ACTion 31 『GO AROUND THE AROUND XXX』
『社長、どうしたでやんすか?』
遺体安置所を抜け出たスラーとモディーはコクピットで霊柩船の立ち上げを終えると、格納庫を後にしようとしていた。
さなか片目で正面をとらえつつ、もう片方の目でモディーはスラーの様子をうかがっている。
『どうした、だと?』
開きゆく格納庫のハッチへ向かい船体を滑ら始めたスラーの声は、どこか上ずっていた。
『なに寝ぼけたこと言ってやがる。サスに直接、話を聞きに行くに決まってるだろうが』
『今さら……で、やんすか?』
瞬間、スラーの平手は唸る。モディーの額で鋭い音を立てた。
『う、うるさいっ』
どうやらかなり痛いところを突かれたらしい。吐き捨てたはずの声も、こもりがちとなる。
『いいか、ワケありとはいえ無いもの探しがもとより承知の依頼なら、こちとらとんだオトリだろうが。さすがにそれはないってハナシだ』
そう、安請け合いは値するだけの「信用」があってこそなのだ。だがこれではブチ壊しというもので、いや、ぶち壊しにして投げよこすほどサスの身に何があったのかと、関わってしまった自身の身にも不安は過っていた。
いつしか霊柩船の四角いアクリルから離艦のガイドラインは消え去り、自前のナビ映像が半透明の膜を張りつけている。すでに白い船は霊柩船の後方、小さな点と輝き、そのテリトリーから抜け出しつつあった。
『社長とモディーは葬儀屋でやんす。オトリではないでやんす!』
『たまにはマトモなことをいうじゃないか、モディー』
スラーは小さく笑い返す。
前に、光速の入り口は表示された。侵入速度が明滅して、霊柩船へさらなる加速を要求する。従いスラーはスロットルを倒していった。その両サイドで侵入回避可能エリアまでのカウントダウンは高速回転し、船はインターの要求に応じて船種の申告を始め提示データを展開してゆく。
『社長に褒められたでやんす。モディーは褒められたでやんす!』
モディーの目もまた歓喜にせわしなく回転した。
瞬間、途切れるカウントダウン。
焼きついたかのごとくアクリル一面が白く弾ける。
霊柩船は『アーツェ』へ向かい、光速航行へ突入した。
『しまった。せめて一袋でもエスパを持ってきておくべきだった!』
同じ頃、トラはヒザを打っていた。だが嘆いたところでもう遅く、『バンプ』は路肩停泊も許されぬ光速航行のさなかときている。どれほどネオンの行方に気をもんだところで鎮めておさめるエスパのために、引き返すことなどできはしなかった。
落ち着かずトラは捕らわれた獣のごとく、船内を何往復もしている。途中、エスパのカラ袋を見つけたなら、わずかに残る匂いを楽しんだ。それを片手に妄想の中、でエスパを食べるフリに浸ってもいる。だが終え後の虚しさこそ耐え切れず、放りだして無線へ手をのばしていた。だが紛らわせるため『アーツェ』到着まで続けるような無駄話こそできず、諦めていた。
ただブロードバンド・キャストライブをつける。そのけたたましさは束の間、トラの虚しさを埋め合わせてくれていた。だが次々と既知宇宙の一大事を並べ立てようと、決してトラへ話しかけてくるようなことはない。次第に音は耳へ入らなくなり、完全にうわの空となればもやのかかったような脳裏に一体、自分は、何をしにどこへ向かっているのだろう、という疑問は浮かび始めていた。そうしてぼんやり、ネオンのことを思い出す。それはモバイロ越しの映像に始まり、次々と時間をさかのぼるままギルド本部のオークション会場にまで巻き戻されていった。
『ヒト』臓器一式
性別 女
年齢 汚染状況不明
品質保証なし
おかげで一式とは思えぬ激安価格がスタートだったオークション会場は、トラの目の前に広がってゆく。
そのときまだ仮死ポッドに、あの楽器が眠っていることを知る者はいなかった。おかげでたいして盛り上がることもなかったオークションは、トラのつけた破格の値で大盛況のうちに幕を閉じている。
そうまでして買い取ったワケを蘇らせてトラは、ぶるんと全身のシワを波打たせた。埋まっていた操縦席から飛び上がらんばかり身を起こし、すっかりたるんだ頬を両の手で挟み込むと伸びるだけシワを伸ばして叩きつける。
これもまたイルサリ症候群への入り口か。
正気を保ち、両眼を見開いた。航路の残りを確認する。
光速の出口はようやく現実的な距離をおいたその向こうに、のぞき始めていた。早いに越したことはない。ならばとトラは、息も荒く降船準備に取り掛かる。
『大型貨物船 エイサー号』。
積荷は微生物加工工場の作業用ゴム製着衣。
乗組員は極Y地域に拠点を持つ、電離精製工場の社員。
機械任せのインターで、乗組員のIDや積荷の確認が直接行われることはなく、だからしてそれが現在テンたちの船が装い、提示しているデータだった。
(テンよう。アーツェへ着いたら、一回、メンテ入れてもらわなあかんで。船体が妙な音、たてよる)
その艦橋でナビとオートパイロットに船を任せたコーダは、上二本の腕を胸元で深く組み、不安定な値を示す計器を睨みつつ下二本の腕をテンへ振る。傍らでテンは、プラットボード上部に極Y種族独特のキー配列がほどこされたホロデバイスを広げると、入力に先ほどからずっと四本の腕を駆使していた。
(それはアーツェであいつらを確保してからや)
『フェイオン』からの緊急離脱後『Op1』へ飛び、休む間もなく『アーツェ』へ向かうこととなった船の疲労具合は確かにピークを迎えている。いつものテンならこの船を熟知するコーダの提言をなおざりにすることはなかったが、今回ばかりはそうもいかなかった。
(わかった。わかった。そう、いこじなフリで返さんでもええがな)
見て取りコーダが冗談紛れに跳ね返す。そしてふと、深く組んでいた腕を緩めた。
(そやけど、そうなったら、わしらがこうして動話、使うのも、これで振り納めゆうことやな)
いつもの勢いが失せた動話に漂うのは、似合わぬやるせなさだ。ついぞテンも集中していたプラットボードから視線を逸らしていた。
(そうや、これからは俺らも二十三種と肩並べて生きてゆくんや。もうバカにはされへん。どこでも商売して、どこにでも雇うてもらって、こんな暮らしをしとる同胞をオモテの世界へ引っ張り出してやるんや)
その振りを眺めたコーダの口から、やおらため息のようなものはもれ出す。肩もまた大げさなほどに落としてみせた。
(食うてはいけるが、なんや、せがないのう)
テンは答えない。プラットボードから引き出されてくる情報へ、あえて目を凝らす。かと思えば身を乗り出した。瞬間、指を鳴らし大きく振りかぶる。
(きた!)
ホロデバイスを隅へ縮小し、プラットボード上に新たなホロスクリーンを広げた。『アーツェ』の小さな田舎町を、そこに立体地図として立ち上げる。中へとテンは手を差し入れた。まるでボールでも転がすかのような具合だ。地図を左右、上下と回転させ、地図内に記された赤いドットの位置をあらゆる角度から確かめていった。
(こんまい店やな。あの留守録は、ほんまにここからやったんか?)
と、コーダが両のモモを叩きつける。
(なら、ハラ、決めるしかないの!)
(いまさら引けるか?)
(せやの)
投げるテンに皮肉な笑みで応えてコーダが、ひとつ息を吐き出した。気持ちを整え直したその後で、大きく腕を振り上げる。
(おっしゃ、作戦練るならクロマとメジャー呼ぶぞ!)
手元のプラットボードへ、ふたりの名前を読み込ませてゆく。
『それから……』
付け加えた。
『それから?』
シャッフルは眉根を互い違いに歪ませる。歯切れの悪い部下の目を、真正面からのぞき込んだ。
『妙な問い合わせの記録がひとつ浮上しております』
巡航艇の中枢は外の景色すら堪能することを惜しんで、機材に埋め尽くされている。その端末に埋まり部下は、濁らせた言葉の先をシャッフルの前に並べていった。
『ハウスモジューュール勤務のラウア語店員の遺体を引き取りに、葬儀社が臨時収容船へやってきたそうです』
あまりにも目立ちすぎる制服を脱いだふたりは今、『アーツェ』上陸に備え階級を伏せた一般公務員のいでたちを装っている。
『ラウア語? ハブAIの外部出力内容に応じて我々が再開させたあのカウンターのことか。だいたいあれはかなり以前から凍結されれいたため、極Yの手配した者が店員を装い待機していたのではなかったのか』
『なので、そのことを尋ねて現れる第三者の存在は奇妙だと……。可能性ですが、こちらの動向を伺うべく何者が現れたのではないかと』
『ギルドの次は葬儀社か』
しばし唸り、シャッフルはアゴをなでた。青白い顔を拭い、改め部下へ問い返す。
『どこの葬儀社だ』
『記録には、スラー葬儀社という名が残っております。偽名ではないようです。霊柩船航行専門の小会社でした。現場で確認した腕章から営業経歴も閲覧できますが、ごらんになられますか』
『いや』
軽く手を振りシャッフルは拒否する。続けさま、最低限の措置だけを指示した。
『光速の利用記録をチェック。補足しておけ。特殊船舶なら、そう簡単に姿はくらませんハズだ。誰の依頼で動いたのかは気になるところだが、我々は実験体の確保を最優先とする』
答える間を惜しみ部下が手配につとめていた。
『アーツェ』まであとわずか。
これでカタを付けると、シャッフルは自らに言い聞かせる。
そして惑星『アーツェ』の砂漠港、ドック『11』には、ライオンが注文した船を除く全ての品々が届けられていた。ボックスは船内に持ち込めない大きさのため、三輪ジープの傍らに置かれてており、緩衝チップの中からハイヒールを取り出したネオンは早々に足を滑り込ませている。
「やっぱり、コレじゃなくっちゃ。昔にお別れしてもコレだけは譲れないわ」
前に後ろに自らの足元を確かめて笑顔満面、くるりと一回転、披露した。
アルトもまた新しい作業着を羽織ると、塗膜セットにアクリルのクラック検知キットを始め、各種部品、そしてミールパック一式がボックスに収まっていることを黙々と確かめる。
「おい、こいつは中だ」
ハイヒールにはしゃぐネオンへと、ミールパックの詰まった『ユニバーサルデリカ』の箱を押し出した。
「はーい。食べた分もこの靴の分も、ちゃんと働いて返させていただきますから。ご心配なく」
抱え上げて皮肉も楽しげと船へ踵を返す。
「いい加減にしろよ。靴代くらい払ってやるっていってるだろ。ここを出る方が先じゃないのか」
背へアルトこそ投げつけていた。
「あら、店であれだけ言っておいて何よいまさら。ホントは乗せたくなかったのはどっち。ケジメはつけさせていただきますっ」
それきりよたよたと船へ向かうネオンを見送り、アルトは舌打つ。ともかく、宅配ボックスから取り出したクラック検知キットを組み立てにかかった。
そんな通常メンテナンスは一人ならば丸一日はかかる作業だ。だがライオンが手伝うことで夕暮れまでの仕上がりは予想された。
当のライオンもまた船を所有する者なら知れた段取りということで、すでに船の動力室から担ぎ出した足場を、船体周辺に組み上げ始めている。
互いはメッセージ再生が終了して以来、その内容についても、思いがけないアクシデントについても、なんら語り合っていない。いかんせんボイスメッセンジャーであるライオンにとって客のプライバシーへ首を突っ込むことはタブーであったし、アルトもまた突っ込んでいいようなスキを与えていなかった。だからして暗黙の了解はそこに成り立つと、互いはただ目の前の作業にのみ専念する。
「塗膜を張り直す前に、この砂塵を拭うのがひと手間のようだな」
組み上がった足場のてっぺんで船の汚れ具合を見下ろすライオンが唸った。
「ああ。ここで張るのは初めてじゃない。任せろ」
片手にちょうどのハンドガンタイプだ。組み終わったクラック検知キットの動作をアルトは確かめた。
「積み込み終了っ」
そこへネオンは戻ってくる。置いてきた箱の代わりか、胸には楽器がさげられていた。
「後は練習させてもらうわね。いつもログジャンキーが相手だから、そうじゃないお客さんを相手にするって思うとなんだか緊張しちゃって」
もう定位置だ。三輪ジープの荷台へ腰を下ろした。
「好きにしやがれ」
折れる様子がないのだから、アルトはネオンから顔をそむける。ならば思う存分と、ネオンはマウスピースをくわえ込んだ。大きく肩を揺らして息を吸い込み、これみよがしと乱暴な音色を放つ。すかさずキーを上から下へ弾き上げ、逃げ回る小悪党がごとくすばしっこく、音をつなげて思いのたけを奏でていった。
耳にしたライオンが驚いたように白い牙をむき出している。だがそれも束の間のことだった。足場の上で体を揺らし始める。
BGMにしてメンテナンスは始められていた。
すめば今夜にもごろ寝バー『アズウェル』でのライブが、誰もを待っている。




