暁
旅団の作戦は、要するに
旅団は、1月2日正午までリエデ市内の国民市民の組織的避難を完遂する。その間、敵の進出をロノブ山以北に阻止し、避難完了後は速やかにドゥベイ丘陵(ラフェク~オーミル製材所ライン)へ後退、主防衛線を形成して敵を阻止・粉砕する。
というものであり、分解していくと、
前提)敵は今朝1コ師団くらいの規模で攻めてくるだろう。明後日には2コ師団くらいの規模になってそうだなぁ。
我々)3コ連隊と1コ戦車大隊、1コ野戦砲兵大隊、1コ高射砲兵大隊が居るよ。態勢は整ってないから今からだよ。
対応)今日中は頑張って1コ連隊を生贄にしてリエデの文民が避難する時間を稼ごう。明日は後退して、山際の陣地を使って耐えよう。街が無い側の街道は戦車大隊が頑張って塞ごう。
というものであった。まぁ、無理である。
せめてロノブ山が街道に掛かっていれば、第二次平野防衛戦における778高地の戦いのように反斜面陣地を使える目があったのだが、残念ながら掛かっていない。
あと、あの時我々が勝てたのは、敵が旧態依然とした行軍隊形のまま接敵してきたのを奇襲できたからだ。今回、我々は『奇襲される側』である。
もし901iが消滅した場合には、TKを急派すると共に、903iをオーミル製材所まで前進させて保持させるしか無い。そうした場合ザルム台地北端がすっからかんになるので、EngでもLogでもMPでもブチ込んで防御するしか無い。
でもこうしないとしょうがない。リエデ市には文民がしこたま残っていて、これを見捨てて後退することは『しない』と、旅団長は決心したのだから。しない。
そんなことを思いながら、タイプライターをガシャガシャと叩いて、もちろん『死ね』とは書いてないが『すまない。死んでくれ』ということを技術的作戦的に表現した著作物が出来上がる。確かにそれは『強固に保持』とか『後退は旅団が統制』とかいう言葉で彩られ、表現されていたが、それの意図を正確に理解できる人間しか、この文章は読まない。
既にMPはリエデ市内で広報活動を始めている。
荷物は背負い、手に持てる分だけ、女子供優先、市民は補助に回れ。その他の家財を持ち出すことはできない。
二科は慟哭していた。
もう少し侵攻の兆候を早く掴んでいれば、市民を動員して我々は『師団』になれた。だが、流石に今からではもう間に合わない。
「四科! 四科員居ないか!」
リエデ市長との面会を終えた副旅団長が叫んでいる。
四科は、事前集積物の確認、予備弾薬の集計、配布、戦車の整備、避難民用の車割、野戦病院の開設その他で当然てんてこ舞いになっている。そして往々にして、その仕事は突然こんな風にして増える。
「リエデ駐屯地の予備役用武器を開放してくれ」
おいおいおいおい、待て待て待て待て。
戦闘迷彩服の中が一瞬で蒸れ、顔と耳が熱くなり、下着がその吸湿発散能力を超えて重く冷たく全身に纏わりつく。
「待ってください」
幸い、三科長が口を挟んだ。
「作戦計画上、リエデ市民もドゥベイまで退避しなければなりません。旅団長の構想はドゥベイ丘陵以北での敵の阻止です。市民部隊はー……
おそらく、ほぼ確実に消滅する。
確かに、市民部隊が編成できるならば、901iの撤退は成功して爾後の作戦計画も『健全』なものになるであろう。要するに、当初の旅団の想定をフルスペックで行うことができる。
しかし、幾ら予備役とは言え、作戦上では現役兵が死ぬべきであって、市民は飽くまで『文民』なのだ。動員して部隊に組み込まれているなら兎も角、それも無く、独立して戦争するというのは、個々人から見れば英雄的自己犠牲だが、作戦上の意味は本来ない。だが、今回は……
「『すべて市民は、国家を防衛し、侵略に抵抗する崇高な義務をひとしく共有する。』憲法上の規定だ。それに市長が指揮する志願制部隊だぞ。我々が禁止する根拠は無い。焼くくらいなら彼らに配った方がマシだ」
「再訓練も戦闘予行もしてません。無駄死にになりますよ」
二科員が顔を顰めてから視線を伏せるのが視界の端に見えた。
「戦闘の進展が見積もり通りなら、市民部隊も撤退できるだろう」
当初、リエデに所在する901i駐屯地が有する予備武器は、鹵獲を阻止する為に廃棄処分(要するに燃料をぶっかけて焼却)する予定であった。
それを単に配るだけなんだから良いだろうというのが副旅団長の理屈だ。しかも憲法上の義務を、自ら進んで、民主的に選ばれた市長の下、市民が自発的に遂行する。止める理由は無いだろうと。
「……旅団長は何と」
「後退後は、リエデ市への火力配当は行えないと」
市民の権利なので妨害はしないが、無いものとして扱うという意味である。
あわよくば901iが消滅する代わりに避難民の一部が『減って』かつ敵を拘束してくれるなら助かるくらいの決心だ。
決してこれは意地悪では無い。FABnの火力は、飽くまで丘陵前面のキルゾーンに向けられるべきものであって、そこで戦争をしているのに、装薬を増してリエデまで撃つというのは、擾乱射撃なら兎も角、観測資源と弾薬の無駄遣いになる。
「どうにかして一緒に後退しなければならんということですか」
と三科長は吐き出した。
無理だ。901iの消滅はまだ『想定しうるシナリオ』だが『想定しうる最悪のシナリオ』になった。それは全員理解している。
我々は、突撃時に突撃支援射撃というのをする。
これは砲兵にボコボコ敵陣地を撃ってもらい。その間に味方の弾着濃密地域に匍匐してにじり寄り、最終弾着の瞬間に立ち上がって疾走、敵陣地に突入するというものだが、その過程では『味方の弾』で大体2%は死ぬだろうということを織り込む。
軍人とはそういう仕事なのだ。国家の独立と、独立した国家が守る個々人の尊厳――つまり、自由主義独立国家――を擁護する為に数字として使い潰されることも仕事というのが、軍人なのだ。
残酷かつ醜悪であることを否定しない。しかし、他に国家を守る手段は無い。
我が国の市民権というのは、そういう立場にあった者に対する報酬、つまり『義務に対応する権利』としての参政権としての意味がある。
だから、武器と弾薬は軍が管理するが、装具と制服はそれぞれが保有しているのだ。私は国家に奉仕した名誉があるから、参政権があるのだと。
これは裏を返すと、『国家を防衛し、侵略に抵抗する崇高な権利』もまた同時に有しているということをも意味する。
一科の法務官は折れた。法律屋の理屈としては阻止できない。実質的強制に渡っていないかとか、同調圧力がどうかとか、そういう話は『後』の話で『今』の話では無いし、そもそも市長が判断して部隊を編成している以上、軍としては協力を拒否して非武装のまま見殺しにするか、協力して武装させて敵に噛みついてもらうのを見殺しにするかしか実質、選択肢はない。
そして、
「わかりました」
三科長も引いた。
旅団の作戦を成立させる為には、他に手段が無かったからだ。
彼ら『勇敢な市民』が無駄死にするかしないか、或いはその死が『無駄死に』にならないかは、我々次第だ。理想的に戦闘が続けば、902iが義勇兵と901iを収容して丘陵まで撤退できる。
彼らだって、無駄死にしたくて戦うわけでは無い。自分の街は自分で守ろうという気概と、ここで時間を稼げば、現役兵を南に逃がせば、現役兵がドゥベイを守ってくれる。そうしたら、妻が、子が、親が、この街を復興してくれるであろうという期待を我々に浴びせているからであろう。
空がそろそろ明るくなってくる予感を雲から感じる。
野戦電話が鳴った。
「はい、はい、了解」
「マルヒト、マルヒト、FDC。A号。撃ち方はじめ」
始まった。




