灰爪と銀牙(2)
チドリの不安をよそに、レアンは着々と計画を練り上げて行った。
いつの間にか現れたライゼも加わり、連日何やら話し込んでいる様子だ。漏れ聞いた話では、トゥオーノ国の様子は日に日に悪化しているようだった。
曇天が立ち込めるある日、チドリの部屋のドアが叩かれた。
姿を現したのは、ライゼとレアンである。
「話がつきましたので、ご報告に伺いました」
「よぉチドリ。久しぶりだな」
「お久しぶりです。それで……どうなったんですか?」
ソファーに腰掛け、レアンが口火を切る。
「トゥオーノ国へは今日の夕方、俺とライゼ殿、そしてチドリ様の三人で行きます。エーデルが転移魔法で国境付近まで飛ばしてくれるそうです。お二人は奴隷商人という設定で、天狼の姿の俺を闘技場まで売りに行ってください。その後、観客として闘技場に残って頂くことになります。偽の魔道士が出てきたら、そこを取り押さえようと思っています」
「でも、その魔道士が容易く出てくるでしょうか……」
「聞いた話では、魔物はトーナメント形式で人間の兵士と戦わされるそうです。ただ、手枷や足枷をつけられたり、麻痺系の毒を飲まされたり、複数の兵士を相手にしたりと、かなり不利な状況下で戦わされているようですね。勝ち上がるごとに条件は増えて行きますが、最終戦でその魔道士が出てくるようです。そこを叩き潰そうかと」
「おいレアン。チドリの顔が白いんだけど」
「おや?どうかしましたか?」
チドリは半泣き状態だった。レアンは涼しげな顔で、震えるチドリを覗き込む。
「て、手枷……毒……」
「ああ、それですか。ご心配には及びませんよ。天狼に毒は効きませんから」
「そうなのか?」
「ええ。手枷や足枷も、大した問題にはならないかと」
「だってよチドリ」
ライゼが呼びかけても、チドリは首を振るばかりだった。
「心配性だなぁ、お前んとこの恋人は……お、赤くなった」
「まだ恋人という言葉に慣れていらっしゃらないようで……ああ、とても可愛らしいですね」
「こらこら。惚気に走るな」
「ふふ、すみません。つい」
微笑するレアンの前で、チドリは顔を覆った。
「冗談はさておきだな……俺達二人は、闘技場で周りの様子をそれとなく探っておこうぜ。魔道士以外にも、何かあったらマズイからな」
「……はい」
「まあそんなに不安そうな顔すんなよ。レアンなら大丈夫だからさ」
ライゼはそう言って笑い、「んじゃあ準備してくるわ」と部屋を後にした。
残されたレアンが、微苦笑を浮かべる。
「……まだ、心配していらっしゃるのですか?」
「そ、そりゃそうですよ。毒とか、聞いてなかったですし……」
レアンが立ち上がり、チドリの隣に座った。
顔を覗き込み、目線を合わせる。
「俺は……貴方のことも、心配なのですが」
「私が、ですか?」
「もちろんです。あんな国へ足を踏み入れるのですから、当然ではありませんか。ましてや、闘技場などという危険な所へ……しかし、貴方がいなければ太刀打ちできないことも事実です」
「レアンさん……?」
「俺が貴方を連れて行くことを決めたのですから、それ相応の対処はさせて頂きますよ」
言うが早いか、レアンはチドリをそっとソファーの上に押し倒した。レアンに見下ろされ、チドリの顔が火を吹く。
「あああ、あ、あのあのあのっ!!レアンさんッ!?」
「少し痛いかもしれませんが……できるだけ、優しく致しますので」
「ぅえっ!?ちょ、ふぇ、あの、ちょっと、待っ……――!!」
押し止めようとしたチドリの手に自分の指を絡ませ、レアンはそっと顔を近づけた。
チドリの喉に、唇が押し当てられる。
羞恥とは別の熱が、そこから広がった。
「レ、レアンさ……」
半ば怯えた声で呼びかけると、手の甲を宥めるように指で撫でられた。
レアンの口が開き、鋭い何かが肌に食い込む。
噛まれたのだと、直感で悟った。
だが、痛みはない。ジワリジワリと、熱が流し込まれるような感覚が襲う。心臓、腕、腹、足を伝う熱に、体が震えた。
握りしめる手に力を込めた時、レアンの顔が離れた。熱が、冷めたように引いていく。
「……天狼が主人に歯を立てる、最初で最後の時です」
そう呟き、レアンが噛んだ部分をなぞった。その目には、どこか恍惚とした色さえ見える。
「い、今、何を……?」
「天狼に授けられた力、とでも申しましょうか。自分の主人を守る術です」
「守る……?」
「はい。これがあれば、貴方の身の安全は、俺が保証できます」
頭がボンヤリしたまま、チドリは疑問符を浮かべる。それでも、レアンが嬉しそうなので、特に口を出そうとも思わなかった。
ちょっと短かったですね(^_^;)




