桜花の余薫(3)
翠の月に差し掛かり、空気に緑の匂いがはっきりと香るようになってきた。山々も新しい葉に覆われ始め、爽やかな雰囲気が国を包む。
そんな中、会議が開かれた広間の空気は、重かった。
国王レーヴェに代わり、レアンが会議を取り仕切っている。最近は次期国王として、こうして政務に携わることが多くなっていた。その手腕は未だレーヴェに届かない部分があるものの、王族として十二分の技量であると周りから認められている。
レアンの右手側には大臣達が、左手側には貴族や公爵達が座っていた。
「続いてなのですが……ネフェロディス国とトゥオーノ国についてでございます」
「その両国がどうかしたか」
「はい。ネフェロディス国では、最近王族と月蝕会の癒着が顕著になってきているようです。国民に課している税の値段が上がり、国民達は日に日に困窮している模様で……反乱が起こる可能性も考慮すべきかと」
「自業自得とは思うがな……それで、イリオルスが反乱を抑え込む手助けでもせよと?」
「いえ。援助を申し出てくる可能性があるかと思いまして……」
「わかった。相応の用意をしておこう……次」
「はい。トゥオーノ国についてなのですが……こちらも最近、人間と魔物の格差が広がっているようでして」
「全く、どこも変わらんな……それで、そこも反乱か何かか?ベスティア殿がいるから、そういうことにはなりそうにないが」
「はい。ですが、その……少々、危ういと言いますか」
「危うい、とは?」
「……王族が、魔物を奴隷として捕らえているようなのです」
「なんだと?」
周囲に驚きの声が広がった。隣と顔を見合わせ、囁きを交わす者もいる。
「奴隷制度は、数百年前のセルウス・トライドール五大国条約で廃止されたはずだが?」
「は、はい。ですがそれは、人間を対象とするもので……魔物を対象とするものではないと考えているようなのです」
「……愚かな。その考え自体が間違っている」
レアンの双眸が怒りに揺れた。
「王族が先導しているのもありますが……どうも、偽の魔道士も関わっているようで」
「王族が勝手に仕立てあげたとかいう、あれか」
「左様でございます。魔物を奴隷とし、闘技場で無理矢理戦わせているようなのです」
「外道め……それで、この件に関してベスティア殿からは何かあるのか」
「いえ。魔物達を抑え込むので精一杯のようです。ですが、三日に一度は奴隷狩りに遭っているようで……」
「……事態は一刻を争うか。よし、そちらの件から検討することにしよう。引き続き、両国の様子を報告してくれ」
「かしこまりました」
「ああ、それから」
会議が終わるかと思われたころ、レアンがふいに立ち上がりかけた者達を制した。
不思議そうな顔を向ける周囲に、レアンは美しく微笑んで爆弾を投げかける。
「後々口を挟まれても面倒なので言っておくが……俺は、側室をとるつもりはない。皆もそれを理解しておいてくれ」
「なんですと!?」
途端に辺りは騒がしくなった。公爵や貴族の中には顔を青くする者もいる。
「どういうことですか殿下!?王族ともあろう方が、側室を取らぬと!?」
「ああ、そう言った」
「ご冗談はお止め下さい!一体なぜ……」
「心が動かぬからだ。それ以外に何がある?」
「心など……しかし、貴方は王族であられるのですぞ!?」
「側室を取らなければならないという法があるわけでもないだろう。王座につくのが男でなければならないという法もないしな」
「ですが……!!」
「くどいぞ。体裁を繕いたいだけの理由なら口にするな」
冷たい視線に貫かれ、抗議していた公爵はグッと言葉に詰まった。大臣達は一様に「やれやれ」といった表情を浮かべている。
「諦めよヴィヌル公爵。殿下のお心は揺るがぬようだ」
「し、しかしですな……」
「陛下に似て、言い出したら聞かぬ方ですからね」
「反対しても、ますます燃え上がってしまわれるだけですよ」
苦笑して、大臣達は席を立ち上がった。貴族と公爵達の中にも諦めを浮かべる者がいたが、数人はまだ納得がいっていないようだった。
レアンが立ち上がり、同性でも見惚れそうなほど甘美な笑みを口元に描く。
「それでもまだ、俺に側室を勧めたいなら……そうだな、世界が滅んだ後にでも話し合ったらどうだ?」
貴族と公爵達がザッと顔を青くした傍らで、大臣達は小さく吹き出した。
「殿下」
廊下を歩いていたレアンの背に、声がかかった。
振り向くと、顔に深い皺を湛えた男が笑みを浮かべていた。白髪をきっちりと撫でつけ、背筋を真っ直ぐ伸ばして立つ姿に、レアンが笑みを返す。
「久しいな、ロストーク公爵。元気そうでなによりだ」
「殿下も、お元気そうで……いやはや、先ほどは大胆な事を仰いましたな」
ロストーク公爵は、ステラの婚約者の父にあたる。眼鏡をかけた空色の瞳は輝きを失わず、明朗な雰囲気を醸し出している。
「大胆、か……まあ、釘を刺すに越したことはないからな」
「ふふ、仰る通りで。して、あのような事を仰ったということは、誰か、心に決めた方でも出来ましたかな?」
「ああ。実の所、もうその方以上に誰かを想えるようになるとは考えられなくてな」
「ほお……殿下がそこまで仰るとは。もしやその方は……魔道士の、チドリ様ですかな?」
「ステラから聞いていたか?」
「ええ。手紙を頂きまして……こちらに来られてから、随分と楽しそうでしてな。息子が寂しがって、大変でした」
「アルディには悪いことをしたな。どうもうちの妹は、無鉄砲で我儘なところがあるようだ」
「いえいえ、可愛らしゅうございますよ……それで殿下、どうなさるのですか?公爵や貴族の中には、殿下のお言葉に納得していない者もいたようですが……」
「説得はするつもりだが、難しいだろうな。まあいざとなれば、二人だけでどこぞへ逃げればいいだろうと思ってはいるが」
「……思い切った事を仰いますね」
「もしもの話だ。これでもこの国の王子であるしな……ただ、それほどに俺の決心は固いということだ」
「承知しておりますよ。いやはや、私も妻とは半分駆け落ちのような形で結ばれましたからなぁ。懐かしい気分です」
「見かけによらないな、そなたは」
「殿下ほどではありませんよ」
軽口を叩き、二人は笑った。




