我等、即席防衛隊
時間は過ぎる。誰にも等しく、時は無情に流れてしまう。
今日で死ぬ者に対しても、明日も裕福に暮らせる者にも、時間は平等に同じ結果しか起こさない。
今こそ時間が止まれば良いと思っても、人の都合では時間の概念を崩す事は不可能だ。それが出来る程人間は概念を理解している訳ではないのだから。
誰もがそうなると思っている程度に過ぎない。呼吸をするように、それはそうなるものと決めているのだ。
故に干渉は難しい。先ずは常識という部分を打ち壊すところから始まり、最終的には概念そのものに接触しなければならない。
伴う負担は並では済まず、どれだけ優秀だとしても一人の脳味噌だけでは最後までは到達しない。
或いは、破壊されることを前提とされた接触ならば出来るかもしれないが、それでは理由が利他になってしまう。
純粋に他人の為にそこまでやろうとする人物は居ない。
自己犠牲精神があれば話は別であるものの、そもそもそんな人物はこんな方法を選択せずとももっと別な形を取る。
であればこそ、平和に生きる者達は知るだろう。
今まで怠惰に過ごしたツケを払う時が来た。優勢のままだった時代が幕引かれる瞬間が来ようとしている。
それに最初に気付くのは、さて誰であろうか。
彼か彼女か、はたまた別の誰かか。予想は無限大であり、ならば確定された未来など何処にも有りはしない。生きたいならば生きれば良い。死にたいならば勝手に死ねば良い。
誰もが選択権を持っているのだ。ならば最終的な決定は全て自分で行わねばなるまい。
そうでなければ人類は前に進めないのだから。
果て無く進み続ける姿にこそ、人の輝きはある。例えそれが一瞬の閃光であれど、前を向いて歩いた軌跡は残り続けるのだ。
「おり、おん……オリ…………おん……」
世界を揺する者は直進を続ける。
途中の障害物は全て破壊し、己の道はこの一直線のみと進路を変える素振りを見せない。道中では大多数の屍が生まれ、中には赤子のように力が無い者も存在していた。
片腕を喪失し、足も砕けた歴戦の戦士が自身の真上を進む化物を視界に収める。見える範囲には無数の武器が突き刺さっている姿が見え、されどそのどれもが相手には欠片程の痛みを伝えていない。
皮の一部に傷が付いた程度。人間に例えるならば正しくそれだけでしかないのだろう。
それを見て、戦士は歯を砕くが如く噛み締める。視線に込められた怒気の感情は桁外れであり、ただの憎しみでもここまで感情を暴走させることは出来ないだろう。
己の力では相手を足止めする事は出来ない。足掻いた結果として残酷な事実だけが残り、無くなった腕からは命が流れ続ける。
止血をする術は無い。他の仲間も全滅し、全ての攻撃は結局失敗に終わった。
阿頼耶保持者達ですらも止められなかったのだ。立ち向かい、確かに傷を作りはしたものの、それだけしか成果は残らなかったのである。
金に煌めく鱗には未だ翳りは見えない。そのまま過ぎ去ろうとする姿に逃がすものかと思うも、出血によって意識すらも最早消える寸前であった。
このまま終わりたくはない。死ぬのではなく、多少なりとて何かしらの成果を出して帰還したいのだ。
その為だけに今こそ無理をすべきだと、最早死に体の状態で強引に阿頼耶を過剰に発動する。その末路が何であるのかをしかと理解した上で、戦士は勇ましく向上を述べた。
負けるものか、死んでなるものか――己の人生は、決してただの石ころ程度の価値しかないとは言わせない。
命を薪とし、紅蓮に身体を染め上げる。
爆発寸前の身体を抑え込み、残った片方の腕で半分に折れた槍を掴む。
戦士の能力は純粋な強化。強くなるという漠然とした想いだけではそこまでの強化にはならず、さりとて戦士には明確に目指すべき先を描けない。ある意味才能の限界へと到達してしまったのだ。
そこから先を目指すのならば、何か新しき道を見つけなければならない。
それを描くよりも前に、戦士は己の肉を断つような投擲を行った。放たれた槍の速度は辛うじて視認が出来る程度であり、命中すれば人間を十は殺すだろう。
化外であろうとも弱点に命中すれば必ず殺せる。それだけの想いと力を入れて、放った槍は衝撃波を巻き起こしながら対象に刺さった。
僅かに相手の身体が揺れる。純粋な衝撃だけでも揺れるということは安定性は高い方ではなく、やりようによっては簡単にバランスを崩すだろう。
しかし、本当に恐ろしいのはここからだ。
傷を与えても何も影響が無いのであれば、次は敵の攻撃が来る。巨大な目玉を戦士の方へと向け、鱗の一部が戦士に向かって剥がれ落ちた。
超質量の物体は空中から落とされた事により一気に加速し、されどそれだけでは済まされない。
突如として鱗の内側から水が吹き出る。それは戦士とは正反対の方向であるが、その水の放出によって更に鱗は加速していく。
相手が巨大であるからこそ距離が近く見えるが、実際には戦士と相手の距離はかなり離れている。広がった空間を走る複数の鱗は驚異的な速度を叩き出し、さながら流星群が如くに降り注いだ。
戦士の身体は最初の一枚目の直撃を弾けずに半身を砕かれる。内臓のほぼ全てを抉り取られ、激痛すらも急速な肉体の消失によって感じ取れない。
頭部が砕かれなかったのはただの偶然だろう。
失われていく意識の中にあるのは途方もない憤怒の念のみ。怒り狂う心を抱きながら、しかしそれを表に出す為の手段が全て封じられていた。
阿頼耶による強化された自然回復でも間に合わない傷。それはつもり、もう死人であるということだ。
突き付けられ、崖から落とされる感覚を覚える。身体を鎖で縛られ、そのまま投げ落とされればどんな人間であれ大怪我を負うのは当然だ。
死ぬ確率の方が高く、彼の場合は死ぬしかないというのが正しい。
――そうして二枚目も戦士に直撃し、その場で生き残った者は誰も居なくなった。自然とその空間は静かなものとなり、化外は此方を攻撃しようと企む者達が他にいないかと確認してから元の進路に戻る。
大量の武器が刺さっても死なず、決死の一撃は僅かに身体を揺らす程度。
その揺れもまた化外からすれば微細な振動に近く、警戒する程のものではない。故にそのままの状態で直進を続け、ムラトへとゆっくり泳いでいく。
空を進む黄金の怪物。現在ムラトに迫ろうとしているその姿は、王宮が危険視している存在の内の一つ。
観測した数は合計で十二。故に喪失しかけていた過去の書物より導き出し、その名を決めた。
黄道十二星座――パイシズと。
――――――――――
赤々と燃える炎がテントの周りを照らす。
星空が世界を支配する中でその輝きは非常に小さいものであるが、人が生きていける程度には炎は輝きを放っていた。
テント内には二人の人物。片方はムラトを避難させるリーダー格たるウェッジ。もう片方はその副官であるレンドだ。レンドは紙に纏めた暫定的なメンバーを教え、修正箇所があるのかどうかを見せに来ていた。
ウェッジも己の武具で身を固めながらそれを眺め、ある一点を見つめて指を差す。
そこに書かれていたのはとある五名の者達。テント内で他の警備隊と共に居た者達が全員で集まっていたのである。
「何故この組み合わせにした。覚悟のある者を一点に集めるよりも今は分散させて各人にチームメンバーの士気高揚を頼むのが道理だろう?」
「確かにそうだが、しかし本当にバラけさせて良いのか。ウェッジ」
気安い口調で尋ねるレンド。人前であればもっと上を敬うものの、二人きりとなれば彼等は言葉を崩す。
それは同じ警備隊だからこそだろう。特に二名は仲が良く、組んだ回数も多い。年齢は離れているものの、それを感じさせないくらいに二人の仲は深まっている。
そのレンドからの言葉に、ウェッジは唸った。
確かにバラけさせるのが最良であるかと問われれば、現在の学生全体を見る限り良いとは言えない。
精神的に追い詰められた者が多く出過ぎた。これが予定された戦闘であれば彼等も震えながらに戦うのだろうが、今回はまったく予期していなかった戦闘の連続である。自分の身を守れただけでも賞賛に値するだろう。
そんな者達では今後の戦いには不安が残る。特に今居る大半の者達が貴族であるというのも問題だ。
今回の避難民はその殆どを平民が占めている。
本当の危機に瀕した時、人間はかくも残酷になれるもの。平民であるからと見捨てる可能性も捨て切れず、それ故に警備隊の者が一人つくという理由には監視も含まれていた。
その中で、今回の五人は非常に稀有な存在だと言えよう。実力が高い低いはあるものの、困難においても我を見失わずに己にとっての最善を行うことが出来る。
ノース・テキスが自身の火力が高い事を理由に大型ばかりを狩ったのもそうだし、アンナ・バートリーが己の実力の低さを自覚して他の者達が確実に化外を狩れるように手伝いをしたのもそうだ。
五人が集まり、更に経験豊富な警備隊の誰かがつけば一番安全な場所となるだろう。
それを解っているからこそ、懸念すべきは避難民になってしまう。
見捨てる者が居る中で確かに拾う者が居れば人はそちらに流れてしまうものだ。多数の貴族が見捨て、その殆どを五人がカバーするような事態になるのは避けねばならない。
そうなっては部隊が完全崩壊してしまう。五人のみの言う事しか群衆は聞かなくなり、ウェッジという頭が強制的に切り落とされてしまうのだ。
それは彼等の望むところではない。もしもその五人が経験が豊富な者であれば任せても良いのではないかと考える可能性もあるにはあったが、現時点の彼等は未だ経験の浅い学生である。
そんな者達が全てを担う事など不可能であるし。任せたとしてもやはり動きは崩れてしまうだろう。
――どちらが良いかと問われれば、やはり分散こそがリスクが少ない。
「ああ。纏めてしまえば確かに彼等の守る場所は安全かもしれないが、逆にそうなり過ぎるのも問題だ。お前はあの五人に殆どの避難民を押し付けるつもりか?」
「まさか。流石にそんな馬鹿はしないとも」
「なら、この部分は訂正だな。他と混ぜるように、そして彼等五人が近過ぎないような配置をしてくれ」
「ああ、早急に終わらせる」
テントから出ていくレンドの後ろ姿を見つめ、ランタンだけが吊り下がっている天井へと顔を動かし息を吐く。
時間は無い。されど、杜撰な構築をする訳にもいかない。
部隊を壊さない為にも、避難民を無事に離脱させる為にも、彼は頭を回転させ続ける。
目的の場所までは規定の道以外を進めば多少なりとて時間の短縮になるだろう。若者だけであれば別行動という形でもって行かせる事が出来なくもない。
だが、それをしては老年の者達に睨まれるのは必須。だからこそ規定の道を進む事を決めたのだが、しかしそれでは戦士達の負担の方が大きくなるだろう。
僅か一日や二日程度であればまだ皆我慢出来るかもしれないが、それ以上となれば流石に休憩を願い出る者とて現れる。無論それは急いでいる以上却下する他に無い。
その結果として不満が溜まるのは確かだろう。暴動に発展させないように監視をする者には注意を促しておくが、それでも全員が確り抑えられる見込みは薄い。
一番恐ろしい展開は爆発した者達が暴れている内に敵が出て来る事だ。
両方の対処をせねばならず、それをするだけの余裕は今の彼等には存在していない。カリスマの持ち主が居れば話も変わっていたものの、それは望むだけ無駄だ。
己にそれだけの才が無かった事を悔やみながら、彼は懸念される全ての事象を思い起こす。
机に広げた紙に起きうる問題を思いつく限り書き、書きながら対策も練る。一兵士として活動していた時期はこんな事を考える必要性も薄かったが、実際やってみると辛いものだと彼は一人苦笑する。
指揮官の有難みを改めて感じつつ、時間を極力消費しない対策を練り続けるのは苦労ものだ。
その上で王宮の命令なども考慮もしなければならないのだから、ムラトが問題無く動いていた時期に指揮官をしていた者はきっと毎日胃を痛めていたのだろうと思う。
彼も自分の胃を抑え、これが重さかと呟いた。誰かの命を背負う事は警備隊であれば常にあったが、それでも全体の命を左右する程にはなっていない。
なって初めて解ることもある。それを今現在に至り強烈に教えられた。
「ウェッジ。持ってきたぞ」
「早いな、もうか」
夜は深まる。絶望と希望を月に浮かばせ、運命の輪は回転を始めた。




