第5話 君だから
髪飾りを預ける約束をしてからも、二人の日々は変わらず続いていた。朝になれば森で会い、一緒に過ごし、夕方になればそれぞれの帰る場所へ戻る。そんな穏やかな毎日だった。
◇
その日、ソルはいつものように樫の木の下でアイリスを待っていた。首元では、小さな青い髪飾りが風に揺れている。陽の光を受けるたび、青い石が深い青を滲ませた。
アイリスは思わず足を止める。
「……やっぱり、すごく似合う」 嬉しそうに呟くとアイリスはしゃがみ込み、少し離れて眺める。
「すごく似合う。」
ソルは不思議そうに首を傾げた。その拍子に青い石がきらりと光を返す。
「ほら。」
「また光った。」
嬉しそうに微笑む。
「君が付けてる方が、もっと綺麗に見える。」
ソルは少し照れたように視線を逸らした。
「ふふ。」
「照れた。」
白い尻尾が一度だけ揺れる。その様子がおかしくて、アイリスの口から小さな笑いがこぼれた。
◇
「今日はね。」
アイリスは足元に咲く花を見つめる。
「いいもの作ってあげる。」
白い花。青い花。黄色い花。小さな花を一本ずつ摘み取り、丁寧に編み込んでいく。
ソルは少し離れた場所から、その様子をじっと見つめていた。
「もう少し。」
「動かないでね。」
やがて、小さな花冠が出来上がる。
「できた。」
満足そうに頷く。
「ソル。」
呼ばれると、ソルはゆっくり近付いてきた。
「ちょっとだけ。」
「お願い。」
アイリスはそっと花冠をソルの頭へ乗せる。白銀の毛並みに色とりどりの花が咲く。首元には青い髪飾り。思わず見惚れてしまうほど綺麗だった。
「……世界で一番、似合ってる。」
ソルは固まったまま動かない。
「気に入った?」
前足をゆっくり持ち上げる。
「あっ、だめ!」
花冠を外そうとするソルを、アイリスは慌てて止める。
「もう少しだけ!」
困ったように鳴くソル。その表情があまりにも可笑しくて。アイリスは堪えきれず笑い出した。
「あははっ。」
「ごめん、ごめん。」
「もう外していいよ。」
花冠を外すと、ソルは大げさなくらい首を振り、毛並みを整え始める。
「そんなに嫌だった?」
ソルはちらりとアイリスを見る。その少しだけ拗ねたような表情が可笑しくて。アイリスはまた笑った。
その笑い声は、森いっぱいへ優しく響いていった。
◇
花冠を外したあとも、二人は樫の木の下でゆっくりと過ごしていた。吹き抜ける風が心地よい。ソルはアイリスの隣で丸くなり、静かに目を閉じている。
アイリスはその背中をゆっくり撫でながら、小さく口を開いた。
「今日ね。」
少しだけ嬉しそうに笑う。
「院長先生に褒められたの。」
ソルは耳をぴくりと動かす。
「洗濯物を畳むのが早くなったねって。」
アイリスは照れくさそうに笑った。
「ちょっと嬉しかった。」
少し間を置く。
「でもね。」
笑顔が少しだけ小さくなる。
「私。」
「頑張れるから褒めてもらえたんだよね。」
膝の上へ視線を落とす。
「もし。」
「何もできなくなったら。」
風が木々を揺らす。静かな沈黙が流れた。
「誰の役にも立てなくなったら。」
小さく笑う。
「私。」
「ここにいてもいいのかな。」
その言葉は独り言のようだった。
ソルはゆっくり立ち上がる。
そして。
アイリスの手へ、自分の額をそっと寄せた。ふわり、と柔らかな毛並みが触れる。
「……また慰めてくれるの?」
ソルは静かに喉を鳴らした。
ごろ、ごろ。
優しい音が森へ溶けていく。
アイリスは目を細めた。
「ありがとう。」
ゆっくりと頭を撫でる。
「君は。」
「何もできなくても。」
「君だから、一緒にいたいって思うよ。」
その言葉に。
ソルは少しだけ目を見開いた。
人としてではない。王族としてでもない。白い猫である自分自身へ向けられた、初めての言葉だった。
ソルは何も言わない。
言えない。
けれど。
その青い瞳は、いつもより少しだけ優しく細められていた。
風が二人の間を静かに吹き抜ける。
アイリスは知らない。
自分が何気なく口にしたその言葉が。
ソルの胸の奥へ、深く残り続けることを。




