直情猫騒動(6)
しばらくして、外の雨と雷は治まりを見せ始めた。
レアンは腕の中にいるチドリを窺った。チドリは微かに赤くなった目元を擦り、恥ずかしそうに俯く。
「……落ち着きましたか?」
「は、はい。すみません……」
レアンは優しくチドリの頭を撫で、そっと体を離した。
「……ふむ。そろそろ、エーデルに連絡した方がいいかもしれませんね」
「連絡、ですか?」
「ええ。チドリ様の状態について何か分かれば、情報をと言われていましたので」
ベッドから立ち上がり、レアンはまたチドリの頭を撫でた。可愛らしい耳が垂れ、尻尾が揺れる。
「では、連絡をしてきますね」
「あ、はい!ありがとうございます……」
恐縮するチドリの頬に触れてから、レアンは自分の部屋に向かった。
窓際のソファーに座り、遠話の魔法水晶に触れる。一瞬のノイズの後、ガタガタと物音が聞こえ出した。
「エーデル。今いいですか?」
『ん?おお、レアンか。何かわかったのか?』
「そうですね……時間が経つにつれ、本物の猫に近づいている気がします。尻尾に触れる方は変わっていないと思うのですが……おや?」
『ん?どうした?』
レアンは、ふと部屋のドアに目を向けた。
僅かに開いた隙間から、愛らしい猫の耳が覗いている。
「……チドリ様?」
『んあ?チドリ?』
呼びかけると、そろりとチドリが顔を見せた。レアンは、その様子に何か違和感を覚える。
「チドリ様?」
「……にゃ?」
『おい?どうした?』
「いえ、今チドリ様が……」
「にゃーんっ」
言いかけたレアンに向かって、チドリが飛びついた。甘えるように、頬をレアンの首に擦り付ける。
「チ、チドリ様!?」
『どうした!?何かあったのか!?』
「にゃぁ~ん!うにゃにゃ」
「ッ……!ダメだ、可愛い……!!」
『何言ってんだお前!?ちゃんと報告しろっ!!』
レアンは堪えきれず、チドリを抱きしめた。チドリは嬉しそうに抱きしめ返す。
「なーう!」
『おいレアン!しっかりしろ!何があった!!』
「はっ!?あ、ああ、すみません。思わず……」
『お前……』
「にゃ?」
「……どうやら、また本物の猫に近づいてしまわれたようです。先ほどよりも猫らしいというか……いつものチドリ様ならありえない行動を取っています」
『ありえない行動……?大丈夫なのか!?」
「大丈夫です。大胆に甘えてきて下さるだけですから」
『…………薬は早く届けた方が良さそうだな』
「話が早くて助かります」
『い、意外だな。お前ならその状況を楽しんでそうだが……』
「大いに楽しんでいますよ。ですが、このままだとチドリ様の可愛らしさにやられて壊れてしまいそうです」
『…………ああ、うん。わかった』
聞こえるエーデルの声は、心なしかどこか遠くを見ているような声色だった。
『ともあれ、薬はあと少しで出来るから、それまで待っててくれ』
「ええ、ありがとうございます」
通話を切り、レアンは自分の膝元にじゃれつくチドリを見つめた。耳をピクピクと動かしながら、チドリはご機嫌である。
「……チドリ様?」
「んにゃ?」
「……ふむ。呼ばれているということはわかるのですね」
「うにゃぅ?」
「いえ、何でもありませんよ」
喉元を擽ると、チドリは嬉しそうに頬を緩ませた。レアンの心臓がキュッと疼く。
「本当に……貴方は、もう少し自分の可愛さを自覚すべきだと思います」
「……にゃっ」
「そんな表情をされたら……何をしてしまうか分かりませんよ?」
ソファーに押し倒すと、キョトンとしたチドリの瞳が見上げてきた。その無垢な表情に、思わず笑みが零れる。
「……全くもう」
覆いかぶさるようにして、額にキスを落とす。チドリが首を竦め、「ふにゃ」と声を漏らした。耳を指先で撫で、息を吹きかける。チドリがビクリと体を震わせた。次いで、その目がハッと見開かれる。
「あ、あれ!?レアンさん!?わ、私、どうしてここに……」
「おや?意識が戻りましたか」
「え?ど、どういう事ですか?」
「いえ、先ほどまでは可愛らしく鳴いて甘えてきて下さっていたものですから」
「へ!?」
チドリの顔が途端に赤く染まる。レアンはその顔を見下ろしながら、唇をほんの少し尖らせてみせた。
「覚えていないなんて……ひどいです。あんなに大胆に触れて下さったのに……」
「え、ちょ、覚えてないです!私、そんなことしたんですか!?」
「……思い出させて差し上げましょうか?」
「へ」
チドリの頭が言葉を理解するより早く、両手首をレアンに拘束された。浮かべられた微笑が、艶っぽい。
「え、あ、あ、あの」
「そうですね、まずは……このように、可愛らしく抱きついてこられました」
細い腰に、レアンの腕が回される。チドリは体が甘く痺れ、動けなかった。赤い顔でレアンを見ると、耳に囁きを落とされる。
「それから……こうして、嬉しそうに頬を摺り寄せて」
首に、レアンの頬が触れた。震えたチドリの体を宥めるように、スリスリと頬を擦り付けられる。レアンの銀髪が肌を擽った。
「っ……!レ、レアンさ……!」
「ふふ……にゃーん?」
悪戯っぽく鳴いてみせるレアンに、チドリは顔から湯気が出るのではと思うほど赤くなった。
「べ、別にそこまでしなくてもいいじゃないですかぁ……!」
「チドリ様に思い出して頂かないといけませんから、にゃ?」
「すみません覚えてなくてすみません謝りますからもうやめて下さいぃ」
「むぅ……少し、意地悪し過ぎましたかね」
笑って、レアンは身を起こした。チドリは顔を覆い、うんうん唸っている。レアンの指先が、頬を掠めた。
「すみません、あの時のチドリ様があまりに可愛かったものですから」
「…………あ、あの」
「はい?」
「や、やっぱりレアンさんは……その……甘え上手な方が、可愛いと思いますか?」
「……と、言うと?」
「いえ、あの……猫の時の私の方が、なんだか……上手に、レアンさんに甘えられてる気がして」
「……ふむ」
「い、いつもの私は、その、意地っ張りなのかなというか……ちゃんと、その、可愛いって思われるような甘え方ができてるのかなって……ほ、ほら、男の人は甘え上手な女の人が好きだって言うじゃないですか。だから、その……」
「……ふふ」
「?」
「つまりチドリ様は、いつもの自分より、甘え上手な猫の自分が良いのではないかと仰っているのですか?」
「う……そ、そうです。いつもより素直だし、少しは可愛げが……」
言いかけたチドリは、レアンに抱きしめられて言葉を途切れさせた。驚く間もなく、額に、耳に、瞼に、頬に、口づけが落とされる。
「!?レ、レアンさ、あ、あの、あの」
「……そんなことを、気にされていたのですか?」
「う……でも、でも……」
「甘え上手な方が、など……関係ありませんね。俺は、猫の貴方も、いつもの貴方も好きですよ」
「ふぁ」
「キスをするたびに赤くなる貴方も、甘え下手な貴方も、素直になれない貴方も、触れられるのを恥ずかしがる貴方も、全部好きです」
「……ッ!」
「全て、同じチドリ様という存在ではありませんか。忘れましたか?俺は貴方が好きなんですよ?」
「うぐ……わ、忘れ、ては」
「ではちゃんと覚えておいて下さい。俺はチドリ様の全てが好きなんです。だから、そのままでいいのですよ」
「は……はい」
真っ赤になったチドリは、コクコクと頷いた。レアンが微笑み、また頬に口づける。
「全く……貴方を不安にさせてしまうなんて。俺の気持ちが伝わっていなかったのでしょうかね?」
「え!?い、いや、そんなことは」
「……これは、今一度じっくりお伝えする必要があるようですね?」
「だ、大丈夫です……っ!あ、ちょ……っ」
「ん……ダメですよ。逃げないで下さい……」
「逃げますッ!!」
「おーい!薬できたぞ……ってギャーーッッ!!?」
折悪く部屋に入ったエーデルによってチドリの体は元に戻ったものの、その後エーデルが疲労と睡眠不足に重なるショックで気絶したため、チドリ達は介抱に全力を尽くすこととなったのだった。




