雷声の余響(4)
「こちらには何もありませんでした」
「こっちもだ。ひとまずは安心ってとこだな」
両部屋から出てきた二人は、そう報告した。
「んじゃ、各自休むとしますかね」
「そうですね。もう遅い時間ですし」
「お、おう。そうだな」
「エーデルさん、ライゼさん、おやすみなさい」
「はいおやすみー」
チドリはレアンと共に、小さな部屋に入った。
灰色の壁紙に囲まれた空間は見た目以上に狭く感じられる。置かれた調度品は隣と同じ物であるらしかった。ベッドに目をやり、心臓が一瞬喉元まで響きそうなほど鳴る。子ども用かと思えるほど小さかった。
「俺はソファーで寝ますから、ベッドはチドリ様がお使い下さい」
「えっ!?」
唐突なレアンの言葉に、チドリは思わず声を上げる。その反応に、レアンは不思議そうな顔をした。
「……どうかしましたか?」
「い、いえ、あの、だ、だって……ソファー、すごく小さいじゃないですか。レアンさん、はみ出しちゃいますよ?」
レアンがソファーに目をやる。くすんだ白色のそれは、高身長のレアンを収めることなど到底不可能に思えた。加えて、柔らかさがそれほどあるわけでも無さそうだ。
「……まあ、大丈夫でしょう」
「大丈夫じゃないですよ!あの、私はいいですから、レアンさんがベッド使って下さい。私がソファーで寝ますから」
「チドリ様にそのようなことはさせられません」
キッパリ言い切られる。チドリは寸の間黙った後、意を決して口を開いた。
「じゃ、じゃあ、一緒にベッド使いましょうか。小さいですけど、ソファーよりは眠れると思いますから」
「え?」
今度はレアンが目を見開く番だった。顔を赤くしながら、チドリは言い募る。
「ほ、ほら!やっぱり体はしっかり休めた方がいいじゃないですか!ちょ、ちょっと狭いですけどでも、ちゃんと体を横にできると思いますし!あ、私寝相とかは良い方なんで!いびきとかも無いですし!た、たまに寝言は言うかもですけど……!あ、あの、だから、その」
チドリが首まで赤くなったとき、レアンがふいに吹き出した。次いで、腹を抱えて笑い出す。チドリは困惑し、涙目になった。
「な、なんで笑うんですか……!!」
「す、すみ、すみませ……ッく、ははははっ!」
笑い涙まで滲ませるレアンに、チドリは半泣きで唇を尖らせる。
「ホントに寝相良いしいびきもかかないんですからね!」
「……っふふ、すみません。俺が笑ったのは、そういうことじゃないんです」
「……?」
「貴方が……あまりに、可愛かったもので」
「はい!?」
治まりかけていた頬が、再び燃え上がった。
青いレアンの明眸は、蕩けそうなほど甘く、チドリを見つめている。
「お言葉に甘えて、俺もベッドを使わせて頂きます……ですが、俺はチドリ様と違って寝相が悪い方ですから、気をつけて下さいね」
「そ……そうなんですか?」
「ええ」
ふいに、レアンの笑みが色香を滲ませた。身構えるより早く、頬に手が添えられ、耳元に唇を寄せられる。
「ですから……眠っている間、うっかりどこかに触れてしまうかもしれません」
「……ッッ!!」
「冗談です」
顔を離したレアンは、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。真っ赤な顔で、チドリがその胸をポカポカと両手で叩く。レアンはそれを心底幸せそうな顔で受け止めた。
「湯はチドリ様が先にお使い下さい。あそこの扉が室内用の浴室に繋がっているようですから。先ほど湯は溜めておきましたので、ゆっくりして下さい」
「……はい」
まだ拗ねた顔のまま、チドリはレアンから離れた。
しばらくして、チドリはホカホカと上気した頬をしながら、浴室から出てきた。
身に着けているのは、用意されていた白い寝巻だ。
「上がりましたー……レアンさん、どうぞ」
「ああ、ありがとうございます」
微笑んだレアンは、チドリに向かって手招きした。不思議に思いながらも、チドリは素直に近寄っていく。レアンはチドリの手を取り、そっとソファーに座らせた。その表情はどこか楽しそうに見える。
「あ、あの、レアンさん……?」
「髪が濡れたままでは風をひいてしまいますから」
そう言って、荷物の中から見覚えのある魔法道具を取り出す。毎晩湯浴みの後、ステラがチドリの髪を乾かすために使う物だった。
「ステラから預かってきました。湯に入ることがあれば使うようにと」
「え、でも……!そんなの、自分でしますよ!」
「いえ、俺がしたいんです」
レアンが微笑む。チドリは頬の赤色を僅かに強くして、大人しく従うことにした。
ソファーの後ろに立ったレアンが、チドリの髪に指を差し入れ、優しく梳いていく。温風が髪に当てられた。
「痛かったりしませんか?」
「だ、大丈夫です!」
チドリはむしろ、心地よさに眠気を誘われていた。レアンの長い指が撫でるように髪に触れる度、何とも言いようのない安らぎと幸福感に包まれる。体の疲労もあって、欠伸がこぼれた。後ろで、レアンが笑う。
「終わったら、お休みくださいね。疲れていらっしゃるでしょうから」
「んー……いえ、まだもうちょっと起きてます」
目を瞬かせ、チドリは背筋を伸ばした。レアンがチドリの髪を前へ流す。
「はい。終わりました」
お礼を言おうと振り向きかけたチドリの頭をそっと抑え、レアンは露わになったうなじに唇を触れさせた。
「うぎゃっ」
「……湯に入ってきますね」
睡魔が吹き飛んだチドリは、浴室に消えるレアンの背を真っ赤な顔で見つめていた。




