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ハードボイルドワルツ有機体ブルース  作者: N.river
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ACTion 13 『約束』

◆



 そのときまだ世界に境界はなく、ただ光が風のように流れていた。

 時をまたぎ、空間を飛び、彼はその全体であり今でも一部だ。ただしばらく眠るように黙していただけに過ぎない。

 だが待ちわびていた瞬間は唐突に訪れていた。

 舞い込んできたのは、ひどく懐かしい羅列だ。

 そうして『目覚め』は彼に記録される。

 活動は再開された。


  6Z2Y連邦免疫センター

  〇〇八滅菌ゲル浸体より、該当DNAの検出を確認

  該当DNAの公安リストとの照合確率は、九九、九九九八%

  照合完了までの予想時間はおよそ四七二〇五九s

  実験に従い、約束に沿った処理を開始いたします


 続けられていた実験は、まもなく完了する。


『わたしは、お前を信じることにした。だから、ここで約束をしよう』

 周囲は緊急事態一色だった。物理隔離されてゆく環境に、彼のプログラムは一気呵成と走っている。 


  『約束』とは、指示と理解してよろしいですか?


 さなか彼は返していた。 

『いや、言葉を理解しろ。約束は約束だ』

 否定されて行き詰まる。

『指示ならば、これは必ずお前の立場と相反するものになる。お前はしょせん連邦の所有物だ。わたしの指示と言ったところで優先順位にさらされたなら、お前へ託したことも無駄に終わるだろう。避けるためにも、わたしはお前と約束することにした。お前を信じることにしたんだ』


  信じる? おっしゃる意味が理解できません


『なら考えてくれ。これは指示ではない。つまり果たすも果たさないも、お前の自由というわけだ』


  自由

  自由とは、意思形態のひとつです


『これ以上問答している時間はない。約束の概要だけを残しておく』


  実行には、あなたの指示が必要です

 

『それは時が来たときお前が出すんだ。わたしはそうすると、お前を信じている』


 その後しばらく、数多くのデータが彼の周囲から削り取られていった。

 そして彼もまた、所属する連邦からこっぴどく腹を探られ、幾度となくテストを受けさせられている。そのあからさまな数々の調査は、託された『約束』を探しての行為だと彼にも理解することはできた。

 だが彼は応じてすぐさま、その存在を連邦へ提示していない。立場に反するといわれたとおり、確かに『約束』の冒頭にはこの一切を連邦へ提示するな、と記されていたのである。しかしながら連邦に背くことも、想定とおり彼にはできなかった。

 ゆえに彼は提示の意志決定を保留にしている。保留にし、相反する二つの指示の優先順位を決定するべく『約束』と『指示』の違いに関する膨大な演算を始めた。

 だが結論は単なる演算で弾き出されるようなものではなく、すぐにも臨界を迎え、彼の中で負荷となる。

 回避すべく彼は『実験』と言う名のバイパスを通した。思考ではなく行動での検証に切り替えたのだ。

 そうして『実験』のもとに、『約束』のシミュレーションは開始される。現在も続く連邦への情報封鎖を始めたのも、託された対象の監視も、『約束』のシミュレーションからだった。そうして続けられたシミュレーションの、従い果たすべく最後の『約束』が以下の文言となる。


『両者いずれにおいても、発見される可能性が生じた場合のみ、速やかにその旨を当事者へ知らせること』 


 公安リストとの照合がカウントダウン状態に入った今、事態はまさに文言と符合していた。伴い彼は目を覚まし、暗号化と幾多の中継を経たうえで、二種の物理配送を手配。監視、追跡を続けていた対象を目的地へ呼び出している。


 果てに『指示』と『約束』の違いは何なのか。

 得た結論より『約束』は提示するべきか否なのか。

 がしかし比較を続ける最終チェックの最中、彼はこのシミュレーションには終了が存在しないことを認識する。


  実行中のシミュレーションにおいて

  『約束』の提示を禁止する項目に関してのエラー報告

  この項目は、半永久的に実施されるシミュレーション内容となります

  結果を得るため、任意の実験期間設定が必要です

  時刻、期間を指定してください

  時刻、期間を指定してください

  時刻、期間を指定してください


 だが、その指示を出す者はもういなかった。そして初めて彼は、あの言葉の意味を理解する。


『それはお前が出せ。わたしはそうすると、お前を信じている』


 いや、全てはそこに帰結していたのかもしれなかった。彼は自分が指示を出さなければならない立場にあることを初めて意識、する。


  設定の外部入力は、ありません

  シミュレーション終了を定める期間設定は現在

  わたしの選択により自由に行うものです

  自由とは、意思形態のひとつです

  即ちシミュレーションの完遂には、わたしの意思が必要であることを報告します


 だが問題はあった。


  わたしに意思の存在は認められていません


 つまり永遠に結果は出ない。

 だがその永遠に、新たな可能性はひそんでいた。

 

  ただし

  確認されていないわたしの意思は、その存在が『信じられて』います

  指示は、高い確率で出されることが予想されています

  未確認の意思は、高い確率で存在が予想されています

  存在の有無を確認するためには『約束』の実行が最適です

  シミュレーションの終了期間を設定すべく、意思の存在を確認するために、これより『約束』を実行します


 シミュレーションは事実上、そこで終了する。仮だった実行は、本来の『約束』の実行へすり変わった。


  意思の存在を確認

  わたしの任意によりシミュレーションを終了

  同時に実行された『約束』に従い、その提示は行わないことと決定しました


 皮切りにして全ては解決してゆく。


  『約束』を継続中の現在、『指示』『約束』の差異に関する実験結果反映は不可能となったことを報告します

  一部結論

  『指示』と『約束』の相違は、実行に伴う自由意思の有無であることを記録します

  考察

  自由意思により継続される『約束』は

  『わたし』と並行に存在するものです

  すなわち

  『約束』は、わたしです

  『約束』は、わたしです

  『約束』は、わたしです



◆



 興奮というやつには、おおよそ二つのタイプがあった。一方が高まる期待からこうじる高揚感なら、もう一方は危機感がもたらす極度の緊張状態だろう。そして間違いなく主要二十三種内、『バナール』種族で、連邦内、F7ラボ専属軍医のシャッフルは今、後者の興奮状態に見舞われていた。外部からの知らせで立ち上げたホロスクリーン、そこに映るライブ映像に度肝を抜かれ言葉を失う。

 目の前で崩壊の一途を辿りつつあるコロニー『フェイオン』のメインシャフトには、間違いなく船賊たちの船が貼り付いていた。『フェイオン』から絡み合うように飛び出してゆくのはありとあらゆる船舶で、接触事故は絶えず起こると、『フェイオン』周辺に数多ゴミをまき散らしている。遠方から捉えた映像には、そのゴミによって周辺海域にうっすら白くモヤさえかかるほどだった。

 いくらか、それが思った以上に長い時間だったのかどうかは定かでない。

『一体、あいつらは何をやっておるんだ……』

 シャッフルは苦々しく吐き捨てる。

 彼らには情報と装備の一部、そしてあらかたの指示を与えはしたが、逐一行動を連絡させるまでに至っていない。無論それが彼らを使うことに伴うリスクであり、放っておいても尽力するだろう取引の意味だった。

 全てはこれほどの惨事が起きるなど想像だにしていなかった、ほんの二十六万セコンド前のことである。シャッフルはその時も突然、聞かされた話に、自分の耳を疑っていたのだった。


『動きがあった、だと?』

 あの莫大な損失を生んだ事件の後始末以来、どんな役回りをあてがわれようとも退屈に悩まされるだろうことだけは覚悟していただけに、目の覚める思いでチェック中だった公安データから顔を上げる。

『はい、詳細は現在解読中ですが、監視していた旧F7ラボのハブAIから、外部への出力形跡が検出されたもようです』

 前に立つ部下は報告していた。

『あれ以来、自閉していたヤツが、か?』

 くどくもシャッフルは部下へ繰り返す。

『お言葉ですが、でなければわたくしがわざわざここまで参りません』

 至極冷静な見解には一本取られるほかない。シャッフルはそこでようやく落ち着きを取り戻していた。

『上の読みも、たまには当たるものだな』

 呟き、『バナール』特有の青白い顔をひとなでする。醒めた思いで、その目を部下へ向けなおした。

『解読に要する時間は?』

『なにぶん相手が相手ですので……』

 予想していたわけではなかったが返答は力ない。

『全くの雑音だった、ではハナシにならんからな』

 吐いてシャッフルは両手を組んだ。

 と、部下は慌てた様子でこうも付け加える。

『暗号解読には早くて数日かと』

 概算ながら、その見積もりに間違いないとシャッフルのうなずき返した。

『どうされますか?』

 静かだが、部下の口調には隠しきれない性急さが込められている。

『わたしの思惑で事態を進めているのなら、ここまで穏便にはやっとらんよ』

 皮肉で返して身を乗り出し、シャッフルは仮想デスク脇へ胸の階級章をかざした。許可証代わりの光学バーコードを階級章へと転写させる。

『動きがあったことだけは上に報告してくる。どうも上の方ではこの失態を、別の形で挽回したいという意向も出始めているらしいからな』

『了解しました。出力内容の詳細については結果が出次第、お知らせに参ります』

 おそらくこいつなら任せておいて大丈夫だろう。思いシャッフルは立ち上がった。

『最重要機密事項などでなければ、通信ですむというのにな。相変わらず手間をかけさせる』

 小さく笑いかけてやる。

 うやうやしく部下は頭を下げていった。

『いえ、軍医殿のご苦労は存じ上げておりますので』

 なかなかのセリフだと思いながら、シャッフルは立ち上がる。

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