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無限の悪意

 グランが俺達にとってある種の爆弾であるのは明白だった。

 周囲から嫌われ、本人も自身の力を卑下し、迂闊に関われば面倒な貴族に絡まれる。何処にこんな人物と関わり合いになろうと思う人物が居るのかと言われるのは当然であるし、俺自身あの一件が無ければ別段何も意識することなく助けはしなかっただろう。

 故に、今は助けるだけの理由が存在している。そして、助けなければならないとも感じている。

 平民が人生のその殆どを貴族に握られているのは既に誰もが知ることだろう。税を決める権限を持ち、罪を犯せば判決する権限を持ち、平民が勝てる見込みはおよそ零に近い。

 それでも覆そうとするのならば、それには他者よりも抜きん出た何かが必要だ。それは人を纏め上げるカリスマでも構わないし、一騎当千の兵めいた強さでも良い。

 貴族を怖がらせれば、それだけで此方は有利になる。逆襲の危険性は残るものの、殺さないと掲げるのならばやはり選択肢を潰していく事こそが正道だ。

 その点、グランという少年にはまだ可能性が残されている。

 このままいけば将来的にあの貴族連中に使い潰される可能性は極めて高く、それでは折角の技術も生かされないだろう。力押しが主流となっている現在において、それはとても勿体無いものだ。

 

 知性のある生物は例外無く技術を磨く。

 人間も同一であるが、今の人類は技術を磨く行為を軽視している。阿頼耶による殲滅は人間一人が出せる戦果の上を行き、そちらの方ばかりが上に報告されていくのだ。

 結果として戦争で必要とされるのは単体で大規模攻撃を行える者であり、更にその上を行くのが英雄のような人外に突入した者達なのである。彼等の前では殆どの技術は無駄となり、結果淘汰されてしまった。

 刀剣類の鍛冶師は幸い需要があるのでまだまだ大丈夫だが、暗器の生産を行う者は元々の需要が少なかった上に阿頼耶の出現によって消えてしまった。

 今では本の中だけの存在となった職業もある。阿頼耶は確かに人類の寿命を延ばしたのかもしれないが、同時にその恩恵に預かれない普通の者達を殺す事に繋がってしまった。

 平民の中で良い暮らしが出来ている者も居るが、それは平民の中に居る阿頼耶保持者の力を使っているからこそだ。

 大量生産に向いた力であれば単体だけで大きく長く生産出来るからこそ、最早人類は阿頼耶から逃れようとは思わない。

 

 そしてそんな時代であるからこそ、残さねばならないモノもある。

 例え全てに否定されようとも、それを残さねば誰が未来に繋いでいくというのか。阿頼耶とてこの化外からの脅威の為だけに生まれたかもしれない。そうであれば、化外の全滅と同時に力を失う可能性は決して零ではない筈だ。

 どうしてそれを理解しようとしない。生きていたいが為の戦いだというのに、どうして自分から自傷するような真似を行っていくのか。俺には到底理解出来ない思考だ。

 だからこそ、将来の芽を潰させない。恩を売る行為であるのもそうだが、戦いが終わった後に平穏に暮らす為にもそれはやらねばならない事である。

 無論、最優先は自分だ。それだけは譲れない。自己犠牲精神なんてのは馬鹿がすることで、俺はそんな馬鹿の思想に染まるつもりなぞ毛頭無いのだ。

 全ては最高の勝利を手にするために――――五百回目の腕立て伏せを終わらせて俺は思考を完結させる。


「一時間経過だ。全員目標数まで到達したか」


「さ、流石にまだまだ無理……」


「一番多くても三百と少しくらいだから、とてもじゃないけど五百は……」


 息をしながら地面に転がる集団を見て、まぁ無理もないかと頷く。

 一番多いのは俺が鍛えているのを知って似たような真似をし続けてきたサウスラーナ。そして現状最も少ないのは此処に来たばかりのグランだ。

 一時間の間に五百回の腕立て伏せを完遂する。ただそれだけの内容であるが、中々に厳しいのは一度体験した者であれば誰であれ解るだろう。特に一時間の間に百回を僅かに超えた程度しか出来なかったグランは、最初の弱気さが消滅して既に死にそうになっている。

 これでもまだ最初だけ。時間にして一時間ならば、始まったばかりと言える。

 準備運動を終わらせ、次にするのは基本的には阿頼耶を使わない状態でのバトルロワイヤルだ。

 俺自身も未だ強者の域にまでは届いていない。その状態で誰かに教えるなど言語道断であると考え、結果的に戦闘によって己の力量を上げていこうということになった。

 しかし一対一では時間が掛かる。全員が終わるまでの間に学校が終わりになりかねない。

 そうなる事も踏まえ、誰か一人が勝者となる生き残り方式を採用した訳だ。


 因みにだが、最下位になった者には例外無く罰則がある。

 それは次の訓練が始まるまでの間に重りを乗せられること。自身の体重の三分の一を目安として乗せられ、次の戦いに勝てば外される仕様だ。最初はライノールとナギサが重しを乗せられていたものだが、今では誰がなったとしても不思議ではない程度にまでなってくれている。

 俺も俺で強くなったメンバーとの戦いで確かな感触を抱きつつあるし、このままいけば何時かは拮抗状態にまで持ち込まれることになるだろう。

 その間にも何回かは実戦もあると考えた方が良い。そうなれば、あの難敵に激突しない限りは鍛錬の成果を発揮する良い機会となりそうだ。

 全員に立ち上がるよう指示を下し、麻袋の中に入っている木製の武器を投げ渡す。

 グランにも木製の剣を渡すが、彼は引き攣った顔をするだけだ。


「……あ、あの。これから何をするんでしょうか?」


「バトルロワイヤルだ。最下位になった者には次の鍛錬があるまでの間、例外を除いて常に重しを付けてもらう事になる――サウスラーナ、もう外して良いぞ」


「やったぁ……。これ付けてるだけでご飯食べるのも苦労するのよね」


 グランに説明し、サウスラーナに指示。

 引き攣った顔をしたグランが顔を横に動かした。そこには腕と足に装着されていた赤い輪を外すサウスラーナの姿がある。かなり簡単に外せるようにしたのだが、それでも彼女には苦しいのだろう。

 全力で繋ぎ目部分を外して勢い良く投げ捨てていた。

 その輪は地面に付いた瞬間に僅かな砂塵を巻き上げる。彼女の重さではそれほど男性陣は苦しくはないだろう。何時かは同程度の重さにまで引き上げたいものだ。

 それを見て、潜めながらもグランの口から小さな悲鳴が上がったのを確かに聞いた。学園の内容よりはそれほど苦しくないようにしたつもりだが、彼としてはやはり大変に見えたのだろうか。

 しかし、この程度は熟さなければならない。そうでなければ何時か激突するだろう怪物達に逃げる事も出来なくなる。

 嫌われようとも、心を鬼にしてやるのが鍛錬だ。厳しければ厳しい程に逃げたくなる気持ちが大きくなるが、見返りもある程度は保証されている。そのある程度の先へ行くには、才能しかない。

 こればかりは俺にも無いものだ。故にこの中の誰かが才能に溢れていれば、必然的に俺を超えて強くなるだろう。

 それを素直に喜びこそすれ、拒絶するつもりはまったくない。将来の先頭役が生まれたとなれば、それは拍手喝采でもって受け入れる吉報だ。


「悪いがグラン、お前もこのルールには従ってもらう。なに、心配せずとも最下位にならなければ良い。殺さなければどんな方法も許されているからな」


「は、はは……頑張ります」


「よし――では早速始めよう」


 そうして始まった戦いは、結局グランの最下位に終わった。

 誰もが予測していたし、本人も自覚があったのだろう。重しを乗せられても文句の一つも吐くことなく、ただ静かに納得しているだけだった。しかし結果がそうなったというだけで、過程においても全て予測通りであったかというとそうではない。

 阿頼耶を使わなかったからこそ、彼はどんな相手でも粘れた。力押しをするウィンターの関節を集中的に狙い、速度重視のライノールには速度を封じる捕獲の手を見せ、ナギサの槍とは互角にぶつかり合う。

 されどもサウスラーナにだけはどれも通用しなかった。共に超接近戦で戦いを続け、関節狙いも純粋な技術勝負も負けたのだ。

 それでも彼の顔に闇は無い。ただ負けただけではなく、そこには抵抗出来たという確かな成果があったのだから。

 

 これで阿頼耶が発動したのならばどうなるのだろう。

 彼は絶対に負けると思っているようだが、俺はそうは思っていない。確かに今のままならば負けは必然。抗えたとしても、それで敗北してしまえば結局抗った事実は泡と消えるだけだ。

 だからこそ鍛える必要がある訳だが、俺としては純粋に彼本人の力を上げるだけで化けると考えている。

 今の彼は細枝だ。簡単な力で折れてしまい、自身に力を流したとしてもその程は知れている。

 ならばこそ、やるべきは純粋な力の上昇。つまり俺と似たような事をすれば良い。

 筋肉を肥大化させず、あくまでスピード性のある技術者という面で鍛えるのだ。力は第三の優先度とすれば、純粋な力勝負では話にならなくとも勝機を見出す事は出来る。

 実戦で更に本人から課題が出てくれば、後は自分から壁に挑戦しようとするだろう。俺達は質問されればそれに答えるだけに留め、背中を押しても引っ張るような真似はしてはならない。

 難しい事だ。しかし、遣り甲斐のある事でもある。

 才能のある者こそが上の立場に立つ。それが最も正しい事であり、無能者は引き摺り落とすべきだ。

 その助けを俺が出来れば嬉しいなと感じつつ、足を引きずりながら帰るグランと共に俺達は宿舎へと帰っていくのだった。




――――――――――




「…………」


 夜。月が雲に隠れた闇夜の世界。

 皆が寝静まる時間帯に、走る影がある。その数は二人程度であり、されど学園の生徒と比べるのも烏滸がましい程にその足は迅速に目的を果たそうと走り続けている。

 二名が走っている方向にあるのは、男性用の宿舎のみ。手元に光輝く何かを握り締め、全体を黒で隠した者達は全速力でもって仕事の完遂を狙う。

 同時刻。夜の中でありながらも宿舎の内の一室で未だ目を覚ましている男が居た。

 不気味ば笑みを顔に貼り付け、身体を揺らす様は正しく異常者。瞳は暗黒色の炎を纏い、何かを待ち侘びているようにも見える。

 実際、彼は待ち侘びていた。自身は侯爵の息子であり、これまで明確に他人に妨害を受けた事が無い。

 何かを欲すれば手に入った。それこそ人間ですらも、彼の命令一つで死んでいった事もある。

 何も出来ない者が此方を睨む様は愉悦を思わせ、彼としては非常に楽しかったのだ。その楽しみを妨害され、剰え愚かと罵られた。

 その時点で男はもう理性を失ったのだ。ただ復讐するだけの鬼となり、直ぐに侯爵家当主が寄越した凄腕の護衛に殺害を命令。問題になるとの意見を護衛の一人が話したが、男からすれば所詮は格下。

 

 一切問題になる事など無いと断じ、速攻でもって決行させた。

 流石に陽が昇っている内に殺すのは止めたものの、それでも実行したのではもう成功させねば逃げられない。もしも取り逃がしてしまおうものならば、その時こそが男の最後だろう。

 それを理解しているような理性は存在していない。男は昔から欲しい結果のみを求めたからこそ、人間の持つ倫理観には従わない。

 従うべきは人間の本能。食欲、睡眠欲、性欲という三大欲求にこそ彼は従う。

 それが人間としての形を成していないとしても、そんな発言をする人間を殺して無視するのだ。己の求める理想の為に、己のみが幸せになる為に。

 邪魔な人間を生かして何になる。殺して、この世から排除すればそれで全て解決だろうが。

 それは極論ではあるものの、一つの真理でもある。

 戦に発展する可能性が高まる事や周囲から批判されるだろう事実を無視すれば、確かに最も簡単な解決策と言えるだろう。

 故にこそ、彼はそれを選択する。後々の事を考えず、今の快楽のみを追求するのだ。

 

 ――――男の耳に何かが走り去る音がした。

 それが何であるのかなど既に知り得ている。この後に何が起こるのかを夢想して、小さく笑い声を上げた。あの護衛達には後で報酬をあげねばならないなと考えながら、静かに夢の世界に入り込む。

 夢の自分は誰よりも最強で、誰よりも異性を惹きつけ、誰よりも才能に満ち溢れている。

 右に顔を動かせば美女が、左に顔を動かせば美少女が。幾多の女性が彼の身体に纏わりつき、身体は全て隠されている。

 それを眺め、夢の彼は盛大な笑い声を上げだした。

 全ては順調に進む運命なのだ。そう確信して、一番近くに居る美少女の身体を引き寄せて深く口づけをするのだった。

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