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魔道士なんて聞いてない!  作者: 香月千夜
雷雲下の義戦
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灰爪と銀牙(3)

夕暮れ時が迫っても、雲が晴れることはなかった。

辺りは暗く、真夜中のような雰囲気さえ感じられる。

レアンの部屋には、チドリ、ライゼ、レアン、そして不機嫌そうなエーデルが集まっていた。

チドリとライゼは黒いローブで体を包んでいる。大きめのフードを被っているため、目元辺りまで隠れていた。

レアンは、わざとボロボロにされた服を着ている。薄汚れたそれは、天狼姿も相まってしっかり奴隷のように見えていた。両手首と足には鉄枷が嵌められ、長い鎖が重々しい音を立てる。チドリの反対にも関わらず、レアンは首にまで枷を嵌めていた。そこから伸びる鎖を、エーデルが掴む。


「へえ?ホントに犬みたいになって……ッグ」


鳩尾にレアンの拳が直撃した。その場に崩れ、エーデルが咳き込む。


「って、てめえ、何、しやがっ……ゲホッ!」

「貴方の犬になどなった覚えはありませんよ」


冷たい目でエーデルを見下ろし、レアンがチドリの手に鎖を握らせる。チドリはキョトンとそれを見つめた。


「え、えっと、あの……?」

「猿に繋がれるなど屈辱以外の何物でもありませんから。俺の鎖はチドリ様に持っていて頂きませんと」

「で、でもこんな、本当にワンちゃんみたいじゃないですか……!あの、嫌じゃないんですか!?」

「ええ全く。俺はチドリ様の下僕(いぬ)ですからね」

「……レアンが言ってるイヌは絶対意味が違うと思うんだけど……」


ライゼが呟く。チドリはオロオロしながら鎖とレアンを交互に見たが、当の本人はニコニコするばかりだった。エーデルがよろめきながら立ち上がる。


「この……変態アホ犬……!!」

「性悪猿は黙っていて下さい」

「んだとぉ!?」

「ほらほら喧嘩しない。行くんでしょ?トゥオーノ国に」


ライゼが取り成し、エーデルは不満そうにしながらも杖を構えた。

四人を中心に、白い魔法陣が展開する。

浮遊感の後に目を開けると、見覚えのある関所が見えた。湿った風が、頬を撫でていく。


「さて、入りますかね」


ライゼがフードを被り直した。チドリが、手の中の鎖をギュッと握りしめる。ふと横を見ると、エーデルがいそいそと黒いローブに袖を通していた。レアンが呆れ顔でそれを眺めている。


「……まさか、ついてくる気ですか?」

「ライゼとコイツだけじゃ安心できねえからな。俺様もついて行ってやるよ」

「余計なお世話です。お二人だけで十分です」

「ア!?俺がいた方がいいに決まってんだろ!!」

「猿はただの荷物ですよ」

「てめえ!!」

「こら。こんなとこにまで来て喧嘩しないの……全く、君らは元気だねえ?」

「煩いのは猿だけですよ」

「喧しいわこの駄犬がよ!!」

「やめなさいっての。レアン、手は多い方がいいと思うぜ。魔道士なら、頭数に入れておいて損はないと思うし」

「……そうですね。では、嫌々、仕方なく、百歩譲って、同行を許しましょう」

「お前いつか絶対泣かすからな……!!」


歯ぎしりしたエーデルを尻目に、レアンはさっさと歩き始めた。天狼の身に変じ、美しい銀の耳と尻尾が現れる。後ろで鎖を持っていたチドリは、思わず目の前で揺れる尻尾を見つめてしまった。

歩く度に右へ左へと揺れる尻尾は、どこか誘っているようにすら見える。

好奇心に負け、チドリはそっと手を伸ばした。

指先が柔らかな毛に当たったと思った瞬間、レアンが弾かれたように振り返る。


「あっ!ご、ごめんなさい!私、思わず……!!」


驚きに見開かれたレアンの目を見て、チドリは反射的に謝った。俯きかけたチドリに、レアンが嬉しそうに笑いかける。


「いえ。チドリ様なら構いませんよ。ご存分に触って下さいませ」

「ほ、ほんとですか……!?じゃあ、あの、失礼します……!」


歩きながら、チドリは恐る恐るレアンの尻尾を撫でてみた。温かく柔らかな毛並みに、顔を輝かせる。


「わあぁ……!!フワフワ……!!」


歓声を上げ、チドリは両手で尻尾をモフモフと堪能した。隣から、エーデルが顔を見せる。


「へえ?犬の尻尾がそんなに……イデェ!!」

「触れていいなどと言った覚えはありませんが」

「ケチ!!」

「天狼の尻尾はそう易々と触らせるものではないのです。チドリ様以外に触れて欲しくはないですね」

「易々と振るくせに触らせんのは嫌なのかよ!?」

「チドリ様以外に振った覚えもありませんが」

「ぶっ飛ばすぞ!!」

「喧しい」


二人のやり取りにライゼが重く溜息をつく傍ら、チドリは上機嫌で「モフモフ……フワフワ……うふふ~」と尻尾を触り続けていた。



関所は、以前訪れた時より簡単に通ることができた。

よほど魔物のことを蔑視しているのか、奴隷商人を名乗るだけで快く通された。門を潜りながら、エーデルが小声で毒づく。


「なぁにが関所だ。警護ガバガバじゃねえか」

「これじゃあ侵入し放題だねぇ」


ライゼが冷たい笑みを浮かべる。

レアンは、ライゼの提案で頭から布を被っていた。表情も窺い見ることが出来ず、チドリは鎖を握りしめる。無機質な色合いの街並みには、それなりに人が行き来していた。

中年の女が、レアンに気づいて悲鳴を上げる。


「魔物よ!魔物がいるわ!!」


女の声を聞き、人々が立ち止まった。レアンを見て、恐れや怒りを露わにする。

チドリは、鎖を強く握りしめた。


「……おいおい。こんな中を歩いて行けってのかよ」

「馬車とかで来ればよかったかもねぇ」


エーデルとライゼが呟く。その目は焦りと動揺を映していた。

ふいに、レアンの足元に何かが転がる。

それを確かめる間もなく、レアンの頭に鈍い音を立てて何かが直撃した。レアンが呻き、蹲る。

飛び出しかけた悲鳴を寸でのところで堪え、チドリはレアンと人々の間に躍り出た。

両手を広げ、投げられる石に目をつぶる。

体の数か所に当たったが、痛みなど感じなかった。

人々の不満そうな目がチドリを射抜く。


「おい!!なんで魔物なんか庇ってんだよ!!どけよ!!」

「そうよ!!早くそいつを追い払ってよ!!」


鼓膜に触れる声が鬱陶しくて仕方がない。唇を噛み、一つ深呼吸した。


「……勝手な真似をしないで」


這い出たのは、自分でも驚くような低く冷たい声。


「……これは闘技場に売りに行く商品なの。傷がついたら、商品にならないじゃない」


心臓が壊れそうなほど脈打っている。拷問にでも遭っているような気分だった。口元を歪め、精一杯の力で笑って見せる。


「わかったらそこをどいて。ああ全く、せっかく綺麗だったのに……」


声が震えかけ、チドリは顔を背けた。代わりに、ライゼとエーデルが庇うように前へ進み出る。


「聞こえただろう。そこをどけ……商売の邪魔すんじゃねえよ」

「俺達、ちょっとお偉いさん方から注文を受けたもんでね……邪魔するなら、わかるでしょ?」


二人の言葉を聞き、人々は慌てて散って行った。

チドリはしゃがみ込み、蹲っていたレアンと目を合わせる。蒼の明眸が、優しく細められた。


「……お見事です。チドリ様」


謝ろうにも、息が詰まって何も言えなかった。目頭が、燃えるように熱い。

二人が庇っていてくれることとローブのおかげで、チドリとレアンのやり取りに人々は気づかない。傷の確認でもしていると思っているのだろう。


「泣かないで下さい……すみません、辛い思いをさせましたね」

「謝らないで、下さい……ッ!!」


胸が裂けるかと思った。思っていることを口にしないでおくのは簡単なのに、思ってもいないことを口にするのはなぜこんなにも辛いのだろう。

涙を必死で我慢していると、レアンが苦笑した。


「……唇が切れていますよ。あまり噛んでは駄目です」


レアンが俯きかけたチドリの顎を掬い、舌先で唇を舐めた。

あまりのことに、涙が引っ込む。


「ちょ、ちょちょちょ、い、今、今何を……!!」

「隠れていますから、誰も見ていませんよ……泣かれるようなことにならなくて良かったです」

「そういう問題じゃ……!?」


小声で抗議するチドリに、レアンが笑う。

チドリの手を取り、優しく指を絡めた。

瞳に強い光を宿らせ、真っ直ぐにチドリを見つめる。


「大丈夫です。必ず貴方の下に帰ってきますから……俺は、貴方だけの鎖に繋がれた、貴方だけの天狼(いぬ)ですからね」

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