飛花の夜会(2)
ステラからダンスの特訓を受け数日が経ち、いよいよ夜会が開かれる日になった。参加するのは高位の貴族や公爵達。立食形式で食事も楽しめ、楽団による演奏付きのダンスという、チドリにとっては夢のような状況だった。
夕暮れ、いつも以上に気合の入った侍女達に囲まれ、チドリは着替えと化粧の真っ最中だった。
侍女達を先導するのは、例のごとくステラとファリアである。
「髪は上げた方がいいかしら……でもチドリの髪の色、どのドレスでも相性が良いのよね」
「爪はどうなさいます?私は塗らない方が良いと思うのですけれど……」
「そうね。綺麗な縦爪だから、逆にそのままにしておいた方がいいかもしれないわ」
「髪型なら、後ろ髪の上半分だけを上げるのはいかがです?髪飾りもつけられますし、背中に流すこともできますわ」
「いいわね。そうしましょ」
問答の末、髪型はいわゆるハーフアップに決まったようだった。チドリは直立不動のまま、あーでもないこーでもないと様々なドレスをあてがわれる。
「チドリはいつも寒色系ばかり着てるから……たまにはうんと可愛い色のを着せてあげたくなるわよね」
「わかりますわ」
「ぅえ!?は、恥ずかしいよ……!」
「何言ってんの。似合ってるから大丈夫よ」
ステラの言葉に、早速侍女達が動く。持ってこられたドレスの山は、どれも可愛らしく温かい色ばかりだった。
「橙色……は、ちょっと明る過ぎね。黄色もちょっとはしゃぎ過ぎだわ……この桃色じゃかえって品がないように見えるし……うーん……」
「ステラ様!これはいかがでしょう!?」
目を輝かせたファリアが手にしていたのは、薄紅色のドレスだった。その色合いが、見覚えのある何かに感じられる。
「それ……!そうね!そのドレスがあったんだわ!!」
「え、ス、ステラ……これは?」
「リウビア国で買った桜の木の皮で染めた布を使ったドレスなの!試作品のつもりだったんだけど、布があんまり綺麗に染まるもんだからつい本格的に作っちゃって……そうね、これならピッタリだわ!」
桜の薄紅は控えめな可愛らしさがあり、尚且つ上品さや清楚な雰囲気も兼ね備えている。ステラはご機嫌だった。
「そうと決まれば、次はこのドレスに合わせたネックレスと口紅なんかを準備しなきゃね!あ!香水も桜の花で作ったのがあったんだったわ!」
「口紅の色はどうしましょうか……ドレスの色と同じような色でも、問題はなさそうですわね」
「とりあえずあるだけ持ってきて!ほらチドリ!ジッとして!」
「は、はいぃ……」
ドレスはオフショルダーで裾が長く、背中と胸元が綺麗に見えるようになっている。シフォン生地の上に、真珠に似た小さな宝石が無数に散りばめられていた。腰元は絞られ、裾からは美しいレースが覗いている。Aラインのドレスに、小柄なチドリでも十分に女性らしさが引き出されているようだった。
鏡を見て感心するチドリに、ステラは不敵な笑みを向ける。
「まだよ。まだまだ完成には程遠いわ……!」
「え!?まだなの!?」
「お化粧も済んでないでしょ!あ、ファリア、やっぱりパニエ持ってきて。もうちょっとふわっとしてた方が可愛いわ」
「かしこまりました」
身動きの取れないまま、チドリは侍女やステラに髪型や化粧を整えられていった。
日が落ち始めた時刻になり、城に貴族や公爵達が集まり始めた。中庭に面した会場に、賑やかな話し声が溢れる。入口とは別の扉付近に控えたチドリは、緊張で足を震わせていた。
「大丈夫だって言ってるのに。チドリ、綺麗なんだから」
「き、きき、綺麗なのはステラの方だもん……!」
ステラは長い銀髪を下ろし、ライラック色のプリンセスラインのドレスを身に纏っていた。チドリと同じオフショルダーのドレスには、美しい金糸の刺繍がしてある。赤い口紅が、ステラをいつもより大人っぽく見せていた。その可憐でありながらどこか凛とした佇まいに、思わずチドリは見惚れてしまう。
「……ステラはいつも綺麗だけど、今日は本当に綺麗だもん……私はどうせ身の丈に合ってないって思われる……!!」
「悲観的になり過ぎよ。いいから背筋伸ばして笑ってなさい。隙を見せたら、あっという間に食われるわよ」
「く、食われる……!?」
「そうよ。だから、とにかく笑顔でいなさい。そして、できるだけ一人にならないこと。一人でいる時に捕まったら、私もお兄様も対処できないわ」
「き、気をつけます……!!」
「さ、行くわよ。お父様とお兄様の挨拶が終わるころだわ」
控えていた侍女が扉を開け、拍手が二人を包んだ。
目の前には、今までにないくらい大勢の顔と視線があった。広大な会場を埋めるかのような人数。その全員の目が、チドリとステラに向いていた。迫力に気圧され、思わず隣のステラの手を握る。
招待客達に圧倒されていると、視界の端で人影が動いた。
見ると、レーヴェとフィオーレがこちらに歩み寄ってきていた。その後ろに銀髪が揺れ――息が止まる。
レアンは立派な正装に身を包んでいた。片方だけ掻き上げた髪型が男らしい色っぽさに溢れ、紺碧の明眸がいつもよりさらに美しい。白と金を基調にした正装は詰襟の仕様で、レアンの銀髪に良く映える。黒い編み上げのロングブーツが、磨き上げられた床を踏んでいた。
胸が高鳴った。見惚れているチドリの隣で、ステラが挨拶を述べ終わる。レアンと目が合い、その頬が微かに色づいたかのように見えた時、レーヴェがチドリの肩に手を置いた。ハッと我に返ると、レーヴェがそっと体を押す。
「本日は、我がイリオルス国の魔道士であられるチドリ殿も夜会に参加されるとのこと。皆、どうか楽しんでほしい」
拍手が鳴り響き、楽団の演奏が始まった。あちこちで楽しげな会話が始まる。
「さーて。面倒だけど挨拶してこなくちゃ……あ、チドリ、ちょっと一緒に来てくれる?」
「え?あ……うん」
手を引かれるまま、チドリはステラと共に人々の群れに歩み出た。レアンの方を振り返った時には、もう貴族達の輪に囲まれた後だった。
ステラが声を掛けていったのは、貴族や公爵の令嬢ばかりだった。皆一様に整った顔立ちをしており、美しいドレスを身に纏っている。胸元や背中が大胆に開いているので、慣れていないチドリは赤面してしまった。
「こんばんはステラ様。本日はお招き頂いて光栄ですわ」
「あらイスカチェーリ。楽しんでいて?」
「もちろんですわ。あ、こちら、わたくしの友人ですの。ステラ様にご紹介させて頂きたくて」
「初めましてステラ様」
矢継早に訪れる令嬢達に、チドリの記憶力は到底追いついていなかった。だんだん、皆同じ顔に見えてくる。そんな中、ステラは一目で名前を言い当て、軽やかに挨拶を済ませていく。舌を巻くとはまさにこのことだった。ステラに言われた通り笑顔を絶やさないようにしていたが、頬が引き攣りかけている。ステラと令嬢達の会話に尻込みしそうになっていた時、一際綺麗な顔立ちの令嬢が進み出てきた。
「こんばんはステラ様。ご招待、感謝いたしますわ」
「……あらイディア、こんばんは。貴方も楽しんでいて?」
「はい。こんなに素晴らしい夜会は初めてですわ」
「そう。よかったわ」
クリーム色のたっぷりした巻き髪に大きな赤紫色の目の美少女だ。ぷっくりした艶っぽい唇が弧を描き、妖艶な笑みを見せる。
「父から話を伺って、ずっと魔道士様にお会いできるのを楽しみにしておりましたの。とても可愛らしい方ですわね」
「あ、ありがとうございます……?」
「ありがとうイディア。彼女は私の大切な親友なの。仲良くしてくれると嬉しいわ」
「もちろんです。よろしくお願いしますわ、魔道士様」
にこやかなステラだったが、チドリは二人の会話にどこか冷やかな雰囲気を感じ取っていた。
「そうだわ。チドリ、少しお腹が空かない?あっちで何か食べてきましょ」
「え?あ、うん。そうだね」
「じゃあ私達はこれで。あとでね、イディア」
「はい。また」
チドリの手を引き、ステラは料理の並べてあるテーブルに近づいて行った。
服の知識が無いもので、滅茶苦茶かもしれません……
(^_^;)




