灰爪と銀牙(7)
「魔族だと……!?」
エーデルが愕然と呟いた。ライゼも腰を浮かせる。
チドリの脳裏に、イリオルス国で起きた事件が蘇った。
あの時の首謀者は、亡国であったはずのスィエラ国に存在する魔族だったと聞いている。先代の魔道士達が戦を起こし、滅ぼした国にいた種族。
その魔族が、再び目の前に現れたという。
場内の観客は、魔道士の入場で歓声を上げた。「ペルデド様」と、声を合わせて叫ぶ。
「おい……トゥオーノはなんて奴を魔道士に仕立てあげてんだよ……!?」
「魔族だってわかってないんじゃない?そもそも、滅んだはずだしね、あの国」
「だから今焦ってんだろうが!!」
「イリオルス国にも侵入したことがあったんだよね。そいつ、どうなったの?」
「レアンさんが、消しちゃったって聞きましたけど……」
「消しちゃった、ね」
「ぶっ殺したの間違いだろ!!」
「魔族にも階級とかってあるのかな。彼の魔力、だいぶヤバそうじゃない?」
ライゼの言うとおり、ペルデドと呼ばれた男は禍々しい魔力を溢れさせていた。周囲に、重い霧が立ち込めているかのような。
熱狂する観衆には、ペルデドの異様さが全くわかっていないらしい。
「二人とも、準備した方がいい。レアンがいるからいいものの……魔族だからね。何をしでかすかわからないよ」
「ふん。言われなくてもしてやらぁ」
エーデルの指先が光り、小さな魔法陣を描いた。そこから、二本の杖が現れる。エーデルとチドリの杖だった。
「杖なしで転移魔法とは、さすがエーデルだね」
「当たり前だろ」
杖を受け取り、チドリはそっと先に額を押し当てた。
腕を覆っていた亀裂は消え、痛みもない。紫苑の声が頭の中に響いた。
『チドリ……!よかった。前みたいにならなくて……』
(うん。ごめんね、紫苑)
『大丈夫……チドリが怒るの、私にもわかるから』
額を離し、レアンの方を見る。ペルデドは炎の球を生み出し、レアン目がけて放っていた。数発が、兵士に直撃する。兵士が悲鳴を上げても、観衆は狂ったように声を上げていた。
「エーデル、あれ」
ライゼの声に目を向けると、人々が座っている席の下に、街で見かけた物と同じアストゥラ神の像が置いてあった。そこから、ペルデドと似た魔力を感じる。
「精神作用でもかけてんのか?悪趣味だな」
「完全に、黒だね」
「ど、どうすれば……」
「まあ待て。そろそろアイツの化けの皮が剥がれそうだぜ」
見ると、ペルデドは飛び回るレアンに攻撃を当てようと躍起になっていた。髪を振り乱し、目を血走らせている。肌が、わずかに変色し始めていた。次第に、髪や目も色を滲ませていく。それに合わせ、人々の熱気も静まりを見せてきた。
ポツポツと、ペルデドを指さす者が増える。
「お、おいアレ……」
「なに?どうしたの?」
「ペルデド様のお姿が……」
「どういうことだ!?」
囁きは恐怖を滲ませ、やがて小さな悲鳴に変わっていく。
魔物と姿は異なれど、そこにいるのは完全に人外の何かだった。
「変装はあまり得意ではないようだな?ペルデド」
薄く笑い、レアンが炎を避ける。
ペルデドの顔には、憎悪がハッキリと現れていた。
「おのれ……!!天狼ごときがッ!!」
「観衆は勘づき始めているぞ。虚勢は張らない方がいい」
「黙れぇッ!!」
怒号と共に、ペルデドはとうとうその本性を露わにした。髪は濁った緑色に、目は血のような赤に、耳が尖り、爪が伸び、歯は悪魔のように鋭く、長く。
観衆は悲鳴を上げ、我先にと出口へ急いだ。混乱が闘技場を支配する。
「チドリ!エーデル!」
「おう!」
「はい!」
三人は駆けだし、場内に降りた。
ペルデドの目が移り、眉根が寄る。
「……忌々しい魔道士が三人も……まあいい。天狼もろとも葬ってくれる」
ペルデドの手から、また炎の球が無数に飛び出した。レアンが後ろに飛び退きながら、チドリを抱き上げる。エーデルは杖を振るい、炎球に氷刃をぶつけた。相殺し、魔力がぶつかり合う。
「イル・エスカーラス・ヴェルガ・フィオン・キーラ」
エーデルの詠唱と共に、ペルデドめがけて光の矢が迸る。咄嗟に身を翻すも、腕や足に矢が掠めていった。
「貴様……!!」
「おっと。気を抜くなよ」
ペルデドの頭上から、またも矢が降り注いだ。悲鳴を上げ、ペルデドが砂煙に呑まれる。
「気のせいかと思ったが、どうやらチドリの勘は当たってたみたいだな……あのアストゥラ神を象った像。あれは魔法水晶か何かが埋め込まれてるんだろ。この国全体に配置して、国民の精神傀儡でもやってたってわけだ」
「若い子達は、術にかかってなかったみたいだけど?」
「精神に関与する魔法は、基本的に子どもには効きにくい。まだ心が純粋なままだからな。大人になるほど、その心は操りやすくなってくる」
「だから、置いてあった物は全部新しかったんですね……」
「魔道士を騙ってしまえば、あんなもの国中に置かせるなんて簡単だろ。ましてやここはトゥオーノ国……魔法水晶の素材が豊富に採れる国だからな」
エーデルの言葉に、低い笑い声が重なった。ペルデドが、怪しい笑みを浮かべて立っている。
「チッ……あれじゃぁ、大したダメージにならなかったか」
「いやいや全く……貴方がた人間には辟易しますよ。虫けらのような力しか持ち合わせていないくせに、この私に歯向かおうとするんですからね……!!」
ペルデドの纏う雰囲気が一変した。
急に、辺りの温度がグンと冷え込む。
レアンがチドリを抱く手に力を込めた。
「……これは、ストゥトの時のようにはいかないみたいですね」
チドリは杖を握りしめ、腹底に力を入れた。
「大丈夫です!私……頑張りますから!!」




