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いざ地獄へ

「強制徴兵の知らせが……貴方に届きました」


 授業を終え、さてどうするかと考えていた今日。

 突然の学園長からの呼び出しに困惑すれば、言われた内容は俺にとって非常に好都合なものだった。

 強制徴兵とは中々に古い制度ではあるが、今まで使われていなかっただけで法の中では十分に生きている。内容は簡単だ。

 国が必要と判断した場合に限り、貴族や平民を兵士として徴兵する。

 基準はあるし侯爵より上は免除される可能性があるが、徴兵が決定された場合に拒絶することは許されない。

 泣こうが喚こうが戦場に立たされ、そして現状が覆されるまで戦い続けさせられるのだ。

 この制度を反対する者は非常に多く、今回あのような事態に陥っていなければまず通らなかっただろう。

 それだけ許可を手にするのは難しく、やってはならない禁忌として王宮も認識しているのである。――――それが俺に来たのだ。


「……徴兵、ですか。時期などは解りますか?」


「予定は二日後。到着次第貴方には敵本体を叩けと指示されるでしょう。……このような文面は唾棄すべきものです。本来ならばもっと時間をかけるべきでしょうに、この短時間で貴方だけを選んできた。それはつまり、今この瞬間にも貴方に死んでほしいと思う者が居るということです」


 顔を歪め、送り主に憎悪の念を叩きつける学園長。

 だが俺は、そのあまりにもピンポイントな指名に心当たりがあった。

 ナグモの一件だ。あそこに滞在している英雄候補の男が王宮に伝え、そしてそれをグラムや他の余裕の無い貴族が候補として推し進めた。

 複数人からの後押しをされれば王宮側も期待をかけるだろう。

 特にグラムの家系であれば尚更に期待が募る。最有力の候補として挙がるだけでなく、恐らくはストレートに書状が出来上がってしまったのではないかと考えた。

 その内容は、個人的なものではあれど恐らく間違ってはいまい。

 最初に俺に話し掛けた時点で逃げ場を封じていたと考える事も十分に有り得るのだ。普段であれば巫山戯るなと一言叫びたくもなるが、今回に限っては心中複雑なれど見事と言うしかあるまい。

 きっと俺の仲間達が拒否させるだろうという部分も加味して強制的に動くようにもしていた筈だ。

 この辺りの手際の良さは流石と言う他に無いものの、より一層あれを敵に回してはならないのだと確信が強まった。


「徴兵の件、確かにお聞きしました。準備を済ませ、早ければ今日にでも出立させていただきます」


「二日も猶予があるのですよ?何かしようとは考えないのですか」


「……考えたところで未練がましくなるだけです。そうなる前に移動を開始した方が良いでしょう。それに、恐らく私が居なくなった後に騒ぎが起こると思います。正直なところ、そこに巻き込まれたくはありませんので」


「……なるほど、解りました。最大限の手伝いは学園側が行いましょう。馬の手配も必要な物も、全て言ってください」


「有難う御座います。では私はこれにて」


 短く告げ、必要な物を紙に纏めて渡してから俺は部屋を退出する。

 廊下の壁に立て掛けられている時計を見れば、時刻は既に昼休みを超えていた。これから準備をしたとしても出発は夜になってしまうだろう。そのまま出たとして、全速力で進んでも到着するのは明日の夜か。

 それでも間に合うものの、向こうの状況が解らない事には何とも言えない。

 もしかすれば敵の軍勢に襲われて救助の必要があるかもしれないのだ。それ故に対処は完璧にしておくべきだと決め、最後の晩餐の如く教室で教師に暫く休む旨を告げてから食堂に向かった。

 その際の仲間達の顔はもの凄かったが、今は無視を決め込む。

 それに食事をまだ済ませていない。もしかすれば食堂の人員が片付けてしまったかもしれないが、賄いの一つくらいはある筈だ。

 くれるかどうかは兎も角、行くべきだろう。


 教師も教師で俺が学園長に呼ばれた件である程度は察しがついていたようだ。

 優しく肩を叩く姿は珍しく、それがどうにも死に行く者の手向けに思えてならない。そうなりたくないものだと自分に言い聞かせ、食堂の扉を開いた。

 まだ授業が始まったばかりな所為か、机に残っている食事はそのままだ。これならば十分に腹を満たす事は出来るだろう。

 そう思っていれば、食堂内の一人が話し掛けてくる。

 まぁ、一学生が授業中にも関わらず此処に居るのだ。疑問に思うのは当然であるし、もしも抜け出した者であれば教師に伝えてさっさと捕まえてもらうだろう。

 そうなりたくはない。故に訳を話して食事を摂らせてもらい。更に保存用の食材も幾つか分けてもらった。

 装備品に関しては学園長が早急に用意してくれる。必要な要素は硬くある事だけだ。それならば後は普通の剣であろうと構わない。

 

 どうせ獅子に並ぶ程ならば折れるだろう。そうなってほしくないとはいえ、化け物相手に普通の武器ではまったく歯が立たない。最後に頼れるのは阿頼耶だけだ。

 時間というものはあっという間に過ぎていく。昼休み終了後の授業の数は二つ。一つ一時間である事を考えると、学生が多くいる場所にはあまり近付かない方が良い。

 二年共に余計な詮索をされるだろう。それに何より仲間達に捕まりかねない。

 大回りをしながら、自分の部屋へと向かう。必要な荷物だけを纏め、最悪の可能性を考えて部屋も整理しておく。

 制服には破損が無いのでこのままで大丈夫だろう。

 公的な書類が無ければ重要な場所には中々入れないものだが、この服だけで身分証明になるのは有難い。

 手続きに数日かかるのが当たり前なのだ。今からやっては間に合わない。

 

「――君がノース君か」


「はい。今回はお世話になります」


 必要な荷物を纏めて部屋を退出すれば、直ぐ近くで声を掛けられた。

 顔を動かせば見知らぬ教師の姿。紺色のズボンに何の装飾もされていない白の上着を着た姿は無精髭を生やしていても似合っていて、顔も合わせれば中々に恰好の良い存在として映る。

 経験が蓄積された賢者の如き皺の数々は英知に溢れているようで、実際彼が放っている雰囲気には知性的な部分が色濃く存在していた。

 素直に頭を下げれば、低く静かな笑い声が響く。

 

「私が君をムラトに送る者だ。一年の実技担当のザイディと言う。道中は危険も多いだろうから、護衛の役目も請け負っているよ。君も体力は温存しておきたいだろう?」


「勿論です。阿頼耶保持者が護衛とは随分豪勢ですな」


「それだけ君が心配だということだ。私としても君のような歳の者を戦地になど行かせたくはない。国からの命令でなければ断固とした姿勢でもって断りを入れていたところだ」


「私も、その意見には賛成です。学生が戦場に立つなど恐らくそうあることではないしょう。……ですが、それが今現在起きてしまった」


「まったくだ。国は敵の本拠地を叩く事こそを至上としているようだが、それよりも前に己の地盤を固めるところから開始すべきだったな。確かに場所は未知数とはいえ、残す人員を少なくし過ぎた」


 互いに愚痴り、そうしていても仕様が無いと意識を切り替える。

 国に対する批判は後回しだ。今は無事に生きて帰ることだけに意識を回せ。己に出来る事と出来ない事を整理し、出来ない事に対する策を考えるのだ。

 ザイディ曰く、馬の確保には今暫くの時間が掛かる。学園の馬車を借りるにも面倒な手続きが多いのだ。

 公共の設備であるからこそ必要な処置とはいえ、時間を掛けてしまうのは正直嬉しいものではない。

 だがその間に別の事が済ませられる。

 意識の中だけに存在するオリオンへと繋げ、今回の敵は一体どういう存在なのだと述べた。


『いきなりだな、それに何故私がそれを知っていると思うのだ』


 お前は獅子の存在を明確に知っていた。あの時の顔を忘れたとは言わせない。

 俺と話している間は常に威厳ある存在としてそこに居たが、獅子については違うのだ。ならば、他の化け物に関しても何か知っているのだろう。

 獅子と多少なりとて繋がりがあるのならば、恐らくお前は知っている。多分に憶測があるのは否めないものの、それでも知っているのならば素直に吐き出してくれ。

 勝つには情報が最も重要だ。そこから敵の弱点を見つけ、崩す。

 俺には正面突破の方法が無い。だから出来るとすれば弱点を突いて相手の調子を崩すことだろう。

 今回の討伐には俺以外にも必ず他の参加者は居る。それが英雄であろうと思うが、最悪広範囲型の阿頼耶保持者であっても構わない。

 巨大質量ならば此方は広範囲攻撃だ。面同士の激突であるならば、先にバランスを崩した方が負けになる。

 

『……火力による力技か。その選択は間違いではないが、恐らく効果的ではないだろう』


 俺の言葉に対して、オリオンは口を開く。

 そこから紡がれるのは、今回の敵に対する攻略法。やはり知っているらしく、否定とも肯定ともつかない曖昧な答えに俺は疑問符を浮かべる。

 広範囲での攻撃が駄目ならばやはり一点集中をすべきなのだろうか?

 であるならばどこを狙うのが正解なのかが解らねば話にならない。


『いや、それでも無駄だ。アレを潰そうと思うならば、必要なのは耐久だ』


 意外な答えに、それをどう処理すべきなのかが俺には解らなかった。

 耐久力が必要であるならば、俺達はもう十分に人間を止めている。オリオンが力を貸せば更に堅牢さは増すだろう。そうなればあの獅子にだってそうそう刃を届かせはしない。

 それは彼本人も理解している筈。それを踏まえない訳も無いだろうし、となれば考えつくのは――オリオンからの力の供給があっても足りないという事実。

 都市一つを丸ごと潰すような相手だ。確かにそれも有り得るだろうが、あの人間離れした出力でも敵の攻撃を防ぐ事すら難しいというのは少々現実的でない。

 だが、オリオンが嘘をつくような存在かと問われると否としか答えられない。

 会ってまだそれほど時間は経過していないが、この人物には嘘という言葉が一番遠いものに見える。

 常に前を向き、先頭を走る者。

 俺が雰囲気だけで彼を評価するならばコレだ。そしてこの評価は他人も同様にするだろう。

 

『確定ではないとはいえ、私が知る限り似た性質を持っているのはアレだけだ。となれば、並の阿頼耶ではまったく効きもしないだろう。攻撃力も必要だが、一番重要なのは敵の攻撃を受けて立ち上がれるか否か。それのみだ』


 つまり通常の阿頼耶しか保有出来ない俺には勝ちの目は無い。

 彼なりに正直に真実を告げ、心に少しだけ罅が走った。割れた先からもう止めようと告げる甘い誘惑が出て来るが、それを意思力だけで抑え込んで頬を叩く。

 既に戦いは始まってしまっているのだ。逃げたところで一度捕まれば死罪は免れまい。

 それに、俺は後ろ向きであれ臆病者ではないのだ。やらねばならないというのなら、覚悟を決めるくらいは出来るとも。

 ザイディは俺が突然頬を叩いた様子に驚いた顔を向ける。それに対して何でもないですとだけ告げ、彼と共に街へと移動した。

 街までの距離は少しあり、どうしても時間が掛かる。

 それでも行かねばならないのは、純粋に此処でしか用意出来ない代物があるからだ。

 一番必要なのは防具。制服のお陰で大丈夫だと最初は考えていたが、オリオンの話を聞くにまったく効くとは思えない。阿頼耶による強化は武装や防具にも影響を与えているものの、それでも限度はあるだろう。

 制服一枚だけで完全に化け物の攻撃を防げるとは考えず、致命傷の部分にだけ付ける防具を買うべきだ。

 

 以前世話になった店に向かい、自分の大きさに合う制服と同色の鎧を購入。

 更に詳細な情報の書かれた地図も買う。初めて行く戦場だけに何の土地勘も無いのだ。迷う可能性も含め、用意しておくことは決して損ではあるまい。

 火を起こす道具も寝具も向こうが準備しておくだろうから無し。小細工程度だが、相手の視界を遮る煙幕の玉も買っておき、応急処置用の治療道具も手に入れておいた。

 学園に最初からある道具はどれも古い。最新式が最高であるとまでは言わないが、己の生命が掛かった場所で節約をするなんて真似は馬鹿だろう。

 買い物でオマケとして貰った麻袋に全てを突っ込み、街の入り口まで二人で歩いてから阿頼耶を起動させて一気に学園にまで戻る。

 空は既に夕日に照らされ橙色に染まり、もう直ぐ夜を告げるだろう。

 その頃には馬車が到着し、俺を死地へと運んでいく。まるで自分が罪人になったような気分を味わうが――――入口付近に立つ人物達の姿を目にした瞬間にその感情は吹っ飛んでいった。

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