されど、愚者は踊る
己にとって最も残酷な出来事は何であろうか。
一族郎党全てを殺されること。恋人を殺されること。友人に裏切られること。大事な物を壊されること。
各人でそれぞれ理由はあるだろうが、さりとてその想像を全て思い浮かべた上で述べるのは一言だろう。
そんな想像の上を行くのが現実である。
どれだけ想定していようと、如何程に対策を講じようと、自分で思い描いた以上それは多少なりとて願望が籠っているものだ。そうなってほしいと思うからこそ現実とは違う都合の良い展開が広がり、結果的に今目の前で起きるような絶望に心を圧し折られる。
誰とてそれは有り得る話だ。最初から俯瞰的な視界を有する人間は古今東西において存在する筈も無く、そんな人物が居るというのならば是非会ってみたい。
読書をした時、その展開のあまりの都合の良さに辟易とした思いを抱くことがあるだろう。
主人公がピンチになれば颯爽と仲間が助け、謎を解くヒントを常に誰かが持っている。死にそうになれば覚醒して逆転し、最終的には誰も死なないハッピーエンドが待ち受けているというのは既に手垢の付いた結末だ。そんなものを面白く感じる人間など本の初心者くらいなもので、少しでも文学に興味を持っている人間であればその類の話は直ぐに読む価値を喪失する。
だがしかし、現実では価値のあるものなのだ。ご都合主義は嫌いだと告げても、現実になった途端に欲しがってしまう。
危険だからこそ燃える人間もまた居るのは確かだが、それでもそのような人間はマイノリティだろう。
故にご都合主義は嫌いだと述べる者達の本当の言葉は、読者に想定外の展開を見せてほしいということになる。
「――はッ」
硬い肉を断ち、翼と胴体を分解させる。
切り裂かれた存在は悲鳴をあげながら地面へと墜落し、地面で待ち受けていた三年に留めを刺された。
周辺に広がるのは死骸ばかり。翼竜に鰐にと巨大化した動物の如き化外の群れを打倒し、地面へと着地。
血に濡れた刀身を振り払い、鞘に仕舞う。一度に大量に出現する化外の群れを倒すのは酷く時間が掛かり、当然それ相応に疲労も蓄積される。
既にこの逃走を開始してから十回目の襲撃となった。
かなりの距離を歩いた結果か出現する敵の種類は変化を見せたが、それでも種類が変わっただけで具体的な数までは変化を見せてくれていない。
最初から野生化でもしていたのか、倒しても倒しても明確に数が減った気配を見せていないのだ。
俺が空へと跳ねた回数も既に何回目となったのか。最初の頃は少し程度数えていたものだが、十回目を超えた辺りからはもう適当だ。
敵は雑魚ばかり。明確に強力な個体が存在せず、ひたすらに多いだけという有様。
それでも数の圧は異常だ。まるで一人きりとなってしまったような錯覚を抱かせ、遠くの情報からは敵の数の所為で気絶した人間も出たという。
被害も出ている所は出ているらしく、民間人が噂をしていた限りにおいては十数人はもう死んでしまったそうだ。
それが真実なのかは此方は知るよしも無いが、仮にそうであったとしてもその点は目を瞑ってもらうしかない。そもそもこの速度で進んでいる時点で無理なのだ。
未だ俺達の所に被害が出ていないのは奇跡に近い。比較的広範囲への攻撃を多く行える人間が居るからこそ、今この場所の民間人は震えるだけで済んでいる。
文句は聞こえてくるが、そんなものは当然無視だ。吐くだけ吐いて具体的な内容を出さない限り、俺達がその文句に応える事は無いだろう。
「上から全滅は確認した。此処から早急に離れるぞ」
「解ってるさ。どうやら少し離れ過ぎた。皆は少し先に行ったらしい」
同じ広範囲に攻撃出来ない近接者である男と共に、木々の枝を蹴りながら戻る。
さながら隠密の如き走法だが、この手の技術も勝手に身に付いた。何処も彼処も足場にする事が出来る者としては、障害物の少ない場所を駆け抜ける事が出来るのは素直に有難い。
今居る場所は森の中。歩いている道は主に大量の軍人が戦地へと向かう為に作られたものであり、当然道事態は広い。大人数が進むにも問題無いよう整地されただけに進みは順調であるが、それでも此処で三回までは足止めを食らってしまった。
相手の頻度が後どれくらい酷くなるのかは定かではないが、この調子がずっと続くのは不味い。
隣の男を見る。顔を疲労一色に染め上げ、目の下には濃い隈も見えているのが解る。
敵が深夜にも出現している為に寝不足な人間が多いのだ。民間人の中にも露骨に足の遅くなった者が見え、誰もが不満を抱えているのが容易に見抜けた。
「……今後予定時刻からは大きくズレるだろうな。明らかに足を止められている」
「そうだろう。俺個人としては予定通りではあるが」
「まぁ、確かに。俺もこうなるだろうとは思ってたさ」
互いに決して仲が良い訳ではない。しかしそれでもこんな状況だ。
多少なりとて話もしたいのだろう。その気持ちは解らなくも無いし、それに付き合うくらいは構わない。
見えて来た俺達の管轄へと一直線に着地。メンバーの一人が驚いた顔をするが、そちらは気にせず周辺を見渡して状況を確認する。
民間人への被害は――顔色が悪いくらいで他は問題無し。
此方の戦力は――多少傷を負っているが別段支障がある程ではない。
全て統合すれば戦いを続ける事は可能。未だ距離はあるとはいえ、皆が比較的無事であればまだまだ安全だと言えるだろう。
何処に穴が開くかは解らずとも、その時間は決して今ではない。それが判明しているだけでも俺は安堵の息を吐き出した。
「此方の敵は全て討ち取った。追って来る影は無い」
「こっちも何とかした。が、それなりに消耗しているのは確かだ。後三回でも襲撃があれば誰か一人は最悪死ぬかもしれない」
「おいおいマジかよ。誰か重傷でも負ったか?」
「いや、精神的に辛い者が居る。そいつが潰れなければ大丈夫だが、些か以上に不安だ」
此処を守る人間の総数は僅か六人。
内俺を含めた四人は戦えるように無理矢理前を向いているが、他の二名は精神的な問題を抱えてしまっている。片方は近接者でありながら怖がり過ぎて能力の応用でもって遠距離技しか使わず、片方は積極的にサポートしか行わない。
戦えるだけの力は二人共にある。確り前に出れば活躍は不可能ではないだろう。
それでも、この地獄を前に彼等の精神は壊れかけている。誰かがフォローしなければ勝手に暴走して自爆するのが目に見えていた。それを俺達全員は共通の問題として抱えているが、解決の芽は見えない。
一番の解決策は安全圏にまで連れて行くことだ。そうするだけでその二名以外も精神が落ち着くだろう。
俺達二人も避難民と合流して彼等の横を歩く。
荒い息を吐きながらも懸命に歩く姿は普段悪態を吐いてばかりの姿とは非常に異なる。
自身には戦えるだけの能力が無いからこそ、こうした姿でもって抗議しているのだ。俺達はこんなに必死に動いているのだから、お前達も死ぬ気で戦えと。
言外な脅し言葉に全員がストレスを感じているのは確実だ。俺とてその静かな圧に若干辟易しているのだから、幼少の頃よりストレス耐性を作っておかねば長くは続けられまい。
今日で二日目。予定では残り三日で到着せねばならないが、さりとてそれは不可能だろう。
このまま足止めを食らい続けるようであれば、最悪後ろから何かが来るかもしれない。既にあの大質量化外が近くにまで来ているのだ。
このままではグラムの予定通りになってしまう。
彼女の言葉に素直に了承を示すつもりはない俺としては、それだけは阻止せねばならない。
実際に来たからこそ解る事だが、この戦力である意味武装が十分に整ったムラトを落とした怪物と戦うなんてのは無謀を極め過ぎている。
一瞬で半数が死ぬのは確かで、数時間で殆ど全滅になるのだ。予想であるとはいえ、そうなる未来は高確率であろう。
勝機を見出さねばならないとするなら、敵の弱点を発見する他に無い。
本当にあるのかどうかは解らなくとも、あると信じて戦い続けなければならないのだ。それは数ある長期戦の中でも最も地獄と隣り合わせのものである。
自分が強ければ、と考える事が無いとは言わない。あの馬鹿火力を完全に制御し、それを純粋な力へと変換出来れば相手を抑え込む事も出来るかもしれないと思考するも、それが殆ど理想論であるのは当然だ。
実際の俺では変換どころか制御すら出来ていないのである。力に振り回されるのが俺で、当たり前であるがオリオンの協力が無ければそのまま燃やし尽くされているだろう。
そういう意味では俺はオリオンに感謝せねばならないと思うが、そもそもそうなるようになっているのもオリオンの所為である。
肝心な部分で助けてくれるものの、消費しているものがものだ。
俺の寿命を削り続けるなど明らかに良い存在であるとは言えない。寧ろ敵と決めても構わない。
「……あ、ノースさん。お疲れ様です」
「ああ、そちらは調子はどうだ」
少し前を歩き、気弱な声を漏らしている少女と話す。
精神が不安定になっている彼女とはこうして時々話すが、中々に戦闘向きではない。サポート特化であるのだからそれも当然だが、それでもこんな場所に居るような存在には思えないだろう。
別の学園の制服を紺のローブで隠し、顔は常に俯きがち。瑞々しさを感じさせる緑髪は珍しい色合いであるが、不思議と違和感を覚えない。
最初は疑問に感じたものだが、彼女曰く能力を使い続けた結果らしい。元々は茶色だったそうだが、能力を何年も使用している内に見事なまでに変色したのだとか。
その結果として家族からも少し敬遠されているらしく、更に彼女の学園でも皆からは距離を取られているらしい。
馬鹿なような話だが、彼女が実際に聞いた言葉曰く――何か移りそうということだ。
「皆が頑張ってくださるお陰で此方は大丈夫です。……その、すいません。私も皆と一緒に戦わないといけないのに」
「気にするな。確かに厳しいが、だからといってそれでほぼ非戦闘員のお前を前に出す訳にはいかない。それに前に出してもその武器では上手く動かなければ仕留められないだろう」
「あはは……やっぱりナイフじゃ難しいですよね。でも、どうしても自分じゃ剣を振り回すのも銃を撃つのも想像出来なくて。結果的に役立たずになってます。こんなんなじゃ……」
「暗くなるな。確かに現状お前は役立っているとは言えないが、それでもお前の力は後々に必要となってくるだろう。――お前はある意味回復系でもあるのだからな」
精神が危ない片方の少女は、俺の言葉に静かに微笑みを浮かべる。
それが気を遣っているだけだと捉えているのかもしれないが、俺の言葉は真実だ。
彼女は戦闘系ではない。俺の居た学園には無いサポート系の能力者であり、その能力も基本的には高水準であるとは言えないのは確かだ。
されど、彼女の保有する強化の概念は中々に侮れない。俺の持っている武器もそうだが、彼女が自分から打ち明けてもらえたお陰で全員の装備は未だ壊れてはいないのである。
摩耗自体は存在しているので純粋に耐久値が伸びただけであるが、さりとて普段から壊してばかりの俺としては中々壊れないというのはそれだけで有難い。
武器が壊れても拳という手段があるにはあるが、それをせずに終わらせたいというのが本音である。
故に、彼女の概念はこの場所において縁の下の力持ちとして活動していた。
人体に対しても強化が行えるのは強みだろう。
それによって疲れたもある程度は歩けるようになるし、自然回復の速度も上昇する。流石に腕やら足やらが吹き飛ばされればどうしようもないが、抉れた程度であれば俺達には何の問題も無い。
彼女は本当にこの戦場には似合わないタイプの存在であるが、ある意味重要でもある。
彼女が倒れれば当然俺達の強化も無くなり、歩いていた者達の動作も停止するだろう。役立たずだと自分を卑下していたが、それは勿論彼女の勘違いである。
「有難う御座います。そんな風に言ってくれる人は、今まで居なかったです」
「それは見る目が無かったからだろう。確かに出力は低いし、どれだけ強化出来るのかについては数値化し辛い。必然的に曖昧になってしまう部分ばかりとなるが――そんなものはどんな阿頼耶とて一緒だ。だからこそ己の中でそれを磨き、戦闘に役立てるよう思考する。強化が主軸であるならば、お前の場合は純粋に肉体を強化した方が僅かであれ戦力となるだろう」
らしくない台詞だ。何時から自分は目上に対してこんな言葉を吐くようになったのか。
本当の自分など彼女程の力も無いというのに、それでも自然と口から言葉が出たのは彼女を放っておけなかったからか。
俺の言葉を聞き、彼女の様子が目に見えて改善される。
笑みも深くなり、これで精神も大分安定したことだろう。二年の自分がケアまでしないのかと思うが、まぁそれで大丈夫になってくれるのであれば特に何も言うまい。
襲撃は未だ続く。今度はもっと強大な相手かもしれない。
だからこそ、俺達は今こうして静かに団結しかけていた。直ぐに崩れる楼閣のような団結であるが、それは今という状況の最中ではとても強く見えるだろう。
各人が胸に抱くはただ一つ――――絶対に生き残ってみせるというそれだけだ。




