灰爪と銀牙(8)
ライゼが手にした銃をペルデドの方に向けた。
鋭い発砲音が連続する。ペルデドの皮膚を掠め、細かな血が飛んだ。
「ふん……そんな玩具で私を倒せるとでも?」
「おもちゃ呼ばわりしないでよ。一応、魔道士としての武器なんだからさぁ」
ライゼがヘラリと笑った。余裕を感じさせるその笑みに、ペルデドが舌打ちする。
「扱いが難しいんだよ?これ。俺もまだ使いこなせてる気がしないしね」
「無駄口叩いてんじゃねえよライゼ。魔道士が自分の道具使いこなせてないないなんて話があるか」
「いやいやホントに。俺の銃ってこんな風に……」
重い銃声が轟いた。いつの間にか、ライゼが構えていた銃が猟銃のような形状に変わっている。
弾は、ペルデドの足を撃ち抜いていた。
「こんな風に、かなりの気まぐれさんだからさ」
「かっこつけやがって」
エーデルが杖を振るう。
追い打ちをかけるように、また光の矢が降り注いだ。
「小賢しい……!!効かぬと言っている!!」
ペルデドの口から、黒い炎が吐き出された。
ライゼ、エーデルが飛び退る。
炎は地面を舐め、観衆席に燃え移った。辺りが、黒く侵食されていく。
逃げ惑う人々の悲鳴が夜空に響いた。
チドリが、杖を力強く握りしめる。
「レアンさん!私をおろして下さい!」
「はい」
場内に立ち、チドリは杖を構えた。純貴石が青く光り、藍晶が姿を現した。その目に、紛れもないワクワクが見て取れる。
『やっと呼んだかチドリ!待ちくたびれたぞ!!』
「あ、あの、なんか楽しんでませんか!?」
『久々だからな!しかも相手は魔族だ。この機にさっさと残りの精霊王達とも契約を結んでしまおう!』
「そんな簡単に言われても……!」
『まあとりあえずは消火だ!詠唱を!』
「は、はい!」
燃え盛る黒い炎に向け、チドリは杖を振りかざした。
『凛乎たる水の精霊王よ。ディアンランの真の名を以って汝に命ず!我が手に大いなる狂濤をもたらさんことを!!』
青い光が輝き、杖から清らかな水が迸った。
黒い炎を飲み込み、瞬く間に消していく。
「小娘がぁ……!!」
ペルデドが唸り、地を蹴った。
身構えたチドリの杖が、緑光を放つ。
一陣の風と共に、チドリは空高く飛び上がった。
「なに!?」
『うふふ。チドリちゃんには指一本触れさせないわよぉ』
藍晶に代わり、翠妃が姿を現す。
再び、チドリが杖を滑らせた。
『清雅たる風の精霊王よ。ヴェルデヴェールの真の名を以って汝に命ず!我が手に大いなる疾風をもたらさんことをっ!!』
『やっちゃうわよぉ!』
無数の風刃が炸裂し、ペルデドに斬りかかった。
身を翻そうとしたペルデドを逃さず、肌を裂く。
「ギャアアァァアァアッ!!」
直撃を避けられず、ペルデドの絶叫が響いた。
翠妃がチドリに笑いかける。
『チドリちゃんなら大丈夫だと思うわぁ。霊具で一気にやっちゃいましょ!』
「え?れ、霊……何?」
『詠唱開始ぃ!』
「あ、あのっ……!?」
チドリの戸惑いをよそに、翠妃は詠唱の言葉を送り込んだ。
唇が動き出す。
『そ……其は風の王なり!喰らうは狂風、我が為に、疾風の裁きを下せ!!』
杖が、眩く美しい光に包まれた。その形状がしなやかに変化していく。
(これって……弓?)
『いいわよぉ!さあチドリちゃん!霊具の名前を呼んであげて!!』
「え、えっと……」
チドリの背丈以上もある弓が、輝きを増した。
『れ、霊具……翆凰弓!』
光が霧散し、美しい弓が現れた。
鳥打は幾重にも重なった羽のような形をしており、翡翠色に輝いていた。僅かな光に、羽が濃淡を変える。弓束は翠妃の髪色と同じ色をしていた。弓の両端には、翠玉が輝いている。
弦が、一瞬だけ震えた。
『最っ高だわぁ!!まさか一発で成功しちゃうなんて!!』
「あ、え、成功なんですね!?よかった……」
安堵したのも束の間、ペルデドが跳躍した。
醜悪な顔が、目の前に迫る。
「チドリ様ッ!!」
レアンが叫ぶのと同時に、チドリの首筋がカッと熱くなった。
すさまじい力で、ペルデドの体が跳ね飛ばされる。
「え!?」
『あらぁ、何事かと思ったら……天狼の坊や、なかなかな事してくれるじゃなぁい?』
翠妃の指が、チドリの首をなぞった。
先日レアンに噛まれた部分が、熱を持っていることがわかる。
『こんなもの刻んじゃうなんて……うふふ。忠誠心の表れなのかしら?それとも、ただの独占欲?』
「うわぁ、お前……なんつーもんつけられてんだよ」
いつの間にか傍に来たエーデルが、チドリの首を見て呆れ返る。チドリは一人わけがわからず、戸惑うばかりだった。
「チドリ様をお守りするためのものですから、そんな風に言われる筋合いはありませんね」
レアンが地上で笑う。エーデルはその傍に降り立ち、口をへの字に曲げた。
「守る、ね……お前、重症だな」
「なんとでも」
涼しげにレアンが返す。
「あ、あの……!これがどうかしたんですか!?」
「後で説明してやるよ。今は……ほら、来たぞ」
言うが早いか、ペルデドが立ち上がる。
目は憎悪に燃え、鋭い歯を忌々しそうに軋ませていた。
「おのれ、おのれ……!!我ら魔族ともあろう者が、このような……!!」
「……一つ聞くがな。お前達、先代の魔道士達に滅ぼされたはずじゃないのか?なんで生きてる?」
エーデルの問いに、ペルデドの口元が嘲笑するように歪められた。
「……ふん。魔族は滅びてなどいない。先の大戦の折、愚かなイリオルスの魔道士は最後の一手を打たなかった!おかげで魔族は地を這い、生き延びることができたがな!」
「イリオルスの魔道士、だと?」
「今我らは新たな魔道士をお迎えした!貴様らなどとは比べようもないほどのお方を!あの方のお力で我らは再び蘇ったのだ!そして此度こそ、此度こそ……!!大戦の屈辱を晴らすのだ!!」
再び、炎が放たれた。
飛び交う炎を避け、ライゼが冷や汗を浮かべる。
「なんだって……?スィエラ国に、魔道士?」
「魔族を蘇らせるほどの魔力なんて聞いたことねえぞ……!!」
エーデルの声が震える。
ペルデドは満足そうにほくそ笑んだ。
「あの方にかかれば貴様らなどひとたまりもなかろう……五大国が滅ぶ日は近い!!」
「黙って」
ペルデド目がけて暴風の矢が飛んだ。轟音を立てて襲い掛かる矢を撃ったのは、チドリである。その顔には、怒りが浮かんでいた。
「……そんな下らないことの為に、魔物達を奴隷にしてたっていうの」
「下らぬだと……!?」
「下らないよ」
チドリが弓弦を引き絞った。巨大な矢が光り輝きながら現れる。
矢の先が、にわかに漆黒の闇を滲ませた。
「許さない……命を何だと思ってるの」
「人間が我らに何を!!」
「うるさい!!」
矢が降り注いだ。先ほどよりも強力で、数も多い。弓が、深い闇を纏った。
チドリの唇が開く。
『冥暗たる闇の精霊王よ。エスクダリオの真の名を以って汝に命ず……我が手に大いなる黒闇をもたらさんことを』
チドリの隣に、紫苑が姿を現した。
矢をつがえるチドリの手に、そっと自分の両手を重ねる。
『……大丈夫。今のチドリなら、大丈夫、だよ』
「……うん。ありがとう、紫苑」
闇が、矢を包んだ。
緑と黒の輝きを纏った矢が、チドリの思いに応えるように脈打つ。
ペルデドが吠えた。
「人間風情がああぁぁあぁッ!!」
飛び上がり、チドリ目がけて爪を振りかざす――その心臓に、チドリが矢を放った。
唸りを上げ、矢がペルデドを貫いた。
断末魔が、血飛沫と共に迸る。
ペルデドの体勢が崩れ、地上に落下した。
チドリが弓を下ろし、フワリと降り立つ。隣に、レアンが駆け寄った。
「チドリ様……」
「大丈夫、です」
弱々しく微笑んで、地面に転がるペルデドを見やった。息も絶え絶えに、なおもペルデドは立ち上がろうとする。
「わた、しは……死ぬ、わけには……あの、方の……ため、に」
「往生際が悪いね、君も」
ライゼが片手銃を構え、ペルデドの額に狙いを定めた。
「セロ様……!!」
銃声が響き、ペルデドの体が霧散した。
思いのほか長くなってしまいました(-_-;)




