直情猫騒動
ビクリと体を揺らして、エーデルは目を覚ました。
ぼやける視界を何とかしようと、瞼を擦る。手元に散らばる薬草、小瓶、メモ書き。明かりをつけ忘れたのか、部屋の中は薄暗い。
(あれ……俺、何してたんだっけな……)
トゥオーノでの一件の後、確かファナーティカとグラナと話をつけたはずだった。後日、ベスティアも一緒に話をする予定を立てたはずだ。
そして帰国した後、魔法薬作りを命じられ、自室に籠ったのだった。そこまで思い出し、息を吐く。
(どれくらい経ったのかわかんねぇけど……徹夜してたみたいだな)
体を伸ばすと、節々が痛んだ。椅子から立ち上がり、閉め切っていたカーテンを開く。真っ白な日差しが目を刺した。
「うっ……」
呻いて、身を竦ませる。ヨロヨロと椅子に戻ろうとした時、机の隅に置いてある魔法水晶が光った。手を触れさせると、男の声が聞こえる。
『エーデル様、今よろしいでしょうか』
「ああ、何だ」
『イリオルス国のカイト様がお会いしたいと言っておられます』
「はぁ?カイトが?」
脳裏に能天気なカイトの顔を思い出し、エーデルは重い溜息をついた。
「なんだって今……また何かあったのかよ」
『どうされますか?』
「いや、行く。放っといたほうが面倒だ」
『かしこまりました』
「転移するから皆にもそう伝えといてくれ。遅くはならないはずだ」
『お気をつけて』
杖を手に取ったエーデルは、机の上の小瓶に目を留めた。透明な液体が満ちている。
「あー……これ、失敗したんだよなぁ。後で片づけとかなきゃな」
そう言って、自分のポケットに押し込んだ。
「よおエーデル!遅かったな!」
出迎えたカイトは、陽気な笑顔を浮かべていた。エーデルは口をひん曲げ、腕を組む。
「で?俺に何か用か?また何かあったのか?」
「いや?ファリアが美味い菓子作ってくれたから一緒に食べようと思って」
「…………は?」
「給仕室で待ってるから早く行こうぜー」
「お、おま、お前……!!それだけのために俺を呼びつけたのかよ!?」
「えーいいじゃん。ライゼさんも来てるし」
「アイツもかっ!!」
怒りを露わにするエーデルだったが、睡眠不足のためかすぐに肩を落とした。
「はぁ……もういい。ツッコむのも疲れた……」
給仕室では、ファリアがニコニコと待ち受けていた。隣にいたライゼが手を振る。
「おー遅いぞエーデル」
「…………うるせーよ」
「あれ?何か元気ない?」
「ただの寝不足だ」
ファリアが三人にバスケットを差し出した。ふんわりと甘い香りがする。
「こちらが私の作った焼き菓子です。お口に合えばいいのですが……」
「うわー!美味そう!」
「ありがとね~!」
「お、おお……」
「お茶、お入れしますね」
焼き菓子に手を伸ばした時、カイトと軽くぶつかってしまった。
「あ、悪い……」
カイトが謝る。エーデルはそれに応えようとして――足元がふらついた。寝不足のせいか、体に力が入らない。視界が回った。
「うっ……!?」
派手な音を立て、エーデルは床にすっ転んだ。振動でか、戸棚に入っていたジャムやシロップの小瓶が床に散らばる。
「エーデル!?」
「大丈夫ですか!?」
「どうした!?」
三人が顔を覗き込む。エーデルは軽く目を回していた。
「あちゃー……かなり疲れてたのかな」
「俺の部屋でよければ休ませてやれるよ。ライゼさん、一緒に運んでくれる?」
「ああ、いいよ」
「私はここを片づけてからお伺いしますね」
ファリアは落ちた小瓶を拾い集め、戸棚に戻した。
その中に、エーデルが持ってきていた透明な魔法薬の小瓶があることを知らずに。
四人が去った後、一人の侍女が給仕室を訪れた。
「えーと……ステラ様とチドリ様にお出しするお茶の用意を……」
手際よくカップや紅茶を用意した侍女は、次いで小瓶の並ぶ戸棚に向かった。
「チドリ様はシロップがお好きよね……ステラ様は、ジャムね」
焼き菓子とカップを並べた間に、侍女は赤いジャムの小瓶と透明な液体の入った小瓶を並べた。
「さて、急いで運ばなくっちゃ」
部屋でステラと談笑していたチドリは、侍女が持ってきたお茶と焼き菓子を見て顔を輝かせた。
「わーい!お菓子だ!」
「まったくもう……さっきお昼食べたじゃない」
「甘い物は別腹だよー」
「やれやれ」
呆れたように言うステラも、その表情は優しい。侍女は微笑んで、机にカップを並べ、紅茶を注いだ。
「チドリ様はそちらのシロップを。ステラ様はこちらのジャムを入れてお召し上がりくださいね」
「はーい!」
元気よく返事をして、チドリはいそいそとカップに小瓶の中身を入れた。ステラが隣で苦笑しながら、優雅な所作で紅茶を飲む。
「いただきまーす」
カップに口をつけ、チドリは紅茶を一口飲んだ。温かさがじんわりとお腹に滲み――ふと、体に違和感を覚える。
「ん?何かムズムズするような……」
呟きながら、カップの紅茶を飲み干した。
おかわりを注ごうとして、ステラと侍女の目線に気付く。
二人は、真っ青な顔でこちらを見つめていた。ステラの唇がワナワナと震えている。
「ス、ステラ?どうかした?」
「ど、ど、ど、どうかって……チ、チドリ、貴女……!!」
「え、わ、私?私が何?」
「チ、チドリ様!!こちらを!!」
侍女が叫び、チドリに手鏡を手渡してきた。
急いでそれを覗き込む。
部屋中にチドリの悲鳴が響いた。




