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ハードボイルドワルツ有機体ブルース  作者: N.river
19/89

ACTion 18 『I NEED A SPACE SHIP』

 顔面のシワをこれでもかと波打たせ、テラタン種族の狼狽しきった顔は映し出されていた。

 目にして嬉しそうにモニターへ顔を寄せたのはデミだ。

『あ、おいちゃん! さっき、お店覗いたんだよ。今、どこにいるの? おかげでおいちゃん、儲けそこなったんだから』

『これはデミ坊か! いやデミ坊、それどころではない。ブロードバンド・キャストライブはもう見たか。船賊のコロニー強襲だ。今、その付近に来ておる。だがこれ以上はジャンクだらけで近づけん。規制線も張られた! どうにかならんか! あ、あの中にわしの……!』

 変わらずダミ声は撒き散らされて、様子にデミの手には負えまいとサスは割って入っていた。

『たく、騒々しいヤツじゃの、トラ』

 そう、つまり船の購入を案内する際、覗いておくべきだとサスが忠告したイアドの店とはこのテラタン、トラ・イアドの店だった。さらに交渉のさいは間に入ってやったのにと言うサスとトラの関係こそ、惑星『Op・1』に建つ『デフ6』仕立ての店をサスが譲り、トラが譲り受けたという関係にほかならない。信用取引が日常的なギルドの間では、こうしたつながりでもってして販路を築く商人も多いのだった。

 が、次の瞬間にも訴えていたトラの顔にストップモーションはかかる。モニター画面を覗き込んだままで固まると、やにわにシワの奥に埋もれた両目をカッ、と見開いてみせた。開いてアナログズームそのものと、自らモニターへ近づいてゆく。

『な!』

 吐き出した。

『ネオン!』

「うそっ!」

 呼ばれてネオンは身をのけぞらせる。どうやらモニターの隅に映り込んでいたらしい。脱兎のごとく抜け出すと、アルトとライオンの背後にまで回り込んで身を屈めた。

「なにしてんだ、お前?」

 様子へアルトが眉間を詰めるのも、当然のこと。デミもきょとんとしている。かまわずネオンは声さえ潜めて唸った。

「何って、隠れてるんじゃないのっ……」

 チラリ、目でモニターを指し示しもする。

「あれよっ。あいつがさっき言った借金取りなのっ。なんでこんなに早く見つかっちゃうワケっ。あたしの自由はどこっ。せっかく逃げ出せるかもって思ってたのにっ」

「そりゃ、お前、ここはギルド店舗だからな」

 答えるアルトは安穏としたものだ。

「そんなの、星の数ほどあるじゃなぁいっ」

『おい待て、どこへ行った、ネオン! 今すぐ戻って来い!』

 声は交錯し、探してモニターを振り回すトラの顔は画面から消え、見慣れぬ天井や計器らしき部品を次から次へ映し出したその後、上下逆さと元の位置へ据えなおされていた。

『サス! ぼうっと見ていないで今すぐ、今すぐ捕まえてくれ!』

『と、頼まれてもじゃな』

 呆れ半分、弱り果ててサスも額を掻く。はた、と思い起こすと動きを止めた。それきりネオンを凝視すると合点がいったかのように突如、自らのヒザを打ちつける。

『なるほど、アナログ楽器か!』

 そうしてトラへと確かめた声は自然、小さくなる。

『これが聞いておったあの船の?』

『その話は後だ!』

 だがトラは応えない。ただモニターの天地を修正しなおす。

『じゃが、それこそわしに拘束する理由はないぞ。それに今さっきわしの客になったところじゃしの。もっとも、おまえさんの道楽に……』

『ええい、うるさい、うるさい、うるさい! これでは埒があかん! ともかくわしは今からそちらへ向かう。ネオンが客ならしっかり相手をつとめておいてくれ。わしが到着するまでだ、頼んだぞ、サス!』

 プツリ、映像は切られていた。

「フェイオンからじゃ、数日で来ちゃう」

 聞えてネオンは落ち着きをなくす。

「身から出たサビだろ」

 投げるアルトへとすぐさま歯をむき出した。

「違うわよ。放置船から見つけて蘇生してやったから、その代金払えって。逃げ出せないようにあたしのIDまで転売してバカみたいな大金せびってるの。それってこの楽器と、あたしに演奏技術があるから手放したくないだけよ。おかげで人をモノ扱いにしてっ。鬼っ。悪魔っ」

 かと思えば跳ね上がってライオンへと向きなおる。

「そうだっ、お願い、どこでもいいからあなたの船に乗せてって」

 だがライオンの船は今しがた注文を終えたところだった。

「いや、わたしの船はまだ登録手続きに時間がかかる。今日、明日には出せない」

「だったら……」

 仕方なくネオンはアルトへと手を合わせる。

「靴代、返さなきゃならないし、ついでと思ってこの通りっ」

 前にしたアルトの表情こそ迷惑げが露骨だった。やり取りを見ていたデミもその雰囲気に心配げと鼻溜を揺らす。

『おねえちゃん。おねえちゃんは、おいちゃんを知ってるの? ぼくはおいちゃんを知ってるよ。おいちゃんは悪いひとじゃないよ』

 声へネオンは振り返るが、懸命な視線は意図せずとも鋭くデミを刺していた。

『それはわしが一番よく知っておるぞ。さて、お前は学校へ戻らねばならんはずじゃ。わしもお前の無事を先生に報告せねばならんしの。奥で戻る準備をしてきなさい』

 かばうサスはそつがない。促されたデミはいっとき表情を沈ませ、しかしながら言うとおりだ。半円卓を抜け出してゆく。

『……うん、分かった』

 ままに立ち去りかけてネオンへこう鼻溜を揺らしもした。

『おねえちゃん、後でぼくの街、案内してあげる。ここで待ってて』

 面持ちにいつもの快活さはない。気づいてネオンはひどく吊りあがっていた自身の表情にようやく気付かされていた。

『ありがとう。楽しみに待ってる』

 緩めて返せばデミもまた小さく笑む。店の裏手へと続くドアの向こうへ消えていった。

「てな、お前バカか」

 見送るや否や突き返したのはアルトだ。

「船賊に追われてるって話はしたところだろうが。どこまで連れて行きゃ気が済むのか知らないが、二人きりでいいってのもいい度胸だ」

「分かってて頼んでるんじゃない。だいたい、その気ないなら関係ないでしょ」

「まったく」

 などと睨み合う双方をついにライオンが見かねる。

「ならば私の船だろうがジャンク屋の船だろうが、借金取りの船だろうが、一番にここを発つ船に乗る。わたしの船も到着に数日かかるが、ジャンク屋の船も補修がある。借金取りもフェイオンからだ。そう差はないだろう。タイミングに託すののはどうだ。そのうち他に手立てが見つかるやもしれん」

 提案は絶妙としか言いようがない。

「そ、……そうね。それでいいわ」

 しばし思考を巡らせたネオンがどうにか呑み込んでいた。

「う、うまいことハナシをつけるじゃねーか」

 アルトも辛うじて口添える。成り行きを、切り替えた言語でサスへも教えた。『こいつの乗る船は一番にここから発つ船ってことで決まりだ。トラってやつが来たら知らせてやってくれ』

『それならお安い御用じゃ』

「絶対、トラより先にここを出てやるっ」

 サスはうなずき返し、向かいでネオンも握り拳へ力を込めた。様子にくどい、とアルトは口をすぼめ、ライオンへと視線を流す。

「おい、ドックへ戻るぜ」

 もちろん後回しにされ続けたメッセージを再生するためだ。応ずるライオンこそ心得ていたなら返す仕草こそ意味ありげとなる。

『悪いがネオンは帰り、チビに送ってもらうよう伝えておいてくれ。タクシーでも頼まれちゃ、また出費がかさむからな』

 従えアルトはサスへ手を振りきびすを返した。ミノムシドアへ手をかけて思い出したように振り返る。

『そういや、肝心なことがひとつまだだった』

 確かめたのはこのくだりだ。

『ドリーのジャイロは、もうギルドへ持ち込まれたのか』

 なるほど、それはすっかり忘れていたと、言わんばかりサスも鼻溜を揺らす。

『いや、まだじゃ。さするに、まだ何者かが握ったままなんじゃろうな』

 納得してアルトはミノムシドアへとへ向きなおっていた。

『了解』

 今度こそガラガラ鳴るドアを押し開け店を出て行く。

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