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無謀なる者

 早朝の空の下での鍛錬を終え、今日も今日とて俺達は教室で勉学に励む。

 あの一件から一週間が過ぎ、未だ何も騒動は起きてはいない。ナグモのモースから手紙が来たものの、その内容は此方の状態の確認とナグモの現状の説明だった。

 ナグモが酷い状態になっているのを王宮に報告したモースは直ぐ様に活動を開始。

 先ずは畑や各牧場に放置されている腐乱死体の火葬を行い、更に必要な物以外の武装を保管庫に収容。許可制にし、それが無ければ迂闊に武力を行使する人間は出てこない。

 以前は勝手に武器や危険物を取り出せたが、今度からそれが出来なくなるのは個人的に良いだろう。ナグモは重要拠点の一つであるが、可能な限り闘争とは無縁でならなければならない。

 武器を必要以上に持っている事を周囲に知らしめれば、他の場所から疑問の声が上がるものだ。そちらは武力でもって独自路線を進むのかと。

 無論そうではないと言ったところで説得力は皆無だ。一度疑われれば余計な介入が起きるのは必然であり、それは第二第三の馬鹿貴族を呼び込む事に繋がってしまう。

 モースにしてもそれは拒否したい事だろう。そもそも好き好んで面倒な相手を断罪している訳ではないのだ。大人しいままでいてくれるのであれば当然そのままの方が良いし、邪魔立てしなければ殺す理由もそう簡単には生まれない。 

 

 さて、武器の保管や死体の火葬が終われば次に修繕作業だ。

 此方は国から物資が届けられ、現在爆破した箇所を修復中である。思ったよりも盛大に吹き飛ばしたのか時間が掛かるようであり、それについては文句を言われた。

 そうするしかなかったとは理解してくれたようだが、それでも言いたくなるのだろう。

 これが壁であればもっとお叱りの声は大きかったと思うと、背筋が冷えるものである。火薬の量はやはり何回か実験を挟む必要性があったか。

 細々とした部分を除き、大きな部分はこれで終わりだ。これから書類を纏めて、新しい形を整える予定らしい。

 その際にはレックス達も扱き使うらしく、彼等の今後に少しだけ同情した。

 返事は即座に返している。こういった文面は直ぐに返さないと失礼に値するから、意外に気が抜けないのだ。

 

 だが、状況を掴めた事で思わず口角が吊り上がる。

 教室内では皆が集中しているので誰も気づかない。それを少し有難く感じつつも、抑える事がどうにも上手くいかない。

 恩は売れた。確実に今後何か頼む事があれば優先度は高くしてもらえるだろう。

 打算的に全て行動していた訳ではないにせよ、それでもこの結果を期待はしていた。将来戦地に赴く際には食料は絶対に必要だしな。

 俺達の所だけが届かないなんて事はそうそう起きないだろうが、何が起きるかも解らない。

 打てる手立ては全て打つ。それが基本なのだから、嵌まったのは素直に喜ばしい。

 

 鐘が鳴り響く。帰って来た当初はこんなにも五月蠅い物だったのかと眉を顰めたものだが、最近はやっと元の感覚が戻ってきていた。

 終了の教師の声と共に、全員が教師に頭を下げて各々勉強道具を片付ける。

 俺もまた道具類を鞄に戻し、次の授業を思い出す。確か次は歴史だった筈だ。

 今は漸く現代部分に入り始めたくらいで、それでもまだまだ二百年分残っている。全てが終わるとすれば三年の夏近くであり、その頃には将来についても考えなければならない状況だ。

 まぁ、殆どの生徒が卒業と同時に軍に入るのを選択している。元々そういう学園なのだから納得だが、それでももっと自分の人生は考えた方が良いのではないかと言わざるを得ない。

 一回しかないのだ。他に合わせて軍に入るのではなく、他の仕事をしたとしても罰は当たるまい。

 風当りが強くとも、それが良いと思って動いた選択こそが最善だ。誰かに決められた路線を歩くような人生など唾棄すべきものでしかない。

 

「……昼休みは次か」


 皆が次に集まるとすればその時間だろう。

 その時に皆の意見も聞いてみるのも良いかもしれない。貴族故の世間話を俺はあまりしないが、無口過ぎて会話の糸口が無いと思われるのだけは勘弁だ。仲間達はそんな事など気にしないが、他の人間は違う。

 自慢をするし、陰口も叩く。弱音だって吐くし、誰かを褒めることも言うだろう。

 世間話とて人間関係の構築には必要だ。そうしなければならないというのも解っている。ただ、俺はそれよりも自分を強くする方に比重を傾き過ぎているだけだ。

 実際、その姿勢をずっと続けるのはあまりよろしくはないのだろう。貴族には貴族としての生き方がある。戦うだけでは評価向上は難しく、下手すれば脳筋貴族なんて嫌な名前を付けられるかもしれない。

 繋がりを多方面に作っておくのも重要だ。特に影響力がある王宮で働いている貴族であれば、余程の事が起きない限りはある程度の世間話は許容してくれる。

 それよりも悪事を考える方に精を出すのが王宮の貴族達なのだが、それを飲み込んだ上で友好的に接すれば何かしらの成果は出て来るものだ。

 

 俺達で当て嵌まるとするなら、悪の方面はグラム。善の方向ではナギサやモースだろう。

 勿論状況次第で敵にも味方にもなる者達ばかりだ。その点は貴族故に致し方無しと諦め、無難に付き合うのが今の所の最適解なのかもしれない。

 ナギサには幸い好かれている。それが本物である事を祈るばかりだ。後、出来れば友人的な意味での友好関係であってほしい。

 もしも、なんてのは考えたくない。

 そう考えていると、ふと耳に生徒達の密かな声が届く。普段はそこまで多くは聞こえないものだが、何故だか今回は多く聞こえてしまった。

 特に意味も無い話だと切って捨てようと思ったが、世間話の事を思い出して興味半分で耳を立てる。


「……いい加減にしてほしいよね」


「ほんと。もう諦めた方が良いってのに。これじゃあ私達のクラス自体にまで迷惑が及ぶじゃない」


 ――話の内容を察するに、誰かの悪口だ。

 嫌な内容を聞いてしまったが、しかし余計に気を引かれた。好奇心を刺激するワードというのはどうしても意識を向きやすく、故にこそ気付かれぬよう目も動かす。

 彼女達が密かに話ている相手は、部屋の隅で勉学に明け暮れている。誰も近寄る気配は無く、寧ろその存在を嫌悪されているようだ。

 恰好は貴族の服と同一ではあるものの、茶色の髪が跳ねている。黒く太い縁の眼鏡を掛け、その姿はどうにも貴族には見えない。平民と見るのが妥当であり、その姿だけを見るのであれば確かに嫌われても文句は言えないだろう。

 貴族は恰好も整えるからな。少しでも崩れてる奴を見れば馬鹿にしてくるのだから、一々面倒臭い。

 そんな中では、彼は比較的汚らしい恰好で来ている。そうなれば嫌われるのも当然で、誰であれ接触をしようとは思うまい。

 どうやら男性であるようだが、その辺の部分はどうにも気にしない部類なのだろう。

 しかし、そこまで嫌われるような人間にも見えない。恰好が不味いというのは確かにその通りではあるが、此処ではそれは重要ではないだろう。

 

 寧ろ戦士としては正しい姿だ。戦場では恰好を気にする余裕など無いし、汚れる機会は多くある。

 まだまだ実戦を経験していないからこその言葉だ。今の俺達であればサウスラーナですらそんな文句は言わないだろう。それを思うと、どうにも彼を嫌う女性陣達は現実を見ていない。

 未来の中では優雅に勝つ事しかないのだろうか。もしもそうであれば、正直見通しが甘過ぎる。

 学園での強さでは外の世界では生き残れない。更に上を目指し、己を研磨しなければ確実に獅子のような化け物に激突して死ぬのだ。

 俺はオリオンが居たから大丈夫だったが、彼女達はそうではない。故に早く現実を見てほしいものだと思い、現れた教師に向かって全員が席を立つのだった。




――――――――




 昼食の時間を過ぎ、残るは午後の授業のみである。

 一週間の中で最も多い戦闘訓練が今日もあり、教師の言葉によって全員が木製の武器や摸擬弾を持ってきていた。どうやら今回は純粋に戦闘を主軸にするようで、教師もまた己の得物を持っている。

 それで何をするのかと言えば、準備運動を経ての摸擬戦だ。しかしただの摸擬戦ではなく、密林エリアの中で時間制限がある状態での戦いとなる。

 目視は困難となり、奇襲や罠が有効的な場所だ。当然ながらその手の知識が豊富な者程有利となっていき、逆に普段から怠っていると確実に背後を突かれるだろう。

 俺も詳しい部類の人間ではない。これで対戦形式が一対一でなければ少し焦ったものだ。

 基本的に組むのは誰とでも構わないが、皆は仲が良い者同士やライバル同士で組む事が多い。遠目で見たが、ライノール達は各々別の人間と組んだみたいだ。それは恐らく手札を知り尽くしている相手との戦いよりも、手札を知らぬ相手との戦いの方が経験値を稼げると考えたからだろう。

 俺もその意見には賛成だ。知っている相手よりも知らない相手との方が警戒に関して鍛える事が出来るし、何よりも仲が良い相手との戦いは微温湯になり易いのだから。

 

 俺も早く組まねばなるまい。そう考え周囲を見渡すが、俺の視線を受けた者は苦笑いを浮かべて他の人間の元へと向かう。どうやら先の定期テストでやり過ぎてしまったらしく、純粋に勝てないと思われてしまったらしい。

 例え勝てなくとも何かしらの経験に繋がると思うのだが、負けず嫌いもまた人間の特徴の一つ。

 敗北を前提にした戦いなど確かに嫌うだろうから、その部分に文句を言うのは流石に控えた。代わりに自分の相手がどんどん無くなっていく。

 最終的に見渡す限りの人間が組み終わり、俺は所謂余り者となってしまった。

 こうなると同じ余り者同士で組むしかないのだが、その姿が見えない。クラスごとなのでそこまで見えない筈はないのだが、はてどういう人物が相手になるのか。


「ノース君が残ったか。まぁ、以前のテスト結果を思えば妥当だろう。……今回はグラン君と戦ってくれたまえ」


 教師が近付き、一緒に来たのだろう生徒が俺の前に立つ。

 それは今皆に嫌われているあの生徒だった。顔を俯かせ、少し怯えた様子を見せる彼は、どう見たとしても戦士としての才があるようには見えない。

 俺が未熟者である事を加えても、それでも彼は一般人にしか見えなかったのだ。そんな彼と戦闘をする事実に困惑を覚えるも、此処に入学出来た時点でそれなりに何かを隠し持っている筈。

 それを信じて、俺は素直に教師の言葉に従った。去って行く教師の後ろを見て、直ぐに目前のグランと呼ばれた男を見る。

 彼もまた俯きがちに此方を見るが、その目には不安の色が見えた。どうやらまともな勝負にはならないだろう。

 そう思うも、油断はしてはならぬと直ぐに自分を戒める。

 普段と戦闘時で態度が変わる人間も居るのだ。彼もまたそれであるのならば、勝負の時間になってから正当な評価を下すべきだろう。

 

 密林エリアは広い。

 全員が戦ったとしても問題は無い程だ。それ故に一斉に行い、終了した後に己の反省点を紙に纏めて教師に提出しなければならない。戦闘自体は良いが、紙に纏めなければならないのは厄介だ。

 駄目ならば再提出しなければならず、それを書く時間が勿体ない。鍛錬に回すべき時間を再提出に回さなければならない可能性があるのだから、やはりこういった提出物は嫌いだ。

 教師の合図で全員が森へと突入していく。各々が別々の場所に入るのは偶発的に乱入状態となるのを避ける為だが、正直逃げていればそうなる確率が高い。

 故に暗黙の了解として、誰もが計画的逃走以外では逃げる真似を禁止していた。

 元より互いに激突しなければ授業の意味が無い。逃げていれば、それだけ成績だって下がり続けるだろう。

 俺達も俺達で適当な森の中へと入り、ある程度の距離を保って彼と向き合う。

 未だに何も変わらぬ様子に苛立ちも募るが、それ自体が狙いであると信じて木剣を構えた。同時に、彼もまた自分が持っている木剣を構える。

 相手は剣士タイプ。であれば条件は殆ど同じ。この戦いでは阿頼耶が禁止されているので、勝つとなれば自身の知識と武器の技量が必要となる。

 パワー系の阿頼耶であればある程に不利となるのは明白。とくれば、最初の激突でもって相手がパワーかそうでないのかを確かめることも出来るだろう。


「早速やらせてもらうぞ……お前も此処に入学したのならば、相応の実力を有している筈。それをぶつけてみせろ!」


「…………うわッ!」


 眼前にまで一気に進み、そのまま頭から叩き切るつもりで振るう。

 それを彼は酷く驚いた表情で必死に受け止めていた。

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