チドリの奮闘(3)
目を覚ますと、チドリは書庫の床で毛布にくるまっていた。
早朝の朝日が窓から差し込み、部屋をわずかに明るくしている。目を擦って辺りを見回すと、本の山の近くで寝こけているアジーンの姿があった。近づき、そっと揺さぶる。
「アジーンさん。アジーンさん」
「んん……魔道士様?」
「おはようございます、あの……私、どれくらい眠ってたんでしょう?」
「昨日の夜から、少し」
「そうですか……」
睡眠を取ったおかげか、頭が幾分スッキリしていた。自分の頬をペチペチ叩いてから、「よし」と立ち上がる。
「本は、あと少し……頑張ろう」
本棚に向かい、チドリはまた読書に没頭していった。
時は飛ぶように過ぎ、物音に気付いて顔を上げた時には、辺りは夕焼けの色に染まっていた。
扉を開け、カイトが顔を覗かせている。
「チドリ!やったぞ!ストゥトってやつを捕らえた!」
「本当!?」
本の山につまずきながら、カイトは満面の笑みで頷く。
「賊の頭も一緒にな。奴ら、レアンにやられたのが効いてたらしい。思ってたより遠くには逃げられなかったみたいだ……今は、仲間に指示してアロガンに見つからないように捕縛してある。明日の場には、引き摺りだしてやれるぜ」
「よかった……!そ、それで、イフテカール公爵は……」
「そっちも問題ない。別荘に逃げてたのを捕らえたって、部下から連絡があった」
「そっか……!!」
安堵のあまり、チドリは床にへたり込んだ。安心すると、一気に体が重くなる。
「大丈夫か?」
「うん。大丈夫……」
一瞬目を閉じ、チドリはニッコリ笑ってみせた。
「お前の方は、調べものは済んだのか?」
「うん……私が考えてたより、大掛かりなことになっちゃったけど」
「……?」
不思議そうな顔をするカイトに不敵に微笑んでから、チドリは背筋を伸ばした。
「部屋に戻るね。今日は、しっかり休まないと」
数日ぶりに姿を現したチドリを見て、侍女達は感極まって涙を浮かべた。
「よかった……!倒れられているのではないかと、不安で……!!」
「す、すみませんご心配かけて……そ、それでですね……あの……ちょっとお願いがあるのですが」
「なんなりと!」
目を輝かせる侍女達に、チドリは恐々口を開いた。
「じ、実は明日……わ、私を、出来る限り綺麗にしていただきたいんですっ!」
真っ赤な顔で、チドリはそう懇願した。侍女達はキョトンとし、顔を見合わせる。
「や、あの、お化粧とかドレスとかは、女性の武器というか防具というか、その……!気を引き締められるかなって……!」
「まあ、そういうことですのね!!」
手を打った侍女達は、早速と言わんばかりにチドリを両側から拘束した。
「え!?あの……」
「そうと決まれば善は急げですわ!」
「さあさあこちらへ!」
「あ、明日でいいんですけど……!?」
「何を仰いますか!!入浴からに決まってますでしょう!?」
「そ、そんなぁ~!!」
大浴場に連れて来られたチドリは、恥じらいなどは丸無視で服を脱がされた。
「ぎゃー!?体くらいいつもみたいに一人で洗います!!」
「なりませんわ。ああもう、魔道士様はお力を込めて洗いすぎです!柔肌に傷がついていらっしゃるではありませんか!」
「く、くすぐったい……!」
「耐えて下さいませ!」
チドリは、三人がかりで体の隅から隅までをフワフワの泡で洗われてしまった。今度は柔らかな台の上に仰向けで寝させられる。
天井を見上げていると、心底楽しそうなファリアが顔を見せた。
「ファ、ファリアさん……!!」
「うふふふふふ。チドリ様を手ずからお世話させて頂けるなんて、夢のようですわ」
「か、か、髪くらい自分で……!!」
「ダメですわ。私の手で、洗わせて頂きます」
「ぎゃーっ!」
ファリアの見事な指捌きで、チドリの髪は何とも心地よく洗われてしまった。グッタリするチドリに構わず、ファリアはテキパキと指示を出す。
「シャル、香油をあるだけ持ってきてちょうだい。リネ、ラングの葉で蒸したタオルを。ミベイラ、リニンの木の櫛を。それから……」
指示を出しながらも、手は休まずにチドリの体を優しく吹き上げていく。チドリは自分が子どもに戻ったようで、気恥ずかしかった。
温かい風の出る魔法道具で髪を乾かされながら、チドリは柔らかな寝巻に着替えさせられた。
体からは、先ほどマッサージがてら塗りこまれた香油の香りがする。甘く、良い匂いだった。
「チドリ様の御髪は、長いですわね」
「そ、そうですか……?うーん……切る時間がなくて。お金がかかるから自分で切れって言われてたんですけど、自分じゃ切れないし……だから、放っといただけなんです」
えへへ、と照れ笑いするチドリを見て、侍女達は涙ぐんだ。「なんて不憫な……!」と、その表情が語る。ファリアの櫛を持つ手に、力がこもった。
「チドリ様!明日は、この御髪を立派に結い上げてみせますからね!!」
「へ?あ、はい……!お願いします」
明日はきっと、チドリを別人のように着飾ってやろうと、侍女達は揃って意気込むのだった。
侍女達は服を着たまま大浴場に入ってます(^_^;)




