親しき者よ
俺が街に向かったのをどうやって察知したのか、学園の入り口には常と変わらぬ者達が居た。
誰も彼もが悲嘆に暮れたような顔をしていて、今回の一件がどれだけ彼等の心を揺さぶってしまったのかを改めて痛感させられる。
今の俺を客観的に見ればなんだろう。命令されたから仕方なく従った生徒?行く口実が出来たが故に喜々として向かおうとする生徒?――どちらにせよ、そんな評価ではもう何も止まらない。
行かなければならなくなったのだ。強制徴兵は絶対で、逆らえば英雄になるなどと妄言を放つ余裕も無い。
彼等はまだその事を知らないだろう。
学園長も現在は忙しそうにしているだろうし、俺から直接聞いた方が早いと考えているに決まっている。
阿頼耶を発動しての移動は早過ぎて距離を測り間違えそうになるが、それでも学園入口まで無事に着地出来た。
障害物を軒並み越えて行くのは流石に手間ではあったものの、お陰で時間はまだある。
少なくとも馬車が来ていないのであれば話をする程度の余裕はまだ残っているだろう。これが最後の会話になるなどと思いたくないが、それでも言葉だけは気を付けなければなるまい。
生きて帰れなければ、それが俺の遺言になってしまうのだから。
「……どうした、ととぼけるのは止めておこう」
「そうね。私達も現状を正確に理解している訳じゃないけど、それでも貴方が苦境に立たされているのは解るつもりよ。学園長室で何を言われたの」
一歩前に出たのはサウスラーナだった。
彼女は他よりも厳しい眼差しで問い掛け、その発言に嘘を含ませるなと言葉に出さずとも告げている。
嘘を言えば彼女は見抜くのだろうか。俺の真意すら見抜けていないようなのに。
少しばかり悪心が芽生えるが、ここは素直に理由を話すのが吉だ。彼女を怒らせても此方には何のメリットもありはしない。
「強制徴兵だ。恐らくナグモの一件が影響したのだろう」
「なんてこと……」
「幸いお前達はまだ呼ばれていない。だから、何もせずに学園に残っててくれ」
向かうは地獄。そんな場所まで態々来るな。
確率の低い戦いに参加する必要は無い。無駄な犠牲者を生み出すだけだ。それでも彼女達は納得しないのだろうが、この一線を越えさてやる訳にはいかないのである。
超えればもうどうなるかも解らない。俺はまだオリオンが居るだけマシかもしれないが、彼女達には力を貸してくれる別の存在が居ないのだ。
阿頼耶だって限界を超えた力を引き出せば寿命を削る。そんな真似をするのは俺だけで良い。
合理的だが、彼女達は来たところで無駄でしかない。行くならばやはり俺なのだ。
強制的に話を打ち切るように告げる。だが、そんな単純にはいかないだろう。阿頼耶保持者は総じて我が強い側面を持っている。
仲間意識が強ければ、その我によって引き留めようとする者も出るだろう。
「待ってくれ」
――ほら、こんな風に。
解り切っていた言葉を聞き、緩やかに顔をライノールに向ける。
苦し気な顔は己の無力を嘆いているからなのか。それとも怒りを無理矢理飲み込んでいるからなのか。
俺は彼の今の気持ちを察する事が出来る。自分がどれだけ無力で、だけども納得出来てしまうのかを。
彼の得意な分野は速度だ。攻撃性は低く、それ故に弱点を狙った多重攻撃こそを基本の形としている。
それ故に装甲の厚い相手は苦手とし、今回のような怪物相手であれば殆ど活躍の芽は無いだろう。居たとしても、やれるのは攪乱くらいなものだ。
一度でも食らえば即死を免れない現状においてそれは危険過ぎる。だからこそ、彼は苦しいのだ。
俺だって自分の仲間が死地に向かうと聞けば居ても立ってもいられない。走り、殴り飛ばしてでも阻止しようと思うだろう。
気持ち自体は一緒だ。だからこそ、言葉もまた短くなるだろう。
「これはお前の想定通りなのか?」
「否。今回は些かに予想外な事が起こっただけだ。決してこれを狙っていた訳ではない」
面と顔を向け合い、真実であると断ずる。
強制徴兵を予想するなど元々からして無理な話だ。例えグラムが裏で動いていようと知っていても、そうなるとまでは考えていなかった。
これはかなり強引な手段だ。味方を敵に変えるような方法であり、下手をしなくとも実家との対立は免れないだろう。既に手紙によって実家にはこの事実は伝えられているだろうし、そうなればあの父がどのように動くのかなど想像出来ない。
英雄として俺が戦場に向かうのを良しとするか。はたまた親として可能な限り逃がそうと思うのか。
あの人の心境を今の俺は解らないのだ。どう出るか解らない以上予測は立てない方が良い。
納得はせずとも、ライノールは下がった。
事が王宮絡みである時点で男爵である彼もウィンターも、ましてや平民であるグランですらも何も出来ない。志願する事は出来るだろうが、今の学園がそれを素直に受理するとも思えないだろう。
今回の王宮の一件は実に学園長の怒りの線に触れたようだ。似たような真似をするようであれば、あの人の権力を全て使ってでも握り潰そうとするだろう。
「……私達も参ります」
全員が沈黙する中、唯一ナギサが力強く宣言した。
皆が考え、されど敵の脅威を思えば言えない事を、彼女は今この場において放ったのだ。それがどういう結末に至るのかも解った上で、それでも俺という別人を守ろうとしていた。
――――そんなことが許されて良い筈が無い。
彼女には未来がある。目指すべき場所もきっとある。態々死地に向かわずとも、彼女は公爵家の当主になることだって可能だ。
それは明るい、今の俺には見れない未来である。羨望を覚えてしまうくらい、希望に溢れた価値のある将来なのだ。
それを此処で終わらせる訳にはいかない。何がなんでも、それが出血を伴うものだとしても止めさせる。
握るつもりの無かった拳を固めて一歩を出す。彼女は此方を睨むが、その瞳に僅かな怯えが混ざった。
ほら、この程度で怖がってしまう。この程度で迷いが生まれてしまう。
納得させたいのならば強さを見せるべきだ。それが足りない内は、素直に鍛錬をしていた方がずっと良い。
更に一歩を踏み出す。
俺の真意に気付いた者達はまさかといった顔を作るが、それは俺の台詞だ。まさか言葉だけで全てが解決されると思ったのか?
互いに退く気が無いのならば、やるのは一つしかあるまい。実力差は勘違いのお陰で勝手に理解してくれるのだから、普通に考えれば迷わず退く事を選択するだろう。
しかし、それでも変わらないのが彼女達だ。俺がそうする事を決めたように、彼女達もそうする事をまず選ぶ。実力差だとかを基準に考える者は、友情の前には誰も居ない。
それが嬉しいと素直に口に出せないのは、やはり偽りの己を演じている所為か。もっと本来の俺に近付けた方が良かったのではないかとも考え、しかしそれではボロが出るだろうとも考えている。
最初に前に出たのは、勇敢にもグランだった。
ナギサを庇うように出てきた姿は普段とはまるで違う騎士らしさを感じさせる。足が震えている事に目を瞑れば、さながら演劇の一場面として映えていただろう。
ならばやるか。
新たな芽を調べる良い機会だと内心で笑い、構えを取ろうとする。だがその前に肩に手を置かれた。
優しく、されど動きを制するそれは教師のものであるのは言うまでも無い。
何故だと言うつもりはなかった。教師ならばそうするだろうと半ば確信していて、されど彼女達が止まらないようであれば攻撃を開始すると言葉では示さず戦意で示す。
頷く気配を背後で感じ、彼は肩から手を離す。前に出た際に見た顔は、落ち着いた大人の顔だった。
――――――――
直感で理解した――あの人は英雄になるべくして生まれたのだと。
直視して痛感させられた――あの人に向かってどれだけ手を伸ばしても届かないのだと。
今話して、漸く彼の思考を読み取れた――あの人は前進だけを選ぶ人間なのだと。
前に出た青年。細長い身体を持つグランは、目前の相手の放つ圧に膝を付きそうになる。
浮かべる顔は辛さを滲ませたもの。常に当てられ続けられる戦意の暴力は、例え戦闘中で無かろうとも彼の精神に多大なダメージを刻み続ける。
立っているだけでこれだ。もしも本格的に攻撃を開始すれば、グランでは十秒も持たないだろう。
摸擬戦では初対面故に戦闘が長引いたが、最早訓練を続けた二人の間に解らない技は無い。グランにとってすれば、それは明確な負けを意味していた。
確実に正面から相手は来るだろう。これは付いて来ようとする者達を止める戦いなのだから。
姑息な手など一切使わず、正面から攻撃を崩す。王道を行く英雄としては潔い選択であり、それはノース本人が最も力を発揮出来る方法だ。
そして怯えを見せたナギサを庇うグランには、それに応じるより他に無い。
今はグランだけに意識が集中しているが、メンバーの誰かが戦闘の意思を示せば確実に攻撃は飛んでくる。その際に明確に防げるだろうとグランが思えるのはウィンターとサウスラーナのみ。
他は一撃で骨ごと心を折られるだろう。
自分達が悲しむ事を知っていながら、それでもなお潰して前を行く。彼はそういう人間なのだとグランは理解して、目に初めて怒りを灯す。
友人達が必死な理由は至極解り易い。一般的にそうなるのは当然であり、法の事さえ考えなければ止めるのは自然な流れだ。
互いに譲れないからこそ激突し、妥協点を出す。それが話し合いの結末としての典型の一つだろう。
だが彼は最初からそれを放棄しているのだ。
話し合いもせず、自身を省みる事もせず、ただただ相手の事だけを考える。
自己犠牲精神のようなもの。それはある意味美徳として映るものなのかもしれないが、グランからしてみれば唾棄すべきものである。
仲間を守って自分が死ぬ。世間には愛に溢れた美談として広まり、評価は鰻登りとなる。
だがそこに、実際に守られた者達の想いが無い。泣き叫びたい絶望の想いが、まったく無いのだ。
彼は生き残るかもしれない。しかし、現状において死ぬ確率の方が遥かに高い。
敵戦力すら明確ではないのだ。そんな場所に向かえば、果たしてどうなるのかなど想像も出来ない。
強制徴兵になってしまった以上避けられなくとも、足掻く姿くらいは見せてほしい。
それこそがグランの本音。命は大事に持つべきものであるから、それを自分から捨てに行くような真似など許容出来ない。
双方共に命を一番として掲げている。だがそこに至るまでの過程が違うのだ。
そこに本来とは違う彼の性格が歪みを生み、結果として摩擦を引き起こした。
止めるには最早激突は必至。そして一度ぶつかってしまえば、もう元には戻らないだろう。
仲が良かったあの日々も消え去るのだ。それは断固として、グランが認めない事である。
しかし、激突が開始される直前になって前に出た者が居る。一年の実技担当であるザイディと名乗った男は、先ずはと呟いてグラン達を指さした。
「頭を冷やしたまえ。君達の言いたい事は理解しているが、だからといって解決への道を暴力で染めるのはよろしくないだろう。それはノース君もだ。安易に踏み潰して良いと本気で思っているのかね」
「事態が事態だ。致し方あるまい」
「そんな言葉は使うな。致し方無いと言って切ってしまえるほど、友情や愛情は些細なものではない。それは将来どんな利益を与えてくれるのかも解らないが、少なくとも昔話に花を咲かせて酒を飲み合うことは出来る」
優しく、ただ優しく。
この場の全てを親愛によって包み込むように、ザイディは言葉を紡ぐ。
それは全員の胸に奇妙な安心感を抱かせた。さながら幼き日に父に抱き上げられたような、そんな気分を去来させたのだ。武器など不要と言外に告げる彼の姿に、全員が戦意を失う。
その姿を見て、ザイディは緩く笑みを浮かべながら首を縦に振った。
慈愛の篭った笑みは生徒に向けるものではなく、自分の子供に向けるような愛に溢れている。
「ここは私が間に立ち、互いにとって納得の出来る形をとろう。最早彼があの戦場に向かわねばならないのは決まっているのだから、悔いなど残さない決着を付けるべきだ」
それは真実、今この場において必要な事だった。
友人同士であるからこそ。共に戦った経緯を持つからこそ。少なくとも避けられぬ出来事に対して騒ぐのではなく、最後に笑えるような結末にしようではないか。
その提案に皆は納得の形を示す。元より、激突などどちらも望んではいないのだ。
丸く収まるのならばそれで良し。今回はノースが最初に手を出してしまったのが要因だろう。
全員が土の上に座り、面と向かって意見をぶつけ合う。
殴り合いに発展しそうになればザイディが止め――――その騒ぎは馬車がやって来るまで続くのだった。




