ムラト
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人数が五十を超えた時にはとんでもなくびっくりしました。それだけ読んでくださる方が居ると思うと、毎日投稿も楽しいものです。これからも書いていく気は満々なのでよろしくお願いします!
大津波がムラトの炎を消していく。
建築物ごと纏めて鎮火させ、平原の一部もこの津波によって大きなクレーターが出来上がった。
足元には強力な地震が発生。更には建物まで殆ど潰れたとなれば、最早ムラトの復興は不可能と呼んでもおかしくない域にまで上ってしまう。
遠目に見た限りでは台の部分はかなりの頑丈性を誇っていたのかそこまでの傷は無い。
破壊されたのは殆どが地表部だけであり、故に修理を行えれば移動だけなら可能だろう。その時間があるのかどうかは定かではないが、住んでいた人物達は更なる修理を求める筈だ。
森から荷物を持ってきて、俺は一人息を吐く。
煙が漸く消え去ったムラト周辺は酷い有様で、正に戦場の形を表していた。
無数に広がる人と化外の死体。人の死体はその過半数が兵士のものであり、しかし中には一般人と思わしき私服の人間の姿もあった。
どうして外に出たのかは解らないが、恐らくその人物なりに大事な何かがあったのだろう。
状態を確認する者達もちらほらと現れ始めているものの、その表情は暗い。
心なしか頬も痩せこけているように見える。ムラトが壊滅した報道したからまだ一月も経過していない筈だが、それほどに食料状況は悪いのだろうか。
確かに化外の攻勢は苛烈で、あそこに居る人員でも抑え切れてはいなかった。最初から全てを無傷で終わらせるのは不可能だろうが、しかしここまでの被害を受けている以上彼等の自信もかなり低下しているのだろう。士気が圧倒的に低いのならば、敵が雑魚でも数である程度押せてしまうもの。
それを前の戦いで逆の結果を出したからこそ、俺はよく知っている。
状態はかなり悪い。俺の持ってきた食料だけでも兵士に渡しておきたいところだが、それを渡して直ぐに何かが改善されるとも思えないのが悲しいな。
必要なのは全体の意識を根本から変える事だが、支援も難しい状況ではそれは無理か。
「あのー、良いですか?」
どうするべきか、と思案している俺の横から声を掛けられる。
そういえばもう一人居るのだったと思い出し、彼女の方へと顔を向けた。かなり困惑した表情をしているが、それでも生き残れた事実に喜んでいるのを目で捉える事が解る。
彼女なりに隠そうとしているのだろうが、正直言って解り易過ぎるのだ。これでは交渉事では全然当てにならないだろうなと結論付け、彼女の言葉に返そうと口を開く。
「ああ、済まない。何だ」
「先程は助けてくださり有難う御座いました。お陰で何とか今日も生きていられます」
「気にするな、それほど苦労する相手でも無かったしな。――そういえば自己紹介がまだだったか。俺はグランスミス学園二年のノース・テキスだ」
「ヴェッ!?……二年生なんですか?三年生でなく?」
「そうだが……ああそうか。学生が出向くのは今まで三年だけだったな」
俺はまた別枠だが、確かに二年が今此処に居るのは本来おかしい筈だ。
彼女の疑問は尤もで、故にその理由は隠さずに伝えておく。二年は恐らく俺だけしか来ないだろう。
強制徴兵の話を聞いた彼女は顔を暗くさせている。どう受け取ったのかは不明だが、俺としては何も不満が無いのだから暗くなられても迷惑なだけだ。
「早速で悪いが、此処を纏めている者と会いたい。案内してくれないか」
「……はい!こっちです」
気持ちを切り替えて、という風に彼女は努めて明るい声で応える。
それを聞くに彼女としてもやはり今回の学生が出動する事態は歓迎していないのだろう。まぁ。それは殆どの学生が言えることではあるか。
グランスミス学園以外にも生徒を呼んでいたのは最初から想定していた。というよりもそうでなければ今頃は此方側の登校人数は明らかに減少していただろう。
人数がどれだけなのかは不明だが、足りない分を補えるくらいには揃えている筈だ。正直な話、質が良い者達が集まれば敵の本体を除いて此処は大丈夫だろう。
現れた化外の種類もそこまで高いものではない。俺が一撃で狩れた時点で強くは無い筈だ。
俺と同等、或いはそれよりも少し上であれば余裕で狩り尽くす事も出来るだろう。
それ故に先程の彼女の様子には疑問しか残らない。
三年になれば否が応でも実戦を経験する。
これは他のどの学園でも一緒だ。卒業すれば成績に合わせて兵としてのランクが別になるが、それでも最初の段階から化外が居る場所へと飛ばされる。だからこそ経験を磨いて一人でも立ち回れるよう学園でその場所を用意し、皆は研鑽を積むのだ。
つまり全員が化外との戦闘経験を積んでいなければおかしく、飛竜ならば少し手古摺る程度でしかない。
複数体に襲われても最悪阿頼耶を完全発動させれば良いだけだ。そこまで考えれば、尚更に彼女の苦戦している様子は異常だった。
彼女の腰にぶら下げている武器を見る。
種別は剣。やはりこれが一般的なのか、彼女も俺と変わらない剣士系。
それを抜いて戦っていたのは確かに見ていたが、どうにも空中へと攻撃を届かせる手段が解らないようでいた。そんなもの接近して一刀両断する他無いだろうに、彼女は回避を重視していたのだ。
「状況はどうなっている。まだ此方に来たばかりで把握が済んでいない」
「はい。新聞にも情報は流れているかと思いますが、現在ムラトは散発的に敵に襲われています。出現した化外は最大で大型。警備兵だけでは全滅は難しく、現在は私達が主力となって対処中です」
「食料はやはりまだまだ乏しいか?」
「そうですね。どうしても避難している人数が多いですので、今現在は一日一食を全体に定めています。それ故に士気自体も低く、つい昨日には暴動が起こりかけていました」
「絵に描いたような絶望だな。想定通りと言えば想定通りだが」
彼女の事は一先ず置いておき、ムラト全体の状況把握に意識を変える。
彼女から齎された話だけで状況を纏めるとするなら、食糧難によって正常な思考を削がれた避難民を守りながら増援が来るのを待っている形か。
食糧難については獅子の時にも対応したが、今度は相手が一般人だ。軍人のように我慢強い訳でもないし、何をしようとも今という状況の所為で仕様が無いと言われてしまう。
止めるには物理的な手段しかないが、それをしては逆に彼等の敵視を受けるだけ。そんな者達を守りながらムラトを含めて防衛するなど難しく、そこに追加される形で本体が近付いているという情報だ。
先ずすべきは安全圏への一般人の完全な撤退だろうが、それをするには体力が心配になる。
俺達であればまだ耐えられるだろう。そういう訓練もしていたのだから。しかし、一般人の中には子供も老人も含まれている。
そんな者達がずっと歩き続ける事など出来る筈も無く、近くを歩いた程度で体力は限界になるだろう。
ならば増援が来るのを待つしかないと考えるのは正しい。正しいが、しかしそれでは本体と激突する事になってしまう。
オリオンの可能性が当たっているのだとしたら、獅子戦時でのあの出力でも敵は止められない。
つまり学生組は軒並み全滅するのだ。何も出来ずにそのまま潰されるしかないのである。かといって軍人ならば大丈夫かというとそうではない。
英雄組こそが希望の光になるだろう。あの水も英雄候補の誰かによるものであれば、まだ勝機の一つくらいは眠っている筈。
ムラト外周を回るように進んだ俺の視界に入ったのは少数の大きなテントだ。
避難民は別の場所に居て、今此方に居るのは軍の人間や学生だけなのだろう。疲弊した顔を隠しもせずにテント内へと戻っていく彼等を見て、今の状況は限りなく末期に近いのだと確信させられた。
近付くだけでも負の気配みたいなものを感じる。生者が絶対に近づいてはならないと叫び声を上げそうなそのテントは、非常に簡素な作りをしていた。
ムラトの残骸から構築されたのだろう。布切れと棒状の何かを組み合わせたような粗末な作りのそれに近付くにつれて此方を見ている者の数が次第に増えていく。
どの顔も痩せているが、まだ生気はある。生き残らんとする餓狼の意思を感じ取り、唾を飲み込んで顔に力を入れた。
「隊長!一人だけだけど学生の増員だよ。紹介する時間ある?」
一番大きなテントの幕を開き、彼女が顔だけを突っ込む。
声の調子からして恐らく隊長とは親しい仲なのだろう。随分と若い声で入れという言葉が聞こえ、彼女が笑顔で入室を促す。
首を縦に振ることで感謝を伝えて内部に入れば、まず最初に多数の人間の視線が突き刺さってきた。
学生や軍の人間と入り乱れているが、どれも死線を潜り抜けてきた者特有の鋭さを持っている。
温さとは無縁の世界だ。これこそが正に戦場だと無言で示され、俺の背筋は自然と直線になった。
「本日此方に派遣されました、ノース・テキスと申します。グランスミス学園の二年です」
「よく来てくれた。私が此処の隊長を任されているウェッジ・バーナーだ」
俺の発言に答えたのは中央に居た男性。学生組などが居る中で唯一年齢が高そうに見えるが、それでも二十代の後半といった印象を覚える。
背に二振りの剣があり、灰で煤けた銀の鎧を纏いながらも立ち上がった動作は非常にスムーズだ。短く刈り上げた黒髪と巌の如き相貌からは厳しさしか伺えないが、口調は若干柔らかい。
恐らく顔と同じイメージではないのだろう。周囲も特に邪魔をしない辺り、少なくとも人望が無い訳ではないらしい。
問題なのは、俺の二年というワードに明らかに周囲の目が厳しくなったことだ。
二年で戦場に出るのは稀、というか殆ど無い。やはり危険性を十分に教え込んでおらず、未だ己の阿頼耶に慢心している時期だからだろう。
皆の目が厳しくなるのは当然だ。俺とて同じ反応を示すだろう。
「状況はある程度彼女に聞きました。――それで、最大の問題に対する策は何か決めておりますか?」
「例の化外についてだな。決めてある、というよりはそうするしか他に無いと言った方が正しいかもしれん。……我々は此処を放棄し、最寄りの街であるサイディアルに向かうつもりだ」
「その事について市民達からは賛同を?」
「無論だ。最早ムラトを復興させる事は不可能に近い。今回の被害を見て感じただろうが、魔力式動力炉や建物の再建には何十年単位の時間が必要となる。今直ぐどうにかならないのならば、別の場所で新たに建造した方が良いだろうという結論に達した。当初の段階ではそうはならなかったんだがな……」
「成程、大体は把握致しました」
散発的に襲われ、最終的に放棄へと路線は変わった訳か。
それで全員が納得しているのならば特に口を挟むつもりはない。現実的な部分についても思考が出来ているなら、まだまだ此処は保ってくれるだろう。
一先ずは挨拶だけとなり、俺は部屋を出る。
目標は全員の離脱。
しかしそうするには問題が山積みであると。数日後には敵本体が接近してくるのに何も準備が出来ていない辺り、やはり彼等の現状はかなり切迫していると見て間違いなさそうだ。
迂闊に全員を連れ出そうとすれば、そうする前に敵の襲撃に合う。であれば全滅した直後の脱出を狙い、後は死ぬ気で防衛しながら守るしかあるまい。
それで大丈夫とは絶対に言えない。単に頭の中に過った事をそのまま文面に直しただけである。
「よっし、これで今日から君も我がメンバーだ。盛大に歓迎するぞう後輩君!!」
「そういえば先輩でしたな。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します」
「固い!?素晴らしいまでに堅物さんだよこの人!少しくらい柔らかさを頂戴な!!」
「申し訳無い。そういった部分に関しては苦手でして……」
初対面なのにこうも絡んでくるのは別の意味で尊敬するな。
やはり自分より下の者が出て来たのが嬉しいのだろうか。肩組みをしながら笑顔で語る彼女は学園のどの女性とも違っていて、新鮮味を感じて仕方ない。
明るい顔はそれだけで活力を与え、自然と笑顔にさせてくる。それに引かれてか、彼女の笑顔を目撃した者達はよく笑みを見せていた。
それだけで彼女の役割が解ったような気がして、俺もつい微笑む。
普段は絶対に自分から崩そうとは思わないが、今回だけはそうしなければならないと俺の中の何かが訴え続けていたのだ。
彼女は俺の顔を見て、何故か驚いた顔を浮かべる。
何かおかしかっただろうかと首を傾げれば、心なしか彼女の頬は赤身を増していた。
そのまま逃げるように去り、一人取り残される。一体全体どうしたのだろうかと思いながら、俺は持ってきていた保存食の一つを懐から取り出した。




