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ハードボイルドワルツ有機体ブルース  作者: N.river
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ACTion 19 『メッセージ再生』

 勢いよくクランチを回せば心地よい振動と共にエンジンが息を吹き返す。見届けアルトは用済みのそれを片手に、運転席へもぐりこんだ。三輪ジープの荷台は厚めの吸震性シートで覆われた戦利品専用の運搬スペースになっている。振り返りざま投げ込めば、クランチはコトリ、とも音を立てず転がった。

 それこそ惑星『アーツェ』の名物というべきだろう、フロントガラスには早くもモヤでもかかったようにキメ細かな砂塵が付着している。払いのけてワイパーを作動させ、握りしめたハンドルで扇型からのぞく世界へアクセルを踏み込んだ。タイヤは積もった砂塵を踏みつぶしてゆっくり路肩を抜け出すと、サスの店を後にしてゆく。

 ときおり小さく跳ねる車体が悪路を伝えていた。光速を利用したとはいえ僻地『フェイオン』から数日でたどり着ける星である。『アーツェ』もまた典型的な田舎町に過ぎなかった。証明して走りるジープの左右にも、目抜き通りを作らんがためカタチばかりと寄せ集められた商店がどうにかこうにか並んでいる。情報は均一に既知宇宙を駆け巡っているが、物理面が追いついていない。そんな商店には今だ現役気取りで五世代は前の品々が置かれると、町は全体はノスタルジーを越えて倦怠感ともいうべき古臭さをまとっていた。

 包み込んで今日も快晴であることを示す『アーツェ』の空は、切ないほどの赤に染まっている。

 しばらくはライオンもそんな光景を珍しげと眺めている。だが見向きもしなくなるにそう時間はかからなかった。気づけば舞い跳ぶ砂塵と夕焼けに撹乱されてチラつく顔で、黙り込むばかりとなっている。

 取り繕うにそこが限界と町並みが途切れた。ジープは夕焼け空を吸い込んだような褐色の荒野へと飛び出してゆき、道なき道に残されたわだちを追いかけひたすらまっすぐに走り続ける。

 地平の際だ。銀色の光はちらつくと、アルトとライオンの目を刺した。目指すドックの屋根はそうして蜃気楼かと揺らぎ浮かび上がってくる。向こうに天を指して伸びる滑走路も見えてきたなら、音速を破る船の音もまたドン、と耳へ届いた。その重みにつられて見上げた空では、受けた光を赤く反射させた船がまさに飛び去ろうとしている。入れ替わりで物資を腹へ詰め込んだ貨物船もまた、重たげとかしぎながら降下する姿もあった。

「何を、話していた?」

 視線を引き戻したライオンが口を開く。

「何を、って?」

 それは実に唐突な切り出し方だろう。チラリ、あるとはライオンを盗み見ていた。

「わたしたちがショールームに入っている間だ」

 付け足すライオンにはお見通し、ということらしい。

「あんたが気にすることかよ」

「確かにそうだ」

 また遠方で、ドン、と鈍い音が響く。

 鮮明となりつつあるドッグ周辺で動くのは、乗り物のようだった。

「わたしはこの件であなた宛てのメッセージを預かって来た」

 つまりライオンが言わんとしていることはもう知れて、ため息と共にアルトは吐き出すことにする。

「そうだ。あんたはただのボイスメッセンジャーだ。だからその儲けをこれ以上フイにしたくなけりゃ、これからのひと仕事にだけ集中しろよ」

 顔へとライオンは振り返っていた。

「わたしも知っておくべきことがあるのではないか、と思っている」

 その眼差しはブレない。無視することはできずアルトは肩を落とす。

「このままブツだけ引き渡して、互いに他人へ戻ろうぜ」

「それはショールームから出るまでの話だ」

「なら大きな買い物でもして気が変わったってのか」

「いや、気持ちを変えたのは買い物ではない」

 ライオンは迷うことなく断言してみせる。

「ショールームから出た時、わたしはあなたが初めて怯えたような目をしているのを見た。何があったというのだ。正直、わたしも不安になったぞ」

 ジープが跳ね上がっていた。追いかけていたわだちから逸れたせいだ。急ぎアルトはハンドルを切ってジープをわだちへ戻す。ドックは群となりもう目の前に迫っていた。ジープをそんなドック郡に沿わせて進める。いくらか行ったところで並ぶドックとドックの間へ再びハンドルを切った。とたん、それまでドックが遮っていた喧騒は耳に届き、砂塵を回収する作業車もまた視界を遮り横切ってゆく。通り過ぎれば向こう側にフルオートメーション化された古城のような管制塔と、褐色の大地のただ中で空へと伸びた滑走路は現れていた。

 光景を片側に、ドッグの前へ回りこみ、添わせてジープ走らせる。『ヒト』語で大きく「11」と書きなぐられたシャッターの前でブレーキを踏んだ。

「開けてくる」

 アルトは運転席を抜け出す。シャッターの脇に取り付けられたテンキープレートのカバーを開き、九つしかないボタンが仕切る安全はほとんど飾りのようなものだ、所定の数を入力した。砂塵を噛みながらゆっくりと、やがてシャッターは左右へ開いてゆく。

 再び乗り込んだジープを、中へとアルトは走らせた。ドックは狭く、視界一杯に広がったアルトの船をそこで大型船のように見せつけている。致命的な損傷こそ免れたものの、船体には無数の引っかき傷が確認できた。中でも一番派手なものは長く尾を引き残されており、寸前のところで回避したと思っていたがやはりコロニーの残骸と接触していたのだろう、えぐられたように塗膜は剥ぎ取られている。

 見上げる格好でジープはエンジンを止めた。

 砂塵の進入を拒むシャッターが後方でゆるゆると閉じてゆく。

 アルトはジープを降りると回り込んだ荷台からクランチを掴み上げ、いわばクランチはキーのようなものだ、船底の搭乗ハッチを開くとその壁へ固定した。

 眺めてライオンは、これ以上、期待できそうもないと船を、ドックを仰ぐ。どうやらドッグが銀色に光って見えたのは、三角屋根に並んだ天窓が光りを反射させたためらしい。砂塵を薄く積もらせ中へも眠たげな光を降らせていた。

 とシャッターが、完全に閉じたことを知らせか細い機械音を響かせる。ライオンの偽顔の乱反射はそこでようやくおさまっていた。

「あんたの船は約束の時間に、五つ隣の空きドックへ納入されるハズだ」

 元通りの獣顔で投げるアルトへ振り返る。

「なるほど。あの時、出したデフ6の猫なで声から、教えてはもらえないだろうとは感じていた」

 体もまたおっつけ向けなおしてみせた。

「運もここへ来るまでに使い果たしたことだ。これも高い報酬の一部なら、これからは十分、用心して暮らすことにしよう」

 満を持して仁王立ちを決め込む。

「メッセージの再生を始める」

 まさに『ラウア』語カウンターでの動作をなぞるとたてがみへ、右手を持ち上げていった。だとして搭乗ハッチのフチへ腰かけたアルトに集中できる道理こそなくなる。

「まさか」

 つまりうまく口車に乗せられたのだとしても、巻き込んだことは事実だ、諦めるほかなくなっていた。まったく、と思うままだ。作業着から腕を引き抜く。

「船賊も振り切れないようなあんたじゃ、用心したってたかが知れてる」

 脱ぎ去ると、船内へと投げ入れた。

「やはりそれほどまずい話が絡んでいるのか?」

 ようやくの展開にライオンはたてがみから手を下ろしている。

「何も隠したいわけじゃない。俺にも分からないことが多すぎるだけさ。ただ、この件には連邦の軍が絡んでるって話が濃厚でね。あんたらがショールームに入っている間、ここまでの子守代だってことで、その辺りのことを確かめると、サスが調査をかって出てくれた。何しろ奴らが俺たちを追ってこれたのは臭気マーカー、ってヤツで俺をマークしていたせいらしいからな」

「しゅうき、マーカー? 聞いたことがないが」

「まだ軍でしか投入されてないシロモノだとよ。そんなモンを船賊が使ってるって経緯も妙なハナシだ。確かに、重力低下中でのあの装備もあるしな」

 思い出せばうんざりするしかなく、アルトはヒザへ立てた腕で頬杖をつく。

「それが私の依頼主、か」

「さぁて、どうだか。まぁ、この商売してると色々想像できないようなハナシに出くわすって寸法だ」

 ほどいて肩をすくめてみせた。

「サスと話していたのはその辺りってとこさ。ただし、年寄りに任せて時間を潰す気はない。あんたのメッセージから読み取れるものがあれば俺は俺で動くつもりだ。これで納得いったか」

 吊り上げた片眉でライオンをうかがい見た。多少なりとも得心した様子だ。そこでライオンはかすかにうなずいてみせている。

「了解した。心して再生にとりかかるとしよう」

「ああ、よろしく頼むぜ」

 合図にひとたび手はたてがみの中へと持ち上げられ、『ラウア』語カウンターでもそうしたように何かを探って動いた。かと思えば一切、口を開くことなく話し始める。

「このメッセージの記録時間は地球基準時で三十七秒。再生前の注意事項は三つ。一、再生はプライバシー保護のため一度のみに限られる。二、再生中の途中停止は不可。三、これらは再生終了後、メッセンジャーの記憶補助装置からメッセージが消去されることを前提としている」

 声はチューニングでもするかのように始終うねり、高音と低音の入り混じる響きへと乖離してゆく。

「以上を了承した場合にのみ、再生は開始されるものとする」

 仮面のようだったライオンの顔の中で琥珀色の瞳だけが瞬きを繰り返していた。

 見つめてアルトは形式程度に気持ちを入れ替える。ひと息、吐いた。

「遠慮なく、やってくれ」

 聞き入れたライオンが両目を閉じる。ひときわ静寂は満ち、深く吸い込んだライオンの呼吸音だけが辺りへ響いた。

 次の瞬間、その体から、待ちに待った第一声は放たれる。

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