勝ち目
そもそも何故帝国は攻めてきたのであろうか。
一言で言うと、決めていたから、ということになる。
そもそも、ドーベック『公国』の存在を認めたこと自体、大穴が噴出して土石流が街を覆うだろうということを前提にした、言わば時限的な措置として行われたものであったし、その後ドーベックがイェンス爵領庁を武力併合して航空戦力を育んだ後となっては、『大穴の噴出に合わせて鎮圧しなければ、もはや機会は無い』とまで判断され、益々選択肢は狭まっていた。
実際的問題として、それは少し前までは殆ど事実であったし、神祇官は確かに、大穴の噴出後に『神』の様子がややおかしいことに気付いたが、それは官僚組織の常として全く捨象された。
9月14日、帝国首相ディートリヒ・フォン・コンラート――かつて内務卿と呼ばれた者――は、神祇長と連名で、皇帝に以下を奏上した。それは、
皇祖
から始まるクソ長大で美辞麗句と儀礼で皇族の結婚式の如く装飾され、口語としては専門家で無ければ理解できない『美しい』ものであったが、要するに以下に列挙するような中身であった。(勿論『皇祖』とか『皇帝陛下』とかは行頭に来るように工夫がしてあったが、内容とは何の関係もないのでここでは捨象する。)
前提
1)ドーベック平野に所在する叛徒は、劣等種が支配種を使役する不自然な状態にあり、これを是正することは、神意に沿うものであること。
2)ドーベック公国は、ヴィンザー帝国の適法な指揮命令に従わず、更に、外交と称して外務卿を通じて逆に皇帝陛下に対して指揮命令をするような不敬極まりない態度をとっていること。
3)ドーベック公国が有する『国家市民軍』と称する武装反乱組織は、遺憾ながら益々その実力を増していること。
4)『国家市民軍』は、カタリナ公爵では無く、劣等種の中から選出された者の指揮に従っており、皇帝陛下の指揮下に無いこと。
5)『国家市民軍』は、勅令で禁止されているにも関わらず、イェンスに武力を使用し、更に毒霧を撒き、所在する者の一切を虐殺したこと。
6)ドーベック公国は、勅令で禁止されているにも関わらず、貨幣を鋳造し、印刷し、皇帝陛下の権威を穢し、経済の秩序を乱したこと。
7)協約に従って、独自の自治権を認めたにも関わらず、カタリナ公爵は、私腹を肥やすために皇帝陛下の善意を利用して、恣にしたこと。
これまでの対応
1)皇帝陛下の命令に従って、自制と慈悲をもって、カタリナ公爵がドーベック公国を指揮監督して、自ら帝国社会の中に復帰することを期待してきた。
2)万が一の時の為に、帝国首相の指揮監督を受ける国軍を編成し、鍛えてきた。
3)国軍は、ドーベックがイェンス爵領庁の管轄外へ侵略することを封じ込めてきた。
4)しかし、経済的侵略を一切に自重せず、その野望はとどまるところを知らない。
現在の状況
1)神の思し召しにより、大穴が噴出し、ドーベック公国に大きな打撃を与えている。
2)我らは、カタリナ公爵に救援の手を差し伸べたが、カタリナ公爵は拒否した。
3)国軍は行動が可能である。
推奨する行動
1)国軍及び貴族を動員することによる、ドーベック公国の強制直轄化。
皇帝は1ヶ月の後、直轄化行動を裁可した。
正確に言うと、貴族を動員する為の根回しにコンラートが1ヶ月かけたのだ。
いや、1ヶ月しか掛からなかったと言うべきであろうか。兎も角、意思決定に1ヶ月掛かった。コンラートは、『栄光と繁栄のためには今しかない』と説き伏せて回ったのだ。
こうして始まったのが、大陸戦争である。
****
「翼竜騎士をまだ送るな?」
「はい。神託部はそう言っています」
一方で、実務レベル。要するに、どこにどんな部隊をどう投入するかという問題に於いて、帝国軍はある重大な決断をしていた。
白いローブに身を包んだ神祇官と、赤色のマントを帯びた帝国軍将校が、帝国地図――もちろん、「公国」も帝国として記載されている――を睨みながら話し合う。
その中で、神祇側から耳を疑うような発言があった。
翼竜騎士を送るな。つまり、地上部隊を丸腰で突っ込ませろと。
「まず地上部隊と、即座に派遣できる翼竜で国境を突破し、その後翼竜を招集しても十分間に合う。と」
「そんなことできるのか」
「……言われてみれば、という感じですが」
これまで、帝国軍がある軍事作戦をしようとするとき、翼竜を近くの運用基盤(廠舎や助走路等)に集積しておいて、陸上部隊と密接に連携させるというのが常であった。
これは当然、将来ドーベックと戦うことを前提として行っていた演習でもそうであり、当初の構想もそのようなものであった。常識として、航空部隊と陸上部隊とを密接に連携させる為には、運用基盤も密接していた方が良いだろうということだったのだ。
「その代わり、国内で動かし続けろと。運用基盤を取っ替え引っ替えして、常に一定量の翼竜が空に在るようにして、それを取っ替え引っ替え戦場に送れ。神託はそう言っています」
「…………なるほど。それでも確かに何とかは、なる」
「基盤を攻撃されることの対策にもなります」
第二次平野防衛戦(帝国側から見ると、第一次勅令執行)で帝国軍が敗北した原因は2つ、国家市民軍地上軍の砲兵によってボコボコにされたことと、特殊作戦部隊によって航空基盤をヒックリ返されたことであり、前者の前提は後者であった。
しかもこの案ならば、翼竜を所有する貴族の温存主義と、実際的に帝国軍が利用可能な航空戦力、そして航空戦力の防護という相反しそうな要件を全て充足することができる。
「どうでしょうか」
「……よし、それでやろう」
このあと、帝国軍地上部隊は集積しておいて、航空部隊は常に動かし続ける運用を年内はし続けることになった。
仮にドーベック側の首相がアンソンであったならば、機先を制して毒氣を使用されることもありうるが、今はロイスが総理だから、国境付近に集積したところで(軍は兎も角)ドーベック側から先に攻撃をすることも無いだろうと、そのように判断された。
これがコンラートに具申された時、彼は鋭い眼光を紙の左右に走らせて、短く溜息を吐いたあと、こう言った。
「で、勝ち目は?」
それが一番大切であったからだ。
彼は、ドーベックに、リアムに勝てたことがない。
それは、帝国の貴族政治の中を泳いで、内務卿、そして帝国首相という地位を占めた彼にとって、どうしても我慢ならないことであった。
逆に言うと、彼はリアム以外に負けたことは無かったのだ。
「敵が動員体制を短期に完了させることは困難です。事実上戦えるのは国境警備軍しか居ません。これならやれます。短期決戦です」
「短期決戦、か」
それは甘美な響きであった。
敵の弱みに漬け込み、強く殴り卒倒させる――要するに、ノックアウトさせる――というのは、コンラートの身体を熱くした。彼は人がノックアウトする瞬間を見たことがあった訳ではないが、そういう主観的概念理解を、紙面を読むことによって得た。
それに、自然に頼ることによってしか暴力を行使することができない彼らに対して、我々は、自然に加えて魔法を使うことができる。
本来ならば人に向けて使用してはならないようなものを使うという禁忌を犯すことは、コンラートがイェンスで得たクオリアによって治癒された。
先に禁忌を犯したのはお前らなんだぞ。そういう倫理的優位性をも得ていた彼は、今や目を瞑って一瞬の思索にふけった。
そして、大きく頷いたのだ。




