桜花の余薫(2)
開いた目に飛び込んできたのは、見慣れぬ部屋だった。青系統の寒色で統一された簡素な部屋。そこで待ち受けていた顔を見て、チドリは思わず頬を引き攣らせた。
「やぁっと帰ってきやがった!遅いんだよ全く!」
「お!おっかえり~」
「帰ったか。皆、無事なようでなによりだ」
「待ってたぜー!お帰り!」
「チドリ様~!お帰りなさいませ~!!」
「チドリ様、チドリ様、帰ってきた!」
エーデル、ライゼ、ベスティア、カイト、エスカマ、アジーンが迎えてくれた。こちらに向かってズンズン歩いてくるエーデルに、ついチドリは後ずさりしてしまう。紺の瞳が不満そうに眇められた。
「おいおい!俺は感謝されるべき立場なんだぞ!?礼の一言でも言えってんだ!」
「え、あの、えっと……」
「チドリ様が貴方にお礼を言う必要はないかと思いますが」
「んだとぉ!?」
「まあまあいいじゃない。事態は丸く収まったわけだし、ね?いやぁ~よかったよかった。二人とも完全にすれ違ってるんだもん。心配したよ」
「うむ。笑顔が戻って安心したぞ」
ライゼとベスティアからの言葉に、チドリは破顔した。眦が僅かに熱くなる。
「……ライゼさん、ベスティアさん……ありがとうございます」
「いえいえ~」
「なんの」
「俺には言わねーのかよ!」
「ありがとうございます」
「お前じゃねーよ犬っころ!!」
「まあ、癪ですが助けて頂いたのは事実ですので……一応」
「え?エーデルさんが……レアンさんを?」
「実はそうなんだよ~なんかさあ、レアンに恋について指南しちゃったりして。いやぁ、あの時は誰かと思ったよね」
「結構かっこよかったんだぜ!」
「え、なに?この高飛車坊ちゃんが、お兄様にそんなことを?」
「余計なこと言うなライゼ!!」
赤くなるエーデルをからかうように、ライゼとカイトが話し出す。ステラは未だにエーデルを見て火花を飛ばしているようだった。
「俺のおかげで犬っころがシャイルの所に行けたんだろうが!感謝しろよ!」
「転移魔法ができるんだから、そのくらい当然じゃない。迷惑かけてきた立場で何言ってんのよアンタ」
「う……っ」
「一応、迷惑をかけたという自覚はあるようですね」
「……うるせー」
「で、でもあの時は私も悪い事しちゃいましたし……」
「そ、そうだ!俺だって死にかけただろ!」
「アンタがいきなり来なきゃあんなことにならなかったのよ。自業自得じゃない」
「うぅ……っ!」
「あっはっはっはっは!エーデル格好悪!」
「うるせーっ!!」
騒ぎの中、気を利かせたファリアがこっそり抜け出し、夕食を部屋に運び入れてくれた。
一同が思い思いに机を囲み、楽しい食事が始まる。
チドリの隣には、誰よりも早くレアンが座った。もう片方に、半分呆れ顔のステラが座る。
「なんだか、お兄様が包み隠さなくなってきた気がするわ……」
「え?何を?」
「チドリを好きだって気持ち」
「う……っ」
顔を真っ赤にして、チドリは言葉に詰まった。
レアンは気にした様子もなく応える。
「隠せるものでもないからな。それにチドリ様の場合、言葉や行動にしないと伝わっていない気がする」
「あー……それはわかるわ。疑い深いわけじゃないけど、自分に自信が無さ過ぎるのよね」
「そんなところも可愛らしいと思うが」
「んぐっ!?」
「急に惚気ないでよ……チドリが喉詰まらせそうだったじゃない」
「失礼しました。つい……チドリ様、大丈夫ですか?」
「は、はい……すみません……」
レアンから渡された水を飲むチドリを見て、周りから様々な反応が起こる。
「ケッ。嫌がらせかっての」
「あはは!本当に幸せそうだよねぇ」
「うむ。仲睦まじいのは良いことだ」
「こ、こっちが照れくさいな……」
「お二人が幸せそうで、何よりでございます……!!」
「アジーンも、嬉しい」
その声にチドリは益々顔を赤くした。レアンは顔色一つ変えずにサラリと微笑む。
「ありがとうございます。皆さんには、本当にお世話になりました」
「いやいや、いいってことよ。酔っ払ったお前さん見てるのも、楽しかったしな」
「チドリに会いたい会いたいって、ずーっと言ってたもんな!」
レアンの表情が固まった。エーデルが悪戯を思いついた子どものように目を輝かせる。
「……そうだったな……お前、酒が入って結構言いたい放題だったよな?素面じゃありえないようなことまでぶっちゃけてたよな!?」
「……さて、なんのことやら。覚えていませんが」
「とぼけんな!恋しいとか会いたいとか触れたいとか傍にいたいとかほざいてただろうが!!」
「なんでいちいち覚えてるんですか……」
溜息をついたレアンの耳が赤い。ふいに目が合って、チドリは顔を赤くした。レアンが片手で自分の顔を覆う。頬まで赤くなっていた。
「なんでここで赤面すんだよ!?今更だろ!!」
「……煩い猿ですね」
「うっせーダメ犬!!」
「あっはっはっはっは!!お腹痛い!」
「ライゼ殿は笑い過ぎだ……エーデル殿も、その辺にしておけ。あの時は酒も入っていたのだ。レアン殿も大胆になることくらいあろう」
「大胆ってか本音だろ!」
賑やかな声の中、チドリは照れくささと嬉しさとで、しばらくレアンの顔を見れなかった。
月光が差し込む時間、チドリは湯から上がり、廊下を歩いていた。
楽しかった夕食の後、ライゼ達はそれぞれの国へ帰って行った。近いうちにまた連絡すると、ライゼとベスティアは告げて行った。エーデルは何も言わなかったが、カイト曰く、また召集には応じてくれるだろうとのことだった。
立ち止まり、廊下の大きな窓から夜空を眺める。青い月が輝き、銀砂のような星が煌めく。ゆっくり瞬きしてから、そっと自分の瞼に触れた。泣き明かした目は、鏡で見るとぽってり腫れていた。擦りすぎたのか、わずかにヒリヒリする。
「チドリ様」
優しい声に振り返ると、レアンが微笑んで歩み寄ってくるところだった。
隣に佇んだレアンの銀髪が、美しい光に撫でられる。
「もう湯浴みを終えられたのですね。今日はお疲れでしょうから、早めに横になられた方が……」
「は、はい!も、もう寝ます」
エーデルの言葉を思い出してしまい、チドリの頬が火照る。寝巻を指先で弄んでいると、レアンがふっと笑う気配がした。
「……夕食の席での話ですが」
「へ、あ、はい!」
「お恥ずかしながら、エーデルの言ったことは本当です。酒が入っていたとはいえ、かなり言いたい放題言ってしまいまして……まあ、本音ではあるんですが」
「ほ、本音……ですか?」
「ええ。貴方を恋しく思ったことも、会いたいと思ったことも、触れたいと思ったことも、傍にいたいと思ったことも……全て、嘘偽りのない本心ですから」
そっとレアンの手が伸ばされ、指先がチドリの頬に触れた。肩をピクリと震わせ、チドリは頬を熱くさせる。レアンが、両手でチドリの頬を包んだ。その赤くなった耳に唇を寄せ、囁く。
「……好きです」
「ぅえっ……!?」
「貴方を不安にさせまいとして言ってるんじゃありません。ただ、口にしないと想いが爆発してしまいそうで……好きです、チドリ様」
「あ、え、あの、レ、レアン、さん」
「好きです……好き、です…………好き……好きです」
「…………し、死んじゃい、ます」
「ふふ」
小さく笑った後、レアンはチドリの瞼にそっと唇を触れさせた。チドリが首まで赤くなる。
「……おやすみなさいませ。チドリ様」
「は、はい……!おやすみ、なさい」
蕩けた蒼色の瞳に見つめられ、チドリの胸が甘く疼いた。
ひょー!\(゜ロ\)(/ロ゜)/




