第五章 雨明けの激闘と桜の誓い
夜明けの薄明かりが洞窟の入り口を淡く照らし始めた頃、雨は完全に上がっていた。
焚き火の残り火がぱちぱちと小さく音を立て、岩壁に長い橙色の影を落としている。
黒崎零は鬼哭丸を膝の上に横たえ、背筋を伸ばしたまま座っていた。侍としての長い経験が、彼に完全な眠りを許さなかった。常に外の気配に耳を澄ませ、指先は柄に軽く触れたまま、いつでも抜刀できる状態を保っている。
ルリアは零の胸に頰を預けるように体を預け、浅く熱を帯びた寝息を繰り返していた。
零の黒い羽織が彼女の細い肩から少しずれ落ち、雨に完全に透けきった純白のドレスが、白く滑らかな肌にぴったりと張り付いている。
柔らかく膨らんだ胸の丸みが、寝息に合わせてゆっくりと上下し、薄い布地越しに淡いピンク色の突起がくっきりと浮かび上がっていた。
ドレスの裾は乱れて大きく捲れ上がり、傷を負った左の脇腹から太ももの内側にかけて、白い肌が惜しげもなく晒されていた。
そこには血の薄い赤い筋が長く艶やかに残り、傷口の近くで微かに滲み出る新しい血が、雨の残り水と混じってぬるぬると光を反射している。
零は低く息を吐き、ルリアの銀髪を優しく撫でた。
「もうすぐ本格的に明るくなる。今日はここを出て移動するぞ。
お前を安全な場所まで連れて行く……」
その言葉を断ち切るように、外から重く響く金属の足音と甲冑の擦れ合う音が一気に近づいてきた。
複数――いや、二十五人を超える大規模な集団が、森の木々を押し分け、洞窟に向かって急接近している。
朝霧の中に白銀の鎧が次々と姿を現し、胸当ての太陽と剣の紋章が冷たく輝いていた。
零の瞳が獣のように鋭く細まった。
鬼哭丸の柄に右手を置き、ゆっくりと立ち上がる。
「来る……大規模追撃隊だ。聖騎士団が本気で総力を挙げてきたな。
重装騎士が主力で、神官騎士まで混じっている……かなり厄介だ。二十五人以上はいる」
ルリアの体がびくりと震え、紅い瞳が恐怖と痛みで潤んだ。
彼女は零の袖を弱々しく掴み、甘く掠れた声で言った。
「零……また……私のために……
無理はしないで……はぁ……っ、傷がまだ疼くのに……」
零はルリアを洞窟の奥の岩陰に素早く移動させ、自分の黒い羽織を彼女の体にしっかりとかけた。
しかし戦いの予感でルリアの体が小刻みに震えるたび、羽織の前が少し開き、透けたドレスの下に白い胸の膨らみと、血の筋が伝う太ももがちらりと露わになりかける。
零の視線が一瞬、そこに引きつけられたが、すぐに前を向いた。
(……今は戦いに集中しろ。守ると決めた以上、絶対に倒れん……
あの無防備な姿が、俺の集中を乱すなど、許されぬ。侍の掟を忘れるな)
零は洞窟の入り口に立ち、鬼哭丸をゆっくりと抜いた。
シュンッ――刃が鞘から滑り出る澄んだ音が、朝の静けさを切り裂く。
青白い光が刃全体を激しく走り、残りの雨滴を一瞬で蒸発させて白い湯気を上げた。
周囲の桜の古木から、薄紅色の花びらが風に煽られて舞い上がり、刃の光に照らされて炎のように赤く輝いた。
先頭の隊長格が兜の細いスリットから冷たい殺意を向け、野太い声を張り上げた。
「見つけたぞ! 魔王の落とし子と、その侍の犬め!
ここで全てを終わらせる! 王女を生け捕りにしろ!
侍は殺せ! 聖王の名の下に、魔族の血を絶やす!」
二十五人を超える聖騎士たちが一斉に動き出した。
重装のフルプレートアーマーが朝の光を反射してギラギラと輝き、重いブーツが泥と落ち葉を大きく跳ね上げる。
四人の神官騎士が後方から聖なる光の魔法陣を展開し、光の槍や聖なる炎の矢を放ち始めた。
六名の弓使いが左右から矢を構え、援護射撃の準備を整える。
重装騎士たちは盾を連ねて壁を形成し、ゆっくりと、しかし確実に洞窟に向かって前進してくる。
その足音は地面を震わせ、甲冑の擦れる金属音が朝の森に重く響き渡った。
零は右足をわずかに後ろに引き、腰を低く落とした。
黒い旅装束が朝風に翻り、鬼哭丸の刃が青白い軌跡を描く。
「来い。俺の桜の誓いを、試してみろ」
最初の波が襲ってきた。
一番手前の重装騎士が大型の盾を構え、突進してくる。
重い金属音を響かせながら、聖剣を大きく振りかぶる。
零の体が影のように低く沈み、間合いを一瞬で詰めた。
鬼哭丸が美しい横弧を描き、盾の縁を滑るように払う。
ガキンッ! 激しい金属の衝突音が響き渡り、盾がわずかにずれ、隙間が生まれる。
その隙を逃さず、零は刃を下から突き上げた。
シュッ! 刃先が兜と胸当ての継ぎ目を的確に抉り、鮮やかな赤い血が噴き出す。
騎士が短い断末魔の悲鳴を上げ、後ろにのけぞり、泥の中に倒れ込んだ。
血の温かさと鉄の臭いが零の顔に飛び散り、黒い羽織に染み込んだ。
しかしすぐに次の騎士が盾の壁を形成して押し寄せてきた。
「この侍……動きが速い! 連携を崩すな! 盾を固めろ!」
零は低く笑った。
「連携か。面白い。だが、隙は隙だ」
二人の騎士が左右から同時に斬りかかる。
左の聖剣を鬼哭丸で受け流し、体をわずかに捻って右の剣をかわす。
その回転の勢いを活かし、零の刃が左の騎士の膝関節部を深く切り裂いた。
ガチャッ! 鎖帷子が断ち切られ、血が噴き出し、騎士が膝をついて前のめりに倒れる。
右の騎士が盾で押し込もうとするが、零は低く沈んで盾の下をすり抜け、刃を逆手に持ち替えて脇腹の隙間を横薙ぎに払った。
ザシュッ! 血しぶきが弧を描いて飛び、零の顔や胸に温かい飛沫がかかる。
騎士が苦痛のうめき声を上げ、泥に倒れ込んだ。
後方から神官騎士の魔法が飛んでくる。
聖なる光の槍が五本、一直線に零を狙う。
零は鬼哭丸を大きく振り回し、青白い光を爆発的に放って光の槍を三本切り裂いた。
残りの二本がかすめ、零の左肩と右腕を焼くような痛みが走る。
熱い痛みが肉を焦がす感覚が零の体を駆け巡ったが、零は歯を食いしばって前進した。
弓使いの矢が雨のように降り注ぐ。
ビュンッ、ビュンッという風切り音が連続し、一本が零の頰をかすめて血の線を引く。
もう一本が羽織の袖を裂き、腕に浅い傷を刻む。
零は体を低く翻しながら木々の間を影のように移動し、弓使いの一人に間合いを詰めた。
鬼哭丸が一閃。刃が弓と腕を同時に切り飛ばし、血が噴き上がった。
戦いはさらに激しさを増した。
重装騎士の盾壁が洞窟の入り口を塞ぐように迫ってくる。
零は狭い地形を活かし、敵の数を分散させる。
一人、また一人と、鎧の隙間を的確に斬り、突き、薙ぐ。
鬼哭丸の刃が青白く輝き続けるたび、桜の花びらが血しぶきに混じって舞い上がった。
金属の衝突音、悲鳴、血が噴き出す湿った音、泥を踏みしめる重い足音、魔法が炸裂する光と熱――すべてが朝の森に響き渡り、鉄と血の臭いが濃く立ち込めた。
神官騎士が大規模な聖なる炎の壁を展開し、零を包み込もうとする。
炎が唸りを上げ、熱風が零の黒髪を激しく煽る。
零は低く唸り、鬼哭丸を両手で構えて青白い光を最大限に放った。
刃が炎の壁を切り裂きながら突進し、神官騎士の胸を深く斬り裂く。
炎が散り、熱風が零の体を包む。皮膚が焼けるような痛みが走るが、零は止まらない。
「この侍……人間とは思えぬ強さだ!
魔王の娘を守るために、ここまで……!」
波状攻撃が続く。
重装騎士が三人同時に盾を連ねて突進してくる。
零は体を低く沈め、最初の盾をすり抜け、二番目の騎士の脚を切り払う。
三番目の騎士の聖剣が零の肩をかすめ、深い傷を刻む。血が噴き、零の視界が一瞬赤く染まる。
その瞬間、岩陰からルリアの甘く切ない声が戦いの喧騒を突き抜けて零の耳に届いた。
「零……はぁ……っ、零の背中……!
傷つかないで……私、怖い……零のそばにいたい……」
零の視線が一瞬、ルリアに向いた。
戦いの激しい振動で羽織が大きくずれ、ルリアの透けたドレスがさらに乱れている。
白い胸の膨らみが荒い息で激しく上下し、硬くなった突起が布越しにくっきりと浮かび、血の筋が太ももの内側を長く伝う様子が、痛々しくも妖しく零の視界に入った。
柔らかな曲線と濡れた肌の艶が、戦いの熱気の中で零の胸を熱くざわつかせた。
(……今は戦いに集中しろ!
あの身体の柔らかさ、あの吐息、あの瞳……守るためだ。それ以上は……侍の道を汚すな!)
零の集中がわずかに乱れた隙に、重装騎士の一人が盾で体当たりを仕掛けてきた。
ドンッ! 重い衝撃が零の体を後ろに押し、背中が洞窟の壁にぶつかる。
ルリアが小さく悲鳴を上げ、零の体が彼女の近くに密着した瞬間、柔らかな胸の感触が零の腕に強く押しつけられた。
薄いドレス越しに伝わる熱と柔肉の圧力が、零の体を一瞬熱くした。
零は即座に反撃した。
鬼哭丸を逆手に持ち、騎士の兜の視界スリットを狙って突きを放つ。
刃が兜を貫き、血が零の顔に飛び散った。
騎士が崩れ落ちるが、すぐに別の騎士が聖剣を振り下ろしてくる。
戦いはさらに長く激しく続いた。
零は洞窟の入り口を背に、狭い地形を活かして敵の数を徐々に減らしていく。
鬼哭丸が連続で閃き、鎧の隙間を的確に切り裂く。
一人の騎士の肩を深く斬り、もう一人の腕を切り飛ばし、三人目の胸を突き刺す。
血しぶきが零の全身を赤く染め、息が荒くなり、体にいくつもの傷が増えていく。
肩、腕、脇腹、太もも――熱い痛みが全身を駆け巡るが、零の動きは衰えない。
侍として鍛え上げられた剣の才能と、異世界の三年の死線をくぐり抜けた経験が、零を動かし続けていた。
弓使いの矢が再び集中射撃される。
零は体を翻しながら矢を切り払い、一人の弓使いに間合いを詰めて刃を振り下ろす。
ザシュッ! 血が噴き、弓が折れる音が響く。
神官騎士が聖なる光の鎖を放ち、零の動きを封じようとする。
零は鬼哭丸を回転させ、光の鎖を切り裂きながら神官に迫る。
刃が神官のローブを切り裂き、血が飛び散る。
最後の隊長格が、聖なる光を宿した大剣を振りかぶり、突進してきた。
零は鬼哭丸を構え、青白い光を爆発的に輝かせた。
「来い!」
二人の刃が激しくぶつかり合い、火花と魔力が爆発的に散った。
ガキンッ! ガガガッ! 連続した衝突音が響き、零の体が後退するが、すぐに反撃の横薙ぎを放つ。
隊長の鎧に深い傷が入り、血が噴き出す。
零は低く息を吐き、侍の声で言い放った。
「守るためだけじゃない。
俺は侍だ。剣を振るう理由など、それで十分だ」
最終の一閃。
鬼哭丸が美しい弧を描き、隊長の聖剣を弾き飛ばし、胸当てを深く切り裂いた。
隊長が膝をつき、血を吐きながら倒れる。
戦いの音が、突然静かになった。
地面には白銀の鎧が二十体以上横たわり、血と朝露と桜の花びらが混じり合って赤黒い水溜まりを作っていた。
零の黒い羽織は血しぶきで真っ赤に染まり、肩や腕、脇腹から血が滴り落ちている。
息が荒く、体にいくつもの傷が激しく疼いていたが、目はまだ鬼のように鋭く輝いていた。
零は鬼哭丸を振って血を払い、鞘に収めると、すぐにルリアの元へ駆け寄った。
ルリアは岩壁に寄りかかったまま、紅い瞳を大きく見開き、震えていた。
「零……大丈夫……? 傷が……たくさん……血が……はぁ……っ」
零は膝を折り、ルリアの顔を覗き込んだ。
戦いの熱気と痛みで、二人の息が近くで重なり合う。
ルリアの羽織が大きくずれ、透けたドレスがさらに乱れ、白い胸の膨らみと血の筋が伝う太ももが露わになっていた。
零の指が自然とルリアの脇腹に伸び、傷口を確認する。
白い肌が露わになり、柔らかな胸の下部まで視界に入った。
「ん……っ、零……今は……はぁ……
零の指、熱くて……戦いの後なのに……身体が疼く……」
ルリアの体がびくりと震え、細い指が零の手に絡みついてきた。
戦闘直後の熱い空気の中で、二人の荒い息遣いが洞窟に濃密に響いた。
零は低く言った。
「勝った……が、追手はまだ来るかもしれない。
すぐにここを離れるぞ。
お前を守ると決めた以上、絶対に倒れん」
ルリアの紅い瞳が熱く潤み、零を見つめた。
「零……ありがとう……
零が戦う姿……怖かったけど、すごく……かっこよかった……
私、零のそばにいたい……もっと近くに……」
洞窟の外では、桜の花びらが朝風に舞い、血に染まった地面にゆっくりと落ち続けていた。
この激しい雨明けの戦いが、二人の逃避行をさらに過酷で、しかし熱く結びつけるものになることを、
零もルリアも、まだ完全に理解していなかった——。




