銀籠に鳴く鳥
季節が夏の盛りを少し過ぎた頃になった、烈の月の下旬。まだまだ暑さが響く中、イリオルス国城の広間では会議が行われていた。
玉のような汗を忙しなく拭い続ける貴族や公爵とは反対に、レアンは涼しげな顔をしている。
「では、引き続きネフェロディス国には目を光らせておくように。偵察からの報告は随時連絡せよ」
「は。かしこまりました」
「ああ、それから」
レアンの唇が、同性でさえ見惚れてしまうような微笑を浮かべる。大臣達は、こういう表情をする時のレアンが決まって腹を真っ黒に染めていることを知っていた。
「この間断った側室の話だが……考え直してな。一度、検討してみようと思っている」
「そっ……それは本当ですか殿下!!」
真っ先に食いついたのはヴィヌル公爵である。大臣達は顔を見合わせ、微苦笑を浮かべた。
レアンが美しい笑みを深くする。
「ああ、もちろんだ。まだ俺に熱心な手紙を送ってくれている者達がいるようでな。それほど言うのなら、一度その者達の娘に会ってみようと思ったのだ」
何人かの口から「おお」というような声が漏れた。
「だが、俺は政務が忙しい。とても一人一人会っている時間はない。そこでだ。ヴィヌル公爵の別荘にでも滞在して、数日を皆で過ごすのはどうだろうか?その間に、俺は皆が言う娘達を見定めさせてもらおう」
「素晴らしい案だと思います!是非そうさせて頂きたい!!」
「私も賛成です殿下!」
数名の公爵と貴族から声が上がる。レアンはその声を聞き、ニッコリと頷いた。
「では、楽しみにしていよう」
「お兄様ってば一体どういうつもりなのかしらッ!?」
「ス、ステラ、落ち着いて……」
「落ち着いてなんていられないわよッ!!」
チドリの部屋で、ステラがソファーを蹴破らんばかりの勢いで憤慨していた。
先程、息を切らしたエスカマとアジーンから「レアンが側室候補の娘達と会う」という話を聞いたのだ。ステラは怒り心頭で、肩を震わせている。
「こんなに急になんなのっ!?今までのチドリへの態度は何だったの!?」
「ステラ、まだ詳しくはわかんないんだし……」
「チドリは嫌じゃないのっ!?」
「う……い、嫌、だけど……でも……やっぱり、王族なら……」
「そんなもん関係ないのよっ!!どこの馬の骨とも知れないやつにお兄様取られちゃっていいの!?」
「う、馬の骨って……」
「どうしたステラ。何をそんなに騒いでいる?」
声に振り向くと、部屋のドアを開けレアンが立っていた。ステラの眦が吊り上がる。
「どの面下げてチドリの部屋に入ってきてんのよっ!!」
「お、おい?」
「寄らないで!チドリに寄らないでこの嘘つき!!」
「は?何を言っている?」
チドリに抱きついてギャンギャン吠えるステラに、レアンは困惑するばかりだ。
「とぼけないでよ!!今更他の女に目ぇ向けてるくせにい!!」
「……ん?ああ、その話か。いやステラ、それは誤解だ」
「誤解って……どういうことですか?」
キョトンとしたチドリに笑いかけ、レアンはチドリの右隣に腰掛けた。チドリの左では、ステラが威嚇する猫のように唸っている。
「近寄らないでって言ってるでしょ!!」
「酷な事を言うな。お前ばかりにチドリ様を独占されるわけにはいかない」
涼しい表情で、レアンはチドリに抱きついた。ステラが引き離すようにグイと引っ張る。
「チドリに触んないでっ!」
「誤解だと言っている。それに、会議で疲れたんだ。癒しを求めて何が悪い?」
「きぃー!」
「ちょ、ふ、二人とも、く、苦しい」
チドリの声に、ステラは反射的に手を離した。それを狙っていたかのように、レアンがチドリを自分に引き寄せる。次いで、嬉しそうにチドリの髪に頬を摺り寄せた。
「お兄様ーッ!!」
「うるさい。少しは落ち着け……まずは人の話を聞いたらどうだ」
「どさくさに紛れてチドリに触らないでよっ」
「回復しているんだ。ほっとけ」
頭を抱きかかえるようにして撫でられているため、チドリには二人の表情は見えなかった。そっと顔を上げると、レアンが見かえしてきた。
「チドリ様は、本当に俺が側室を見繕おうとしているとお思いですか?」
「え?えっと……ご、誤解だって言ってたのでまだわかんない、です。でも……」
「でも?」
「…………そ、そうだったら、あの、や、やだなって、おも、思います」
チドリの顔が赤くなるにつれ、言葉は小さくなっていった。
しばし無言でいたレアンが、唐突にチドリを力いっぱいかき抱く。
「うぎゅ!?」
「ああもう本当に。本当に貴方と言う人はもう……」
「な、な、何ですか!?」
「もう黙ってて下さい。これ以上可愛らしいこと言わないで下さい」
「理不尽です!?レアンさんに聞かれたから答えたのに……!!」
「…………二人とも、私の事忘れてない?」
振り向くと、呆れ一色のステラがこちらを睨んでいた。チドリの耳が赤くなる。
「忘れてないっ!忘れてないよステラ!!ごめんね!!」
「なんだステラ。いたのか」
「ムカつく……!!」
「ああぁステラ落ち着いて!!レアンさんも意地悪言わないで下さい!!」
なんとかステラを宥め倒し、チドリはレアンに本題を促した。
「先ほども言った通り、俺が本気で側室を選ぼうとしているというのは誤解です。俺にはチドリ様ただお一人ですので」
「あ、あの、は、話を……」
「ああ、そうでしたね……ではチドリ様。無数に飛び回る羽虫を処分するのに、最適な方法は何だと思いますか?」
「え?」
「お兄様、急に何を言い出すの?」
戸惑うステラとチドリに、レアンは笑顔を浮かべてみせる。
何故か二人は、その笑みに背筋が凍るような思いがした。
「答えは、一箇所に集めて叩き潰すことです」




