非――日常
敵の出現時期は具体的に決まっている訳ではないと気付いたのは、俺がムラトについてから一日が経過してからだった。
最初に倒した敵から幾数時間が過ぎ、見張りをしていた者がムラトの残骸から発見した銅鑼で敵襲を知らせる。それに合わせて殆ど全員が出撃すれば、そこに居たのは有象無象の群れだった。
具体的に言えば鳥に似た姿であったり、鰐に似た姿であったりと既存の生物を模した姿だ。強さは元の生物に比べて遥かに上であるが、それでもまったく勝てない筈も無し。
問題なのはその数と、その低級の化外の背後で地響きを鳴らしながら進んでいた巨人だった。
雑魚を狩るのは出来る。しかし巨人となると多少骨が折れるのが実情だ。何名かは臆した様子を見せ、その殆どは学生である。
自分よりも一つ上の年齢の者達が怯えを見せる姿は、俺個人としては情けなく思えてならない。
獅子との戦闘があったからこそそう思えるのだろうが、それでも腰布を巻いて巨大な木の棍棒を持っている一つ目の巨人の速度はどうしようもなく遅かった。
単純なスピード系でも翻弄は可能であり、人と内臓系の位置が同じであるのも以前の戦いで把握しているのでパワーでも押せる。
棍棒自体は命中すれば絶命に繋がるだろうが、一回一回の動作が鈍まであるならば崩す事など容易。寧ろそれは出来なければならない事である。
故に皆が怯えている間に俺や軍の人間達で殲滅していた。
軍人からは驚愕の視線を向けられたが、そんな事など全てどうでも良いと切り捨てて己の有用性を示そうと大物ばかりを狩る。今の自分は舐められる立場に居るのだから、より一層戦わねばならないのだ。
使えぬからと囮にされるような未来など御免である。そうならない為にもと戦い続け、結果的に大物は全て俺が始末する結末となった。
こればかりはオリオンに感謝だろう。
彼が居なければここまでの活躍は出せなかった。全身が軋んでいるものの、短時間で強力な攻撃を行える事を考えれば代償としては小さい。
だが感謝の気持ちを表には出さないつもりだ。それをすればまず確実にアイツは調子に乗る。短い間柄であるが、彼は口調と合わせて解るように上から目線が基本だ。
それが害にならない程度ならば何も文句は無いだろうが、こうして力を貸せる事が解っている以上率直な感想はどんな出来事を生むのかが想像出来ない。
まだ力を貸そうとしてくれるかもしれないし、逆になるかもしれないのである。
故に言葉は要らずに無言を貫くのみ。この戦果は全てオリオンのモノであり、昨日までの全ての賞賛の声は軒並み見当外れな代物に成り下がっていた。
「さて、それでは早急に物事を進めたいと思う」
しかし、その結果として俺は戦力になると認められたのだ。
学生が疲弊していたのは食料不足によるものもあったのだろうが、それ以上に精神的に追い詰められていたから。常時追い詰められている俺のような例外でもない限り、初めての戦場というのはどうしたって戦力外と見做されても致し方ないだろう。
それは俺の目の前で地図を広げているリーダーことウェッジ・バーナーとて同様であり、今現在大きなテントの中に居る人物は殆どをムラト警備隊の者達で占められている。
残っている学生は僅かに五名。その者達も顔色は暗く、唯一普段通りの顔をしているのは最初に俺を案内してくれた女性――アンナ・バートリーただ一人だけだった。
意外にも彼女は小型の化外に対して懸命に戦い続け、認められた者だったのだ。
三年であるからこそ小型は既に経験済みの筈。それを踏まえて自身では困難な大型を軍人に任せ、代わりに道を作る係となっていた。
明るい性格は一見すると天然にも思われるが、彼女は違うのだ。
自分の出来る範囲を確実に熟そうとする者。己の限界を知り、その範疇で必死に戦う人間。彼女とは正にそれであり、だからこそウェッジからも認められたのだろうと思う。
無謀な特攻は戦力を減らすだけだと理解しているからこそ、そういった英雄願望の側面を持つ者を彼は弾くのだ。その観点だと俺も弾かれると思えるが、多分単純に戦闘力が高かったから認められたのだろう。
今は一刻も早くムラトの避難民と一緒にこの場所から退避すること。
どうして一度壊滅させた場所に来ようとしているのかは定かではないが、そんな事は些事だ。
原因究明よりも成さねばならぬ事がある。だからこそ、こうして集まる者達の顔は真剣そのものだ。
「我々の食料はどんなに節約したとしても後三日。救援部隊は未だ来る気配を見せず、故に自分達だけでこの窮地を脱しなければならない。こうして話している間もムラトを壊滅させた化外は近付いているのだ。さっさと決める事を決めて準備に取り掛かろう」
「具体的にはどうするのでしょうか?」
「先ずはだ」
ウェッジが差し示した場所はムラトから三日程掛かる距離にある大要塞都市・ノイタナだ。
街の周囲を対化外用の装甲で覆われ、その防御力は巨人の全力の一撃ですら罅も入らない。此処が避難場所であるのは距離を考えれば誰とて解るので、それについては何も意見を言うことは無いだろう。
「我々が寝ずに全力で走ればノイタナまでは一日で到達する。しかし阿頼耶保持者ではない避難民が居る以上最大で四日は掛かると思ってくれ。そしてその間にも当然敵は来るだろう。――――故に我々がすべきは可能な限り避難民を犠牲にしない防御陣形の構築だ」
「今現在我等警備隊の総数は三十人弱。学生を含めれば百人に上りますが、それでもムラト市民五百人の防御は極めて難しいでしょう」
「ああ。……それに学生は一部を除き中型の化外以上を極度に恐怖する。理由は解らなくもないし致し方無いのだろうが、それでもいい加減少しは覚悟を決めてほしいものだ。此方に到着した直後に加勢した者も居るというのに、情けない」
恐らく副官と思わしき十代後半の青年の声が響き、それにウェッジは答えて嘆く。
到着した直後の部分から露骨に此方に対する視線があったが、今は話し合いの時間だ。下手な探りをするのは馬鹿のすることだろう。
ウェッジの言う事は尤もだ。此処は既に地獄の一丁目。そこに入ったならば、例え嫌でも腹を括るしかない。何も知らないまま突入したのではなく、知っていて突入したのだから尚更だ。
それでも学生は文句を言うのだろう。戦闘経験云々、お前達が頑張らない云々と言葉を纏め、貴族らしく将来性の無いものしか吐き出さないのだ。
それを誰も求めていないというのに。言ったところで直ぐに反論されるというのに。
されど放てば今の状況を改善出来るとばかりに考えている。二回目の襲撃が終わった後の三年の顔を見ればそれは容易く理解出来ることだ。
さて、愚痴ったところで何も変わらない。彼等と同様にならぬ為には俺も考えねばなるまい。
五百人を守る防御というのは確かに今の状況を考えるに難しいだろう。三年が三年であるし、そうでなくとも人数自体も多いとは言えない。最低でも現在の二倍は必要だ、しかも足を引っ張らないということを最前提に置いてである。
戦力は一定ではなく、高低の差が激しい。
純粋な高火力からサポートのような能力を持つ者の存在まで活躍出来る場所も個々で違う。
故にそのままバラつかせて守らせるなんて単純なやり方は出来ないだろう。それをやるよりも複数人でチームを作り、範囲を定めてバランスが良いように割り振る方が良いに決まっている。
広域の技を使える者はある程度人数を減らせるだろうが、逆に使えない者は人数を増やす必要があるだろう。それをどうするのかについても具体的に決めねばなるまい。
「致し方無しか。……総勢百人。個々人の阿頼耶を考えた上でエリアを決めて守るとしよう」
「此処に着いた者達の能力の把握は既に済んでいます。残るは昨日到着した彼のみ。それらを加味し、我々警備隊をリーダー格に据えてチームを構成しましょう」
「そうしてくれ。編成についてはお前に任せ、私は避難民に説明を行う。他の者達も食料などを纏め、何時でも脱出出来るようにしておけ。見張りは敵の襲撃があれば直ぐに銅鑼で報告。戦闘部隊は可能な限り接近を許す前に殲滅せよ」
「了解しました」
戦闘部隊は恐らく警備隊の何名かのチームがそうなのだろう。
ならば俺達の仕事は荷物を纏め、避難民を誘導すること。それだけならばまだ学生でも出来る筈だ。
彼もそう信じて頭を別の者に託し、早急な活動を基本として会議をさっさと終わらせた。迅速に皆が出ていく中で俺達も次にすべき事を成す為に足を動かす。
俺がするのは荷物を纏めるくらいか。まだまだ此方は新顔故に市民へ話すのは難しいだろうし、かといって何もしないというのは有り得ない。
いきなりの大移動に内心緊張が無い訳ではないが、それでも純粋に戦いばかりするよりはマシだ。
あの化け物と対面しなくて済むのならばそれに越したことはない。俺の限界もあるのだ。
「君は何をするの?」
歩いていると突如として隣から声を掛けられる。それがアンナのものであるのは直ぐに解り、荷物を纏める為にとだけ告げて自分が荷物を置いた場所を目指す。
彼女もそれに同行しているのは手伝うつもりなのか、それとも別の理由からか。どちらでも構わないことだと結論を出し、夜の世界を持ってきていたランタンで照らす。
星の光によって地面がある程度見えるとはいえ、それでも遠くは見えない。しかと場所を覚えておかなければ迷うだろう。
俺の荷物は正直そこまで多くはない。装備を持って、大量に持ってきていた保存食を皆に配ればそれだけで軽くなるだろう。――――学生との個人的な繋がりを作る為にも食料をあげるのは有効な筈だ。
懐に忍ばせていた栄養ブロックを食べ、砂糖の甘さに暫し浸る。
残っているブロックの数は二十。腹持ちが良く大きさもそこまででもないこの保存食は個人的に気に入っていて、荷物の方にも同じ物があるくらいだ。
「あ、良いな良いなぁ。私にもそれ頂戴」
「構いませんよ、半分ずつですがよろしいですか?」
「え?本当にくれるの!?」
十個をそのまま渡せば、彼女は目を見開きながらそれを受け取る。
確かに今この場所で素直に食料を渡す者が居るとは思えない。ただでさえ少ない食料を別けているくらいだからな。こういった保存食でも誰もが喜ぶだろう。
久し振りの甘味が嬉しいのか口に一つ運んだ瞬間に頬を緩ませ、手で押さえている。
喜んでくれるならば大変結構だ。他も同様であってくれれば良いなと思いながら、到着した場所に隠していた荷物を引っ張り出す。
残骸に混ぜておいたお陰で誰も気づかなかったらしく、出て来た二つの巨大な麻袋は砂で汚れたままだ。
中身を開けば干し肉やらなんやらと持ってきた状態のままであり、奪われなかったのは素直に安堵した。
「これを今から学生組に渡します。軍の方々にも幾つか渡すつもりですが、大半は学生に渡して今後の関係を良好な形とするつもりです」
「成程……。確かに今なら食料は取引材料になるね。渡す代わりに軍人と共闘してくれって頼めばあっさり陥落しそうな人は一杯いるもの」
「ええ。本当は避難民に渡すつもりでしたが、こうまで今の三年が不安の強い者達ばかりだと何かしらの取引でもしない限り護衛場所から逃げ出しかねません」
「耳が痛い話です……」
肩を落としたアンナを他所に大袋を二つ持つ。
今学生組は皆休憩をしている筈だ。話し合いに積極的に参加せず次の命令を待つあたり、どうやら考える行為すらも放棄しているらしい。
俺と同じ学園の三年も居るが、その姿は酷いものだ。思考放棄がどれだけ愚かなのかは授業でも受けただろうに、それでも彼等は只の一般人が如くに救いが来るのを待ち続けている。
そうしたって誰も助けないと解っているだろうに。自分の力で突破しようと思わぬ限り、最後まで生き残るなんてのは無理な話だ。
そう思っていると、片方の袋を突如として隣のアンナに奪われる。此方に向かって笑みを浮かべている姿からして持ってくれるらしい。
それなりに重いだろうに、こういった部分は他の学生よりも勇ましく映るものだ。……まぁ、俺にとって勇ましい女の筆頭はグラムなのだが。
「二人で別々にしようよ。そっちの方が速く終わる」
「それは無しです。貴方を信用しないとは言いませんが、それでもまだ信用には至ってませんので」
「悲しいなぁ……」
呟きながらも、彼女の笑みは変わらない。
互いに無駄口を叩きながらそのまま歩みを続け、俺達は学生が集まっている場所に行き着いた。




