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爆走の絶音

 紙が配布され、全校生徒に騒ぎが起きてから実に十数日が経過した。

 連日配布されるようになった新聞にはムラトの現状が伝えられ、全員の関心を集めている。

 停止したムラトは現在移動術式も含めて修復中。現在は住民が暮らす部分を後回しにしており、早期の移動を目的としていた。

 建物が破壊されようとも、最悪基礎部分が生きていれば再度の移動は可能となる。その部分の修復を終わらせて最寄りの大都市へと向かい、そのまま住居部分も直す手筈だ。

 されど、その作業を妨害するように連日に渡って化外が襲い掛かっているらしい。

 種類は全て雑魚であるものの、それでも三桁に及ぶ数では苦戦は必至。今のところ撃退を繰り返しているそうだが、それでも消耗は激しいそうだ。

 国からは援軍の要請をしているものの、元々この大陸に居る戦力は少ない。怪物に値する存在が出現した時期が不明のままだが、恐らく英雄達が出て行ってから出現したのだろう。

 でなければ無計画過ぎるし無謀そのものだ。


 残っているメンバーだけでこれだけの敵を倒すのは明らかに不利を極め、現在のところ援軍を送るだけでも難航している。

 さてそうなれば、話が何処かに飛ぶのがこの世。戦力が不足しているならば他から補うのが基本であり、それが如何様に無理であろうともやらねば人が死ぬとなれば必死に足掻かなければならない。

 以前集めていたという三年メンバーが昨日旅立って行った。この学園から大量の三年が外に出たという事実は一気に広まり、必然的にあの三年達の目的も判明してしまう。

 即ち彼等は国の為に戦地へと向かった。生きて帰れる保証は無く、在籍していながら理不尽極まる環境へと身を投じていったのである。

 無論それは己の意思であるが、さりとて不安に思うのが人。二年も駆り出されてしまうのではないかと頭を悩ませる生徒は数多く、最近では教師陣も何かしらの動きがあったのか自習が多い。

 大方王宮からもっと人を寄越せとでも言っているのだろう。


 阿頼耶保持者の総数は全体の人口に比べて約三割。決して少ない数ではないが、それでも実戦経験がある者達だけでは二割を下回ってしまう。

 他は大体初心者か経験の浅い者達ばかり。俺達もまたその部分に該当し、強者は現在遠征中。

 かなり辛い話だ。これならば遠征をしない方が良かったのではないかとも考えるが、既に後の祭り。今更そんな益も無い事を考えたところで意味は無く、故に頭を一度振って見るべき箇所を変える。

 重要なのは、この話が遠からず俺達の元に来るだろうということだ。

 二年に話は来ないと確信しているが、俺を含めたナグモ行きのメンバーは話が違う。

 実績のある者を選ばない筈が無い。確実に話はやってくるだろうし、拒否権は限りなく無しだろう。

 最早話は学園全体どころか大陸中に広まっていると見るのが妥当であり、故にそこで断れば盛大な非難をもらうことになりかねない。

 

 現実的に考えれば俺達とて無理だ。

 怪物退治をしたからこそ解る。ああいった生物の近くに居る事がどれだけ恐ろしく、そして馬鹿な事か。

 今は雑魚だけかもしれないが、例の星座が再度粉砕しに来るとも限らないのだ。そうなった時に現状の戦力だけでやれるかと聞かれれば、到底否としか答えない。

 解る筈だ。解ってくれ。無謀が良い事に繋がる訳も無いし、蛮勇が成功する事もまず無い。

 失敗するからこそ悪い表現になっているのだ。それくらいは学園に在籍していれば入学早々の一年生にだって理解出来るに決まってる。

 貴族達だって学生を投入するのがどれだけ賭けなのかも解っているだろう。迂闊な真似は許されず、だからこそ選別は厳正にしなければならない。

 自分に将来性があるとまでは言わないが、もう少し熟成の期間を与えるべきだ。卒業したのであれば最悪面と向かって戦うから、どうか来ないでほしい。

 そう願う自分は必死で、きっと他の者達も同様だ。皆が自分達のところには来ないでほしいと願い、日々を不安と怯えに支配されながら暮らしている。

 

 少なくとも戦うべき相手の数は三桁。しかもどれだけ削っても明日には新しい群れが出現し、既に現地に居る者達は疲弊している。

 持久戦で負けるのは此方だ。物資を運ぶ道も化外によって安全とは言えないのだから、道中も含めて警戒を緩めて良い場所など有りもしない。全てが警戒すべき場所だ。それだけに苦労は続出する。

 物資が届き辛いとなれば食料は不足するだろう。そして修理用の材料が足りなくなり、その分だけ完全に足を止めることとなる。

 そうなれば現地の人間が踏ん張る時間も伸び、何時終わるのかも定かではなくなるだろう。

 英雄の見せ場としては最高だ。人間としては最大級の死に場所だ。生きて帰って来れたとしたら、その時の賞賛の声はまったく予想出来ない。

 良い面は一応ある。だが、悪い面の方が圧倒的に多いのが実情。であればやらない選択を取る方が多く、そしてグラムがそんな者達を見て落胆の息を吐くのだろう。

 しかし敢えて言わせてもらいたい。――当たり前だ、馬鹿女。

 狂喜して進んで行こうとする者が居たら正気を疑うこと間違いなしである。


 そんな者とは関わり合いになりたくなぞ無いし、そも何かしらの行動を既にしているだろう。

 功績を上げる意味でなら今回の一件は実に美味しい。問題の敵が出て来なければ、範囲型の餌でしかないのだから。三桁を止めるのが苦であるからこそ、広範囲に攻撃が出来るタイプは重宝される。

 俺達では決して出来ないことだ。そして、そうであるからこそ選ぶべき人員はそちらに絞った方が余程良い結果を生むだろうと俺は考えている。

 今は確かに皆が不安を抱えている状態だ。この中から選抜しようとしたら確実に騒ぎとなり、選んだ人物を徹底的に排斥するだろう。

 教師だとしてもそれは一緒だ。いや、大人であればある程にその排斥の強さは上がるかもしれない。

 反抗期というには些か言葉が違うが、一回り以上も年の離れた赤の他人の言葉程疑うべきことはないのだ。

 騙されて戦地に行ってしまいましたではもう遅く、故に安易に話を持ち掛けようとする輩を皆は常よりも強く敵視してしまう。

 

 この人は自分を戦地に行かせようとしている。この人は俺が危険な場所に行ったとしても平気な顔をしてまた別の人物を探すのだろう。

 人間不信の第一歩を踏む形となるのは避けられない。危機的状況であるからこそ皆は生存本能を活性化させ、生を最優先とした動きを第一としてしまう。そこに友情のような尊さは無いし、協力という強固な関係は築けない。

 徹頭徹尾他者に擦り付ける事を是とした者達では、やはり戦場に赴いたとしても役立たずのままだ。


「――だからこそ、尚更俺達を呼ぶんだろうなぁ」


 呟き、久し振りの一人での鍛錬を続ける。

 皆も今回の一件で不安を抱えているのだ。考える時間は必要であり、ならばその分の鍛錬は一時的に止めるべきだろう。俺はそれが出来ないのでやっているが、正直普段の鍛錬の方が余程濃いので今は然程苦労しない。勿論そんな鍛錬に意味は無く、筋肉痛一歩手前まで無理矢理続けるという形を取っている。

 俺を見ているのはずっと意識の中だけに存在しているオリオンくらいなもの。

 そのオリオンとて明確な理由が無い限りはそこまで積極的に話し掛けようとしないので、俺としては静かなままの鍛錬を継続出来ている。

 一体何時振りだろうか。一人きりの鍛錬を止めてからそこまで時間は経過していない筈なのに、何故か何年も前のように感じてしまう。

 それだけ皆との交流に一種の楽しみを覚えていたからなのかもしれない。本来であれば絶対に縁の無かった者達と交流し、例え仮初であろうとも友人関係を構築出来ていた。

 

 グランという新たなメンバーも加わり、あのまま何も無ければ実際俺達全員の仲は更に深まっただろう。

 故に、タイミングの悪さには唾を吐きたくて仕様が無い。どうしてこんな時と叫びたいのを抑えて、何時もよりも力を込めて木剣を振るった。

 放課後の時間は、どうにも静けさを保ち続けている。遠くに聞こえる他の生徒達の騒ぎ声も聞こえず、まるで皆が全員居なくなってしまったような錯覚を受けた。

 静かな学園なぞ鍛錬をしている時の最後の数分しか体験していない。こんなに何時間も静かなままなのは珍しく、今ならある程度悪戯をしたとしても気づかれないのではないだろうか。

 無論、そんな真似をする程馬鹿ではないが。

 頭から流れる汗を首に巻いたタオルで拭き取り、持ってきていた木製の筒を手に取る。中には水が入っており、一気に半分までを飲み干した。

 喉を通る冷たい感触は心地良い。オヤジ臭く息を吐いてしまうくらいなのだから、意外に病みつきになってしまっているのだろうと思う。

 

 後十数分もすれば今日も終わりだ。宿舎に戻って飯の支度をし、さっさと寝なければならない。

 油も存外多くなれば値段も跳ね上がる。ランタンばかりがあってもそれで照らせる訳ではないから、節約もまた必要だ。

 貴族らしくないと思うだろうが、宿舎暮らしの俺達の年間の資金は酷く少ない。

 小遣いをくれる家もかなり多いというのに、少なくとも我が家の一月の資金は金貨四枚程度。それでも暮らせる事には暮らせるが、他と比べて十分の一だ。

 金銭的に余裕が無い訳ではないだろうし、やはり俺が幼少の頃から家族とあまり関わり合いにならなかった所為だろう。一人になったとしても生き抜けると思われたからこそ、こうして少ない額しかくれないのかもしれない。

 臨時収入があったとはいえ、それは後々を考えて使わないに限る。

 本当の意味で生活苦になった時にこそ、金貨はより輝きを増すのだ。別に今まで通りでも何とかなっているしな。


「……さて、この後はどうするか」


 ――鐘が響く。

 今日の終了の合図が、学園全体へと伝えられていく。尤も、残っている生徒なぞ俺くらいなもの。

 皆さっさと宿舎に引っ込んでしまっただろう。もしくは自身の親にでも救援の手紙を送っているのかもしれない。俺もそれが出来るならそうしたいが、さりとて出来ぬ身。

 諦めて今日は何を作ろうかと考える。思考の切り替えは得意であるから、さっさと次へと行けてしまう。

 単に一つの事を優先し過ぎて他に執着していないだけだが、それでも気が楽になる分には良い。


「――と、こんな場所に居たか。今日もグラウンドに集合しているかと思ったぞ」


 さぁ宿舎へ。そんな俺の思考をぶった切ったのは、今一番聞きたくない声だ。

 ゆっくりゆっくりと声のした方向へと動かせば、常と変わらぬ姿勢を維持した女の姿。何処か上から目線であるグラムが此方に歩み寄る様が見え、内心は絶叫の嵐だった。

 どうして今此処に来た。あんな丁度良いタイミングで何故俺の予定を潰す存在が来てしまったのだ。

 無視して逃げたいものの、それをすれば後が怖い。この学園で直接何かをしてくるとは思わないが、それでも警戒するのは自然な事だ。

 無言で距離を取ったのはおかしくはあるまい。歩数にしておよそ十歩。その地点以上に近づいたら迷わず威嚇攻撃をすると木剣を強く握れば、それを見ていたグラムが嘆息した。


「まだ警戒は取れないか。まぁ、今は良いさ。それよりも話があって来た」


「内容は想像出来る。例のムラト絡みだろう?」


「流石に解るか。その通りだが、同時にそれだけではない」


 やってきた彼女の言葉に一先ず返せば、予想通りとはいかない言葉を出される。

 それだけではないという言葉から察するに、ムラト絡みの内容ではあるが俺が想像しているようなものではないということだろうか。

 であれば防衛以外の目的。彼女の思考を全てそのまま読み取る事は出来ないが、以前の彼女が話していた内容と照らし合わせれば――浮かんできたのは最悪の予想だった。

 

「これは命令ではないが、一刻を争う事態だ。至急ムラトに向かい防衛を行った後、今回の事件の原因を叩いてほしい」


「原因を叩け……ということは出てきたのか。本体が」


「ああ、いきなりにな。大きさは都市三つ分。進行方向にはムラトがあり、奴は化外を口内に運びながら進みつつある。早く対処しなければ、此処の三年諸共今度は跡形も無く殺されるだろう」


 それは酷く絶望的な内容だった。このまま放置すればムラトの付近に居る者達は全滅する。

 止めるには本体である超巨大質量と戦わねばならず、されどそれがどういう未来を運ぶのかを明確に突き付けていた。これは命令ではない――――されど、人道を考えるのならば命令としか思えないものである。

 無視をすれば彼女は落胆して離れるだろう。そして俺の今後の未来を阻む筈だ。

 計画的なものでなくとも、今後意図的に此方に対して悪い印象ばかりを与えてくるに違いない。

 それは勘弁だが、それでも内容自体が不可能に近いのだ。勝算なぞどこにも有りはしない。


「猶予はどれくらいだ」


「残り五日。既にムラトの放棄は現地の人間に伝えたが、一気に化外からの攻勢が強くなった」


「……ッチ。やはり攻めていた化外の頭はソイツだったか」


 五日後に巨大質量を止めねば皆が死ぬ。脱出しようにも化外の攻勢が強過ぎて突破出来ない。

 最悪の後手だ。どうするべきかと思考は加速し、何時しか鐘の音はまったく聞こえなくなっていた。


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