チドリの奮闘(2)
翌日から、チドリは書庫に籠りっきりになった。
朝食から夕食まで書庫で取る。侍女達に心配されても、チドリは書庫を動こうとはしなかった。
「アジーンよ。魔道士様は、その……お体は大丈夫なのか?」
「んー……目の下、クマ、できてる。魔道士様、ずっと、寝てない」
「マジかよ……もうあれから三日経つんだぜ!?一睡もしてないのか!?」
「その間ずっと本を調べてらっしゃるのか?」
「ん。魔道士様、読むの、すごく速い。多分、魔力、使ってる?」
「なんと……恐らく、無意識のうちに魔力を使って、本を読むスピードを速くしておるんでしょうなあ」
「そんなことできんのかよ!?」
「ええ。魔道士様ならできるかと」
書庫の前で、三人は額を合わせて話し込んでいた。その背後で、可憐な溜息が聞こえる。
「殿方はこれだからダメね。ほらカイト、チドリ様にお食事よ」
「お、ファリア。すまねえな」
「私はいいのよ。全く、時間を気にして取りに来るくらいしなさいよ」
亜麻色の長い髪を揺らし、ファリアがやれやれと首を振る。
小さな手で、書庫の扉をノックした。
「チドリ様。お食事をお持ちしましたよ」
しばらくして、小さく扉が開かれた。チドリのゲッソリした顔が覗く。アジーンの言うとおり、目の下にハッキリとクマができていた。
「ありがとう、ファリアさん……」
「構いませんわ。調べものはまだかかりそうなんですの?」
ファリアの問いに、チドリは懐から小さな石を取り出して見せた。一同の視線が石に集まる。
「魔道士様、それは……?」
「皆に、お願いがあるんだけど……」
息も絶え絶えに、チドリの目が怪しくギラつく。ファリアを除く三人の背に冷や汗が流れた。
「書庫の中から、これと同じもの見つけるの手伝って……!!」
悲鳴を上げる間もなく、三人は書庫に引きずり込まれた。ファリアは「あらまあ」と呟き、食事を入れたバスケットを持って、扉の中に入った。
「チドリぃ。こっちに一個あったぞー」
「ここにもありました!」
「アジーンも、見つけた!」
しばらくして、三人が書庫の三角から、それぞれ石を一つずつ見つけて持ってきた。チドリはパンを齧りながら、くぐもった声で「ありがとう」と言う。
「この石がどうかしたのか?」
「うん……大事なものなの」
スープを飲み干して、チドリが一息つく。
「まだ仮説でしかないから、確かじゃないけど……でも、私の考えが正しければ……」
呟きながら、チドリの頭がフラフラし出した。それを支えながら、ファリアが心配そうに声を掛ける。
「チドリ様……少し休まれては?」
「いいえ……!!そんな時間ありませんっ」
半目のまま、チドリが立ち上がった。足取りも覚束ないまま、扉に向かう。
「ど、どちらに……!?」
「お風呂入って、目ぇ覚ましてきます」
「溺れちまうぞ!」
「私もご一緒致します……!!」
慌てて、ファリアが後を追った。
湯あみを終えたチドリは、また一人で本を漁っていた。
眠ることも食事を取ることもおざなりにしてきたので、体はかなり参っていた。だが、心の中で燃え続ける何かが、チドリを動かしている。
ここ数日書庫にいたおかげで、手元にはかなりの資料ができていた。
(そうだ……レアンさんに、聞かなきゃいけないことが……)
フラリと立ち上がり、節々の痛む体を引き摺って、チドリは地下牢に向かった。
「チドリ様……!?どうなさったのですか!?」
病人のような姿に、レアンは悲痛な声を上げた。チドリに付き添うカイトが、肩を竦めてみせる。
「数日間もぶっ通しで徹夜してんだよ。全く、良い根性してるよな」
「そんな……」
鉄格子を掴むチドリは、半分船を漕いでいた。それでも頭を振って、目をショボショボさせながらレアンの方を向く。
「実はー……レアンさんに……聞きたいこと、が……」
「それは構いませんが、チドリ様……どうか少しお休み下さい!倒れられてしまいます!」
「大丈夫、ですー……徹夜には、慣れてるんで……」
チドリは目を擦り、ほんの少しシャッキリした顔で、紙と羽ペンを持ち直した。
「えっと、まずは……発作が起きるときは、魔力がたくさん、またはー……一気に多量に、なくなったとき、ですよねー……?」
「は、はい。そうです」
「ふむぅ……あ、それからー……胸元に、黒い痣がありましたよねー……?ちょっと、見せて頂けますかー……?」
「ええ……」
レアンは胸元を緩め、歪な黒い痣のある胸元を晒した。チドリは目を凝らし、「ふんふんふん」と呟く。
「発作の時は、そこが痛みますかー……?」
「そうですね。いつも……痛みと、熱を感じます」
「ふむふむ……なるほどー……ありがとうございまし……」
言い終える前に、チドリの体は横向きに倒れた。レアンとカイトが悲鳴を上げる。
「チドリ様ッ!?」
「お、おいチドリっ!?」
近づいたカイトは、チドリがスヤスヤと寝息を立てていることに気づき、安堵の息をついた。
「……寝てる」
「そうか……お疲れだったのだろう。少し、休ませて差し上げてくれ」
カイトは頷き、その場に腰を下した。レアンはしばらくチドリの寝顔を眺めていたが、やがて、チドリとの距離を縮めた。鎖は、以前より長くなっている。
「……鎖、陛下が伸ばしてくれたのか」
「ああ……せめて、牢の中は歩き回れるようにとな。正直、歩くことなどないから必要ないとは思っていたんだが……」
レアンが手を伸ばし、チドリの頬に触れた。
そのまま、慈しむように指の腹で撫でる。
「……今は、陛下の采配に感謝している」
「……そうか」
友の浮かべる表情を、カイトはまじまじと見つめた。
穏やかな、幸せそうな顔だ。
「……身勝手なものだな」
「ん?」
レアンが、自嘲気味に呟いた。
「この方のためなら、惜しくないと思った命なのに……この方のために、まだ生きていたいと思うなんて」
「……そんなの、身勝手じゃねえよ」
カイトは、友に明るく笑ってみせた。
「チドリがそれを望んでんだからな。お前は、チドリを悲しませないためにも、生きなきゃなんねえ」
レアンは微かに目を見開き、少し黙った後、微笑んで「そうだな」と呟いた。




