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才無き技巧者

 振るった剣を受け止められ、俺は顔を近づけた。

 込める力の量を徐々に上げていき、相手の耐久がどの程度までなのかを探り続ける。最初の時点で酷く蒼褪めながら驚いた顔をしていたものだが、今は白く染めながら恐怖に慄いていた。

 それでも剣で防ぎ続けているのは防衛本能によるものだろう。逃走を禁じられたとするならば、向い討つしか選択肢は存在していない。そして彼はきっと、それを選択出来ない人間だ。

 一気に力を抜き、そのまま薙ぎ払う。呆気なく横に飛ばされた彼の身体は錐揉み回転を行い、そのまま木に叩き付けられた。

 そこまで力を入れたつもりはなかったが、どうやら獅子を目標にし過ぎた所為で加減を間違えてしまったらしい。当たり所が悪ければ脳に障害が起きる程の勢いで激突したのを視界に収め、内心で少し焦る。

 本当は勝ったとこのまま密林の外に出れば良いのだが、この結果ではそんな惨い真似は出来ない。周囲からも多少なりとて批判の声は出るだろうし、仲間からも冷たい眼差しを向けられる可能性はある。

 嫌われ者でも人なのだ。人権があるし、文句を吐ける権利もある。それを声を大にして行使されれば、いくら各が上でも俺は負けてしまうだろう。

 英雄としての資格無しと下される危険性もある。故に助けるのは当然の話だ。

 

 そう思って、動こうとして、されど身体は瞬時に警戒態勢を取る。

 反射的な行動に俺自身の理解が追い付いていないが、彼の方を向いた瞬間に悟った。ゆっくりと地面から起き上がる様子はどう見ても無事である訳がない。

 頭から血が流れ、身体が左右に揺れている様子から脳が揺さぶられたのは明白。視界が揺れているのであれば自分の歩行感覚とて怪しいだろう。

 それでも立っている。剣を構え、俺に恐怖しながらも立ち向かう意思を示していた。

 まだたったの一撃。これだけで倒れられてはグランスミス学園に入れる筈も無し。だが、彼の身体はとても防御力があるようには見えない。俺とは違う、純粋な回避型だ。

 細見の肉体はただ痩せているだけかとも思ったが、叩き付けられてもなお立ち上がれる事からして、相応に鍛えてはいるのだろう。

 顔と身体があまりに違い過ぎるのだ。どう見ても戦闘タイプの顔ではないというのに、身体は真実戦闘系のモノへと作り替えられている。

 まるで部品を交換したが如く。その異質さは不気味に繋がるも、俺の心境は別だった。


「――――フッ」


「うッ!……ぜいッ!!」


 ニ撃目を横に振るう。特に意味も無しの攻撃だ。

 相手の情報を得るだけの斬撃に、しかし彼は律儀に返す。その方法は極めて芸術的で、これまでの学園の中ではあまり見たことがないような返し方だ。

 筋力任せの押し返しではない。回避して別方向からの攻撃でもない。

 俺の剣を逸らし、内側に踏み込んだ上での突き。普段であればあまりお目に掛かれないような技巧派系の戦闘スタイルに、一気に俺の中から配慮は消えた。

 右足で背後の空間へと跳ねて逃げる。そして左足で地面を蹴り、突撃体勢のままの彼へと攻撃を仕掛け――――その一撃は何も無い空間を斬った。

 直ぐに攻撃が来る事を予期していたのか、突撃中のままの身体を片足だけで真横に飛ばし、自身のバランスが崩れる事を覚悟して回避したのだ。

 転がりそうになれば剣を地面に突き刺して身体を支える。単純な結論故に予測は立てやすく、ならばとばかりに今度は連撃でもって攻め立てる。

 袈裟斬りは剣に触れる寸前での回避。下げた刀身を反転させて踏み込んだ上での逆袈裟斬り。

 そちらは苦しそうな声を漏らしながら肌を少し掠めた程度で避けられた。直撃でないのならば外れだ。

 更に攻めようと前足を出し、後ろに下がっているばかりの彼もまた前に出る。瞳に恐怖の色はあれど、動作に迷いは無い。

 此方の攻めを純粋に回避していただけに、相手の突然の行動に一瞬迷いが生まれる。

 それを最初から読んでいたのか、俺が攻撃をする前に防御のし辛い突きを放ってきた。自身の脇の下を通して突きの速度を稼ぐようなコンパクトな行動に感心を覚えつつも、突きの対処に一瞬思考を巡らせた。


「迷いましたね……ッ」


 一瞬の迷いは勝敗を左右する。そんなのは誰であれ常識だ。

 それでも思考を巡らせたのは、この一瞬だけは彼自身が動作を変えられないからである。行動を止める必要が無いのならば、そのまま突っ込むのは必然。

 それを防ぐのも、俺にとっては最早当たり前だ。今まで戦ってきたような怪物に比べてしまえば、目前の相手はどうしても劣ってしまう。無論雑魚であるとはもう思わない。

 明らかに見た目は貧弱そうに見えるものの、その本質は技巧者だ。力による打倒ではなく、技術による打倒を彼は行おうとしている。

 それは珍しい部類だ。普通に考えて、互いに対等な位置に居ない限りは技術など何の意味もない。

 阿頼耶の出力が明確な差となる現状、やはり技術よりも力そのものに比重を置く場合が高い。

 相手の剣を見て、面の部分に拳を叩き付ける。阿頼耶による補助無しなので人間の範疇であるが、彼自身の力よりも俺の力の方が多い自信はある。

 そして実際に剣は俺の狙った外側へと逸れ、彼は目を見開く。

 その顔面に拳を叩き込み、再度木へと吹き飛ばした。叫び声を上げながらのその姿は正しく死ぬ間際の一般人染みているものの、今度はその木に激突するのではなく着地する。

 

 地面にではなく木に着地するのは見慣れたものだが、それでも脆そうな身体でやってのける状態を見ていると意外にただの人間も馬鹿には出来ない。

 まるで自分が人外のような発言であるが、実際この学園に所属していれば常識なんてあっさり変わるもの。俺のように最初から阿頼耶の力を範囲に入れているのが此処での常識だ。

 今回は阿頼耶が禁止であるとはいえ、本来この状況であれば使わざるを得ないだろう。

 現に彼の表情も決して良いものではない。勝てる算段が無いような表情は戦闘中で出してはいけないものだが、今の彼にはそれほどの余裕は無いのだ。

 そのまま押し切ろうとも思うが、さりとてそのままの突撃は考えるべきではないか。

 

「来い、まだやれるだろう」


 強く、相手を威圧する。

 それで終わればそこまでの存在だった。降参してくれた方が俺としても楽である。

 挑発行動と同じなのかもしれないが、俺としては平和的な解決が望ましい。彼の性格も決して好戦的なものではないし、恐らく普段のままであれば互いに仲良くなれただろう。

 故に、真剣なままの顔で剣を構えられては応じる他ににない。

 一体どんな心境なのかは不明だが、彼も彼で男。誰かに負けて納得する程情けなくはないのだ。

 自分の意思でこの学園に入学したのだから。彼なりの理由で、化け物と戦う事を決意したのだから。

 諦めさせる事はきっと出来るのだろう。お前ではこの先生き残れないと、そう断じることで前進の意思を挫く事は十分に可能だ。

 しかしそれをしては、将来の大事な戦力の一人を潰すかもしれない。

 まだまだ可能性の芽は全員にある。それを摘み取るような真似はすべきではない。例えどれだけ皆に馬鹿にされようとも、こうして努力している人間も確かに居るのだ。

 

「……強いですね、流石は将来の英雄候補。今の僕じゃ勝てない」


 そしてこの時、恐らく初めて会話というものが起きた。

 一体どういう心境なのか、彼はこの瞬間に口を開いたのである。それは体力回復の意味合いもあったのだろうが、それでも別に構わない。勝とうと少しでも考えてくれるのであれば、俺としては問題無しだ。

 

「逆にお前は弱い。力を込めただけであっさり負けるようでは化外との戦いは苦しいものになるぞ」


「ええ、解ってます。自分の戦闘スタイルは一般的なものではない」


 技術系は一定の戦果を上げやすい事には定評があるが、爆発力が足りない。

 逆に力押しは爆発力に定評があるが、それは化外と同じ土俵に上がるだけ。どちらが勝つのかの差もはっきりしないとなれば、どうしても勝率にムラが出て来るだろう。

 それでも、技術による勝利はあまり無い。実際は力による一気押しとなる以上どうしても有名になるのは爆発力の高い連中のみだ。

 英雄の中でも技巧派と言えば、俺の知っている中でも一人か二人くらいなものだろう。

 それくらいの薄い層であるからこそ、現在の主流は火力なのだ。彼が一般的でないと自嘲するのも解る話であり、さりとて技巧派の全てを否定する気は勿論無い。

 そっちはそっちで学ぶべき部分は大いにある。特に俺は出力に問題を抱えている身だ。技術をまったく学んでいないとは言わないが、本当の意味でそれだけを追求した者達に比べればどうしても劣る。

 そして、考えたくもないが、人間と殺し合いに発展すれば技術を持っている方が強い。

 これは真実だ。どう分析したとて、ただの力押しだけではあっさりパターンを掌握される。


「――だが、良いものだ。是非ともお前に剣術を教わりたい程には」


「……え?こんなつまらない足掻きをですか」


「足掻きなどと言うな。阿頼耶が生まれる前であればお前の戦い方こそが主流だったのだ。今でこそ力こそ全てというような風潮に支配されているが、決して技術が弱いなどと断ずるつもりは俺にはない」


 押すだけでは叶わない相手が居る事を俺は知った。

 化け物を倒すには、同じ化け物にならぬば打倒出来ぬとオリオンを見て感じたのだ。されども、それでは俺の命が尽きる。若くして死ぬことは絶対に認められないからこそ、彼の技術は個人的に欲しい。

 ただ、俺の言葉に彼は酷く驚いていた。

 まるで珍しい物を見たとでも言うかの如く。もしくは、理解者が居てくれたと歓喜するが如く。

 目に宿る輝きは最早俺には無いものだ。若者らしさという部分を放棄している訳ではないが、それでも彼のような少年染みた感情を素直に表には出せない。

 濃い笑みを浮かべて、両目から滴すら垂れ流して、彼は喜んでいた。

 それがどうしてなのかと尋ねる必要は――今此処にはない。


「故に、さぁかかって来い。そして全てを見せてくれ。この授業が終了すれば昼休みだ。そこで是非お前の技術を教えてほしいものだ」


「はいッ――喜んで!!」


 言って、瞬間。互いに出せる全力でもって剣を走らせる。

 俺の剣は対象を容赦なく潰さんと威力だけを高めていくが、彼の場合は違う。

 逸らし、フェイントを混ぜ、阿頼耶に頼らない(・・・・・・・・)戦闘を主なものとしている。それは俺にとってやり辛いものであり、どうしても攻撃の手が減ってしまう。

 剣と剣で激突するのではなく、剣を滑らせるように外側に持っていく方法は芸術的だ。完成され、洗練されているからこそ、ただの戦いには無い美しさがそこに宿っている。

 火花すらもそれに一役を買っていて、どうしようもなく俺は引き込まれるのだ。

 これを選択したのはどうしてなのだろう。何故、阿頼耶ではなく人間の力を優先したのだろう。

 聞いてみたいことは多くある。だがそれよりも、今は何処まで引き出しがあるのか探ってみたい。

 

 阿頼耶による肉体強化が無くとも、俺達の身体は既に一般のモノとは違う。

 高い木の上にも一回跳ねるだけで届き、太い枝の上で立てる程のバランス力も有する。相手もそれを行おうとするも、やはり力が足りない所為か他の木の側面を蹴って枝に登って来た。

 息が上がっている姿を視界に収め、共に相手側へと飛び掛かる。剣同士がぶつかり合えば間違いなくバランスが崩壊して互いに落下するだろう。

 地上では多数の技術を見る事は出来る。しかし空では、どうしても単純化されてしまうもの。

 元より人間に羽は無いのだから、崖から羽ばたこうともがいたところで落下するのがオチだ。そしてそれは戦闘にも当て嵌まり、力関係の差が露骨に出てしまう。

 踏ん張れる足場が無ければ本人の力次第で全てが決まる。彼の場合は力が無さ過ぎる所為であっさりと負け、そのまま俺は力を込めて彼を地面へと叩き付けた。

 

「……が!、ッうぅ」


 肺から一気に酸素の抜ける声を聴き、そのまま立ち込める土煙に飛び込む。

 相手は咄嗟に動こうとするが、苦しい状態で無理矢理身体を動かしたところで良い成果は発揮されない。

 そのまま再度の激突でも彼側が負け、そのまま剣が吹き飛ばされる。首筋に木剣を当てて終了だと言えば、彼自身は苦笑いをしながら降参の声を上げた。

 普段の授業では無い素晴らしい結果に、内心で喜ぶ自分が居る。これで鍛錬もより濃度を上げていくことだろう。

 基礎技術だけでもライノール達に学ばせるのも良いかもしれない。

 頭の中で今後の予定を組み立てながら、俺は手を差し伸ばした。

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