無能者共
「これで、互いにとって多少なりとて納得のいく結論はついたか」
馬車が現れ、荷物を押し込み、漸く出る時間になった頃。
人目に付き難い場所で話に話を重ねた結論は、俺達の中では妥協に妥協を重ねたものとなった。
皆の顔が苦々しいのは当然だろう。今回の話し合いが行き着いた先は正直俺としても満足のいくものではなく、一つ頷けるとするならば彼等が戦闘に参加しない確率を可能な限り上げたことだけだ。
皆の提案は一つ。戦闘する事が確定ならば、生命を最重要視すること。
勝利しなければならないのは勿論ではあるが、さりとて命を軽視した戦いは論外。他の者達と最大限協力をした上での勝利を目指すのが彼等なりの最大限の譲歩だ。
それが守られないのであれば彼等も無理矢理にでも出る事を掲げ、俺は素直にそれを飲み込まねばならない。しかし同時に、俺はそれを飲む事で彼等を学園に縛り付ける事が出来るようになった。
「解っているとは思うけど、約束を破ったら生きて帰ったとしても言う事を聞いてもらうからね」
「解っている。だが、そちらも俺が守っている内は学園の外に出ようとするなよ」
戦場に出ればバレる事は無いだろうというのは馬鹿の考える事だ。
ムラトの状況は時間が遅れているとはいえ、逐一新聞として報道されている。そこで目立つような真似をすれば記事に載るのは当然で、そこから彼女達に知らされるだろう。
戦場の人間達と戦い打倒したのならば彼等的には良し。俺が一人突き進むのならば駄目だ。そうなった時には彼等は俺を戦いに出す事を迷うようになるだろう。
サウスラーナが本当にそうするのかとも思う。彼女は英雄を求めているが故に戦場に引き摺り出そうとする筈だが、今回に限ってはそうなっていない。
一体如何なる心境の変化があったのかは不明だが、それでも俺にとって良い方向に傾いたのは喜ぶべきだろう。俺とて戦わなくて良いのならば戦いたくないのだ。
そういった意味では約束を破ったとしても特に問題にはならないのか。
まぁ、そうなれば待っているのは彼女との結婚だ。まだまだ早いとはいえ、それでも法に当て嵌めれば出来ない訳ではない。やろうと思えば出来てしまうのだから、中々に歪んでいるだろう。
本当にそうなるかは置いておき、だが考える必要は出てきてしまう。これは本当に連携を意識した方が良いな。
最後の荷物を馬車に乗せ、俺も乗り込む。
戦場に向かう故に馬車の性能はそれほど高くはない。壊れやすい見た目をしているのはやはり無事な姿のまま帰ってこれると考えていないからだろう。
別にそれは構わない。俺とて同じ馬車に乗って帰れるとも考えていないからな。帰りの分は別になるだろう。
皆からの心配げな眼差しを受け、しかし何も言わずに行者であるザイディに指示を下す。
話すべき事は全て話した。最早これ以上は時間の無駄に繋がり、到着までが遅くなってしまう。
歩き出した馬に合わせて馬車も揺れ、皆の姿も徐々に消えていく。最後まで笑顔を見せなかった彼等に苦笑いをし、荷物の中から手紙を引っ張り出した。
目的地までは大分時間が残されている。相手の距離は最初に聞いた限りでは五日間程の所らしいので、俺達の学園よりも離れた位置に存在しているのだろう。
何処を通っているのかは不明。されど、何処を通ったとしても話を聞いた者達が少しでも防衛線を築いてくれている筈だ。ムラトに辿り着く前に止められるならそうした方が良いに決まっている。
それでも恐らく止まりはしないのだろう。敵があまりにも強大であるのは既にオリオンに聞いた。
撤退させる事に成功させた人物は余程英雄に近かった者に違いない。もしくは能力を上手い具合に使ったと見るのが妥当だろう。
敵も馬鹿であるとは考えない方が良い。獅子の時もそうだが、最悪阿頼耶に似た何かを持っているかもしれない。
或いは、獅子の領域にまで辿り着けば皆が阿頼耶擬きを保有している可能性がある。
それはどんな話よりも暗いものだ。少し未来を考えただけでも陰鬱になりそうなもので、野放しにしていれば人の生活圏は丸ごと火の海になりかねない。
「別れたばかりだというのに、早速考え事かね?」
「……時間は待ってはくれません。別れの感傷よりも生を目指す道を模索する方が余程前向きでしょう?」
「それはそうだが、もう少しは彼等の気持ちを汲んでは良いのではないかね。涙を我慢していた子も居たのだ。そんな大事な者達にさえ、君は意識を配らないと?」
「――仰る意味が、あまりよく解りません」
突然の詰問めいた雑談に、思考が混乱する。
この人物は一体何を考えて発言したのだろうか。彼等の気持ちは相応に理解しているし、決して蔑ろにしようと思っている訳でもない。時間さえ整えば十分に応えてあげようとも考えている。
だが今は自分だ。自分なのだ。生と死の狭間に居るのは俺やムラトに居る人のみ。
他の者達は学園で鍛錬を続ける筈だ。そうなるようにしたし、そうならなければおかしい。
よって、態々考える必要性も薄い。言葉にしたが、感傷的になっている暇はまったくもって無いのだ。
危険なのは俺やムラトの人間だ。そちらに意識を向ける事なの何がおかしいのだろう。
そう思い問い掛けるも、返って来たのは何でもないという一言のみ。
真意はまるで読めず、馬車内は気まずい空気の中に突入していった。
――――――――――
予定通り。想定の範囲内。全ては定められた枠の中で、当然の如く回り続ける。
少女の笑い声が響く。怨嗟も恨みも全てを内包し、狂気へと浸った笑い声が。
繋がっているサウスラーナの脳裏にもそれは流れ続け、浮かび上がる汗は冷たさを含んでいる。
そら当たっただろう?
そらこうなっただろう?
お前が何をどう足掻いたとしても、全ては当初の予定通りに動くだけだ。
少女の告げる一言一言がナイフの如く突き刺さる。勿論それは幻覚の類だが、それでもサウスラーナの足は崩れた。
突然の事態にグランが彼女を支えるが、足に力が入っていない所為でまともに姿勢を維持出来ない。
瞳は何処かを見ていて何処も見ておらず、反射の如く全身は震えるだけ。明らかに尋常ではない様子に皆も異常性を察し、男三人でサウスラーナを抱えて医務室へと突入した。
「どうしたお前ら」
息を切らせて突撃するかのように入って来た者達に医師であるアークは目を丸くする。
そして明らかな異常を見せるサウスラーナを見た瞬間に意識を切り替え、ベッドへと運ばせた。脈を測り、胸の中心を触り、眼球を覗き込む。
結果出てきた内容はストレスによる気絶。今の彼女には落ち着くだけの時間が必要であり、静かな空間の中で安静にさせなければならない。
備え付けの白いベッドに毛布を掛け、太陽の光を遮る為にカーテンを引く。
姿が見られないようにパーテーションも三枚程展開し、医師は紅茶を人数分入れた。
出された飲み物には直ぐに手を出さず、皆の視線はサウスラーナただ一人。ライノールの溜息を吐く音だけが、嫌に大きく響いていた。
「取り敢えず考えられる理由があるなら話してくれ。何も解らなきゃ手は打てない」
「それはその――」
「良いだろうぜ。もう隠し事をする必要が無いのはお前だって解ってるだろ。今じゃ解っていない方が間抜け呼ばわりされるくらいだ」
迷いを見せたグランにライノールは問題など無いと断ずる。
ムラトの一件など既に周知の事実。あの一幕の所為で彼があそこに行った事も既にクラスには広まっている筈だ。そしてそうなれば、今度は学園全体にまで話は広がるだろう。
人の伝達速度は手紙よりも案外速いものである。流石に光と並ぶような伝達速度では追い付けないだろうが、一日二日必要であるならば話で伝えた方が速い。
であるならば、今日一日は彼の話題で騒ぐことになるだろう。故に隠す必要も無く、教師もまた隠すような真似をしようとも思わない筈だ。
その発言に押され、グランは説明をしていく。
彼が今最も危険な地帯であるムラトに向かったこと。更にはその場所に向かってきているムラトを壊滅させた者と戦おうとしていること。止めようとしたが、強制徴兵によって止められなかったこと。
途中から半分泣きが入ってしまったが、それでも確かにアークは聞いた。
聞いて、拳を机に振り落とした。
「――ッチ、またアイツは」
明確な苛立ちを浮かべるアーク。それもそのはず、彼の治療の全てを引き受けているのは現状アークだ。
彼の身体がどうなっているのかなど解っているし、とてもではないが戦闘に出して良い存在ではないと彼は自信を持って断言出来る。
肉体の寿命を生贄に捧げた超強化。それはやってはならぬ事である。
己の器の範疇に留めておくのが基本であり、されど彼はそれを最初からしていない。常時ストッパーが破壊されているようなものだ。
肉体的にも精神的にも、彼が抑えようと思う何もかもが存在していない。
獅子との戦いでもそうだ。まったく抑えが存在せず、肉体の損傷個所が阿頼耶によって強制的に修復されている。塞ぐべき部分も驚異的な細胞分裂により完全に無くなり、通常の手段では余程強力な攻撃を受けない限り彼の身体は完全崩壊を起こさないだろう。
しかし、回復速度が向上したというのは一概に良いことばかりではない。
「アイツめ。無理をするなとあんなに言ったのに、早速無視しやがったな」
口が悪くなるのも致し方無し。それだけ彼は今怒っている。
回復が速いということは、それはつまり身体が常に危険信号を鳴らしているということ。阿頼耶でなければ早々起こり得ない事であるが、身体が様々な土地に適応するようにこの現象は起こり続けている。
酷使した肉体を碌に休まずに鍛錬で使用し、戦闘の際も回復によって身体が動けているのを自分は健常だと勘違いして武器を振り回している。
本当はその度に筋肉断裂も起こしている筈だ。しかしそれを彼に悟らせない程に回復は早くなってしまっている。
このままでは危険だ。何が原因になるかは解らずとも、放置をすれば回復の上限が早めに来る。
人間は無限の回復力を持っている訳ではない。歳を重ねれば体力も低下するし、自己治癒力も減少していく。それを早い段階で彼が迎えかねないのだ。
「……何かあるんですな?我々の知らない彼について」
アークの様子が尋常ではないのは誰がどう見たとしても明らか。
しかし、その中から彼に関する重要な情報を知っていると睨んだのはウィンターのみ。思わず息を止めたアークの姿に、誰もが言い知れぬ悪寒に襲われる。
彼が怪我をすれば大抵は此処に運ばれる。それは誰であれ知っていることであり、故に彼の身体を一番よく理解しているのはアークだ。
教えろと目で尋ねる四人に、されどそれはと医師は口籠る。
しかし、サウスラーナを安定化させるには彼の力は必須。このままでは彼女が起き上がったとしても似たような出来事が再度起こるだけだろう。
ならばいっそ、全てを話して彼を一度実家に帰すよう仕組んでもらう方が良いのかもしれない。
人としては酷い話だろうが、医師としては今の彼を戦わせるのは断固反対だ。もしもそれを強行するというのならば、流石の医師も常日頃の業務に現を抜かしている場合ではなくなる。
故に、最早隠し事は無しだと重々しく口を開いた。
それがどのような結果を生むとしても、最悪だけはそれで回避されると信じて。彼の行動全てに制限を掛けられようとも、生きてさえいれば今ある寿命を本当の意味で貴族らしく過ごす事が出来る。
仲間との別離も長くなるだろう。英雄になる事を捨てるだけで、彼には様々な可能性があるのだ。
あの常に冷静な思考は交渉官として役立てるだろうし、鍛えた身体は健康面においてはおよそ最高だ。無理をしない範囲で阿頼耶を使用すれば、生きていけるだけの何かを獲得するのも夢ではない。
そうだとも、決して悪い方面に傾く筈が無いのだ。
信じて、僅かばかりの罪悪感から目を背く。こうしなければならぬと断じたからこそ、再度自分で止める前に全てを終わらせる。
後で彼には殴られるだろう。どうして黙っていたのだと目前の者達には言われるだろう。
しかしそれで一人の命が救われるのならば、自分が罵倒されようとも進むのだ。――――――そう信じた男を他所に、サウスラーナの内部に巣食う少女は嗤い続ける。
夢の中でくるくると。舞踏をするが如く、ただ一人だけの世界で回り続ける。
周囲に浮かぶ楽器は壊れ果て、観客は一人と存在しない。少女のドレスはあちらこちらが裂け、髪についていた装飾品は全て何の役目も持たない金属の塊となっている。
全てはもうじき終わる。そう確信して、少女はその時を絶望に染まった目で踊り続けるのだ。




