかった。支度を整えたらしきヴィヌルが、媚を隠せない姿勢で礼をする。
「いやはやお早いですな!まだごゆっくりされていてもよろしかったのですが……」
「目が覚めてしまったのだ。気にするな」
動きやすい服に着替えたレアンが爽やかな笑顔で応えた。隣のチドリが、背負った籠を持ち直す。チドリはステラに勧められたキュロットスカートではなく、レアンの物と同じようなパンツにブーツを身に着けていた。その姿を見たヴィヌルが眉を顰めたことに、チドリは気づかない。
「ねえチドリ……やっぱりスカートにしない?今からでも遅くないわ」
「え?でも山に行くんでしょう?だったら動きやすい恰好じゃないと」
「そうかもしれないけど、今回のこれは別物よ。そんな大きな籠まで背負っちゃって……」
「だっていっぱい採りたいし。他の人だって同じじゃないの?」
「はぁ……まあいいわ。すぐにわかるから」
こっそり耳打ちしたステラは、溜息をついた。控えていたシャイルとファリアが、同情するように苦笑する。三人の様子に首を傾げていたチドリは、広間に現れた令嬢達を見てすぐに合点がいった。
五人は皆、昨日と変わらない豪奢なドレスを身に纏っていた。
動きやすさなど最初から考えていないかのように、フリルやレースが色とりどりの華を咲かせている。また、五人の後ろからは大勢の従者がゾロゾロと連なっていた。
チドリの顔が疑問符でいっぱいになる。
「……?山に行く、んだよね?」
「そうね。表向きは」
「表?向き?」
「……いいのよ。チドリは自分のしたいようにして」
「んー……?わ、わかんないけど、わかった」
真っ先に近づいて来たロシュエが、レアンに胸元を見せつけるように身を乗り出す。
「おはようございます殿下。昨晩はもっとお話ししたかったのに……つれない方ですわ」
「おはようございます。すみません、急ぎの用がありまして」
男なら誰しもが目を奪われそうなほどの光景にも、レアンの姿勢が崩れることはない。ロシュエの頬に、微かに焦りが滲んだ。押しのけるように続いたのは、ノースである。
「殿下ぁ。今日はゆっくりできますの?せっかくの機会なのにご一緒する時間がなくて、私寂しくって……」
「もちろんです。皆で楽しめればと思っていますよ」
「あ、あの、殿下……今日は、その……あまり体調が思わしくなくて……でも、私殿下とお出かけできると聞いて……」
「ええ、ガルデ嬢。本日は快晴のようですし、緑に囲まれれば、きっとお体にも良いと思いますよ」
矢継早に交わされる挨拶に、チドリは面食らった。後ろでステラが小さく舌打ちする。
「あーあ、醜いわね……どいつもこいつも下心丸出しじゃない。ホント、見てらんないわ」
「ス、ステラ様。聞こえますよ」
「フン」
ファリアの制止に、ステラは渋々口を閉じた。レアンは鉄壁の笑顔で挨拶を終え、ヴィヌルの方を振り返る。
「全員揃ったことだし、そろそろ出発するか」
「は、はい!かしこまりました」
別荘の前に用意されていた馬車に乗り込み、チドリ達は山に向かった。
馬車の中で、令嬢達の赤い唇が開かれる。
「ねえちょっと……どうするのよ。ここまできて何も成果がないなんて信じられないんだけど!?」
「そうね……私もちょっと予想外だったわ」
「……時間は、あまり残されてないわね」
「で、でも……まさか、最後の手段に出るつもりですか?そ、そんなの危険過ぎます……」
「おしとやかぶってもいられないわ。もう……覚悟を決めましょう」
重苦しい空気の中、イディアが魔法水晶を取り出した。




