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選択無き行動

 これが愚かな選択であるのは解っている。

 これが馬鹿な真似であるのも解っている。

 俺が下した決断は無謀であり蛮勇。即ち本来やるべきではないことだ。己の身の丈に合わない事をするのがどれだけの失敗を生むのかなど百も承知で、それでも選択肢は実質残されてはいなかった。

 ここで三年を失えば、更にこの国の戦力総数が減る。今も多くない状況でそんなことにでもなれば、まず一般人ですらも無理矢理徴兵されるようになるだろう。

 それは最早末期の世界だ。倫理など無くなり、人が己の欲望のままに生きる世界へと退化してしまう。

 そうなる前に、俺は決断せねばならなかった。例えそれが、どれだけの無茶を孕んでいようとも。

 俺程度で何が変わるかは解らない。そもそもが否定から入っているのだ。化け物を止めるなんて真似が成功するなんてのも勿論考えてはいなかった。

 ただ、他の二年であれば絶対に失敗すると確信していたのも真実である。

 

「皆、済まない。これから俺は準備を整えてムラトの方に向かう」


 翌日の朝。

 朝食の時間の中で俺は皆の前で口を開いた。今回グラムから指名されたのは俺ただ一人だけであり、他のメンバーまでは選ばれていない。それが彼女なりの慈悲であるのは言うに及ばず、であるからこそ俺は止めるつもりでもって頭に言葉を無数に浮かべる。

 皆の反応は実に顕著だった。最も大きかったのはグランだろう。彼は虐められる事が無くなったお陰か最近特に会話の一つ一つに反応するようになった。

 それは基本的にツッコミじみたものだったが、それが俺達の空間を和やかにしたのは確かだろう。

 だからこそ、皿を落として目と口を丸く開いた姿は酷いものだった。

 芸人のようなという意味ではない。その目には悲しみ一色だけがあって、口は衝撃の所為で何も放てないでいたのだ。

 時点で顕著だったのはナギサとサウスラーナの二人。どちらも眉間に皺を寄せ、明らかに怒りの篭った眼差しを送り付けている。

 握り締めた手は震え、元々握っていた食器は嫌な音を立てながら潰されていく。その光景を前に、されど全員が気にした素振りを見せないでいた。


「正気かよお前!」


「無論正気だ。そうでなければこんな言葉は使わん」


「いいや正気ではないな。直ぐに医務室に行って完全拘束させてもらう。……いくら何でも今回の件は無茶が過ぎる。本当に死んでしまうぞ」


「賛成!賛成です!僕もそう思います」


 ウィンターの姿には鬼気迫るものがある。それだけ俺の発言に危機感を覚えたのだろう。

 グランも俺が何かする前に取り押さえようと構えを見せ、両者の目には油断の字が無い。力押しで振り切れるだろうが、そうまでしての強行は出来ればしたくないのが本音だ。

 しかし、生半可な理由では彼等は折れないだろう。何時もは英雄としての振る舞いを求めるサウスラーナでさえ、拒否の姿勢を見せている。

 それでも行かねばならないのだ。そうしなければきっと、俺の未来が犠牲になるのだから。

 生きる為にも妨害は少ない方が良い。今の危険を受け入れ、乗り越えなければ後の世はこれまで以上の地獄に染まってしまうのだから。

 皆の為にも、俺の為にも、行かなけばならないのだ。

 

「確かに皆の言葉ももっともだ。しかし、今此処で多少なりとて化け物との交戦経験がある者が行かなければ何の経験も無い者達が無駄死にしに行ってしまう。そうなるくらいなら、多少なりとて勝機のある者が行くのが道理。決して死のうなどとは思ってはいない」


「いいや、お前の考えは間違ってるね。大体学生が戦場に行くこと自体が駄目だろうが。これがまだ敵のそれほど多くない場所での警備なら許せるかもしれねぇが、それでも厳重な審査は必要だろ。それなのに、今度は見えている死地に行くんだぞ。国に残っている英雄や準英雄達に任せるのが普通だろ」


「それが出来ない理由を、お前が忘れたとは言わせんぞ」


「化け物が他に居るのは知ってる。そちらに手を回さなきゃならねぇのも当然だ。だがそうじゃねぇ場所にだって英雄達は居るだろうぜ。それがどういう意味か、解らないなんて言わさねぇぞ」


「なぁ、考え直せノース。お前は確かに素晴らしい可能性を保有しているかもしれん。今後の未来を打破する、新しい英雄になる事も決して夢物語ではない筈だ。俺達では見れぬ場所に立てる男ならば、今は鍛錬に励み我慢すべき時だろう。……蛮勇は愚かなだけだぞ」


 解っている。解っているとも。

 俺がしようとしているのがどれだけ馬鹿で、どれだけ常識の欠いた事なのか。

 英雄達は世界の各所に存在している。殆どは第一や第二の優先地帯を守護しているが、そこには例の怪物達が出てきているだろう。そうでなければ準英雄達が出て来る筈も無く、されどまったく関係の無い場所にも恐らく彼は存在している。

 これはただの推測。ライノールもそうだろうが、それでも確信が多分に混ざった推測だ。

 力の無い者が己の身を守るのならばどうすれば良いか。それを少しでも考えれば、嫌でもそこにぶち当たる。そして、そんな者達は動けない。

 動けばそこの貴族を敵に回すことになるから。自分達の活動を阻害してくるだろうから。

 今最も危険なのはムラトであるというのに、それでも自分を第一として守る事を強制するのが高位の貴族なのだ。

 故にムラトを守る場所に、英雄の数は少ない。

 そんな場所がどうなるのかなど言うまでもなく、だから彼等は説得するのだ。頭を冷やしてムラトは放棄するしかないのだと。今はまだ己達には力は無いから、諦めて鍛錬の時とすべきだと。


「……お前達も同意見か。サウスラーナ、ナギサ」


「ノース様の御意見は理解出来るところではあります。何の経験も無い者が戦場に赴いたとしても、そこが激戦であるならば何の仕事も果たせず死ぬだけでしょう。寧ろ足を引っ張り有能な者を巻き込んで死ぬかもしれません。そうなるくらいならば、あの獅子と戦った経験を持つノース様が行くというのは解ります。――ですが」


「合理的に考えるならそうなるってだけよ。女としては絶対に嫌だし、出来ることなら貴方を気絶させてでも此処に残ってほしい」


 二人もまた、彼等と似た意見を持っていた。

 違うのは一応の理解は得られていたという点だけか。それさえも女の情を打破する事は出来ず、結局二人の言葉も俺のムラト行きを否定する内容だった。

 こうしたのはお前だろうがサウスラーナと言いたかったが、彼女の方はその事実を忘却している。

 故に話す内容は常識の範囲に収まり、それがどうしようもなく憎らしい。彼女だけは悩みながら最後には納得するだろうとも心の片隅で考えていただけに、この反応は正直予想外だ。

 ただまぁ、情の部分はまだ理解出来るもの。本当にその部分だけは論では覆せず、人間にとって最も予測が難しいところだろう。

 言語の誘導など当然出来る筈も無く、全会一致で反対の判断が下されてしまった。

 ならば強行するしかあるまいとも考えるが、そんなことは最初からお見通しだろう。今日の深夜にでも出ようとすれば待ち構えているのは簡単に考えられる。

 いっそグラムの一件を伝えれば良いと思うが、それをすれば今度こそ彼等は彼女に牙を剝くだろう。

 殴るだけならばまだマシな部類である。最悪の可能性として排除に乗り出そうとすれば、間違いなく世間が揺れる。注目は当たり前として、この機会に公爵家を引き摺り落とそうと企む者も出て来るだろう。


「――致し方無し、か」


「おう。夜に抜け出そうって考えても無しだからな。今日は俺とウィンターが一緒にお前の部屋で監視だ」


「交代でやれば良いではないか、ライノール」


「だって俺じゃあ抑えられる自信無いし。こういう時こそお前の出番だろ、ウィンター」


 肩を叩くライノールの姿を視界に収め、さてどうするかと頭を悩ませる。

 全会一致になるのだけは避けたかったが、それでもこうなってしまった以上覆すのは難しい。一兵士として向かえなければ、最早何かしら強制的な手段によって俺が行かざるをえないようにする他ない。

 それが起きる確率は高いものの、それでも五割くらいなもの。五日間でそれが起きるとも思えず、どうしたものかと考える日々が今日から開始されるのだった。




――――――――――




『死ぬよ、あの人』


 声が響く。幼く可憐な声が。

 目を動かせばドレスを着た少女が暗闇の中で立ち、怒りを孕んだ顔で告げている。

 その姿を見て、サウスラーナは此処が夢の世界である事に気付く。今この瞬間まで忘れていた夢の存在を思い出し、彼女は真っ直ぐに少女の元へと歩き出した。

 歩みを進める度に、遠くに見えていた彼女の姿がより鮮明となっていく。最初に会った時には綺麗だったドレスが所々汚れ、装飾品の一部が欠けている。

 人前に出れば間違いなく馬鹿にされるような姿だ。此処が人前でなく夢であるからこそ、それが許されているのだろう。

 

「誰が死ぬの?」


『のーす・てきすさま』


 短く、何故かその言葉だけがたどたどしい。

 幸い知っている名前だったので理解に行き着いたが、これが聞いた覚えの無い名前であれば逃していたかもしれない。だが、そんな感情も彼が死ぬという部分に行き着けば消える。

 彼が死ぬ。思い当たるのは昼間の出来事だろう。

 ムラトを壊滅させた相手を止める為に向かうという話を全員が否定したのは彼女の記憶にも新しい。

 誰かが止めねばそのまま死ぬだろうと確信していたからこそ、あの場は全員で止めたのだ。サウスラーナとしても、英雄としての行いに死が纏わりつくのであれば否定の意思の一つでも浮かぶ。

 英雄になってほしいとは思うが、死んでほしいとまでは思っていない。もしもそう考えるならば、サウスラーナは自分を最低な女だと罵っていただろう。

 

「死なないわよ。皆で止めたわ」


『あの人は止まらないわ』


 安心させるように柔らかな微笑を浮かべて告げるサウスラーナ。されどその顔を見て、言葉を聞いて、なお少女は彼女に向かって呪詛を吐くように厳しい言葉を並べていく。

 絶対にそうはならない。彼は間違いなく何かしらの出来事があって向かうことになる。

 確信のある目はサウスラーナを強く睨む。まるでそうなる事が予定されていると言わんばかりに、少女は彼の不幸を彼女に伝えるのだ。

 同じ顔でありながら、正反対の主張を放つ二人。どちらが正解なのかはサウスラーナ本人にとっても解らず、故に頭を掠める事は彼のその姿。

 何時もと変わらず、彼は落ち着いた様子だった。自分が死ぬかもしれないと理解していて、それでも彼は変化の少ない表情で拙い説得をしていたのだ。もっと感情的であれば動かされた者も居ただろうに、彼はそれが苦手だから結局失敗に終わった。

 しかし、それでも彼の顔には変化が無かったのである。最初からそうなると解っていたが如く、小さく言葉を纏めるだけで済んでいた。


「ねぇ、どうしてそう思うの?今彼の友人が彼を監視する為に一緒の部屋に居るわ。それでも行くというの?」


『監視しているかどうかは関係無いの。どれだけ守ろうとしたって、結局そうなるだけ。……だって』


 両の手を後ろで組んで、上半身だけを前に突き出す。

 それまで怒りや恨みが籠っていた筈の顔は一気に笑みへと変化し、その変わりようにサウスラーナは何故か危機感を覚える。

 それは聞いてはならない言葉だ。指を耳に差し、目を閉じて蹲らねばならない。

 本能が訴え続ける。早くそうしろと急かし、心臓は五月蠅く鼓動を刻む。恐怖が首を擡げたが、それでも彼女は少女と面と向かい合った。

 聞いてはならぬ――でも聞きたい。

 そうしなければならないと思ったから。聞かなければ、何故か彼の事を理解し切れないと感じたから。

 何処から来たのか解らずとも、彼女の理性は本能を凌駕する。その姿勢に少しだけ少女の目に宿る怒りは弱まり――しかし残酷性はそのまま発揮された。


『だってそうしたのでしょう?お姉ちゃん』


 貫く。彼女の深々にある一本の太い芯に穴が開いた。

 走った胸の痛みは彼女をして激痛に呻く程であり、それは直ぐには消えてくれない。

 溢れる感情の波は何なのだろうか。自分に向けられた莫大な負の感情は彼女の身体すら潰し、意識を闇の中へと叩き込む。

 暗闇から深淵の闇へ。更なる世界を彼女は知らぬ間に見ることになり、そこに広がる光景を見た瞬間に意識を喪失した。

 そこに居たのは自分(・・)。一人だけでなく、虫の大群の如くに集まった蒼褪めた死体の群れだった。その顔は一様に彼女を見ていて、されど何も見ていない。

 ガラスの空洞の如く、死体は何も言わないままだった。

 それでも念だけは残っている。最後の未練とでも表すべき残留思念が、確かに彼女を襲っていた。










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