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取引

 準備に必要となった時間は避難民への説得も含めておよそ十五時間。

 当然それを短いと言う者はおらず、一部の警備隊員は苛立ちを抱えながら最後の準備を行っていた。

 そこまで遅れてしまったのは何故なのか。

 それは主に二つあり、まず一つは避難民への説得に時間が掛かった事が挙げられる。今まで逃走を行う時間が延び過ぎてしまい、最早避難民の大半が警備隊の者達を信用しなくなっていたのだ。

 助けると言いながら効果的な策を考えず、行っていたのは生存時間を僅かずつ伸ばす程度。常に避難民達は戦闘音に怯え、終わった後にも次の襲来を予想して動けなくなっている。

 それ故に彼らを動かすのは難しく、最終的には取引という情の入り込む余地の無い方法を選択するしかなかった。

 内容は極めて単純。――――避難民の安全の確保である。

 

 そしてもう一つの方は、ある意味此方こそが警備隊を苛立たせた最大の原因と言えるだろう。

 一部の学生組が忽然と姿を消していたのである。人数は十人程度であるが、現時点で増える気配が無い以上減少するのは非常に痛手だ。

 勿論簡単な形であるが調査も行い、その十人が以前より逃走を計画していたのは掴んでいる。

 所属している学園はバラバラ。されど環境が手を組ませたのだろう。こんな場所は嫌だと皆が意識を集中させた結果として今の状況が出来上がってしまった。

 完成していた計画はこれで白紙と化す。それなりに頭を使って出来た物を白紙にされれば誰であれ怒るものであり、何よりこんなタイミングであれば恨んだとしても何も文句は言えないだろう。

 それでも、これを考えたレンド達警備隊は苛立ちを浮かべるだけで何もしなかった。

 それは心の片隅にこうなっても致し方無いと事前に考えていたからに外ならず、彼等が現段階で何もしないと決めたのならば生徒は大人しく従うしかない。

 

 さりとて、この情報が学生達にとって衝撃となったのは当然だ。

 中には友人もおり、今回の事態に更に不安を大きくする者が出た。編成も穴が生まれた以上緊急的に変えなければならず、一部の場所では騒ぎも起きている。

 それを眺めている者も中には居た。編成が最初から変わらなかった者や変わったとしても普段通りを貫く者がそれに該当し、彼等にとってはこの変更について別段慌てる部分を思いつけない。

 元から周りは初対面ばかり。時折知っている人間も居るが、そうだとしても連携の練習をしていないのだから上手く回る筈も無いだろう。

 故に今回はチームの形をしているとしても個人プレーが大きくなると踏んでいて、それを理解している冷静な者達だけが見ている。


「相も変わらずだな。馬鹿丸出しだ」


「確かにそうですけど、その発言は抑えてください。まだ素人ではあるのですから」


「ふん。それは俺達も一緒だろうが」


 話をするのはテント内に残っていた五人の内の二人。

 頭頂部に一房分程跳ねた黒髪を持つ、子供のような体型の人物。逆に平均よりも遥かに上回っている高身長の茶髪の人物。目が隠れる程に伸ばした茶髪の男性は慌てふためく者達を罵り、それを子供のような体型をしている者が眉を八の字に曲げながら宥めている。

 双方の顔には今回の件に関する不安の色は無い。落ち着いた姿で場が収まるのを待ち続け、己の体力などを無駄遣いしないようにと心がけている。

 その姿を彼等のチームメンバーが羨望を込めて見つめていた。

 この状況下でも何の制限も受けていない素振りを見せる姿は頼りになる男そのものだ。他の情けない姿を晒している者達よりも遥かに注目を集め、一部の者達は彼等は何度も戦場を駆け巡っていたのではないのかと勘繰らせる。

 無論、そんな事などない。彼等二名も実戦経験こそあるが、本格的な戦いなどこれが初めてだ。

 純粋な殺し合いを行い、されどその精神は揺れなかった。ただそれだけであるが、それを達成するのは当たり前であるが並ではない。

 

 故に、彼等もまた常人ではないのである。

 実際に彼等がした事も他の学生とは違うものばかり。似ている人物を一人挙げるとするなら、それはノースのような突撃だ。莫大な戦果を獲得し、なお慢心もしない姿は英雄視もされるだろう。

 しかしながら両名にはそのような願望は無い。彼等は単純にこの戦いを終わらせて無事に帰還することだけを考えている。

 死線は既に覚えた。であれば、これで如何な場所でも危険度は解るようになるだろう。

 危険性が高ければ高い程に意識は研ぎ澄まされ、逆に温ければ温い程に力の配分を考える余裕も出来る。

 だからこそというべきか。彼等の話題は今目の前で起きている事象からズレていた。


「……ところで、貴方は昨日のアレを見てどう思いますか」


「純粋な火力馬鹿――って言いたいところだが、個人的には違うな」


「どう違うと?」


「俺自身明確に把握している訳じゃねぇから的を射るのは出来ねぇが、あれは自爆特攻に近い」


 話題に上がるのはつい昨日の出来事について。

 共にノースの莫大な火力を実際に見て、感じて、脅威だと確信していた。敵対していれば間違いなく最大の敵となるだろうと考え、半ば無意識の域で対処法を浮かばせていた程だ。

 本人の前に出る意思とあの火力は噛み合っている。全身に炎を纏いながら吶喊するその行動は周囲に被害を出さず、かつ己の本気を引き出すことも出来るだろう。

 炎はそのまま攻撃にも転用出来る筈だが、彼がしていたのは純粋な斬撃。大型だろうが小型だろうが関係無く首を絶つ姿は異様であり、しかもあれがただの攻撃であるのは誰が見たとしても同じだった。

 彼本人の能力の詳細は把握出来ていない。単純に攻撃力を向上させる類なのかと思われているものの、炎を纏う意味が解らないが故に確信にまでは至っていないのだ。

 

 されども、茶髪の男は半ば直感に近い形で正解を導き出す。

 あれがどれだけ危険なものなのか。あれがどれだけ使用者に牙を剝くものなのか。本能の域であるが、彼はそれを敏感に悟って眉を歪めた。

 確証がある訳ではないが、あの男が保有する炎には誰かを守る概念とも呼べるものが無い。

 炎そのものの役目。燃やし、灰とするというただそれだけの機能しかないように感じたのだ。

 それこそ使用者すら飲み込んでその規模を拡大するのではないかと危惧させる程には茶髪髪の男は警戒感を抱いている。

 

「……そうだね。それに関しては僕も同意だ。あれは最初から抑えが無い。僕達が無意識の内に掛けてあるような上限が最初から設定されていない、と感じている」


「ああ。あんなもん使ってたらいつか灰になって御陀仏だろうよ」


 莫大な力には相応の代償が必要となる。

 ノースが支払っているのが何であるのかを彼等は知らないものの、それでも大事な何かを払っているのだろうとは推測を立てられた。最初に候補として挙がるのは寿命や何かしらの財宝だが、しかしそれだけで無敵を思わせる力を手に出来るとも思えない。

 己の命を削る方法は昔からあるもの。必然的に本にも情報は載っており、彼等も授業などでその部分は呼んでいる。

 だからこそ解るのだ。あれは命を削った程度では足りないと。

 最強無敵と思わせるのは酷く難しい。それこそどれだけの年月を重ねたとしても到達出来ない境地であり、一歩でも近づけたとしたならばその者はまず確実に世界有数の強者として注目される。

 知っている人物で候補として浮かぶとするなら遠征に出ていた者達だろう。


 英雄の中でもより強い者を選抜しただけあって個人の武勇は数えきれない程にある。今回の化外とて誰か一人でも最低で撤退を狙えるだろうし、リーダーをしている者は殺しきることも可能だろう。

 逆に言えば今国内に居る者では最高でも撤退を狙うまでしか出来ないのだ。殆どの強者を派遣してしまった所為でその弊害は色濃く残り、こうして学生にまで迷惑が及んでいる。

 こうなってしまったのは遠征が始まってしまった後なので責めても仕様がないとも言えるが、さりとて一人程度は誰かを残してほしかったというのが本音だ。

 国を運営するのならば、その国を守るだけの戦力も考えておくべきである。今回の遠征が大事なものであるのは誰とて知っている話であるが、それでも国を守れなければ帰還した者達を絶望させるだけだ。

 

「あー、早く帰りてぇなぁ……。こんな辛気臭ぇ場所は正直勘弁してほしいもんだぜ」


「戦場ならこんな雰囲気は当たり前だと思うけどね。納得出来ないなら自分達で解決するしかない」


「自分達で避難民を守って?そんで襲ってくる奴等も積極的にぶっ殺して?――どうせ何も変わりゃしねぇよ。自分の故郷ぶっ壊されてんだから」


「――僕はまだマシだと思うけどね」


 一瞬、少年のような人物の顔が真顔になった。紡がれた言葉には憎悪が込められ、思わず茶髪の男は彼を見る。

 しかし、少年の如き人物の顔には微笑みがあった。あるいは苦笑とも言えるかもしれない。

 思わず出てしまったと小さく笑い声を漏らし、この件の掘り下げはするなと言外に告げている。共に学園が違う以上、両名は戦友ではあれど親友ではない。

 深く足を入れるべきではないと茶髪の男は言葉を濁らせ、小石を蹴り飛ばした。

 その小石は小さな力しか入っていないにも関わらず遠くまで飛び、一人の生徒の足に当たる。――――その人物は二人が最初に話していた者であった。


「げ……」


「怒られても助けないからね」


 近付いて来るその人物を見ながら、茶髪の男は苦々しい顔を浮かべる。

 隣の男は愉悦だと言わんばかりに口角を釣り上げ、助けの手は入れないと慈悲の欠片も示さない。それに怒りを抱きつつも、頭を掻いてその人物と面と向かい合った。

 身長は茶髪の方が上。されど、無表情から放たれる威圧は中々に強い。街に居るような不良や犯罪者と比べるのも烏滸がましい程には強者としての雰囲気を持ち、無暗に近づく事を許容させない。

 

「何か用か。俺は今忙しいのだが……」


「ああいや、間違って当たっただけだ。アンタに何か用があった訳じゃねぇ」


「そうか」


 思いの外あっさりと男――ノースが言葉を返し、少々予想外だと茶髪の男は内心で驚く。

 強者としてあれど常識的な部分も兼ね備えているのだろうか。極端に強い者はその精神に一部歪みが出ているものだが、彼にはそれが無い。

 言葉こそは短いが、対応自体は優しいものだ。貴族は小石が当たるだけでも苛立つものだから、尚更に濃く印象付けられる。己だったら少しくらいは文句を吐いていただろうと思いつつ、去ろうとしている彼の背に言葉を投げ掛けた。

 

「そういや、アンタ何やってんだ。様子を見るに一人のようだが、まさか編成からあぶれたか?」


「いや、俺の方はもう組み終わっている。今は他が騒いでいる所為で時間が出来ているからな。可能な限り生存率を上げる方法を模索していた――そうだ、お前も受け取ってくれ」


 ノースが片手に持っていた袋を漁り、中から非常食の一部を取り出す。

 それは今この場所において重要な物資。近くに人が居る所為で一気に注目を浴び、複数の視線が集まる。

 鬱陶しさを覚えながらも困惑の表情で茶髪の男はノースを見る。一体どのような理由でもって保存食を渡そうというのかがまったくもって理解不能だからだ。

 保存食は大量にあって困る事は無い。無論持ち運びは大変になるだろうが、団体で動く以上戦闘時でなければ持って歩くのは難しくはない筈だ。それでも保存食を渡そうというのは、取引をしようと言っていることと同じである。

 何かしら要求を通す為に自分の食料を別けるのは、まぁ典型と言えば典型だろう。

 

「あん?くれるのは嬉しいが、何でくれんだよ」


 伸ばされた手の上にある保存食の束を受け取り、茶髪の男は尋ねる。

 食料は純粋に有難い話だ。くれるというならば多少の面倒は聞いても良いだろう。

 現時点ではそれなりに暇なのだ。話をして暇を潰せるならば聞いて考えるのもありと考え、男は対価を訪ねる。

 

「理由は簡単なものだ。今回の行動を成功させるには全員の高い士気が必要になる。こんな最悪な環境下ではそれは望めないだろう」


「まぁな」


「だからこそ、可能な限り戦闘が出来る者達でもって戦況を優位に進めたい。此方に向かっている化外から無事に逃げ出すには止まれないのだから」

 

 ノースの望みはただ一つ。

 それは無事に逃げ切り、街で解散することだ。学園に戻れればまた楽な日々が始まると確信しているからこそ、その為に全力を注ぐの当然の行為だった。

 彼の言葉を聞き、男も納得する。つまりはノースも含めて保存食を受け取った人間は積極的に戦わなければならないということだ。

 己が任された範囲の外でも敵が居れば倒しに行き、士気を高めるという腹なのだろう。その意見には全面的に賛成であり、楽ではないものの必要であるとは感じた。

 返答はせずに、男は保存食を懐に仕舞う。それが答えだと示し、ノースは首を縦に振った。

 隣に居る少年のような体躯の男も保存食を強請り、要求に応じる形でもってそれを貰う。新たな食料の確保に各々のチームメンバーも喜びの声を上げ――――その直後に黄色の閃光が空に放たれた。

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