雷声の余響(5)
チドリがソファーで固まっている間に、レアンは湯から上がってきた。
濡れて頬や首筋に張り付いた銀髪が、この上なく色っぽい。上気した頬と潤んだままの目でこちらを向かれると、鼓動が急加速してしまう。
薄い唇が、笑みを描いた。
「まだ、お休みになってなかったのですか?」
「へ、あ、は、はい」
「体が冷えてしまいますから、もうベッドに入った方がいいですよ」
「そ、そうですね!」
上ずった声で応え、チドリは恐る恐るベッドに体を横たえた。仰向けになったチドリの隣で、レアンが軋んだ音を立てさせる。レアンを見上げる形になってしまい、顔が燃えるように熱くなった。
「失礼しますね」
「ふぁいっ」
囁いて、隣に体を横たえようとしたレアンだったが――チドリと肩を並べてから、その表情が固まる。同じように、チドリの表情も固くなった。
「……狭い、ですね」
「……そう、ですね」
二人で仰向けになって寝るには、ベッドが狭すぎた。チドリの右肩に、レアンの左肩が乗ってしまっている。
「仰向けで寝るのは難しそうですね……横を向いたほうが良さそうです」
「わ、わかりました」
「ふんっ」と勢いをつけ、チドリは思い切ってレアンの方を向いた。同じように体を向けたレアンが、面白そうに見つめてくる。
「な……なんですか」
「いえ。背中合わせで寝る案もあるかなと思ったのですが」
「そっ……それは」
互いに向き合った格好でいるため、至近距離にレアンの端整な顔がある。チドリは顔を赤くしながら、ゴニョゴニョと呟いた。
「それは……あの……ちょっと、寂しい……かなーなんて……」
「…………」
「すみません忘れて下さいッ!!そうですよね!!別に背中合わせでよかったんですよね!!すみません!!」
真っ赤になって反対に体を向けようとしたチドリを、レアンがふいに抱きしめた。突然触れたレアンの体温と香りに、チドリは奇声を上げる。鼓膜を自分の鼓動が震わせた。
「あ……の……レアンさ……あの……その……」
黙ったまま、レアンはチドリの後頭部に手を回した。胸元に抱えるように引き寄せられ、チドリは息もできない。頭のてっぺんに、レアンが鼻を摺り寄せた。熱い溜息が聞こえる。
「…………貴方という人は本当に……」
「ひぇ、あ、あの、す、すみませ」
「どうしてそんなに可愛いのですか?」
「はっ!?」
慌てて顔を上げると、レアンが額をコツンと合わせてきた。なぜか、その目が恨めし気にチドリを見つめている。
「確信犯なのでしょうかね……貴方はなぜ俺を喜ばせることしかしないのでしょう」
「カ、カクシンハン……!?」
「可愛い過ぎると言っているんです。わざとですか?俺が嬉しくなるような言葉ばかり……」
「わ、私は無実です!?」
混乱しながらそう言うと、レアンは悪戯っぽく笑って「知っています」と額に口づけた。チドリの顔が燃え上がる。
「わざとでないと知っているからこそ……可愛らしくて仕方がないのですよ」
「う、ううぅー……!!またそうやってからかって……!!」
「からかってなど……ああでも、そうですね。俺の腕の中でそのような反応をするチドリ様は、とても好きです。少し、意地悪してしまいたくなります」
「ぬぅ~!やっぱり!」
赤い顔でもがくチドリを宥めるように、レアンはその頭を優しく撫でた。しばらくそうしていると、可愛らしい憤慨を見せていたチドリが大人しくなってくる。目が、まどろみを浮かべていた。うとうとしているチドリを、レアンは穏やかに見つめた。
「……この体勢でも、よろしいですか」
「は、い」
眠そうな表情のまま、チドリの頬がまた微かに赤くなる。レアンは微笑み、チドリを抱きしめたまま瞳を閉じた。
チドリの髪から漂う自分と同じ香り、寝巻越しに伝わる体温と心臓の音、小さな呼吸、細く柔らかな体。胸の中が、愛おしさと幸せでいっぱいになる。
(あたたかい……)
深い息をつき、レアンは眠りに落ちていった。
翌朝、先に目を覚ましたのはレアンの方だった。
小さな窓から差し込む朝日に、目を瞬かせる。
(朝か……昨日の件もあるからな。早く起きた方が……)
体を起こしかけたレアンは、ふと寝巻を引っ張られた気がして静止した。
不思議に思って見下ろすと、自分の寝巻の裾を控えめに掴むチドリの手がある。
思いがけず取られた可愛らしい行動に、レアンは硬直した。
「貴方は、本当に……」
呟き、体を横たえる。チドリは相変わらずスヤスヤと眠り続けていた。レアンは悪戯心を起こし、チドリの頬を指でつついた。チドリが小さく呻く。指を滑らせ、今度は唇に触れた。指の背で撫でていると、突然、チドリの唇が開いて咥えられた。
「!?」
驚くレアンの目の前で、チドリははむはむとレアンの指を唇で噛む。何か食べる夢でも見ているのだろうか。
チドリがふにゃりと笑ったところで、レアンは吹き出してしまった。
(可愛い過ぎる……っ!!)
笑い声を押し殺すレアンの目の前で、チドリが「……んまい」と寝言をこぼす。
「……っふ……くくっ……」
必死で声を押し殺し、目尻に滲んだ笑い涙を拭う。
チドリの穏やかな寝顔を眺めていると、起こすのは忍びなくなってきた。
(……まあ、もう少しくらい寝ていても大丈夫だろう)
そう結論づけ、再びまどろみの中へ落ちていく。
結局二人は、部屋に入ってきたエーデルに顔を真っ赤にして起こされるまで、眠り続けていた。




