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有名人と嫌われ者

 食堂内の空気は実に様々なものとなっていた。

 ある者はその組み合わせに驚愕し、ある者は片方を嫌悪し、ある者は未だ話も出来ない存在へと情景を込めた眼差しを送る。そして殆どの視線を独占している彼等はしかし、気付いているのは片方のみだった。

 一人は堂々たる佇まいでもって皿に料理を乗せていく。以前の場所での食事があまり美味しく感じなかった為か、今ではその料理を作った者達に感謝の言葉を送るようになっていた。

 もう一人は周囲からの視線に怯えてばかりだ。ここまで見られた事が無いのは明白であり、しかもその視線の殆どに敵視や侮蔑という悪感情ばかりが込められている。

 既にそう見られてしまうのは彼――グランには解り切っていた。己には小狡い攻撃方法しかなく、しかも通用するのは阿頼耶を封じた状況下でのみ。

 実際の戦場でそうなる可能性は絶無に近い。皆が常に放出しているようなものなのだから、阿頼耶が無い状況下となると奇襲による混乱状態のような特殊条件時に限るだろう。

 通常であれば力で押されて彼が潰れるのが先だ。故に役立たずと罵られるも同然で、周囲からクラスの品位が下がると言われるのも納得だった。


 多数の視線を浴びながら、それでも食事だけは無事に確保して二人は席に座る。

 角側の席をノースが取ったのは彼への配慮か。それとも周囲の目線が鬱陶しいと感じていたからか。

 解らないが、前者であれば嬉しいなと思いながらグランは食事に手を伸ばす。入学して二年目。既にこの食堂の料理にも慣れたが、それは決して飽きたという類の代物ではない。

 彼の生まれは畑の広がる田舎村。その平凡な家の一人息子だ。身分は農民であり、彼の肉体の殆どは農作業によって構築されてきたといっても良い。

 戦うべき相手は作物を荒らす害獣。及び、村を襲う盗賊集団。

 彼本人にはそこまで特筆すべき要素は無いものの、それでも村の中では人一倍農作業をしていた為か力は強かった。拳を握って殴れば一人は確実に気絶し、足に力を入れて蹴れば何処かの骨が折れる。

 

 村の誰もが彼に頼り、だからこそ増長してしまったのだ。これならば自分でも化け物を退治出来ると。

 彼の村が資金不足に陥っていたのも丁度良かった。募集されていなくとも有名過ぎる学園の受験に向けて、首都で作物を卸した際には無料の図書館で筆記科目を勉強し続けていた。

 集中的に鍛錬も始めたのもこの時期。そして彼が手本にしたのは、昔の本だ。

 今の主流とは真逆の技術の全てを集めた本。古ぼけ、埃を被ったそれを、彼は珍しい物だと直感で選んでしまったのがそもそもの原因だろう。

 そしてそれを、完成度は未だ低いながらも出来てしまったのも折れる原因の一つだった。

 

 三年の月日を費やし、出来上がった己の肉体や知識を引っ提げていざ学園に向かう。

 この時の彼は自信に溢れていたし、街であるということで身形もそれなりに整えている。その資金は個人的に動物の肉を売ったりして稼いだものであり、入学に関する費用は村々が出し合って用意したものだ。

 何の取柄もないような村に一人の勇者が生まれるかもしれない。そういった夢物語を脳裏に描いていたのは間違いなく、送り出した彼の両親は英雄の親になるかもしれないと期待に胸を膨らませていた。

 ――――そんな希望が折れたのは、実技試験という早い時分である。

 阿頼耶を使う者達の繰り出す攻撃はどれも速く、されど技術が無かった。完全皆無であるとまでは言わないものの、それでも技術を必死に磨いたグランからすればお粗末に過ぎたのである。

 

 しかしそれでも、本当の怪物達を目の当たりにしてしまった。

 技術など無駄だと思える程の理不尽を見て、それを己の信念だけで乗り越えてしまうような存在を実際に目に焼き付けてしまったのだ。

 彼の受験の結果は合格ではあるが、下から数えた方が早いレベルの実力である。当然実戦系の授業では負けの比率が多くなり、周囲の彼への評価は小狡い手を使うだけの雑魚に留まっていた。

 阿頼耶を駆使してもそれが変わらなかったのも大きいだろう。故に折れたのだ。

 全ては己の甘い見積もりの結果。誰も責める事は出来ないし、そもそも責めたところで何も変化はしない。

 今もなお早朝の空の下で自身を磨いているが、それでも彼には自信を湧かせる程の勝利を得ていなかった。


「自己紹介をしよう。ノース・テキスだ」


「は、はい。……グラン・ランスローです」


 短く、互いに言葉を交わす。

 ノースは普段通りにしたつもりだが、グランは恐縮したままの状態を維持している。食事には手を伸ばしているものの、ノースから話題を提供しない限り何も話は始まらないだろう。

 それだけグランは周囲の視線と、何より目前の相手に怯えている。それは戦いを終えても変わらないものだ。何故ならば、ノースの事を彼は知っている。

 それは噂話としてではない。その程度ならば誰でも知り得ていることである。

 彼が知っているのは誰も来ない小さな広場での鍛錬風景。皆が娯楽に興じている中で一人直向きに自身を苛め続ける様は必死で、心を打たれるものだった。

 その努力による結果も凄まじいもので、単に本の技術を真似ただけの自分とは違うと素直に感動もしていたのだ。

 だからこそ、詰られるのが怖い。先の戦いでは良い評価をしてくれていたものの、それでも戦士として光っているかと問われれば疑問だ。まだまだ未熟であると言われても頷けるもので、同じ未熟者でもノースに言われたのであれば彼とて正直に納得するだろう。

 

「そんなに畏まる必要は無い。平民と貴族ではあるが、この学園に居る限りは対等だ。同学年である以上崩しても構わん」


「いえ、そんな事は流石に……」


 グランからすれば彼は雲の上の人物である。

 それ故に丁寧語は崩せない。そもそもこうして話している事すら奇跡に近いと確信しているのだ。

 一字一句逃さぬように耳を立てるのは当然であり、放たれた言葉には直ぐに返す。少なくともこの食堂に居る間はほぼ全員から監視を受けているようなものなのだから、気を抜く真似は一切出来ない。

 そういう意味では一緒に食事を摂っている時点で失礼なのかもしれないとグランは考えるも、誘った本人が特に気にしていないのだから何も言えない。

 これで不快感の一つでもあれば速攻で離れるのだが。そう思いつつも、彼はノースの次の言葉を待つ。

 決して自分から話してはならない。それが許されるのは相手に意見を求められた時のみである。

 

 暫くの間は無言の時だけが進み、互いに食事に意識を向けた。

 双方共にこれが初対面。確りとした理由が無ければそもそも会話すら無かった存在同士だ。こうして互いに座っているだけでも不思議な光景であるのは間違いない。

 周りもこの組み合わせを不思議だと感じていた。実力では学年トップを行く人物が、実力では最下位を行く人物と会話する。

 これがただの平民いびりであればまだ納得するも、彼の気質は決して他者を虐げるものではない。

 逆に助け、身分の隔て無く接する者だ。そうだからこそ、何かノースには用があるのだろうという認識を全員が正しく持っていた。

 普段よりも早く食事を進めるノースは、今の状況に少しの気不味さを覚えている。

 自分から提案したとはいえ、相手は随分と弱腰だ。常に虐げられていた側であるからこそ恐縮しきるのは当然なのかもしれないが、彼としてはもう少し物腰を軽くして接してほしいものである。

 流石にライノール程の軽さは必要ではないが、同学年同士のフランクさは必要だろう。

 

「……さて、すまなかったな。早速お前に聞きたい」


「はい、何なりと」


 料理の無くなった白皿から視線を外したノースは、グランの目を見る。

 気弱な態度を維持する姿に先の戦闘とのギャップを感じつつも、当初の目的を果たさねばならんと紡ぐべき言葉を考えていた。

 あの技術は今後において必要だ。何やら本人は自分の技量を低く見ているつもりであるが、そもそもそういった部分に疎い彼等達からすれば十分に高い程である。

 力馬鹿でも押し切れれば押し切れるが、ノースが欲しいのは相手の弱点を確実に砕き得る技術だ。

 獅子戦でもそれが出来るだけの技術を有していれば、パワー系技巧者の彼はもっと上手く立ち回ろうと思ったに違いない。

 ノースもまた、純粋な火力を求める者であると同時に技術を欲しい者だ。

 これ以上不思議な力に頼らない為にも、やはり自身の強化は必須。されど明確に己を出せないのであれば、彼のような者の技術を手に入れるしかないのである。

 

 貴族が平民に頼むなど本来あまり無いのだが、此処は平等の学園。

 それが許され、そして平民が貴族を見下す事も出来る場所だ。外の汚さを誰もが知っているからこそ、此処で大きい顔をしたいと思う平民も少なくはない。

 それが確かな実力に結び付けば、何処でもやっていける。周りに煙たがられないように立ち回り、そして明確な功績を立てて平民でもここまで出来るのだと知らしめることも出来るのだ。

 目前のグランにはそれだけの可能性がある。故に学びたいし、将来の為にも逃したくはない。

 力が足りないと嘆くのならばそれを鍛えるメニューを作っても構わないと思える程に、ノースはグランの技量を素直に認めていた。

 だからこそ、引けない。絶対に何かを教えてもらわなければならないのだ。

 

 ノースの質問内容は、グランからして驚愕するばかりだった。

 力を重視する人間ばかりの中で技術を追い求めている人間に殆ど会った事が無いのだから当然とも言えるが、それでも放たれる言葉の数々に驚きという間を挟んでから回答する。

 何処で学んだ。出身地は何処だ。こうなった場合、お前ならばどう立ち回る。

 次第に白熱していく質問と応答の合戦。最初は驚愕をしていたグランも相手の質問速度の所為でその間を殆ど感じることも無く、ノース同様熱く答えていく。

 こうするのであればああすれば良い。本に書かれていた知識と自身の経験を合わせて自分の意見を形作り、二人は周りの視線など気にせずに自分達の世界にのめり込む。

 最終的には制服の懐に忍ばせていた紙をノースが取り出し、メモすら取り始めていた。

 それだけグランの事を重要視したと周囲に見せつけたも同然であるが、彼等はそれに気付いていない。

 ただ貪欲に求めているだけだ。

 今のノースには彼のような技量が必要で、グランとしても彼のような力は必要不可欠。

 最終的にどうなるのかまでは不明でも、互いに互いの意見を合わせていけば完成する未来図も絞られていくだろう。

 

 恐縮していた身体も前のめりとなり、当初の卑屈な姿など影も形も見せなくなる。

 どんなに熱くなっても敬語は抜けないし、ノースが尋ねなければ自分の意見を言いはしないが、それでも二人の間には絆のようなものが生まれ始めていた。

 それは努力をする者として互いが必要だと思えたからかもしれないし、或いはこの人物とであれば仲良く過ごせると純粋に感じたからかもしれない。

 

「グランの意見は勉強になるな。俺もその手の本を漁っていくとしよう。良ければ今後一緒に鍛錬をしないか?放課後になってしまうのだが……」


「是非ともお願いしたいです!此方としてもテキス様と一緒に鍛錬が出来るなんて、夢のようですよ」


「ははは、世辞はよせ。互いに未だ切磋琢磨する時だ。学生である間に吸収出来るものは全て吸収する。来るべき時に備えるのは、この学園に在籍する者として当然だろう」


「その通りです。私もまた、一層の努力を重ねたいと思います」


 ノースの場合は既に来るべき時が来てしまっているが、それは学園の生徒達には知らされていない。

 故に嘘となってしまうも、これで良いとノースは判断を下していた。

 共に切磋琢磨する相手は多ければ多い程に周囲に影響を与える。メンバーはこれで合計六人。

 それだけ居れば話すべき内容も多くなっていくし、困難に対する手札も自然と増える。それに、単に仲良くなれるというだけでも十分な事だ。

 戦いに生きるよりも、友を作って青春時代を築いた方がずっと良い。

 それが許されないからこそ、ノースは自身の出した提案に素直に頷いている彼の事を嬉しく思っていた。

 せめてこの一瞬。学生としての日々を謳歌出来る間だけは、何の障害も無く仲良くなりたい。

 身分の壁を超えた友情。

 それは難しくも、共存を求める者達からすれば一つの夢だった。

 今はまだそれが叶わなくとも、何時かは叶えたい。そう思うノースの気持ちに嘘は無かったし、グランにも打算的な部分は一切無かった。

 そんな二人を眺める四人。そして、ノースだけにしか見えない者が一人。

 二人の想いを別にして、全員が全員それぞれの思惑を込めた視線を向けていた。

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