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ハードボイルドワルツ有機体ブルース  作者: N.river
32/89

ACTion 31 『GO AROUND THE AROUND XXX』

『社長、どうしたでやんすか?』

 逃げるがごとく遺体安置所を抜け出したスラーとモディーは、立ち上げの済んだ霊柩船のコクピット内、艦橋の指示に従い白い船の格納庫を後にしようとしていた。さなか片目で正面をとらえながらもう片方の目でスラーを見つめるモディーは実に器用で、ままに怪訝と問いかけていた。

『どうした、だと?』

 開きゆく格納庫のハッチへ向かい船体を滑らせ返すスラーの声は、どこか上ずっている。

『なに寝ぼけたこと言ってやがる。サスに直接、話を聞きに行くに決まってるだろうが』

 だがそこには理屈、というものがまったく通っていなかった。

『今さら……で、やんすか?』

 さすがのモディーも気づいて、おそるおそる口を挟む。

 瞬間、スラーの平手は唸った。

 モディーの額で鋭い音は鳴る。

『う、うるさい』

 どうやらかなり痛いところを突かれたらしい。吐き捨てたはずの声も、こもりがちだ。

『モディーはうるさかったで、やんす』

『分かったなら、それでいい。いいか、ワケありとはいえ無いもの探しがもとより承知の依頼なら、こちとらとんだオトリだぞ』

 そう、安請け合いは値するだけの「信用」があってこそである。だがこれではブチ壊しだった。いや、ぶち壊しにして投げてよこすほど、サスの身に何があったのか。自身のこれからには不安は過る。

 いつしか霊柩船の四角いアクリルから離艦のガイドラインは消え去ると、自前のナビ映像が半透明の膜を張りつけていた。すでに白い船は霊柩船の後方、小さな点と輝き、そのテリトリーからさえ抜け出しつつある。

『社長とモディーは葬儀屋でやんす。オトリではないでやんす!』

『たまにはマトモなことをいうじゃないか、モディー』

 スラーは小さく笑った。なら前に光速の入り口は表示される。侵入速度が明滅し、霊柩船へさらなる加速を要求した。従いスラーはスロットルを倒してゆく。その両サイドで侵入回避可能エリア突破までのカウントダウンは高速回転し、船はインターの要求に応じて船種の申告を始めると提示データを展開していった。前にして、殴られてもいないというのにモディーの目もまた歓喜にせわしない回転を始める。

『社長に褒められたでやんす。モディーは褒められたでやんす!』

 瞬間、途切れるカウントダウン。

 焼きついたかのごとくアクリル一面が白く弾けた。

 霊柩船は『アーツェ』へ向かい、光速航行を開始する。



『しまった。せめて1袋でもエスパを持ってきておくべきだった!』

 その頃、トラはひとりヒザを打っていた。だが嘆いたところでもう遅い。『バンプ』は路肩停泊も許されぬ光速航行中だ。どれほどネオンの行方に気をもんだところで鎮めておさめるエスパを求め、引き返すことなどできはしなかった。

 だからして落ち着かずトラは、捕らわれた獣のごとく何度も船内を往復している。途中、エスパのカラ袋を見つけ、わずかに残る匂いを楽しんでもみた。そのカラ袋を片手に、妄想の中でエスパを食べるフリにさえ浸っている。だが直後から襲い来る虚しさこそ半端がなく、耐え切れなさに誰かれかまわず連絡を入れてみようと考えもした。しかし無駄話などできず、たとえ挑戦してみたところで『アーツェ』到着まで続くような話題などありはしない。

 諦め、ブロードバンド・キャストライブをつけた。そのけたたましさは束の間、トラの虚しさを埋め合わせてくれる。一方で、次々と既知宇宙の一大事を並べ立てようと、決してトラへ話しかけはしなかった。次第に音は耳へ入らなくなり、完全にうわの空となればもやのかかったような脳裏に一体、自分は、何をしにどこへ向かっているのだろう、という疑問が浮かび始める。そうしてぼんやり、ネオンのことを思い出していた。それはモバイロ越しの映像に始まり、次々と時間をさかのぼるままギルド本部のオークション会場にまで巻き戻されてゆく。


 『ヒト』臓器一式

 性別 女

 年齢 汚染状況不明

 品質保証なし


 おかげで一式とは思えぬ激安価格がスタートだったオークション会場は、トラの目の前に広がった。

 そのとき誰も、まだ仮死ポッドにあの楽器が眠っていることは知らない。おかげでたいして盛り上がることもなかったオークションは、トラのつけた破格の値で大盛況のうちに幕を閉じていた。

 そうまでして買い取ったワケを思い起こしてトラは、全身のシワをぶるん、と波打たせる。埋まっていた操縦席から飛び上がらんばかりに身を起こした。すっかりたるんだ頬を両の手で挟み込むが早いか、上下左右へ伸びるだけシワを伸ばして叩きつける。

 これもまたイルサリ症候群への入り口か。

 正気を保ち、両眼を見開く。充血して赤くなったそれをこすり、航路の残りを確認した。

 光速の出口は、ようやく現実的な距離をおいたその向こうにのぞき始めている。早いに越したことはない。ならばとトラは、息も荒く降船準備に取り掛かっていった。



 『大型貨物船 エイサー号』。

 積荷は微生物加工工場の作業用ゴム製着衣。

 乗組員は極Y地域に拠点を持つ、電離精製工場の社員。

 機械任せのインターで乗組員のIDや積荷の確認が直接行われることはなく、だからしてそれが現在、テンたちの船が装い、提示しているデータだ。

(テンよう。アーツェへ着いたら、一回、メンテ入れてもらわなあかんで。船体が妙な音、たてよる)

 その艦橋でナビとオートパイロットに船を任せたコーダが、上二本の腕を胸元で深く組み、不安定に揺れ続ける計器類を睨みつけつつ下二本の腕を振っみせた。傍らではテンが、プラットボード上部に極Y種族独特のキー配列がほどこされたホロデバイスを広げ、入力に先ほどからずっと四本の腕を駆使し続けている。

(それはアーツェであいつらを確保してからや)

 『フェイオン』からの緊急離脱後『Op1』へ飛び、休む間もなく『アーツェ』へ向かうこととなった船の疲労具合は確かにピークだろう。いつものテンならこの船を熟知するコーダの提言をなおざりにすることはなかったが、今回ばかりはそうもいかなかった。テンは片手間と振り返す。

(わかった。わかった。そう、いこじなフリで返さんでもええがな)

 見て取ったコーダが冗談紛れと跳ね返した。そしてふと、深く組んでいた腕を緩める。

(そやけど、そうなったら、わしらがこうして動話、使うのも、これで振り納めゆうことやな)

 いつもの勢いが失せた動話に漂うのは、似合わぬやるせなさだ。ついぞテンも集中していたプラットボードから視線を逸らしていた。

(そうや、これからは俺らも二十三種と肩並べて生きてゆくんや。もうバカにはされへん。どこでも商売して、どこにでも雇うてもらって、こんな暮らしをしとる同胞をオモテの世界へ引っ張り出してやるんや)

 その振りを眺めたコーダの口から、やおらため息のようなものがもれる。肩もまた大げさなほど落としてみせた。

(食うてはいけるが、なんや、せがないのう)

 テンは答えない。プラットボードから引き出されてくる情報へ、あえて目を凝らす。かと思えば身を乗り出した。瞬間、指は鳴って、テンは大きく振りかぶる。

(きた!)

 ホロデバイスを隅へ縮小し、プラットボード上に新たなホロスクリーンを広げた。そこに『アーツェ』の小さな田舎町を立体地図として立ち上げ、中へテンは手を差し入れる。まるでボールでも転がすかのような具合だ。地図を左右、上下と回転させていった。させながら、地図内に記された赤いドットの位置をあらゆる角度から確認してゆく。

(こんまい、店やな。あの留守録は、ほんまにここからやったんか?)

 と、両のヒザ頭へ派手に両手を叩きつけたのはコーダだ。

(なら、ハラ、決めるしかないの!)

(いまさら引けるか?)

 テンが指を折り返す。

(せやの)

 切なげな笑みを浮かべたコーダが、振り返していた。ひとつ吐き出す息で気持ちを整え直す。その腕を大きく振りかぶった。

(おっしゃ、作戦練るならクロマとメジャー呼ぶぞ!)

 つづる動話で、船内通信用のプラットボードへふたりの名前を読み込ませてゆく。



『それから……』

 付け加えた。

『それから?』

 シャッフルは眉根を互い違いと歪ませる。歯切れの悪い部下の目を、真正面からのぞき込んだ。

『妙な問い合わせの記録がひとつ、浮上しております』

 巡航艇の中枢は外の景色すら堪能することを惜しんで、機材に埋め尽くされている。その端末に埋まり部下は、濁らせた言葉の先をシャッフルへ吐き出していった。

『ハウスモジューュール勤務のラウア語店員の遺体を引き取りに、葬儀社が臨時収容船へやってきたそうです』

 あまりにも目立ちすぎる制服を脱いだふたりは今、『アーツェ』上陸に備え階級を伏せた一般公務員のいでたちを装っている。

『ラウア語? ハブAIの外部出力内容に応じて我々が再開させたあのカウンターのことか? だいたいあれはかなり以前から凍結されれいたため、極Yの手配した者が店員を装い待機していたのではなかったのか?』

『なので、そのことを尋ねて現れる第三者の存在は奇妙だと……。可能性ですが、こちらの動向を伺うべく何者が現れたのではないかと』

『ギルドの次は葬儀社か』

 しばし唸り、シャッフルはアゴをなでた。青白い顔を拭い、改め部下へ問い返す。

『どこの葬儀社だと?』

『記録には、スラー葬儀社という名が残っております。偽名ではないようです。霊柩船航行専門の小会社でした。現場で確認した腕章から営業経歴も閲覧できますが、ごらんになられますか?』

『いや』

 軽く手を振りシャッフルは拒否した。続けさま、最低限の措置だけを指示する。

『光速の利用記録をチェック。補足しておけ。特殊船舶なら、そう簡単に姿はくらませんハズだ。誰の依頼で動いたのかは気になるところだが、我々は実験体の確保を最優先とする』

 答える間を惜しみ部下が手配につとめていた。

 『アーツェ』まで、あとわずか。

 これでカタを付けると、シャッフルは自らに言い聞かせる。



 そして惑星『アーツェ』の砂漠港、ドック『11』には、ライオンが注文した船を除く全ての品々が届けられていた。ボックスは船内に持ち込めない大きさのため、三輪ジープの傍らにおかれており、緩衝チップの中からハイヒールを取り出したネオンは早々に足を滑り込ませている。

「やっぱり、コレじゃなくっちゃ。昔にお別れしても、コレだけは譲れないわ」

 前に後ろに自らの足元を確かめて笑顔満面、くるり、一回転してみせた。

 アルトもまた新しい作業着を羽織ると、塗膜セットに、アクリルのクラック検知キットを始め、各種部品、そしてミールパック一式がボックスに収まっていることを黙々と確かめている。

「おい、こいつは中だ」

 ハイヒールにはしゃぐネオンへ、ミールパックの詰まった『ユニバーサルデリカ』の箱を押し出した。

「はーい。食べた分もこの靴の分も、ちゃんと働いて返させていただきますから、ご心配なく」

 抱え上げてネオンは、皮肉も楽しげと船へ踵を返す。

 背へアルトこそ投げつけていた。

「いい加減にしろよ。靴代くらい払ってやるっていってるだろ。ここを出る方が先じゃないのか」

「あら、店であれだけ言っておいて何よいまさら。ホントは乗せたくなかったのはどっち? とにかく、ケジメはつけさせていただきますっ」

 船へ向かう姿を見送りアルトは舌打つ。だがどちらにせよメンテナンスが終わらなければこの問答も無意味だ。宅配ボックスから取り出したクラック検知キットを、とにかく組み立てにかかった。

 そんな通常メンテナンスは一人ならば丸一日はかかる作業だが、ライオンが手伝いをかってでたことで夕暮れまでには仕上がることが予想されている。当のライオンもまた船を所有する者なら知れた段取りで、すでに船の動力室から担ぎ出した足場の組み上げを始めていた。

 互いはメッセージ再生が終了して以来、その内容についても、思いがけないアクシデントについても、なんら語り合っていない。いかんせんボイスメッセンジャーであるライオンにとって客のプライバシーへ首を突っ込むことはタブーであったし、アルトもまた突っ込んでいいようなスキを与えていなかった。だからして暗黙の了解はそこに成り立つと、互いはただ目の前の作業にのみ専念している。

「塗膜を張り直す前に、この砂塵を拭うのがひと手間のようだな」

 組み上がった足場のてっぺんで、船の汚れ具合を見下ろしライオンが唸ってみせた。

「ああ。ここで張るのは初めてじゃない。段取りなら心得ている。任せろ」

 片手にちょうどのハンドガンタイプだ。組み終わったクラック検知キットの動作をアルトは確かめる。

「積み込み終了っ」

 そこへネオンは戻っていた。置いてきた箱の代わりか、胸には楽器がさげられている。

「後は練習させてもらうわね。いつもログジャンキーが相手だから、そうじゃないお客さんを相手にするなんてなんだか緊張しちゃって」

 もう定位置だ。言うと三輪ジープの荷台へ腰を下ろした。

「好きにしやがれ」

 折れる様子がないのだから、アルトはネオンから顔をそむける。ならば思う存分と、ネオンはマウスピースをくわえ込んだ。大きく肩を揺らして息を吸い込み、これみよがしと乱暴な音色を放つ。すかさずキーを上から下へ弾き上げると、逃げ回る小悪党がごとく音をすばしっこくつなげて思いのたけを奏でていった。

 耳にしたライオンが驚いたように白い牙をむき出している。だがそれも束の間のことだ。足場の上でリズムに合わせ、やがて体を揺らし始めた。BGMにして、メンテナンスは開始される。済めば今夜にも、ごろ寝バー『アズウェル』でのライブは誰もを待っていた。

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