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魔道士なんて聞いてない!  作者: 香月千夜
雷雲下の義戦
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灰爪と銀牙(4)

三人でレアンを取り囲むようにしながら、街の中を進んだ。

曇天のせいだけでなく、街全体に淀んだ空気が充満しているように感じられる。街灯が辺りを照らしているにも関わらず、どことなく薄暗い気さえする。


「……何というか、ここまでくるといっそ清々しいくらいだな。見てみな、至る所に祭壇まがいのものまで置いてある」


ライゼの小声に辺りを見回せば、確かに、家の間や街灯の下に創国神アストゥラを象った小さな像や、供え物などが見受けられた。エーデルが舌打ちする。


「信仰や崇拝っていうか……こりゃもう一種の洗脳じゃねえのか?」

「滅多な事言わない方がいいよ。誰が聞いてるかわかんないし……でもまあ、確かに異様だね。信仰心が篤いとは聞いてたけど、これはちょっと……」

「……あ、あの」


控えめにチドリが声をかけた。ライゼが「うん?」と返す。


「……置いてある像、結構新しいですよね?」

「ん?ああ、そうだね、言われてみれば……」

「新品なのがどうかしたのかよ」

「いえ、えっと……そんなに神様のことを大事にしてるなら、置かれてる物ももっと年季の入った物というか……古い物かと思ったんですけど……昔から、信仰はあったんですよね?私が元いた世界にあった物はほとんど、百年近く経っていたと思いますから……どうして、新しい物を置いてるのかなって」

「古くなりゃ交換だってするだろ。見たところほとんどがそうだから、一斉交換でもしたんじゃねえの?」

「そ、そうですよね……」

「まあ決めつけるのは早いよ。一応、気にしておこう」


歩き続けるうちに、人が多くなってきた。人目を避け、四人は路地裏辺りを進んでいく。人の数に比例するように、喧噪のようなものが徐々に近づいてきた。熱狂に近い声も聞こえる。


「闘技場が近いね」

「裏口から行くぞ。正面は観客共がごった返してる」


薄闇に紛れ、四人は移動した。

分厚い壁伝いに歩くと、やがて小さな木戸が現れる。ライゼが進み出て、軽く叩いた。即座に戸が開き、同じようにローブを被った男が現れる。

レアンを見てから、ライゼに顔を向けた。


「……こいつぁ、売りモンかい」

「察しが早くて助かるね、その通りだよ。イリオルス国からなんだけど、買い取ってくれるかな?」

「……ちょっと待ってろ」


男が奥に引っ込む。ライゼが振り返り、肩を竦めてみせた。


「悪役は俺の方が似合うと思うんだよね」

「ふん。言ってろ」


チドリがレアンに口を開きかけた時、男が戻ってきた。手に袋を持っている。


「見たところかなり状態はいいみたいだ。これくらいで買い取ってやるよ」

「……ああ、どうも」


ライゼが袋を受け取ると、男がチドリの手から鎖を奪い取った。チドリが声を上げるより早く、男が乱暴に鎖を引く。レアンがよろめいた。


「おら、とっとと歩けよ。もう試合は始まるんだからな」

「……あんまり手荒に扱わないでよ?その子、なかなか怒ると怖いからさあ」

「ははっ!試合に出せばどんな魔物でも怖かねえよ」


木戸に足を踏み入れる刹那、レアンは三人の方に向け、ニッと口角を上げてみせた。戸が閉まって、ライゼが大きく息をつく。


「は~やれやれ……あそこで笑えるなんて、レアンも大したやつだよねえ」

「余裕ぶっこいて、死ぬなんてことにならなきゃいいがな」

「縁起でもないこと言わないで下さい……!!」


チドリの気迫に、エーデルは思わず「わ、悪い」と呟く。


「さて、じゃあ俺達も移動しようか。早めに座っとかないと、席なくなりそうだしね」

「だな」

「あ、これ。チドリに預けといていい?」


そう言って、ライゼは金貨の詰まった袋をチドリに手渡した。受け取ったチドリは、苦渋を滲ませる。


「それが命の重さなんだってさ」


ライゼが冷酷な笑みを見せる。その表情は完全に、先ほどの男を侮蔑していた。


「馬鹿だよね。金で買える命なんて、あるわけないのにさ?」

「その命は金で動くけどな」

「厳しいこと言うね~エーデル坊ちゃん」

「誰が坊ちゃんだっ!!」


チドリはしばらく黙ってその袋を見つめていたが、やがて革紐を取り出すと、腰元のベルトに袋を結びつけた。


「……行きましょう」


チドリの声に、二人が頷いた。




鎖を引かれて行きついた先は、いくつもの牢屋だった。

薄闇の中、傷ついた魔物達が転がっている。皆、手と足に鉄枷を嵌められていた。

男が手近な牢を開け、レアンを放り込む。


「試合はすぐだ。せいぜい生き延びる算段でもつけておくんだな」


下卑た笑いを浮かべ、男が去る。その背が見えなくなってから、レアンは牢の中を見回した。

ふと、自分を見つめていた魔物と目が合う。半人半馬の魔物は、黒目をいっぱいに見開いていた。


「あ、貴方のような者が、なぜ、このような場所に……!?」

「ほお。俺が何かわかるのか?」

「ま、間違えることなどありません!貴方は確かに、あの伝説の天狼だ……!!」


魔物の囁きに、近くにいた他の魔物達も目を開く。レアンを見て、口々に驚きを露わにした。


「人間にはわからなかったようだが……やはり、お前達魔物は、俺を一目で天狼だと見分けることができるらしいな」

「並みの人間には、天狼の魔力は見分けがつかないんです……あの、ところで、何故このような場所に?貴方のような方なら、人間に捕まるなんてことは……」

「ああ。俺はイリオルスから来た。イリオルスの天狼を、知らないか?」

「ま、まさか……!!第二王子!?」

「ふむ……ここまで噂になっているとは」


苦笑を浮かべるレアンの周りで、魔物達はどよめいた。


「俺は、天狼としてイリオルス国の魔道士にお仕えしている……そして、同じ魔道士として、ベスティア殿から話を伺った」

「ベスティアさんから……!!」


ベスティアの名を口にすると、魔物達が涙ぐんだ。よほど、彼は信頼されているらしい。


「ジャファーフとネフェロディスの魔道士にも協力を受け、不当な奴隷制度を無くそうと思ってな」

「おお……!!なんと、ありがたい……!!」


感激のあまり泣き出す魔物もいた。彼らの体に目を走らせ、レアンは眉を顰める。


(裂傷、打撲、骨折……出血は放置か。血の匂いからするに、毒が使われているというのも事実らしいな。それに、この痩せようは……まともな食事も与えられていないということか)


天狼の血が猛り、瞳が金に変色した。爪が鋭さを増し、犬歯は獲物を求めるように伸びる。レアンから滲み出る怒気に、周りの魔物達は委縮した。


「……俺が奴隷として試合に出る。最終戦では魔道士を騙る者が出てくるのだろう?そいつを捕らえ、この国の王族を裁くつもりだ」

「魔道士を……!?で、ですが奴はとんでもない強さです!何度か最終戦まで生き残った仲間がいましたが、皆、皆……!!」


声に涙が混じり、魔物達が俯く。レアンは黄金の明眸を煌めかせた。


「……どんな強さでも構わん。あの方のため、倒すまでだ」


僅かな火の明かりを受け、レアンの牙が冷たく光った。

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